「こころのSOS」ができるまで
正直なところ、なぜ「こころのSOS」と名付けたのかと聞かれても、最初は何となくでした。
心療内科での体験を活かして、誰かの助けになることができれば。
そのくらいの、ぼんやりとした思いから浮かんだ名前です。
当時の私は仕事を辞めて、無職でした。
これまでの経験をもとに、人を支えるような活動もできないだろうか。
まずはnoteに書いてみようと思いました。
メンタルが不安定になってから、付き合いが減った友人もいます。
それでも、変わらず心配してくれる友人や元同僚がいました。
「事務処理でよければ、リモートで手伝うよ」
「本気で事業にするなら、資金を出してもいいよ」
そう言ってくれる人までいました。
ありがたい話でした。
ただ、ぼんやりと活動について考えたり、noteで皆さまの記事を読んだりする中で、少しずつ疑問が出てきました。
人を救うというのは、そんなに簡単なことなのだろうか。
相手が何に困っているのかを知る。
本人もうまく言葉にできないことを、急がず聞く。
それには時間もかかりますし、根気も必要です。
誰かに手伝ってもらう。
資金を提供してもらう。
そうなれば、説明する責任も生まれます。
何に使い、何を目指し、どこまで責任を持つのか。
当時の自分に、それができるとは思えませんでした。
その後、偶然今の職場に出会いました。
仕事でいろいろな人と話し、皆さまのnoteを読みながら、以前の自分を振り返るようになりました。
そして、自分が一番つらかった頃のことが、少しずつ分かるようになりました。
なぜ、こんなに体が震えるのか。
なぜ、気分が沈むのか。
なぜ、感情が大きく揺れるのか。
どうすればいいのかも分からない。
当時の私は、自分の心がSOSを出していることに気づいていませんでした。
それから、私が文章を書く時に意識するようになったのが「気づき」です。
誰かを救えるとは言えません。
ただ、自分の心がSOSを出していることに気づく。
そのきっかけの一つになれたらと思いながら、書くようになりました。
最初は何となく付けた名前でした。
記事を書き、悩んでいる方の言葉に触れる中で、少しずつ形になりました。
今は、この名前でよかったと思っています。
タイトルを回収するつもりで、今回は書かせていただきました。
ちなみに、資金を出してもいいと言ってくれた友人は、その翌月にハーレーを購入していました。
私が断ったことで、ハーレーになったのかもしれません。
新婚だった気もしますが、その後については聞いていません。
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