
神隠しの夜、俺たちの夏は終わった。 ―約束はまだ終わらない― #8
最後の部屋も、予想通りだった。壁、床、そして天井一面にまで、あの蠢くような紋様がびっしりと描き殴られている。一部屋ごとにその密度が増していっている理由は、今の俺にはよく分からなかった。
部屋の中央には、これまでと同じように木製のテーブルがあり、その上には青白く濁った水晶玉がぽつんと置かれている。
心春と二人きりになるのなんて、いつ以来だろう。たぶん、小学生の頃が最後だ。状況のせいもあるが、お互いに何を話したらいいのか分からない。
ふと心春の方を見ると、彼女はただ顔を天井に向けて、ぼんやりと見つめていた。
「ねぇ、もし本当に未知の世界に行ったとして……私たち……また会えるかな?」
その声はひどく細く、今にも消えそうだった。俺は繋いだ手をぐっと握り締め、彼女を元気づけるように答える。
「くっ……お前だけは……必ず見つける!」
「……私だけじゃ、ダメだよ」
心春はふっと、優しく微笑んで俺を見た。そのひたむきな微笑みに、自分の心臓の鼓動がドクドクと早く、激しく打っているのが分かる。
「当然みんなもだ!玲司も、蓮も、陽菜も、澪も……全員で必ず再会する!」
「そだね。約束だよ!……でも……一番が私だったら嬉しいな。なーんてね」
――カツン。
心春の足が、無意識に中央のテーブルへと一歩近づいた、その瞬間だった。中央の水晶が、強烈な青白い光を放ち、それと連動して壁と天井、床の紋様が一斉に激しく光り始める。
まるでその言葉を見計らったかのように、月明かりのような青白い光に包まれ始めた。心春の目から、一筋の涙がぽろりとこぼれ落ちる。
――あぁ、俺、泣いてるのか。
自分の目からも、熱いものがこぼれ落ちていることに、その時になって初めて気がついた。ここ数年、泣いたことなんて一度もなかったのに……涙が勝手に溢れて、止まらない。
「約束する……心春を、必ず一番に見つけ出す……絶対に……!」
心春は笑みを浮かべながら、俺の手をぎゅっと握り返した。
「うん……約束だからね……信じてる……」
消える直前、心春は愛おしそうに微笑むと、繋いでいた俺の手を、両手でそっと包み込んだ。
「絶対……迎えに来てね」
――フッ、と。
たった今まできつく握り締めていたはずの、あの小さくて温かい感触が、嘘みたいにすっと消えた。
心春の体は光の粒子に溶け、跡形もなく消え去っていった。
一人になった。もう誰もいない。途方もない虚無感に襲われながら、地下通路を抜け、最初の部屋へと戻って床に横になった。
玲司に「鈍感だ」と言われた意味が、今なら、なんとなく分かる気がする。
失って初めて、その存在がどれだけ大きかったのか思い知らされるんだな……。
俺一人だけがこんなところにポツンと残されて、一体どうしろって言うんだ。
「早く俺も転移させるなり、殺すなり、好きにしろよ!」
誰も答えるわけもなく、俺のやけくそな声だけが、静まり返った部屋に虚しく木霊する。窓の外に目をやると、皮肉なことに、ここへ最初に来た時と同じくらいの明るさに戻っていた。時間が進んでいるのか戻っているのかすら、もう分からない。
「はぁー……本当に、ここの空間は何なんだよ」
底知れない絶望感に駆られ、天井を仰ぎ見た、その時だった。
——コツン、コツン——
静寂を破り、硬いものが床を叩く音が響いた。ハッとして音のする方へ視線を向けると、暗い二階へと続く階段から、赤と白の光を宿した水晶が、不気味に跳ねながら転がり落ちてきた。
水晶はそのまま板張りの床を滑り、まるで意志を持っているかのように、吸い寄せられて俺の手元へと転がり込んできた。
「……っ?」
驚きながらもそれを手に取ると、水晶はじんわりと淡い光を放ち始めた。光はまたたく間に強くなり、俺の身体全体を包み込んでいく。
「……やっと、お出迎えか」
恐怖は、もうなかった。あるのは、胸の奥で激しく燃え上がる執念だけだ。
「待ってろよ、みんな! 必ず見つけてやるよ!」
俺はへたり込んでいた身体を起こし、左手で水晶をぎゅっと握り締め、もう片方の右手を固く握って、天井に向けて力強く突き放した。
――当然、そこにはもう、拳を返してくれる相棒の姿はない。
けれど、繋いだ手の温もりは、まだこの掌に残っている。全員、必ず見つけ出す。
『――心春、待ってろよ……――』
脳裏に愛おしい笑顔を浮かべながら。
俺の意識はそこで、真っ白な光の中へと完全に消え去った。