
母、旅に出る。 第7話
〜朝7時、おしるこに選ばれる〜
2日目の朝は早い。
朝食は6:30。
出発は7:50、ロビー集合。
修学旅行か。
いや、むしろ社会人合宿である。
旅ってもっとこう、
自然に目覚めて、鳥のさえずりを聞きながら優雅にスタートするものでは?
現実は違う。
「急げ、食べろ、整えろ、集合しろ」
完全に団体行動である。
それでも私は、ちゃんと起きた。
すごい。
朝食も食べた。
メイクも済ませた。
荷物も整えた。
旅先限定で現れる“しっかり者人格”が出勤していた。
朝食は和食を選んだ。
そして気になったのが、加賀棒茶。
普通のお茶もある。
でも旅先で“普通”を選ぶと、
ちょっと負けた気がする。
「せっかくだし」が人を動かすのである。
ということで加賀棒茶をいただく。
ひと口飲む。
……ほうじ茶っぽい。
正直に言おう。
ほうじ茶と加賀棒茶を同時に出されて、
「どっちがどっちでしょう?」と言われたら、
私は迷わず間違える。
それでもこれは加賀棒茶なのだ。
そう思って飲めば、もう北陸。
旅とは、情報を味わう行為でもある。
そうして胃袋に北陸を流し込み、
ごちそうさま。
ロビーへ向かうと、人だかりがまだらにできていた。
みんな早い。
みんな静か。
みんな準備が整っている。
大人の団体旅行、統率力が高い。
その中で私たちは思った。
「コーヒー飲みたいね」
こういう意見の一致は早い。
近くのカフェはーーー閉まっている。
仕方なく、自販機を探す。
発見。
よし、コーヒーを——
売り切れ。
……なんでよー。心の中がつぶやく。
このタイミングでの売り切れは、
砂漠でオアシス見つけたら休業日くらいの衝撃である。
次の自販機へ向かう。
あったー!
歓喜。
しかしその瞬間、私は見てしまった。
おしるこ。
……どうして、ここに。
コーヒーを買いに来たはずなのに、
急に現れる甘くて温かい誘惑。
しかも缶に書かれた文字が妙に優しい。
おしるこ。
なんか、包容力ある。
私は一瞬で心を持っていかれた。
彼も驚いている。
「え、朝から?」
そう。
朝からである。
だが逆に聞きたい。
朝に飲んではいけない理由があるのか。
ない。
私は迷いなくボタンを押した。
ガコン。
決断の音がした。
私は缶を掲げ、当然のように言った。
「ひと口飲む?」
すると彼は、ためらいもなく受け取り、
普通に飲んだ。
しかも自然体で。
え、あなたもいける人なんだ!
朝7時、朝食後に、集合前に。
おしるこを“ひと口もらう飲み物”として
成立させる人、なかなかいない。
そして私は少し安心した。
よかった。
彼も朝からおしるこ、いけちゃう人だった。
価値観の一致とは、
こういうところに現れるのかもしれない。
類は類を呼ぶ。
もしくは——
甘党は甘党を呼ぶ、である。
甘い。
うまい。
背徳感までうまい。
さっき朝食のデザートも食べた気がするが、
その記憶は一旦棚に上げた。
旅先では、カロリーにも寛大でいたい。
そんなわけでーー
立山黒部アルペンルートへ向かう朝。
私のエンジンは、
コーヒーではなく、おしるこでかかった。
つづく