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Photo byarayan_yuru

ひとり脳内会議―「困った」がアイデアになる瞬間―



    第1話   
    〜家のエアコンが壊れちゃって……。〜

    「家のエアコンが壊れちゃって……。」

    担当の美容師さんが、困ったように笑った。

    私は思わず、

    「えっ、この時期に?」

    と聞き返した。

    外は連日の猛暑。

    家へ帰れば、まずエアコンのスイッチを入れる。

    それが当たり前になっている季節だ。

    そんな時期にエアコンが壊れるなんて、それだけで一大事である。

    「安いエアコンを探してるんですけど、なかなか見つからなくて。」

    「しかも、この時期は工事が混んでるみたいで、買えたとしても取り付けが何週間も先になるらしいんです。」

    美容師さんは苦笑いを浮かべた。

    私は「それは大変ですね」と返した。

    その後はいつものように別の話題になり、
    美容師さんはカラー剤を塗り終えると、

    「少し時間を置きますね。」

    と言って席を離れた。

    私は雑誌を手に取った。

    いつもなら、新しい化粧品や旅行の記事を眺めながら時間を過ごす。

    ところが、この日は違った。

    雑誌は開いている。

    でも、ページをめくっても何ひとつ頭に入ってこない。

    頭の中は、さっき聞いた「エアコンが壊れた」という話でいっぱいだった。

    安いものが見つからない。

    工事も何週間待ち。

    もし私だったら。

    もし、一人暮らしの高齢者だったら。

    そんなことばかり考えていた。

    気づけば、

    「シャンプー台へどうぞ。」

    と声をかけられていた。

    私は横になり、顔には半分に折ったガーゼがそっと置かれる。

    温かいお湯が流れ、シャンプーが始まった。

    ヘッドマッサージが気持ちいい。

    そのときだった。「痒いところはありませんか?」

    私は反射的に答えた。

    「大丈夫です。」

    ……数秒後。 

    あれ?

    今の声。

    私の担当さんじゃなかった?!

