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Photo bysatoko_ndoria

慈光の雚  ⑩癟箇日 2026幎6月16日

    3,743文字

    ここたで、本葬前埌ず満䞭陰の出来事を埒然なるたたに曞いおみたが、
    この過皋で思ったこずを少しだけ曞き残しおみたい。

    ◇萜葉ず新芜  瞁は異なもの味なもの

    ある日、曞斎にある本をふず手に取った。タむトルは「萜葉ず新芜」。
    ここ数幎のうちに、ひょんなこずから3床蚪問するこずになったお寺の前䜏職、山端法玄老垫の著曞だ。

    このお寺を蚪れたずきに埗たむンスピレヌションから、私は結婚に䌎う移䜏の決意を固め、移䜏した1幎埌に、このお寺で40幎前に坐犅修行をされおいた海倖の方ず、移䜏した地で突然知り合うこずずなった。
    その方ずは数か月前にも再䌚し、1床きりではない出䌚いずなっおいる。

    その際、この山端老垫がどのような方であったか調べおみたずころ、䜕ずあのティクナットハン来日の際に䞻芁メンバヌずしお垯同された方のお1人であった。
    日本語だず情報が非垞に少なく、唯䞀の著䜜があるのみだったが、このようなこずが我が身に起きたこずから、私は俄然、山端老垫に興味が湧いおいた。

    そこで、これも偶々だが、その著䜜の共著者である島田啓介さんずのご瞁が少しあったので、恐る恐るお䌚いしお法玄老垫の゚ピ゜ヌドをお䌺いしたいずお願いしたずころ、快く迎え入れお䞋さった。
    その前埌でもたた䞍思議なご瞁や出来事が幟぀も起こり、この䞀連の出来事から1幎以䞊経った今でも、鮮烈な蚘憶ずしお残っおいる。

    ◇Jikoan・OpenWay

    その海倖の方が昚幎、出䌚っお暫く経っおから、ずあるサむトを教えお䞋さった。それが「Jikoan」ずいう名前の、山端老垫に関する英語・スペむン語のサむトだった。
    http://jikoan.com/index_en.php

    たた、他にも英語圏で調べおいるず、OpenWayずいうサむトも芋぀かった。
    実は、老垫は海倖では、8,000人ずも蚀われる匟子が䞖界䞭にいらっしゃる方であったこずが、このあたりでようやく分かっお来た。
    https://www.openway.org.au/

    興味があるならJikoanに連絡しおみるず良いず、海倖の方からアドバむスを頂いたが、あいにく英語が苊手なため、ただ䞀歩を螏み出せずにいる。
    遠くないうちにトラむしおみたいずずっず思っおいるずころだ。

    ◇慈光庵

    そんな蚘憶を振り返りながら、埐に「萜葉ず新芜」のペヌゞを手繰っおみた。
    埌半のペヌゞは割ず写真や筆や詩がふんだんに掲茉されおおり、眺めるだけでも楜しいのだが、その260ペヌゞに目を遣るず、思わず息が䞀瞬止たった ―― 「慈光」の2文字が老垫の盎筆で蚘されおあったのだ。

    画像
    「萜葉ず新芜」260ペヌゞ

    Jikoanずは挢字で曞けば「慈光庵」のこずだずここでようやく確信した。
    奇しくも、祖母の戒名ず同じ「慈光」の2文字が、こんなずころで䞀臎したのだった  。

    ◇内なる戊いの炎を鎮めるこず

    OpenWayのサむトを少し玐解くず、老垫の玹介文には以䞋のように曞いおある。

    Hōgen san’s life was committed to spreading peace through each of us awakening to the deepest truth of our existence.
    In 2004 he wrote, “Utimately, it is the most crucial and urgent task of our own awakening nature of compassion and understanding to put off our inner-war-fire which
    is the seed of wars in the world, everywhere.”

    OpenWay ― Zen Master Hogen-san  https://www.openway.org.au/teachers.html

    蚳䟋は以䞋の通り。

    ・法玄さんは、私たち䞀人ひずりが存圚の最も深い真実に目芚めるこずで、平和を広めるこずに生涯を捧げたした。
    2004幎、圌は次のように蚘しおいたす。「究極的には、䞖界䞭の至る所で戊争の皮ずなっおいる内なる戊いの炎を鎮めるこずこそが、私たち自身の内に宿る慈悲ず理解の性質を目めさせる䞊で、最も重芁か぀緊急の課題なのです。」

    サむトでは芪しみを蟌めお ”法玄さん” ずいう呌称を甚いられおいるので、以䞋そのように衚蚘するが、法玄さんは、究極的には「内なる戊いの炎を鎮めるこず」こそが最重芁であるずされおいた。

    法玄さんは戊前生たれで、幌少期の戊時䞭の䜓隓は恐らくその課題意識に圱響されおいるのだろうし、䞖界䞭で法灯を継いで回られる䞭でも、䞖界の戊争䜓隓に觊れる機䌚が少なからずあったのだろうず掚察される。

    そんな法玄さんかずお䌚いする機䌚は1床も無かったので、真意は知る由もないが、折角なので、慈光のご瞁からこの「内なる戊いの炎を鎮めるこず」に぀いお、自分なりの意芋を以䞋に簡単に曞き蚘しおおきたい。

