欲求に生かされている
「今、目の前で死んだら一生覚えててくれるよね」
僕はもうウンザリだった。何回目なんだろう。もう覚えてはいないが、僕はもうこいつが好きでも嫌いでもなかった。だけど他に相手もいないし、ただただ性欲はあったので悔しいけれど腐り切ったその手を離す事ができなかった。
「あなたが私を嫌いでも私はあなたを一生好きだし嫌いになることは絶対にないから安心して嫌いになってくれていいからね。私はあなたと過ごせるだけで、あなたと一緒にいられるだけで幸せなの」
嘘つき、嘘つき。浮気してるくせによく平然とそんな事が言える。他の男にもそうやって猫みたいに擦り寄って、慰められて気持ちよくなって、笑うんだろ。こう言ったらあの人がこんなふうに慰めてくれた、怒られたーって少し盛って話のネタにするんだろう。
おまえの人生はそんな風にフィクションで出来てるんだよ。だから現実味が無い、おまえが死んだところで僕はきっと悲しまないし長くて長くて飽き飽きしている夕方アニメが終わったくらいの情動しかしない。
「万が一私があなたを嫌いになってもきっとまたすぐに裏返って好きになる。どうしようも無いの、あなたが好きで好きで苦しいの。どうせならもう死にたいくらい好きなの」
僕は反射的に言った。
「じゃあ死ぬか。」
僕らは車のキーを探して、歯を磨いてとびきりのおしゃれをして海に向かった。
停滞は死よりも退屈で、久しぶりのドライブは楽しかった。今死ねば何のしがらみもないとさえ思えた。満足したまま死ねる、と。
「私コーラね」
と女は言った。
「何だよ、自分で買いにいけよ。」
僕はちょっと女に対する所有欲のようなものを取り戻しかけていた。
「ヤァ〜ダ。ねむぃい」
ハアとため息を吐く。
「しゃあない、買ってくるから鍵はかけとけよクソ女」
精一杯の強がりだった。
「コーラだからなクズ野郎!!」
女のけたたましい叫び。でもそれは愛おしかった。
僕がコーラを買って戻ると女は眠っていた。赤いキャミソールが変に色っぽくコーラのラベルとの親和性に嫉妬した。
ドライだと思っていた自分自身の嫉妬深さにウンザリしながらそれに口をつけた。
驚いた女は飛び起きて僕を見つめた。また電池が切れたように眠り始めたので僕はまた口をつけた。
甘くて深夜に茹だる脳で思考がまばらになっている。このまま間違いを重ねても良かったが、僕はまたハンドルを握り朝が来るまでの共犯者を隣に乗せて海に向かう事にした。
古くなったカーステレオからはそれとは似つかわしくないハイカラなロックンロールが流れている。夏のせいにできないこともあるだろうと一人でイライラしていると女は「あ、この曲すきぃ」と笑った。
それにドキッとした自分自身にもまた腹が立った。立ったのは腹だけでは無かった。
甲高いボーカルも耳に馴染んだ頃僕らは海に着いた。空もゆっくりと赤く、そして白くなっていく。いつのまにか恒久的な死にたさは鳴りを顰め僕はただただ、女にまた惚れ直している。大根でもおろせそうな鱗雲がひたすらに空を覆っている。隣にはめんどくさそうな顔をした女がうずくまっている。
コンクリートでできた階段の上に寝そべる。硬くて寝心地は最悪だが波音と鳥の声、少し冷えた青い朝に瞼が重くなる。
「綺麗…。キラキラしてて星みたい。朝ごはんは鯛にしましょう」
僕は二つ返事で了承して笑いながら彼女にキスをした。それだけで幸せになってしまうのだからどれだけ機械が新しくなっても人間は変わらない。欲求という計り知れないエネルギーによって動いている。
そうやって単純でいられることが幸せなのだろう。