八咫弥神社噺《やたみじんじゃばなし》
放課後、紗莉は帰路についていた。
歩きスマホをしながら八咫弥神社へ足を進める。
「ふぁ〜…ねっむ…。昨日夜ふかししすぎたかな〜…」
紗莉は幼少期からこの八咫弥神社へと通っていた。八咫弥神社はどこにでもある薄暗い神社だ。一点他の神社と異なるところがあるとすれば、狛犬が鴉だというところだろう。
阿行と吽形、対となった鴉の石像は八咫弥神社の特徴として近所のご老人達から永く親しまれてきた。紗莉も幼少期は祖母に習いこの石像の掃除をしていた。
「は〜…相変わらずふっるい神社。ここ撮っても映えないんだもんな〜。」
紗莉はぷらぷらと境内を歩いていた。
「あれ、猫じゃん!」
石像の近くに猫が佇んでいた。
ガタンっと紗莉の鞄がゴミ箱にぶつかり、倒れてしまった。
「ちょっと猫ちゃん!写真撮らせてよ〜!」
紗莉が勢い良く猫に近づいていくと、猫は警戒するようにその白い身を膨らませるとあっと言う間に逃げ去ってしまった。
「あ〜、行っちゃった…。
も〜…これでバズれると思ったのに〜…」
紗莉は最近流行りのSNSにハマり毎日写真を撮り投稿していた。華やかな写真の数々はそのどれもがいまいち伸び悩んでいた。
「動物コンテンツは延びるんだけどなぁ。
…ま、いいや。帰ろ〜。」
紗莉は自身が倒したゴミ箱を直さずに八咫弥神社をあとにした。
その後ろ姿を見つめる影に気付かぬまま。
「はあ!?ここ、どこ?」
紗莉が目を覚ますと、見たことのない森の中にいた。
いくら見渡しても木しかない、他の生き物の気配も感じられない静かな森。一体、なぜ自分がこんな所にいるのか。あのあと自分は家に帰り昼寝をしたはずだ。眠りにつく直前、制服のまま寝るなと言う母の声を聞いた記憶がある。紗莉が思考を巡らせていると、下から声が掛った。
「さっきからうんうんと唸って、お嬢さんも難儀なもんだなあ。一体どうしたんだい?」
たぬきだ。低い良い声のたぬきがいる。
「たぬきが喋った!?イミわかんないんだけど!どーゆうコト!?」
「おうお嬢さん随分元気じゃねえか。この様子じゃまだ落ちてきたばっかりってトコか。」
「落ちてきた…?どういうこと?」
「まあ知らねぇのも無理はねぇか。この国にはまれに、ここの事をなぁんにも知らねえヒトの子が紛れ込んじまう事があるんだよ。それを皆、落ちてきたって言ってんだ。
前に落ちてきたのを見たのは八十年…いや、百年前だったかな。」
「百年前…!?え、でもたぬきってそんなに生きないよね。」
目の前にいるたぬきは何やら首紐のようなものを付けている以外は変わったところはない。
「そりゃあこの国は、お嬢さんのトコでは日陰で生きてる奴等……妖どもの国だからなぁ。
この俺も、かれこれ二百年は生きてる化け狸さ。」
「妖って…いわゆる妖怪、みたいなもんでしょ?そんなトコにいたら私どうなっちゃうワケ…!?」
「まあ一人でいたら喰われちまうだろうさ。」
たぬきの言葉に紗莉がしゃがみこんだ。
「そんな…私、死にたくないよ。まだやりたい事いっぱいあるのに…。」
「あー…泣くな泣くな。…仕方ねえおっちゃんが一緒に帰り道を探してやるよ。」
「ほんとに!?」
紗莉はぱっと立ち上がり、明るい表情を浮かべる
「立ち直りが速えな。…まあ良い。改めて自己紹介をしてやろう。おっちゃんは化け狸の叶(かのえ)だ。化け狸は結構居るからな。この飾り紐を目印にしておきな。呼び名もここからきてる。」
「それ、ニ重叶結び…だっけ。おばあちゃんが結ってるの見たことあるよ。」
叶が珍しいものを見たように鼻を鳴らした。
「ほーん。若いのに感心じゃねえか。
…とは言え俺もお嬢さんの世界への帰り方なんて知らねぇんだよなあ。」
「ウソでしょ!?今までこの世界に来てた人達はどうしてたワケ?」
