
本売れない問題、解決しちゃう博士
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この前面白いことがあったので共有させてください。
前置きしておきますが、嘘みたいな話です。
でも、実話です。信じてください。
信じていただけなければその時点でブラウザバックしてもらって構いません。
それでは、始めさせていただきます。
昼下がり、家の近くを散歩していた時のことです。
その時はある悩み事があり、うつむいてとぼとぼ歩いていました。
瞬間、道の脇の茂みから何か飛び出してきて、見たら白衣のおじいさんだったんですよ。
白衣のおじいさんを「博士」と、敬意を込めて呼ばせていただきます。
博士は次のように言いました。
博士「お困りのようだね?」
私「わあ、いきなりなんですか、びっくりするじゃないですか!」
博士「前置きはいらん。買った本が売れなくて本棚がいっぱいになってしまう、そうだね?」
私「そうですけど、それがあなたに何の関係があるんですか?」
博士「何のことはない。君のその悩み、わしが解決してやろう。
こういう問題は原因から明らかにして、ミステリを解くように論理的に解決していくのが肝心なんじゃ。それに……」
私「ごたくはいいので早く本題に入ってください。
話は聞いてやってもいいですよ、手短にお願いしますね」
博士「なな、わしが解決してやると言っているのになんだその態度は!
……まあ仕方ない、その態度のままでいいから、今からわしが言うことをよーーく聞くんじゃぞ」
作り話かと思うかもしれませんが、本当なんです。
これが嘘なら、こんな現実離れした設定にしませんよね?
そういうことです。
保有効果
博士「解決策を考える前に、まず本が売れない理由を掘り下げてみるんじゃ。
君は保有効果というものを知っておるかね?」
私「うーん、聞いたことあるようなないような……」
博士「その答えの時は8割がた『聞いたこともない』じゃ……。
まあよい。ここで一つ例を出そう。
ワイン好きのR氏は、自分の持っていたワインが年代物になり、蒐集家から1本100ドルで売ってくれと言われたが売らなかった。
私「えー、売れば得なのに。自分なら絶対売りますね」
博士「それは自分でワインを飲む気がない場合の思考じゃろう。
ワイン好きのR氏からすれば、100ドルの値がついたワインを飲めると思ってウキウキかもしれんぞ。
この続きが重要なんじゃが、R氏は普段、1本35ドルを超えるワインは決して買わないんじゃ」
私「それの何が問題なんですか」
博士「いいかの、35ドル以上のワインを買わないのに、100ドルでワインを売らない。
ここから言えるのは、R氏はワインを買う時より売る時に高く価値付けしてしまっていることなんじゃ」

