メインコンテンツへスキップ
見出し画像

9 素材の「原味(本来の旨味)」をめぐる弁証法的な沈思

    人里離れた山中に隠居していると、遠方から友が訪ねてくる。時間の縛りなどない。清々しい朝に目が覚めて食材を仕込み、火を起こして炉に薪をくべ、燻製や焼き物に手をかける。すべてがゆっくりと流れていく。 そんな中、図らずも「弱火(とろ火)」の面白さに気づいた。椎茸、マッシュルーム、マコモダケ、カブから大骨付き肉にいたるまで、弱火でじっくりと燻し焼き、その味わいの変化をテストし続けた。ゆっくりと観察し、弱火の燻し焼きや煮込みの絶妙な火加減を見出す。そうして、食材の旨味を引き出す奥義をじわじわと体得していくのだ。手法がシンプルであればあるほど、料理の奥深さは増していく。弱火でじっくり焼いたキノコは、みずみずしい甘みと水分をその身に閉じ込める。エリンギ、マッシュルーム、椎茸――それぞれの味わいは、全く異なる表情を見せてくれる。

    訪れた美食家や玄人たちは、驚きを隠せずに尋ねる。 「どんなソースに漬け込んだのですか? なぜこれほど瑞々しい甘みが出るのでしょう? 何を入れたのですか?」 私は答える。 「それはキノコ本来の味(原味)ですよ。何も足していません。ただ弱火でじっくり焼いただけです」 「なぜでしょう? こんな味わいは一度も食べたことがありません」 「キノコの甘みは非常に繊細なのです。もし油を使い、強火で炒めてソースを絡めてしまえば、キノコ本来の味は消え去ってしまいます」

    あの年、世界貿易センターで開催された「台湾美食展」に招かれた際、主催側から3人の名シェフが指導のために南下してきた。彼らも私の焼いたキノコを口にすると、驚愕の表情を浮かべてこう尋ねた。 「どんなソースでマリネしたんだ? キノコからどうしてこんな旨味が出る?」 彼らは私の言葉を信じようとせず、疑いの眼差しでこちらを見つめていた。おそらく、彼らがまだ見習いとして料理を学んでいた頃、親方の教えやレシピ本にただ忠実に従ってきたのだろう。トップシェフと呼ばれる彼らの一生は、常に親方や先輩から学び、高名なレシピを模倣することの連続だったのかもしれない。 食材そのものの「原味」に、誰も気づかなかったのだ。いや、彼らの親方の、そのまた親方さえも、考えたことすら、気づいたことすら、なかったのかもしれない。


    • #創作大賞2026 

    • #エッセイ部門 

    • #海外文学 

    • #料理哲学 

    • #引き算の美学 

    • #台湾 

    **▼ 本作は「NOTE創作大賞2026(エッセイ部門)」参募作品です。** 台湾の映画監督でありシェフの著者が、東海岸の都蘭(タラン)という野生の山林で、一把の菜刀(チェーツァオ=中華包丁)と低音の弱火とともに辿り着いた、生命と素材をめぐる「引き算の哲学」を連載でお届けしています。 **▼ はじめての方へ(著者プロフィール・序文はこちら)
    #江冠明|台湾の記憶と風土の記
    #旅する料理人:都蘭の食と暮らしの哲学
    ** https://note.com/あなたのNOTEアカウント名/n/xxxxxx *
    **▼ 次回予告** 次回は、さらに深く自然と対話する「都蘭の風と、野生の味覚」の章をお届けします。どうぞお楽しみに。スキ(♡)やフォローをいただけると、山林での創作の大きな励みになります! #創作大賞2026 #エッセイ部門 #料理哲学 #台湾

     
     
    台湾東海岸・都蘭の深山で、廃屋を修繕しながら「土地と食の記憶」を綴る作家。元ドキュメンタリー映像作家。霧社事件から社会運動の記録、そして山居生活まで。台湾という島の息吹を、泥と汗と言葉で掘り起こす。著書多数。都蘭より、日々の風と手触りを記録中。

    あなたへのおすすめ