「さぁなぁ。おっちゃんが昔出会ったヤツらも片手にも満たねえし、落ちてきたヤツらが帰った、なんて噂も聞いたことがねえ。大方この国での生活に耐えられずに森の奥へ消えちまったんだろうなあ。」
「はあ!?そ、そんなのって…。」
「大丈夫さ。そこら辺を散歩でもしてりゃじきに帰れるだろ。」
「そんな無責任な…。」
叶は紗莉を振り返らずに進み始めた。
「ほれ、さっさと行くぞー。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
そうして不思議なたぬき、叶と共に紗莉はこの可怪しな世界で旅をすることとなった。
「なんで帰る方法見つかんないの!?」
紗莉が妖の世界へ来て、かれこれ三日が経とうとしていた。街にいる妖達に聞き込みを行ったが少しの手掛かりも見つからない。
叶と紗莉が情報を求め街を歩いていると、
「待て嬢ちゃん達!頼む!出ていかないでくれ!」
背後から大きな声が聞こえた。ある店の店主が幼い子供と揉めている様だった。
「嫌だ」「あきたもん」「つまんなーい」
三人の子供が口々に文句を言っていた。
「おーおー。揉めてんなあ。」
「あの子達も妖怪なの?」
「あぁ、座敷童子だな。家を繁栄させるが、あいつらが出て行ったらその家は没落しちまう。だから店主はあいつらを引き留めているってわけだな。」
「あっ!そこのアンタ!落ちてきた子だろ!?」
店主が視界に入った紗莉に呼びかけた。
妖の世界では見ることの少ない紗莉の服装に目をつけたらしい。
「は?何急に…」
「アンタなら外の世界の珍しいもんも何か知ってんじゃないのか。この子らを引き止める方法を考えてくれないか?」
「いや、私関係ないじゃん!!」
「良いじゃねえか。たまには人助けも良いもんだろ。人じゃねえけど。」
無責任に叶が賛同した。
抵抗も虚しく紗莉は店主に協力することになってしまった。
「そうはいってもどうすればいいわけ?」
店主と叶の説得の末、座敷童子は紗莉が面白いものを見せるまではと待っていてくれることになった。しかし紗莉の周りをちょろちょろとうろつきながら催促をしに来る。
さっきから小一時間ほど考え込んでいるが、一向に良いアイデアが浮かばない。
そうこうしている間にも座敷童子達はまだかまだかと文句を言い続けている。
「も〜!うっさいなあ!なんかテキトーに遊んでなよ!」
「おいかけっこあきたー」「かくれんぼもいっぱいしたもん」「じゃんけんもけんけんぱもあきちゃった」
「え?遊びなんて他にいくらでも…」
座敷童子の言葉で紗莉は一つ、あるアイデアが思い浮かんだ。
「ねぇおじさん。はぎれと裁縫道具ない?」
店主がきょとんとした顔を浮かべる。
「まぁあるが…。そんなもんでいいのかい?」
「うん。あんた達も、もうちょっと時間貰うけどいい?」
「えー」「まあもうちょっとなら」「待っててあげる」
紗莉は幼い頃に祖母とした遊びを思い出した。お手玉だ。中に小豆を詰めた布袋をポンポンとリズミカルに投げて遊ぶ日本遊戯。祖母に作ってもらったお手玉はずっと紗莉の宝物だった。ものの数分でするするとお手玉や鞄を作る祖母に憧れて紗莉は裁縫を学んだのだ。
座敷童子達に気に入る布を選ばせ、解れないように丁寧に縫っていった。二時間もすると可愛らしいお手玉が九つ出来ていた。
「どう?これで多少は暇潰し出来るんじゃない?」
「わ〜!」「すご〜い!」「これで遊んでいいの?」
「もちろん。好きに遊びなさい。」
喜びお手玉で遊び出す座敷童子達を見ながら店主が首を傾げた
「お嬢ちゃん、一体これはどういう事なんだい?」
「単純に、あの子達は遊び道具が無くて飽きてただけだよ。おじさんも何も無しに何時間も過ごせって言われても困るでしょ?」
「確かに…。オレが子供の頃も鞠遊びやけん玉をして遊んでたな…。何故思いつかなかったんだ…。」
「思い返しゃアイツらも飽きたつまらないとずっと言ってたなぁ。」
店主が座敷童子達に向けて手を合わせた。
