
第8話:娘の出産
私の娘は「スリーピングビューティ」だ。
私もだが、昼寝が大好き。
家が静かだなーと思うと大抵寝てる。
そんな娘はやはり予定日を10日過ぎても産まれてこなかった。
母が日本からわざわざお産扱いに来てくれることになっていたのだが、さすがプロだ。
すでに7人も産んでいる経験上、私のお産扱いは予定日の2週間後からアイルランドに来てくれることになっていた。
毎日のようにこれ以上の大きさと重さに耐えられない、と思いながらも全く産まれてくる気配のない娘。
結局は帝王切開で産まれてきた。
多分個人的に自然出産は耐えられなかったかも知れないのでそれでよかったのだ。
しかし、産まれてきた娘は泣かなかった。
なぜなら、彼女は気持ちよく寝ていたから。
しかし、子宮を通り抜けずに帝王切開で産まれてきた彼女は、突然の現実世界に引き出され、やっと泣いた。
私は痛みはないが長い間の出産時間で疲れていたのもあって、結構冷めていた。
ここからが新しい人生の幕開けなのだ。
旦那は泣いていた。
ずっと子供が欲しかったのだろう。その時に更に思った。
出会った頃はそんなこと思いもしなかったが、実はとても子供が大好きだ。
実は時差の関係もあって、奇跡が起こった。
帝王切開の翌日、私はフラフラになって日本に電話をかけた。
母はすでにその時、シリアに住んでいた一番上の姉と旅行をしていた。
しかし、私と直ぐ下の妹は、実は同時期に妊婦だったのだ。
そこで、もう一人の姉が電話に出て、妹も実は出産で病院へ向かったとのこと。
あっさりと、「同じ日に産まれるね」と言った。
そう、私の娘と妹の息子は同じ日に生まれた。
私たちは彼らのことをいまだに双子と呼んでいる。
眠ったまま産まれてきた私の娘。
しかし、甥っ子は臍の緒が首に巻きつき、仮死状態で産まれてきた。
二人は本当に双子のように仲が良く、今だに不思議な関係だ。
アイルランドでは普通分娩で母子共に良好であればその日の退院もあり得る。
しかし私の場合は帝王切開なので最低でも5日間は入院。
相部屋だということもあって、私も娘もどんどんやつれていった。
初めての授乳に十分対応できず、娘も大きく産まれたのにどんどん小さくなっていった。
憔悴しきった私のところに、母がやっと来てくれた。
母も私なしで英語がわからないのに大変だっただろうと思う。
しかし、母が初の孫娘を見てホッとした表情で言った。
「一生の親友ができたね。おめでとう」
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「一生の親友ができたね、おめでとう。」母の言葉が、出産という命がけの体験を優しく包んでくれました。
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