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厖っぷちママ―諊めるのを、諊めた日

    2026幎2月。初めおnoteに投皿した日のこずを、今も芋返す。 そこには、むき出しの感情が綎られおいた。

    『やっぱりか。でも、もしかしたら   ほら、やっぱり。 その繰り返しだ。
    諊めおいた倢を再び远いかけようず決めた、2025幎10月。 䜕かに取り憑かれたように、寝る時間を削っおたで曞くこずに没頭した。目の䞋にクマができ、家事も埌回しにしおしたうほど倢䞭になっおいた。

    なぜ、それほどたでに゚ネルギヌを泚げたのか。 それはきっず、頭ず心に溜たりに溜たっおいたアむディアや構想を、取り留めのない蚀葉ず共に䞀気に吐き出したかったからだ。

    最初は曞くこずでただスッキリしおいた。気持ちが良かった。 物語をいく぀か曞き䞊げるず、自分以倖の誰かにも芋おほしくお、面癜いず思っおほしくお、新人賞やコンテストの公募情報を持っおは応募を繰り返した。

    けれど、䞀番の自信䜜だったはずの䜜品は、䞀次遞考さえ通るこずができなかった。

    ため息が出お、肩を萜ずす。悲しい。悔しい。やっぱり、悲しい。

    䞖の䞭には求められる䜜品があり、それを圢にできる人がいる。 それに匕き換え、自分には才胜がないんじゃないか。挑戊しおみたけれど、やっぱり党然ダメじゃないか。

    たるで「お前は必芁ずされおない」ずいう䞍合栌の烙印を、き぀く、匷く抌されたように胞が痛んだ。

    萜遞が続くず、自信は枯れおいく。 諊めるのは簡単だ。
    「はヌい、もうやだ やめた」
    ず叫べば、そこで終わる。 それは、過去に䜕床も自分が遞択しおきた「楜な道」だ。
    今の私は、その道の先を、ずがずがず歩き続けおいる。

    だったら――もう、諊めるこずを諊めようか。 だっお、きっずたたその道を遞んでも、いくら遠回りをしたずしおも、私は再びこの道に蟿り着いおしたうから。

    悔しさ、葛藀、苊しみ、䞍安。 もがき続ける日々は続くけれど、ばあちゃんになっおもずっず諊めずに曞き続けおいたら、今たで閉ざされおいた道がい぀か開くのではないだろうか。

    そう自分に蚀い聞かせ、悲しいずいう感情を認め、萜遞を受け止める。 そしおたた、曞き盎し、新しい物語を曞いお応募しよう。』

    これは、圓時の私が思いのたたに曞き綎った応募䜜「萜遞」ぞの吐露だ。 私は小説家になるために、今も苊悩ず共に物語を曞いおいる。

    創䜜においお、キャラや蚭定で悩たない曞き手はいないだろう。ノンフィクションではない以䞊、経隓しおいないこずをあたかも経隓したかのように曞くのは、やはり難しい。

    想像力を働かせ、調べ、知恵を絞る必芁がある。
    けれど、䞭には自分の人生から埗た思考や想い、䜓隓談がそのたた投圱される瞬間がある。 経隓に基づいた蚀葉は、驚くほどすらすらず溢れ出す。物語の舞台やキャラの職業に、自分の歩んできた道が重なるこずもある。

    小説家を再び目指す前、私は幎の差のある子䟛たちを抱え、玄10幎間、専業䞻婊ずしお生きおいた。䞋の子が幌皚園に入り、ようやくできた心ず䜓力の䜙癜。

    子䟛がいない時間、最初はテレビや映画などを芋お、奜きな時間に奜きな昌ごはんやおや぀を食べたり、昌寝したりず気楜に過ごした。
    こんな自由な時間久しぶりずひたすらぐうたらしおいた。

    しかしそんな気楜で莅沢な時間も1週間もすれば飜きおしたった。ずにかく時間が䜙る。
    暇だ  
    そうしお私は本圓に久しぶり過ぎるほど久しぶりに、倖で働くこずを決めた。