「悪かった!嬢ちゃん達。お詫びにはならんが今度、他にも遊び道具を持ってくるよ。」
「ほんと?」「ならここにいてあげる」「暇じゃなくなるならいいよ」
「一件落着ってとこか。お手柄だなぁ、お嬢さん。」
叶がにやりと紗莉に視線を向けた。
ため息混じりに紗莉は答える。
「帰り方探す時間減っちゃったけどね」
その言葉にわらわらと座敷童子達が寄ってきた。
「帰り方?」「帰り方を探してるの?」
「え、そうだけど。アンタ達知ってるの?」
座敷童子達は揃って首を横に振る。
「ううん」「私達は知らないよ」「けど帰り方がわかる人なら知ってる」
「え!?それホント?ねえお願い。その人に会わせてくれない?」
「うーん…」「会わせられるけど、」「話を聞けるかはわかんない」
座敷童子達の反応は芳しくなかった。
「どういうこと?」
「会えばわかるよ」「こっち」「蔵にいるよ」
一人の座敷童子が紗莉の手を引いた。
二人は座敷童子に連れられ、店の蔵へと向かった。どこか黴臭く、じめっとした蔵の奥へ入っていくと一つのこけしが箱の上に置かれていた。
「これ…こけし?」
「二年くらい前までは私達とおしゃべりしてくれてたんだ」「だけど店のおじさんが奥にしまってからちょっとずつ話してくれなくなっちゃった」
「なんでこのこけしが帰る方法を知ってるわけ?」
「前の持ち主が落ちてきた人だったんだって」「帰るお手伝いをしてたけど結局その人は帰らなかったって」「持ち主が亡くなったからここに来たんだって言ってた」
「へえ…。たぬきみたいなものだったんだ。帰る方法聞きたいんだけどなあ。」
「なあ座敷童子。元々こけしがいた所に案内してくれねえか。」
叶が何かを思案した顔で呟いた。
「いや急に何言ってんの?」
「喋らなくなったのは蔵にしまわれたのがきっかけだろ?ならそれまで置かれていた場所に何かヒントがあるかもしれない。」
こけしが置かれていたのは窓のそばだった。人の出入りがよく見え、小ぶりな木が近くにあった。
「違いは窓が近くにあるかないかくらいか?」
叶が窓辺の匂いを嗅ぐ。
「う〜ん…他に何か手掛かりになることない?なにか決まった行動してたとか。」
「そういえば、あの木をよく見てたよ」
座敷童子が背伸びをして窓の外を指差した。
「あの小さい木?ピンクの花が咲いてる。」
「ありゃ芙蓉か。」
「ふよう?」「あのお花芙蓉って言うの?」
途端に座敷童子達が反応を見せる。
「ああ、何か気になることでもあるのかい?」
「あの人も同じ名前だよ」「自分はフヨウって名前なんだって言ってた」「持ち主に付けてもらったって」
紗莉は僅かに思案をする顔をした。
「…ねえ、あの花こけしに見せてみない?」
「物は試しだな。やってみるか。」
近くで見てみると芙蓉の木は小さいながら、立派な花を咲かせていた。その花にこけしを近付けると、こけしは静かに涙を流しだした。ほろほろと長く、永く泣いていた。
こけしの涙が落ち着いた頃、紗莉はこけしの涙を拭ってやった。
「この木も見いひんうちに大きゅうなったんやなあ…。見せてくれて、おおきに。」
こけしが喋り始めた。紗莉は驚く気にもなれず、どこか素っ気なく言葉を返した。
「別に私は大したことしてないよ。あの子達が教えてくれただけ。…大事な花なんだね。」
「ええ、ええ、あの人と見た花やもん。」
こけしの表情は変わらないはずなのに、どこか柔らかく微笑んでいるように見えた。
「妖は名に影響を受けることも少なくない。おそらくお前さんは芙蓉の花が近くにあるという状況が重要だったんだろうさ。店主に頼んで芙蓉が見える場所に置いてもらうといい。」
「ありがとう。ほんまになんてお礼したらええか…。」
「フヨウ、このヒト帰り方を探してるんだって。」「知ってるなら教えてあげて。」
「帰り方…あぁ。落ちてきた子なんか。
うん、ええよ。帰り方教えてあげる。」
