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Photo bymaronchan_art

「夢を駆けたシェアハウス」

    十数年前、私は変わったシェアハウスに住んでいた。 そこは、創作活動する人のみ入居限定のさながら「トキワ荘」のようなシェアハウスで、女子寮と男子寮、どちらもあった。
    私はその頃、漫画家を目指していた。そして、その寮には漫画家志望の人が多かった。

    睡眠中の夢で見た内容をそのまま漫画にしたら、いきなり入賞し、月刊少年誌でデビューしていた天才肌のIちゃん。

    楳図かずおが好きで、頭は良いが躁鬱で、自らを「ずっと高音量で喋り続ける壊れたスピーカー」と称していたメンヘラのOちゃん。

    ガテン系で、仕事が出来るため運送業者で2週間で現場監督になり、頼りにはなるが、他人への漫画のライバル心とマウントが強く、とにかく仕切りたがる「年下番長」Sちゃん。

    武士に憧れ、一作品すら描かないのにあらゆることの好き嫌いと、こだわりだけは強く、職場でも「あいつ面倒くさい」と言われてしまう最年少の関西人、Uちゃん。

    まるで青春作品のようなメンバーとの生活で、それなりに楽しく暮らしていたのだが、それは突然終わりを告げる。

    私の隣の部屋に「宇宙の声が聞こえるという電波系」な三十路の女性が越してきたのだ。
    部屋から夜な夜な聞こえる独り言。
    会話がほとんど通じない。
    バッグパッカーでインドに行ったのが自慢で、誰にでも上から目線でアドバイスをする、などなど。

    彼女の存在がストレスで私は半ばノイローゼになり、数カ月後にその寮から引っ越した。

    悲しかったのは、私がいくら「彼女はちょっとおかしい」と言っても、入居者で心底気にしてくれる人は誰もいなかった。そして引っ越すことを引き留めてくれる人もいなかったことだ。
    しかし、私が引っ越ししてから3カ月後くらいに、彼女が寮の庭でボヤ騒ぎを起こし、番長が通報して警察沙汰になったと聞いた。それが原因で彼女は家を追い出されることになり、その後、元々持っていた症状が発露し精神病院に入院したという。
    やはり、私の「あの人はおかしい」という訴えは見事に的中していたのだ。


    その後、原稿料を貰うことがプロになるということであるなら、私は漫画家になったと言って良いだろう。
    寮に入った後、人のツテでまだ新興だった一昔前のウェブ漫画連載、コンビニのホラー系雑誌掲載、ある経営者のカレンダーイラストの仕事など、その他にも色々とやった。
    そして、その数年後に心身の不調などがあり、私は漫画から小説や原作担当の文章主体へ移動することにした。

    紆余曲折あったが、残念ながらあの寮にいた者の中で、漫画家やクリエイターとして第一線で活躍している者は一人もいない。
    ほとんどが漫画家になることを辞め、普通の仕事についたり、漫画のアシスタントとして暮らしたりしている。天才肌のIちゃんでさえもまだ小さな仕事しか出来ていないと聞く。

    このような短い漫画家人生の中で、一点だけ悔やむことがある。
    これも新興である大手出版のデジタル部門で、ガラケー用の男性向け、女性向けのアダルト出版をやっていたのだが、ツテで「挿絵を描かないか」と話が来たのに、最終的に断ってしまったのだ。
    あの時は少年、少女向け雑誌を希望していたので恥もあり、できなかったが、これは本当に今でも後悔している。
    やっていたら、どうだっただろうか。そちらの分野で新しい扉が開いたかもしれない。
    あの時エロを描いておけば良かった。
    それが今も心に刺さっている、唯一の後悔である。


     
     
    元々はマンガを描いていましたが小説、漫画原作(脚本)の方に転向しました。 仕事の依頼、打診はmuu1200-na@yahoo.co.jpまでお願いします。(個人の感想意見等はご遠慮下さい)

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