私「なんかわかったような分からないような……。
つまりこれが保有効果、って言いたいわけですね、あなたは。」
博士「その通り!なかなか頭が働いてきたようじゃのう。
持っているモノと持っていないモノで異なる価値付けをすることを保有効果と言う。
本についても同じで、買った時より大きな価値を本に認めているからこそ、売るのを拒んでしまうというわけじゃな」
本筋には関係ないですが、この辺りで私たちの周りに人だかりができていました。
博士の話には何か聞かせるようなところがあったのでしょうね。
思い出心理と勲章心理
私「これまでの話はまあわかりました。でもそれじゃ不十分です。」
博士「ほう、続けてよいぞ。」
私「はい。保有効果は確かに本を売れない要因の一つだと思うんですが、それだけじゃない気がするんです。
私は面白かった本は特に売れないと思ってるんですが、それが保有効果では説明できません。読み返す気も起こらないのにですよ?
これを説明してくれない限り、あなたの話は信用できません!」
(聴衆、どやどやしだす)
博士「そう焦るでない。それはこれから言う二つの心理で説明できる。
思い出心理と勲章心理じゃ」
私「何ですかそれは。聞いたことありませんよ」
博士「当然じゃ。今わしが考えた造語じゃからの。
……そう怪訝な反応をするでない。ひとまず今からする説明を聞くがよい。
本を売るときの気持ちを考えるんじゃ。
読むのに費やした時間、楽しかった読書体験まで売ることで失ってしまう……、そんな気持ちになることはないかね?」
私「うーん、そう考えたことはないけど、言われてみればそんな気もする、ぐらいですかね……」
博士「それでよかろう。まずは思い出心理じゃ。
本を読むのには時間がかかる。
決して少なくない時間を共にした本は、読み返さないまでもパラパラ見返すだけで読んだときの体験を思い出すことができる。
ちょうどフォトアルバムを見返すのと同じ心理じゃな」
私「なんか、、わかる気がしてきました。
読んだ本の背表紙を眺めるだけの時間とかが意外とよかったりするんだよなあ」
(うんうんと頷く聴衆が一定数いる)
博士「そう、背表紙を眺めるとき君は何を楽しんでいるか、考えてみると答えは自ずと見えてくる。
次に説明するのは勲章心理じゃ。
本を一冊読み終えるのはなかなか大変なことじゃ。
だから、読み終えたら『これを読んだんだぞ』という証が欲しくなる。
読んだ本を保管し読んだ勲章としたくなる心理、これが勲章心理じゃ」
私「ああ、『カラマーゾフの兄弟』とか、本棚に並べられたらカッコいいな、とか思いますもんね」
博士「『カラマーゾフ』も、読まずに置いているだけだと全然カッコよくないじゃろ?読み終えることで初めてその本が勲章として機能するんじゃ」
私「ああ、確かに!今の説明で腑に落ちましたよ。
でもそれがわかったところで、どうすればいいんでしょうか?」
ではどうすればいいのか?
博士「どうも君は結論を急ぐきらいがあるようじゃな。
まあいい、話を次に進めよう。
①保有効果、②思い出心理、③勲章心理が邪魔をして本を売れないということが分かった。
では次にすることは、この3つを無効化することじゃ。
具体的に言うなら、
①保有効果(買った本の価値を上げてしまう効果)をキャンセルし、
②思い出心理(本を思い出として残したい心理)や、③勲章心理(本を勲章として残したい心理)を満足させる。
こうすることで本を売れるようになるというわけじゃ。
では早速方策を挙げていく。
まずは、でかい本棚を買い、本は売らない!」
私「ちょっと、そりゃないですよ。元も子もないじゃないですか。
それに、それを言うならわざわざ本を売れない3つの理由を考えた時間はなんだったんですか?」
博士「分かっておる。これは一応言ってみただけのことじゃ。
それに、②思い出心理や③勲章心理は本を売らずとも付き纏ってくる。
それは次の方策を考えたらわかる。
電子書籍を買う。
これでは本は売れないので①保有効果は考える必要がない。
しかし、②思い出心理や③勲章心理も考えなくてよいか?そんなことはない。
電子書籍は嵩張らないのが魅力じゃが、紙の本ほど所有感がない。
思い出や勲章の実体化としては物足りないというのが素直な評価じゃろう。
二つの心理は本を売る売らないによらず、読書活動の満足感そのものに関わってくる重要な要素なんじゃ!!」
(聴衆、拍手喝采)
私「私の元々の悩みがないがしろにされてる気がするんですが……。
まあ聞きましょう。さあ、私に本を売らせてください!」
博士「次に出る方策は、図書館で借りる!
これも①保有効果を考える必要はない、売れないからの。
②思い出心理や③勲章心理については、満たされることはない」
私「そんなダメな選択肢じゃなくて、さっさと使えるやつをくださいよ」
博士「フフフ……。では次を紹介しよう。
ブックオフで買う。
本の買い値が下がることで、①保有効果によって価値の上乗せが起こってもそこまで本の価値付けが上がらないことが予想できる。
これは本を売るときの抵抗を減らすであろう。
また、これは本を売ることを前提としているので、②思い出心理や③勲章心理は満たされない」
私「①保有効果がちょっとキャンセルできた感じですかね?
というかさっきから②思い出心理や③勲章心理のことを話してますけど、本を売る以上それらが満たされることはないじゃないですか!時間返してくださいよ!」
博士「急ぐでない、もうちょっと待つのじゃ。最後の方策は……」
私「時間返して!!」
(聴衆、まあまあと私をたしなめる)
博士「もう最後だから!読書記録!!
これは本を売りつつ②思い出心理や③勲章心理を満たす方策です!」
私「おっ、そういうのが聞きたかったんですよ〜」
博士「……話を聞く気になったようじゃの。
本を読んだ後に簡単にでも感想を書くのじゃ。紙でもスマホのメモでもよい。そして売る。
そうすることで、売った後にも見返せるモノができる。
これは思い出にも勲章にもなりうる」
私「理屈はわかりました。ただ、スマホでもいいってのはどうなんですかね?
電子書籍と同じで、実体がないから物足りないってことにならない?」
博士「そこは心配いらん。
これに関しては紙でもスマホでも有効じゃ。
簡単に書いたメモには、自分が読書体験を通して生み出した言葉が詰まっておる。
側から見るとたかがメモ1ファイルでも、自分にとっては読書体験の結晶であり、これが唯一無二の所有感を生み出すのじゃ!」
(聴衆、再び拍手喝采)
私「あぁ〜、すごい。読書記録は正直やってみないとありがたみがわからないところですが、それよりあなたのその熱弁っぷりに心打たれたのかもしれませんよ。あなた一体何者なんですか?」
博士「……まあそれはよかろう。
それより、ここからが最後の仕上げじゃ」
そう言うと博士は茂みをバサバサとかき分けながらノートパソコンを引っ張り出し、画面を見せてきた。下のような表が映っている。

