
推し活
午後3時の病室。
ベッドの上の母は、前回見舞いに来た時よりも小さくなったように娘には思えた。笑った目の輝きは変わらないのに、頬がこけ、首も腕も細くなった気がした。
「あー、いらっしゃい。お腹ますます大きくなったじゃん」
「うん。重いし、すっごい蹴る」
娘は母のベッドの横のパイプ椅子に、大きなお腹を庇いながら「よいしょ」と座る。母は「どれどれ」とお腹に手を伸ばす。
「ほんとだ、ふふふ」
「でしょ。……あれ?お父さんは?」
「あー、お父さんずっとわたしの側にいようとするから、ちょっと家に帰らせたわ。休んでほしいし。…ぶっちゃけちょっと、湿っぽくて嫌なの」
母はからりと笑い、娘は苦笑いをして頷く。
「あー、なんかわかる」
娘はバッグから写真集を一冊取り出した。タイトルは『世界一周・美しい風景の旅』。母はうれしそうに受け取ると、枕元にそっと置いた。
「これこれ。ありがと。結局、海外旅行も行けなくなっちゃったからね。寝る前に読むとするわ」
娘は少し目を伏せた後、明るい声で尋ねる。
「ねえ。あれ、どうなったの?やりたいことリスト、10個作ったやつ。韓国のBTSの聖地、本当に行っちゃってさ。銀座のフルーツパーラーと、高級美容液も制覇して。そのあとは?」
「ああ、あれねえ」
「あと7個はどうなったの?」
「うん、なんかね。飽きたからやめた。あ、美容液の残りはあんたにあげるわ」
「それはありがたいけど……」
娘は大きなお腹を静かにさすり、母は目を細めてその仕草を見守る。
「名前、決めたの?」
「うん……まだ決めかねてる。性別もいまいちわかんないし」
「そうか。名前は顔見てからがいいわよ。それまでは今までどおりポコちゃんで」
母は娘のお腹に手を当てる。
「あらあらポコちゃん、元気いっぱいね?」
娘はふっと笑うと、母の手に自分の手を重ねる。
「お母さん……ポコちゃんのこと、絶対抱っこしてよね」
「まあ、そのつもりだけど。今だってポコちゃんここにいるんだし、抱っこしてるようなもんじゃん。それにさ」
母は娘の頭をそっとなでる。
「あの朝、わたしはあんたを抱っこしたからね」
「……」
娘は何度か瞬きをすると、サイドテーブルのティッシュをさっと取って鼻を噛んだ。母は微笑み、小さなあくびをする。
「あーあ、なんか眠くなってきたわ。薬効いてきたかな」
「……そっか。じゃあ、そろそろ、帰るね」
娘は母の枕や布団をそっと直してやりながら、母の髪を撫でた。母はくすくすと笑う。
「あら、どっちが子どもか分からないじゃない」
「いいじゃん、たまには」
娘は笑うと、「じゃあね、また明日」と小さく手を振り病室を出て行った。