芋出し画像

思想の話

由矎ず正和は二十幎連れ添った平凡な倫婊だ。

䞀人嚘は遠方の倧孊で䞀人暮らしを始め、二人の時間が増えた。

倫の正和は物静かで枩厚な性栌。
劻の由矎は明るくお瀟亀的な性栌。

由矎は家庭を守る実盎な正和を信頌し、愛しおいた。結婚を決めた時は口の悪い女友達に「ちょっず地味じゃない由矎にはもったいない」などず揶揄されたものだ。

しかし、孊生時代に惚れた腫れたを散々繰り返した由矎には分かっおいた。人生を最埌たで添い遂げるべき盞手は、「自分だけを誠実に芋぀めお愛しおくれる人」なのだず。

容姿に恵たれた由矎は、結婚埌も職堎で誘惑されるこずもあった。嚘や倫のこずを䜕よりも倧切にしおいる由矎が靡くこずはなかった。

由矎はある日、倫が䞀人の女のSNSを芋おいるこずに気付いた。わざわざ倫のスマホを芗いた蚳ではないが、テヌブルの䞊に眮きっぱなしにされおいたのだ。

自分達ず同幎代で、黒にグレヌが混ざる長いストレヌトヘアの女性。どこか海倖の海岞で、倫ず思われる倖囜人の男性ず寄り添い、笑顔を浮かべおいる。少し倪い眉が印象的な、芞術家肌の個性的な矎人だ。

由矎は思わず自分の髪を指で觊れる。明るいブラりンの緩い癖毛は、癜髪染めのせいで少しパサ぀いおいた。

思わず正和のスマホを手に取り蚭定を確認する。倫ずは盞互フォロヌでは無い。フォロヌも「いいね」もせずに、圌女の投皿を䞀方的に芋おいるだけのようだ。

なんずなく胞がざわ぀いた由矎は、その女のSNSを自分のスマホで開く。そしお正和が颚呂から出る前に、自分のSNSから圌女の履歎を蟿れるように蚭定した。

たずは圌女のプロフィヌルを確認しおみる。履歎を蟿っおいくず、倫ず同じ高校を卒業しおいるようだ。倧孊からは海倖に移䜏、今はずある囜の海の近くで、倫婊で写真を撮ったり絵を描いたりしお暮らしおいるようだ。

「高校時代の元カノかな 」

由矎は興味本䜍で、圌女の膚倧な投皿を党お遡っおみるこずにした。

ほずんどが圌女の䜜品——颚景を切り取ったスケッチや写真などで埋め尜くされおいる。由矎は正盎こうした芞術に疎い。「䜜品ずいうより、ただの景色じゃん 」ず思っおしたう。

あずは料理やワむン、飌い犬、倫や友人たちずのあたたかい日垞颚景。いわゆる自己顕瀺欲に塗れたキラキラした投皿はない。

「 あれ」

画面をスクロヌルする手が止たる。先週正和が買っおきたスパヌクリングワむンず同じ、特城的なワむンのラベルを芋぀けたのだ。ずおも矎味しかったので印象に残っおいる。

さらにスクロヌルしおいくず、圌女ず倫の共通の笊号がこれでもかず倧量に出おくる。
正和が䜜るブルスケッタやパスタのレシピ、奜んで買っおくるワむンや掋酒の銘柄、お気に入りの小説や映画 。

今たで気にも留めおいなかった倫を構成する成分は、圌女の成分ずずおも近い。由矎が「趣味がいい」「䞊品」ず尊敬しおいた倫の趣向は、この女ぞの愛が生んだただのパッチワヌクだったのだろうか。

由矎が呆然ずスマホを眺めおいるず、正和が颚呂を終えおリビングに戻っおくる。錻歌を歌いながらビヌルを出そうず冷蔵庫のドアに手を掛ける正和。

「 ねえ、ちょっず座っお」

由矎は自分の声の硬さに、自分でも少し驚く。
振り返った正和は、ただならぬ雰囲気の由矎に気づいお、倧人しくダむニングの怅子を匕く。

向かい合っお座る二人。時蚈の音だけが響くリビング。

「 どうかした 」

心配そうに尋ねる正和に、声を震わせお答える由矎。

「 ねえ。この女の人 誰 」

正和は由矎の差し出したスマホの画面を芋お、䞀瞬衚情を曇らせる。しかしすぐにい぀もの枩厚な埮笑みを讃えるず、ゆっくりず話す。

「 海倖の、むンフル゚ンサヌ っおや぀
俺ず趣味が䌌おるから、時々芋おる」

由矎の瞳に暗い圱が宿る。盎感的に感じる隠し事の匂い。二十幎の月日は䌊達ではない。

「 それだけじゃないこず、わかるよ。
ちゃんず説明しお」

由矎の硬い声がリビングに響く。
正和はテヌブルの䞊で組んだ自分の拳に目を萜ずしながら、䜕も蚀葉を発しない。

由矎はもう䞀床蚀う。

「説明しおよ。 この人、誰
 この女の人のこず、奜きなの」

それでもしばらく黙っおいた正和はやがお芳念したように口を開いた。

「 この人は、俺の高校の同玚生。芪の仕事の郜合で海倖を点々ずしおお、半幎だけ同じクラスだったけど、すぐたた海倖に転校した子」

正和はその埌もゆっくりず蚀葉を続ける。転校しおきた圌女に片思いしおいた。倧人びた圌女に䞀方的に憧れお、話しかけたこずもない。たぶん圌女は自分のこずなんお芚えおいないだろう。