博士「これはこれまでの方策について、3つの要因に対して有効かどうかを表したものじゃ。でかい本棚については置いておくとして、君ならどれを選びたい?」
私「えー、こう見ると電子書籍が一番いい気がしてきますね。博士は読書記録と言わせたいのでしょうが」
博士「よい、想定通りの回答じゃ。
確かに選ぶべきは電子書籍である。選ぶのが一つなら」
私「えっ、今なんて言いました?……まさか。」
博士「分かったかの?この中で複数選べる選択肢がある。」
私「……図書館と読書記録、ブックオフと読書記録の組み合わせなら。」
博士「そう!!読書記録は組み合わせることができる。
そうすると、どうなる?」

私「すごい!完全無欠の選択肢が出来ましたね!!」
(聴衆は全員パソコンを覗こうとしてもみくちゃになっていた。
ケンカも始まっていた)
救済の手引き
博士「そう、これこそ、私の導き出した究極の読書法じゃよ。
図書館、ブックオフに行きつつ、読書記録を書く!
わしの凄さがわかったかの?」
私「はい!生意気言ってすみませんでした!
『博士』って呼んでもいいですか?」
博士「いや、それはちょっと角が立つというか、なんと言うか……」
私「何ここまできてモジモジしてるんですか〜。
はーかーせ!」
(聴衆も私に続き、博士コールの大合唱となっていった。パソコンを見たい聴衆の暴動はまだ続いている)
博士「あぁ、もう……」
鳴り止まない博士コールと怒号とは裏腹に、博士はどんどん縮こまっていく。
最初にその大喧騒を破ったのは、若いスーツの女性の甲高い一声だった。
スーツの女性「あ、はかせぇーーー!!」
驚いた聴衆はその声色にただならぬものを感じた。
聴衆は目配せしつつ、聴衆の中につかつかと入り込んでいくスーツ女性に道を開けていく。
数秒後には聴衆は、視力検査の環のような形となってスーツ女性に釘付けになっていた。
スーツ女性「博士、探しましたよもー!今までどこ、ほっつき歩いてたんですかーー??あと何ですか、この騒ぎはなにーー!」
(聴衆、所在なさげに女性から目を逸らす)
これはその、と言う暇もなく博士は、スーツ女性に肩を掴まれ、連行されていく。
夕日に照らされる二人の後ろ姿を見て私は、博士ってこんなに小さかったかな、とか、隣の女性が意外にでかいのかな、とか思うなどし、聴衆の一人二人に軽い会釈などしてぞろぞろ帰った。

あの騒動から一夜明け、私は朝刊の一面を見て目を剥いた。
「行方不明のL博士、確保」
でかでかと貼られた博士の顔写真は、まさしく昨日熱弁をふるっていたあの人だ。写真より少しやつれていたが。
捜索中のあの博士は昨日確かに私の前に現れ、私に熱のこもった語りをして、去っていった。
結局あの博士はなんだったんだろう……。
私はコーヒーをすすり、天を仰いだ。


書いた時点では人に見せることを考えない、がポイント(画像右:「人間失格」の感想)


「はあ」
思わずため息が出る。都内のある大学生は薄暗い部屋でベッドに横たわりながらスマホをいじり、記事を読み終えた。L博士といえば、今やこの国のほとんどの人間が一人の人物を思い浮かべる。
ライフ山白士(らいふやまはくし)。「博士」を自称しているが、ここ数年前に勃興したバーチャル新興宗教ライフハック教の創始者であり、実質的な教祖である。
ライフ山は近年目覚ましい進化を遂げているAI技術の支援を得て、急速に勢力を拡大してきた。
その教義は「生活の自動運転」。
生活を改善してくれそうで聞こえのいい言葉だが、実態は教団特製AI、ライフ山AIくんに聞いた「より良い」生活方法を盲目に実践せよというお粗末なものである。信者はライフ山AIくんの言う通り、洗剤を決められた日に決められた個数買う。決められた本を買うし、決められた献立の晩御飯を食べる。
そしてその信者獲得方法の一つがこの記事だ。
「本当にあった話」という形でライフ山が筆者に教えを説く記事を拡散することで、ライフハック教の宣伝を行う。エッセイのような導入にすることで軽い気持ちで読んでもらいつつ、記事の終わりにかけてどこか謎めいた博士の姿が印象に残るよう計算されている。実に巧妙だが、今の時代AIでもこういった文章を出力することができる。最後のスクショだけは人の手が加わっていそうだが、これは教義を実践した信者の取るに足らない自己主張だろう。
「読書記録をつけろ」だなんて、適当なビジネス書を引けばいくらでも出てきそうなことだ。しかし、教団に入るような人間は何も考えずこれを実践することだろう。教団は教会も本拠地も持たず、ライフ山AIくんのインストールのみを以て信者を獲得してきた。おそらくライフ山AIくんは教団がその設定を少しいじれば特定の政党に投票するように呼びかけるだろうし、近々そうなるだろう。それ以上の惨劇が起こる可能性だってある。
「思考停止が一番恐ろしいよ。」
誰に言うでもなくそう呟くと、大学生はスマホを放り投げ、目を閉じて眠り始めた。
しばらくするとまた暇になったのか、スマホを手に取り、面白そうな記事を探し始めた。