    そう。

    隣のシャンプー台で、別の美容師さんが

    お客さんに聞いていたのである。

    私は隣のお客さんへの質問に、

    元気よく返事をしてしまったのだ。

    ガーゼで目は隠れている。

    でも、口元だけは少しガーゼからはみ出している。

    ……絶対、今ニヤニヤしてるのバレてる……。

    そう思ったら、笑いをこらえられなくなった。

    席へ戻るなり、私は担当の美容師さんに聞いた。

    「さっき、私が『大丈夫です』って

    言ったの、聞こえてましたよね?」

    美容師さんは笑いながら言った。

    「もちろん聞こえてました(笑)。」

    「実は僕も、ちょうど『痒いところはありません

    か?』って聞こうと思った瞬間に、隣のスタッフが先

    に言ったんです。それにお客さんが返事したから、

    笑いをこらえるのが大変でした。」

    結局、二人で大笑いした。

    考え事をしていると、
    人は耳だけが勝手に反応するらしい。

    そんな新しい発見までしてしまった。

    美容院を出て、電車に揺られながら私は考えていた。

    エアコンが壊れた。

    たったそれだけの話なのに、どうしてこんなにも頭から離れないのだろう。

    そのときの私は、まだ気づいていなかった。

    この何気ない会話が、昔の夏を思い出し、暮らしそのものを見つめ直すきっかけになることを。

    第2話 
    〜変わったのは、家電ではなかった〜


    美容院からの帰り道。

    私は電車の窓をぼんやり眺めながら、子どもの頃の夏を思い出していた。

    我が家にも、当時は「クーラー」と呼んでいたエアコンがあった。

    今のような白くてスタイリッシュなものではない。

    どっしりとした茶色いクーラー。

    リモコンなんてなく、本体からぶら下がったヒモを引っ張る。

    「カチッ」

    その音がすると、冷たい風が吹き始めた。

    もちろん、扇風機も大活躍だった。

    羽根に向かって「あーーーーー」と声を出して遊ぶ。

    制服のスカートをふわっと扇風機にかぶせる。

    すると、スカートの中に閉じ込められた風が、太ももを大喜びさせてくれた。

    今思えば、なんとも平和な夏だった。

    そういえば、昔の扇風機は不思議だった。

    フレームに指が当たると、勢いよく回っていた羽根がピタッと止まるのである。

    子どもの私は、それが面白くて何度も試した。

    今の扇風機では見かけない。

    きっと、安全への考え方も技術も進化したのだろう。

    私は思った。

    時代が変われば、家電も変わる。

    暮らしも、それに合わせて少しずつ変わっていく。

    携帯電話もそうだ。

    黒電話から携帯電話へ。

    今では、一人一台スマートフォンを持つ時代になった。

    音楽はレコードからCDへ。

    さらに配信へ。

    映画もレンタルビデオから動画配信サービスへ。

    「持つこと」が当たり前だったものが、「利用すること」へ変わり始めている。

    そんなことを考えているうちに、私はあることに気づいた。

    昔、冷やすだけだった「クーラー」の存在は、今では暖房や除湿まで担い、一年中暮らしを支える「エアコン」という家電へと変わっていった。

    昔と今で、一番変わったのはむしろ、私たちの暮らしだった。

    子どもの頃も夏は暑かった。

    でも、「命に関わる危険な暑さ」という言葉を聞くことはほとんどなかった。

    今では毎年のようにニュースで、

    「危険な暑さです。」

    と呼びかけられる。

    夜になっても気温は下がらない。

    夏だけではない。

    冬は暖房として使い、梅雨には除湿もする。

    エアコンは一年を通して、私たちの暮らしを支えている。

    昔は「あったら便利」。

    そんな存在だったエアコンは、いつの間にか「なくては困るもの」になっていた。

    美容師さんの話を聞いて初めて気づいた。

    エアコンは、もう単なる家電ではないのかもしれない。

    もしそうなのだとしたら。

    今の「買う」という仕組みだけで、本当にいいのだろうか。

    私はその問いを抱えたまま、家路についた。

    第3話 
    〜「あっ!」は突然やってきた〜


    「買う」という仕組みだけで、本当にいいのだろうか。

    その疑問は、家に帰ってからも頭の中をぐるぐる回っていた。

    もし、一人暮らしのお年寄りだったら。

    もし、年金だけで暮らしていたら。

    もし、急に十万円近い出費が必要になったら。

    エアコンが壊れても、「はい、買い替えましょう」と簡単にはいかない人もいるだろう。

    しかも、お金があっても工事が何週間も待ち。

    この暑さの中、それはあまりにも長い。

    毎年ニュースでは、室内で熱中症になった高齢者の話を耳にする。

    「暑かったらエアコンをつければいい。」

    そんな一言では片づけられない現実がある。

    私は考え続けた。

    エアコンは、もう贅沢品ではない。

    暮らしを守るもの。

    いや、命を守るものになっている。

    そこまで考えた、その瞬間だった。

    「あっ。」

    思わず一人で声が出た。

    そうだ。

    買わなければいいんだ。

    いや、正確には、

    「買う」以外の選択肢があってもいい。

    そのとき、第2話で考えていたことが頭の中でつながった。

    「持つこと」から「利用すること」へ。

    暮らしは少しずつ変わってきている。

    だったら。

    エアコンも同じように考えられないだろうか。

    毎月決まった料金で利用する。

    いわゆる、サブスク制度である。

    工事費も込み。

    故障したら交換。

    定期的に点検もしてもらえる。

    そんな仕組みがあったら。

    利用する人も安心できる。

    私は一人でどんどん考え始めていた。

    でも、そのときだった。

    「ちょっと待てよ。」

    私の頭の中で、もう一人の私がツッコミを入れた。

    「利用する人は助かるけど、企業は?」

    その疑問が浮かんだ瞬間。

    私の頭の中では、開発会議が始まっていた。


    第4話 
    〜頭の中の一人会議〜


    「利用する人は助かるけど、企業は?」

    その疑問が浮かんだ瞬間、私の思考はまた動き始めた。

    一つ答えが見つかると、今度は別の角度から考えたくなるのだ。

    利用する人の立場。

    企業の立場。

    そして社会全体の立場。

    気づけば、私の頭の中では一人会議が始まっていた。

    議長も私。

    発言するのも私。

    質問するのも私。

    なんとも忙しい会議である。

    まずは利用する人の立場になって考えてみる。

    エアコンは決して安い買い物ではない。

    しかも突然壊れる。

    真夏は命にも関わる。

    もし年金生活だったら。

    もし急な出費が続いていたら。

    「必要なのに買えない。」

    そんな人もいるかもしれない。

    では、企業はどうだろう。

    毎月決まった料金で利用してもらう。

    工事も含める。

    故障したら修理や交換をする。

    さらに、定期的に点検も行う。

    利用者は安心できる。

    企業は毎月安定した収入になる。

    定期点検を続けることで、故障そのものを減らせるかもしれない。

    利用者は突然エアコンが止まる不安が減る。

    企業も緊急の修理や交換を減らすことができる。

    お互いにメリットが生まれる仕組みになるのではないだろうか。

    さらに、古い製品も整備して再利用できるかもしれない。

    修理や点検を地域の家電店へ依頼すれば、新しい仕事も生まれる。

    ……あれ?