    決めたず蚀っおも、じゃ、お願いしたヌすず簡単に決たるわけではないこずを、この時はただ知らなかった。

    家にいる時間が長くお関わりずいえば、家族やママ友だけ。だから人間関係も限られおいた。

    そんな䞭、突劂ずしお瀟䌚ずいう荒波に晒されにいくずいう行為は、小さなペットの䞊で足元がぐら぀くほど、䞍安でいっぱいだった。

    働くっおなんだっけ どうすればいいんだけ

    戞惑うくらい初心者に返り咲いおいた。

    長いこず、劻ずしお、母ずしお生きおきた。

    ママ○○のお母さん

    ず呌ばれる事に慣れすぎおしたい、

    あれ私の名前っおなんだったっけ

    自分の本圓の名を、忘れおしたいそうになるほどだった。

    家族や子䟛関連以倖の誰かに、名前で呌ばれたい。そう匷く思った。

    ハロヌワヌクに登録し、ネットを駆䜿し、条件に合う堎所に片っ端から応募した。 

    しかしそこで埅っおいたのは、瀟䌚の厳しすぎる颚圓たりだった。特に幌い子を持぀芪ぞの芖線は、想像以䞊に冷たかった。

    瀟䌚は確か、子沢山、3人以䞊を掚奚しおるんじゃなかったの  働きながら沢山産み育およっお。

    それなのに、子持ちに察する受け皿が党く準備されおいない。だっお個人に求めるこずは倚いのに、倚くの䌚瀟の考え方がただそれに远い぀いおいない、昭和のたた。

    郜䌚ならただしも田舎なんおもうほんずに䜕も倉わっおいない。

    そりゃ少子化になるはずだよなず思った。

    だっお、
    はい勉匷しおいいずこに就職したしょ、結婚したしょ早めに、子䟛産みたしょ早めに、仕事もしたしょ、家事もちゃんずしたしょ、なんなら資栌も取りたす はい、そしおたた子䟛産みたしょ早めに、仕事もしたしょ  。でも子䟛の面倒はご自分でね

    その繰り返しを無蚀の圧で求められたら、誰だっお、疲劎困憊になる気がする。

    そしお䌚瀟も条件は合うのに子持ちずいうだけでハヌドルが高くなる。

    面接の感觊も良い。 だが、最埌の質問でい぀もどん底に突き萜ずされる。

    「急なお子さんの呌び出しには、どなたが行けたすか」

    たたは、

    「急なお子さんの䜓調䞍良の時に、どなたか看病しおくれたすか」

    今でも私の倧嫌いなセリフである。

    それは暗に、

    「あなたしか迎えに行けないなら、早退されおは困る。あなたしか看病する人がいないなら䌑たれたら困るから、雇えないよ」

    ず蚀われおいるのず同じだった。

    䜕床も繰り返されるその質問に、私はい぀しか「あ、これは萜ちるな」ず察する術たで芚えおしたった。

    「倧䞈倫です じじばばや䞻人が行きたすから そちらには迷惑は䞀切かけたせんので、ご安心を」

    笑顔でそう断蚀できる環境にさえいればたた違ったのかもしれないが。栞家族で生掻しおいれば頌れる人も倚くはないだろう。

    子䟛はたくさん産みたしたね、はい、それはそれずしお、この䌚瀟には関係ない話なので他をあたっおください。そう蚀い攟たれおる気分だった。

    ただお子さんの小さいうちは働きに出なくおもいいんじゃないですか

    ずいう断り文句を蚀われたこずもあった。

    そうですか、じゃあそうしたずしお、私の幎霢、䞊がっおいくんですが、その時、それでも雇っおくれたすか

    そう蚀い返したい気持ちが、溢れそうだった。
    瀟䌚の冷ややかな掗瀌を济び続け、私はだんだんず自信を倱っおいった。

    「いや、もう無理ぜ」 「これ、働けんやん」

    しばらく貝のように閉じこもりたかったけれど、それでも諊めずに応募し続けたある日、手応えを感じる䌚瀟に出䌚った。

     ブランクの長さも、子䟛が小さくお迷惑をかけるかもしれない䞍安も、すべお正盎に話した。 面接官である店長は、気さくで腰の䜎いおじさただった。

    「ブランクなんお気にしないで。䞀緒にがんばっおみたせんか」

    その明るい声が、私の䞍安を吹き飛ばしおくれた。

    ようやく手にした「採甚」ずいう、光り茝く切笊。

    「これで幞先良くなるわ」

    ず心から安堵した。やっず䞖間に認められたような気がしお、これたでの窮屈だった狭い堎所から抜け出せるのだず、未来が照らされたように感じた。

    䞍満も怒りも鬱憀も、その切笊を手に入れた瞬間に、霧が晎れたようになくなった。

    しかし、意気揚々ず迎えた初出勀の日。 自転車を挕いで店に向かい、ド緊匵の䞭で入り口に立った私を埅っおいたのは、予期せぬ珟実だった。

    早めに行き埅ち合わせの店の前に立っおいた私。しかし埅おど暮らせど、店長が珟れない。 5分経ち、10分経ち  焊りで顔面は蒌癜だったず思う。

    たたらず通りすがったスタッフに声をかけた。県鏡をかけたその人は、私の顔を芋るなり淡々ず蚀った。

    「ああ、新しい方ですか」

    案内された店内で、自己玹介もそこそこに、圌は匷烈な䞀蚀を私に济びせた。

    「ここの人、みんな性栌悪いんで。芚悟しずいおください」

    「えっ」

    聞き間違いかず思った。けれど、県鏡君はそれ以䞊䜕も蚀わなかった。 その蚀葉こそが、私の行く末を占う予蚀だった。

    店長が出勀しおきたのは、埅ち合わせの1時間埌。 謝眪もなく私はただただ唖然ずしおいた。
    あんなに気さくだった面接時ずは別人のように冷たく、挚拶をしおも返事さえなかった。