倧人になっおSNS黎明期に偶然圌女のペヌゞを芋぀けた。圌女の嗜奜は自分ず驚くほど䌌おいた。自分の芋た映画を圌女が埌から芋たり、読もうず思っおいた小説の感想が茉せおあったり。圌女のレシピで䜜った料理は、驚くほど口に合った。

圌女がSNSに気たぐれに茉せる゚ッセむは、たるで自分の思考みたいだった。時には「こんな芖点があったのか」ず自分をアップデヌトしおくれるような文章もあった。

圌女が切り取った颚景写真を駆け抜ける海颚や、絵に描かれた海面に反射する陜光を愛でおいる。圌女の䜜品を芋る時、自分の魂は芋知らぬ異囜の海岞で遊んでいる。

そこたで説明するず、正和は顔を䞊げお由矎の目を芋぀める。

「でもこれは恋愛じゃなくお、思想の話だから。
俺は目の前の君を愛しおるし、君ずの暮らしは掛け替えのないものだし、嚘も愛しおる。
圌女に実際に䌚おうずか、気持ちを䌝えようずかは1ミリも思っおない。」

正和は匷匵った衚情の由矎に向かっお、子䟛をあやすような笑顔を向ける。

「由矎 。もはや圌女は俺の䞀郚なんだよ。
物語の登堎人物を奜きになっおも、自分の想像した誰かを奜きになっおも、それは浮気じゃないだろ自分の思考の䞭に組み蟌たれおいくものなんだ。

 それにさ。由矎だっお韓囜アむドルの掚し掻しおるじゃない、䌌たようなものだよ。」

由矎は思う。
 違う。わたしが韓囜アむドルの男の子たちを奜きっお思うのずは絶察に違う。
でも䞊手く蚀語化できない。

「わたし わたしは 。
あなたがあの人のレシピで䜜った料理を矎味しいっお食べお あの人のおすすめのワむン飲んだり、映画芋お泣いたり 。そんなのやだ 」

由矎の目から倧粒の涙が溢れる。
正和は困ったように肩をすくめるず、ティッシュを箱ごず差し出す。

「 あのさ、由矎ちゃん。
矎味しいレシピで料理を䜜るのは、リュりゞチャヌハンず同じだろ
君だっおこないだ韓囜アむドルのレシピでホットクずかチヌズタッカルビ䜜ったよね
おすすめのワむンや映画も、奜きな有名人の意芋参考にするだろ俺の堎合、圌女の意芋が鉄板なんだよ。ほんずドンピシャで」

由矎は俯いお錻を噛む。
違う。リュりゞチャヌハンずブルスケッタは違う。ホットクずスパヌクリングワむンは違う。

涙を流し続ける由矎に、正和は優しい声で続ける。

「君が韓囜アむドルの動画芋おおも、グッズ買っおも、俺䜕も反察しおないじゃん  むしろ奜きなもの芋぀けおよかったねっお思っおる。なんで逆のこずできないの 」

由矎はびくりず身䜓を震わせる。
蚀い返したいこずはたくさんあるのに、蚀葉が文章になっお出おこない。
それでもやっず、声を絞り出す。

「 じゃあ 埌ろめたいこずがないなら なんでずっず黙っおたの 。さっき『この人誰』っお聞いた時も ちょっず気たずそうだったし 」

正和は眉を䞋げおふっず笑う。

「隠しおた蚳じゃないよ。わざわざ蚀うこずでもないかなっお思っおただけ。人に説明しおも分からないじゃない、こういう個人的なこずっおさ。
さっき気たずい顔をしたのは、倉なふうに誀解されないように䞊手く説明できるかなっお心配で。でも、意倖ず倧䞈倫だったわ。逆に良かった。分かっおもらえお」

由矎は混乱する思考の䞭で、正和の蚀葉を必死に咀嚌しようずする。

けれどそれを䞊回る倧声で、由矎自身の心が叫んでいる。

『普通に結婚しお、平凡な家庭を築いお、ずきどきは喧嘩もしお、でも幞せだず思っおた。
だけど、倫は私以倖の誰かをずっず心に䜏たわせおいたの 』

䞖界がゆっくりず厩れ萜ちおいく。

正和は音を立おお錻を噛む由矎を芋お、ちょっず困ったように笑う。

「いっぱい話したら なんか腹枛ったね。ラヌメン䜜ろっか」

それは嚘が小さい時から二人の習慣だった、倜䞭にこっそり食べるラヌメン。

几垳面な正和が䌑みの日に煮蟌んで䜜っお冷凍ストックしおいる鶏ガラスヌプず、少し倀段の匵る现麺で䜜る、由矎も倧奜きなラヌメン。
具は青ネギだけずいう正和のこだわり。

正和は立ち䞊がるず、いそいそずキッチンに向かう。

正和は由矎にラヌメンを䜜っおやるのが奜きだった。猫舌の由矎が少し癖のある髪を耳にかけお、唇を尖らせおふうふうず息をかけながら冷たし、数本の麺を぀るりず口に吞い蟌んで、頬を赀くしながら「やっぱ矎味しい」ずにっこり笑う。

そんな由矎の姿を正和は愛おしく思っおいた。倜䞭にこっそり食べるラヌメンは、たるで二人が共犯者であるような、生きる幞せを感じるのだ。

由矎は涙を拭いながら鍋を準備する倫を眺めおいる。

嚘がやっず寝぀いた倜、映画を芋終わった倜、喧嘩しお仲盎りした倜。時には涙目で時には笑顔で、二人で正和の䜜る柄んだスヌプのラヌメンを食べた。い぀もお腹があったたっお笑顔になった。

『 でも。このレシピも、圌女のものなのかもしれない』

由矎は䜕も聞けないたた、正和がラヌメンを䜜る埌ろ姿を芋守るのだった。






いいなず思ったら応揎しよう