フヨウが教えてくれた帰り方。それは八咫烏という妖怪に会い、話をすることだった。それだけで帰れるのか、と半信半疑ながら町外れの大きな屋敷へ足を運ぶと、白を基調とした服装の男が「お待ちしておりました。」と二人を迎え入れた。
案内された先に居たのは三本の足を持った大きな烏天狗だった。優雅に茶を啜っているこの烏天狗が八咫烏なのだろう。
「あなたが八咫烏?私が元の世界に帰る方法を知ってるんでしょ?私を元の世界に返してほしい。」
ゆったりとした仕草で八咫烏が紗莉に顔を向けた。
「ふむ、まあ待て。まずお主に聞きたいことがある。この世界へ降りて様々なものを見ただろう?お主はどう感じた?」
紗莉は数秒考えたあとに視線を彷徨わせながら答えた。
「……始めは、変な世界に来てサイアクって思ってたけど…。たぬきと街を歩き回ったりするのは…悪く無くかったし、座敷童子やこけしを喜ばせられたときは嬉しかった。人のために何かするのって案外悪くないんだなって思った。」
その言葉を聞いた八咫烏が満足気に頷く。
「そうか…。お主が一つ成長できたようで何よりだ。…さて、最後にお主に試練を与える。」
「は?試練?どういう事?」
「お主はこやつを憶えているか?」
八咫烏は案内をしていた男を指し示した。
「知らない…けど。」
「ではこやつは?」
男が煙に包まれ、直後。小さな白猫が煙の中から姿を現した。それは、あの神社で紗莉が駆け寄った猫だった。
「え、この猫ちゃん神社にいた…?」
「こやつは我の配下だ。お主のこやつに対する行動があまりにも目に余ったものでな。お主の更生のため、こちらへ呼び寄せたのだ。お主の成長は見てとれた。」
八咫烏が片手を軽く降ると、ごう、と突風が舞い上がった。紗莉が目を閉じた一瞬で八咫烏の背後に数十匹余りのたぬきが現れた。
「よって、最後の試練としてお主にはこの多くの狸共の中から、今まで共にいた叶がどれかを当ててもらう。」
紗莉が背後を見やるとそこにいた筈の叶が忽然と消えていた。恐らく、八咫烏の背後にいる数十匹のたぬきの中に叶は居るのだろう。しかし、目印だと本人が話していた飾り紐は見当たらなかった。
紗莉はたぬきの間を通りながら注意深くたぬきたちを見比べ、一匹のたぬきの前で立ち止まった。
「いた。叶だ。」
「その答えで本当に良いのか?」
「うん。叶で間違いない。」
紗莉の声はどこか確信めいた響きだった。
目の前のたぬきが呆然と声を出す。
「…正解だよ。驚いた。まさかお嬢さんが見分けてくれるとはなぁ。」
「お主、何故見分けられた。飾り紐を外してしまえば大して見分けなどつかんはずだが。」
探るような声色で八咫烏が尋ねた。
「叶の他のたぬきと違うところはそこだけじゃないんだよ。…自分では気付いてなかったみたいだけど、叶は尻尾の付け根に飾り紐と同じ形の模様があるの。」
その言葉を聞いた叶は僅かに目を見開き、ゆっくりと目を閉じた。
「ふむ。叶のことを、よく見ておったようだな。よもや、我も気づいておらぬようなところまで見ていたとは。
我が想像していたよりもお主は多くのことを学んだようだな。
……認めよう。元の世界に帰してやる。」
八咫烏がそう言うや否や紗莉の視界は暗くなっていった。
意識を失う間際、ありがとう、と聞こえた気がした。
「あの場で尻尾の小さな模様などを確認できる余裕は無かったはずなのだがな。
…良い者を案内できたな、叶よ。」
満足気に笑った八咫烏に叶はふん、と鼻を鳴らした。
あの不思議な旅からかれこれニ日が経とうとしていた。
「何あれ。」
境内のゴミ箱がひっくり返されたように辺りに空き缶や空き箱が散乱していた。
紗莉は落ちていた空き缶や空き箱をゴミ箱に入れ、お社へと向かった。
お社の前で手を合わせ、祈るように目を閉じた。
「今日も見守ってくれてありがとう。」
最後に一礼を行い、紗莉は八咫弥神社を後にした。
背後で誰かが笑った気がした。