    右も巊もわからない新人に、あたりに酷な態床だった。

    初日は䜕が䜕だかわからないうちに終わった。
    翌日以降は、面接の時に聞かされおいた内容以䞊にハヌドで。家に戻っおも持ち垰る仕事は倚く、パヌトにしおは責任が重すぎた。

    仕事に行くずどんより心が重くなる。仕事から垰るず疲れ果おお、家事も䜕も手に぀かない。子䟛を急いで寝かし぀けるず仕事の勉匷、勉匷で寝䞍足になった。

    だんだんず心の䜙裕がなくなり、笑顔も少なくなっおいった。

    䞀週間も経぀頃、私は、

    このたたでいいのかな
    この仕事合っおいないかも

    ず思うようになっおいた。同時に、

    でもやっず手に入れた仕事なのに
    こんなにすぐに蟞めるなんお根性なし
    蟞めたらもう次はないかも  

    など察比する様々な感情が䞊䞋に乱高䞋したり、耇雑に絡み合っおいた。

    仕事内容も奜きじゃないが、䜕より人間関係も居心地の悪さを感じおいた。

    店長はもちろんのこず、初日に予蚀した県鏡くん。そしおもう1人事務員の女。

    党員が党員、県鏡君の蚀う通り、苊手になり、重なるパワハラにも、心が折れた。

    雪の降る䞭、䜕時間も䞊着を着ぬたた、倖の窓掃陀をさせられたり。

    事務員が床々チェックしにきお、玍埗いかずに、

    あそこただ、汚れおる
    前のパヌトはちゃんずできたのに

    など文句を蚀われ。䜕床もやり盎しを請求された。

    じゃあ、その人は䜕をしおるのかず途䞭、芗きに行ったら、なんずスマホで遊んでいたのだ。

    暖かい郚屋でぬくぬくしながら、自分䞀人だけ仕事もせずに遊んでいたのである。

    驚きず悔しさずムカ぀きず、色んな感情が底から䞀気に蟌み䞊げおきお、わなわな震える拳を、匷く握りしめた。

    こちらは寒い䞭、凍えそうにガタガタしながら掃陀をしおいるずいうのに。

    それをみお、自分の䞭にある薄氷がパリンず音を立おお割れたのが分かった。

    あれほど、喉から手が出るほど欲しがった黄金の切笊だったのに。

    すぐさた、泥氎に浞されお、ぐしゃっずなりボロボロに砎れ散った。私の心は限界ずいう名の悲鳎を䞊げおいた。

    「蟞めおも次はないわよ」

    ずいう事務員の忠告を振り切り、二ヶ月で退職した。 悔しさを握りしめたたた、その足で次の面接に向かった。

    幞い、その時出䌚った仕事は自分に合っおいお、今も続けおいる。

    あの時は本圓に苊しくお、息をするのもやっずだった。 けれど、今、私が曞こうずしおいる物語には、なんずその時の苊い経隓などが色濃く反映されおいる。

    実際に経隓しなければ、決しお想像では曞けなかった重芁なリアリティ。 だから、あの「黒歎史」にすらも今は感謝しおいる。

    倢を叶えるために足掻くには、幎霢的にももう埌戻りはできない。 

    だから、どんな汚くお悔しくお痛い経隓も、この際、すべお創䜜の肥やしにしおやるのだ。

    萜遞通知はい぀だっお凹む。 傷぀くのが怖くお、

    「諊めちゃえよ」「やめたら楜だぞ」

    ず囁いおくるのは、他の誰でもない、自分自身だ。
    だからこそ、今床は自分が自分に蚀っおやりたい。

    「諊めなければ、い぀か叶う」
    「やめずにがんばっおいこうぜ」

    ず。 自分の人生に責任を取れるのは、自分しかいないのだから。

    次に「萜遞」の文字を目にしおも、それを螏み台にしお、私はたた曞き続ける。 だっお人生䞀床きり。やりたいこずに背を向けおなんになる

    「やるなら今しか  」ず錻歌を歌いながら今もキヌボヌドを叩いおいる。

    そんな思いで、今日も懞呜にしがみ぀いおいく。
     

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門


     
     
     

    らぶ

     
     
    埌戻りできない厖っぷちアラフォヌママ。物曞きずしお商業出版を目暙に、諊めおた倢を叶えるたで奮闘する、日々の苊悩や思った事などあれこれ。

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