
推しは推せるうちに
先日、「職人とマーケティング」という話を書いた。
技術を極めるのか、届け方を極めるのか。どこに心が躍るかで進む道は変わる、という話だ。
そのレンズでアイドルを見ると、少し面白いことが見えてくる。
アイドルとは「偶像」を意味する。
完璧で、清潔で、近づけない存在。だからこそスキャンダルという「ヒビ」が入ると、必要以上に叩かれる。
しかし、完璧なペルソナを求められるのは、彼らだけだろうか。
少し考えると、僕たちも似たようなことをやっている。
職場では求められるキャラを演じ、プライベートと仕事で自分を使い分ける。飲み会で無茶振りに笑顔で応える人も、その場が求める役割を瞬時に演じているのだろう。
誰もが多かれ少なかれ、場に合わせたペルソナを身にまとって生きている。
アイドルは、その極地だ。
裏側にどんな顔があったとしても、板の上に立つ時は求められる自分を出し切る。僕たちの何倍もの規模で、しかも笑顔で。
みかん箱の上だろうと、大きなステージだろうと、人の目を奪う人間は奪う。それを再現できる人間が、一流の職人なのだと思う。
表に出せない何かを背負った人間が、それでも板の上で全てを出し尽くした時、観る側の心が動く。
それは、完璧な偶像よりも深く記憶に刻まれる。
だからこそ、引退しても、休止しても、待ち続ける人がいる。
道を極めた人間の姿は、美しい。
アイドルもまた、時間と心身を使ってその道を極める職人のひとりだ。
そして、その板の上に立ち続けてくれる時間は、決して無限ではない。
推しは推せるうちに。