    ちょっと待って。

    これって、みんなが得をする仕組みにならないだろうか。

    私は一人で考えながら、一人でうなずいた。

    もちろん、実際には簡単な話ではない。

    採算の問題もある。

    制度の問題もある。

    私には分からないことだらけだ。

    でも、「できない理由」を探す前に、「できる方法」を考えてみる。

    それも一つの考え方ではないだろうか。

    昔、子どもの頃は「クーラー」と呼んでいたものが、いつしか「エアコン」と呼ばれるようになった。

    呼び名だけではない。

    冷やすだけだった「クーラー」は、暖房や除湿まで担い、一年中私たちの暮らしを支える「エアコン」へと変わっていった。

    時代が変われば、暮らしも変わる。

    だったら――。

    家電との付き合い方だって、変わってもいいのではないだろうか。

    その瞬間、私の頭の中に、ある言葉が浮かんだ。

    「三方よし」

    利用する人によし。

    企業によし。

    そして社会によし。

    誰か一人が我慢するのではなく、みんなが少しずつ笑顔になれる仕組み。

    もし、この仕組みが実現したら。

    「壊れたらどうしよう。」

    ではなく、

    「困ったら相談しよう。」

    そんな安心感も、一緒に届けられるのかもしれない。

    エアコンそのものではなく、「安心」を利用する。

    そんなサービスがあってもいいと思った。

    そんな未来を想像したら、なんだか少しワクワクしてきた。

    私の頭の中の一人会議は、まだ終わりそうにない。

    むしろ、ここからが本番なのかもしれない。


    第5話 
    〜未来は、美容院から始まるかもしれない〜


    美容院で交わした、ほんの数分の会話。

    「家のエアコンが壊れちゃって……。」

    あの日、私は美容室へカラーリングに行っただけだった。

    それなのに帰る頃には、エアコンのことではなく、未来のことを考えていた。

    もし、高齢者が安心して暮らせたら。

    もし、急な故障に慌てなくて済んだら。

    もし、企業にもメリットがあり、地域の家電店にも仕事が生まれたら。

    そんな「もし」が、頭の中でどんどん広がっていった。

    その中でたどり着いたのが、エアコンをサブスク制度で利用するという発想だった。

    「買う」ことだけが選択肢ではなく、「利用する」という選択肢があってもいいのではないだろうか。

    もちろん、私が思いついたことが、そのまま実現するとは思っていない。

    私は経営者ではない。

    メーカーでもない。

    商品開発の仕事をしているわけでもない。

    でも、

    「こんな仕組みがあったらいいな。」

    と考えることは、誰にでもできる。

    アイデアは、特別な人だけのものではない。

    日々の暮らしの中で「困った」と感じた瞬間から、生まれるものなのかもしれない。

    それでも私は考えてしまう。

    「もっといい方法はないのかな。」

    「みんなが少しずつ助かる仕組みは作れないのかな。」

    そんなことを。

    そういえば以前、職場の人からこんなことを言われた。

    「SANBAさんの頭の中って、一体どうなってるんですか?」

    そのときは笑って終わった。

    でも今なら、その意味が少し分かる気がする。

    私の頭の中では、一つの出来事が、そのまま終わらない。

    誰かの「困った」を聞くと、

    「どうしたらもっと良くなるだろう。」

    と、いつの間にか考え始めてしまうのだ。

    以前、彼には笑いながら言われたことがある。

    「アイデアを売る会社でも作ったら?」

    そのときは冗談だと思って笑った。

    でも、もしかしたら私が本当に好きなのは、アイデアそのものではないのかもしれない。

    誰かの「困った」をきっかけに、

    「どうしたらもっと良くなるだろう。」

    と考える時間が好きなのだ。

    世の中の新しい商品やサービスも、案外そんな小さな「困った」から生まれたのではないだろうか。

    たとえば、曲がるストローもそうだ。

    子どもがまっすぐなストローで飲みにくそうにしている。

    そんな身近な困りごとから、「曲がったら飲みやすいのではないか」という発想が生まれたという。

    大きな発明も、始まりは案外、目の前の誰かの「困った」なのかもしれない。

    ちなみに私も、過去に実用新案を取得したことがある。

    ……と書くと、なんだかすごい人みたいだが、本人はいたって普通である。

    ただ少しだけ、「これ、もうちょっと便利にならないかな」と考えることが好きなだけだ。

    そう考えると、日常は面白い。

    何気ない会話の中にも、未来の種が転がっている。

    だから私は、これからも耳を澄ませていたい。

    美容院での会話も。

    電車で聞こえてきたひと言も。

    そこには、まだ誰も気づいていないアイデアが眠っているかもしれないから。

    さて。

    次の開発会議は、いつ開かれるのだろう。

    きっと場所は、私の頭の中。





    #創作大賞2026
    #ビジネス部門

     
     

    SANBA

     
     
    人生はSANBAの如く、笑って揺れてたのしくあーれ♪ 明るさ自前、ソウルナンバー33を携えた50代。 日々の気づきや体験をエッセイや小説風に綴っています。 サクッと読めて、くすっと笑えて、少し余韻も。 いただいた質問は少しお時間をいただくことがあります。

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