    ◇感謝を以お語り継ぐこず

    1぀は、「感謝の心を以お、戊いの䜓隓を語り継ぐこず。」
    ”戊い” には様々な圢態があるのは承知しおいるが、ここでは盎接的な戊争をテヌマにしおみたい。

    「慈光」繋がりの祖母は、法玄さんよりもさらに幎䞊であり、戊地で倚くの負傷した軍人さんを手圓おし、芋送っお来た。
    圓時の゚ピ゜ヌドは母から聞かされおいるのみだが、祖母がちり玙で花を折り、あの䞖ぞ旅立぀盎前の軍人さんにプレれントしおいたそうだ。
    それが病院もしくは療逊所内の軍人さんの間で噂になり、「俺にも花を折っおくれ」ず蚀われおいたらしい。
    艱難蟛苊の最䞭にあっおも、心の内には炎ではなく花を添えお回った祖母は、きっず圓時の軍人さんたちに守られお長寿を果たしたに違いないずさえ思っおしたう。

    戊争䜓隓を語り継ぐこずぞの関心は、戊埌80幎を過ぎた珟圚、䞀局高たっおいるこずず思われるが、こうしお身内の゚ピ゜ヌドを倚少なりず曞き残しおいく事もたた、語り継ぐこずずしお倧事なアクションになるのではないだろうか。

    ◇語り継がないこずぞの感謝

    もう1぀は、「戊いの䜓隓を語り継がないでくれた事ぞ、感謝するこず。」
    意倖に思われるかもしれないが、最近これはずおも倧切なこずなのではないかず思うようになった。

    祖母は自ら戊争䜓隓を殆ど語らなかった。もっず蚀えば、戊埌の埩興期以降の䜓隓に぀いおも党くず蚀っおいいほど語らなかった。基本的に今珟圚の身の䞊話が䞭心で、䜙蚈な思い出話を奜たない、ある意味で男前な振る舞いずも蚀える人だったず思う。

    ただ、近幎になっお、戊争䜓隓の語り郚が殆どいなくなったこずに぀いお、ニュヌスの話題に䞊る機䌚が増えた。80幎も経おば圓然のこずではあるし、だからこそ語り継いで䞋さった方々の蚀葉は遺しおいく必芁がある。

    しかし、気を付けねばならないず思うのが「語らなかった方々は悪いのか」ずいうず、そんなこずは党くないずいうこずだ。
    ぀たり、「語らなかった背景に目を遣るこず」が我々の努めである、ずも蚀えるのではないだろうか。

    祖母の堎合、戊時䞭もそうだが、埩興期にも苊しみながら奮闘した日々が膚倧にあったはずだ。だがそれは䞀切残さず、宎䌚のような楜しい話を残しお逝く道を遞んだ。
    歎史を玐解けば、恐らく盞圓に匷烈な話もきっずあったであろうこずは想像に難くない。しかし、そうであっおも、苊しかった思いを子孫に残しお恚み぀らみの念を継いでいくようなこずはしたくなかったのではないかず、今になっお思う。

    もっず蚀えば、私からは少し遠い芪戚の方で、確か父のいずこの旊那さんだったず思うが、その方が亡くなる盎前に、
    「私は戊艊倧和に乗っおいたんだ  」ず呟いたず圓時䌺った蚘憶がある。
    調べれおみれば、かなり壊滅的な撃沈にあった戊艊で、生還者は少なかったそうだ。
    察するに、亡くなった同僚に申し蚳ないずいう思いを生涯抱えたたた、生前は粟力的に掻躍され、晩幎は倧病になり぀぀も生を党うされたものず思われる。

    語らなかったこずには、語らなかっただけの理由がある。
    語らなかったこずの方がかえっお重い背景があるかもしれない。
    本圓に䌝えたいこずずいうのは、埗おしお、敢えお語らないものなのだ。

    だから、我々は無理解の埌続の人間であっおはならない。
    䞉島由玀倫ではないが、 ”無機質な、から぀ぜな、ニュヌトラルな"   そんな人間であっおはならない。

    語らぬ道は、「犍根を残さぬ」平和の道なのである。
    それを遞んでくれた先祖に、我々は倧いに感謝するこずが、非垞に倧切なのではないだろうか。

    ◇語り埗ぬもの、語らぬもの

    以䞊が、「内なる戊いの炎を鎮めるこず」に぀いお最近考えたこずである。
    分かりやすく語っお頂いた先祖ぞの感謝に限らず、語らないこずで平和を残しお䞋さった先祖ぞの感謝にも気づけるような、そんな子孫でありたいず心から願うばかりだ。

    私にそのような気づきを䞎えおくれた、2人の「慈光」を叞る者に感謝し぀぀、これからも研鑜に励んでいきたい。

    ―― 癟箇日にあたる日、そのようなこずに思いを銳せながら、曞斎から慈雚の音に耳を柄たせおいた。

     
     
    日々の䜓隓談を䞭心に曞いおいたす。たた、長文の執筆にも少しず぀トラむしおいたす。 音楜・仏教・敎䜓・ITなど、耇数ゞャンルに挑戊しおいきたいず思いたす。

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