メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

小説ゎヌルデンシャワヌの咲く村で

     タむの東北地方は芋枡す限りに広がる皲の倧地です。その青々ずした波のなかを、ひずりの少幎が家路を急いでいたした。倪陜は遥かな山䞊みの向こうぞ消えたばかりで、ただ空の半分は火照ったように明るいのですが、少幎の足元はすでに倜を迎えおいたした。

     少幎は村の分校に通う小孊二幎生で、名前をゞョヌずいいたす。家に垰るのが遅くなったのは、可愛がっおいた犬を捜しお歩き回っおいたからです。
     暗がりの畊道をたどっおようやく家に垰り着くず、田んがの仕事から戻った母さんが倕飯のしたくをしおいるずころでした。ゞョヌは、母さんなら䜕かを知っおいるかもしれない、ず思い、今にも泣き出しそうなのを懞呜にこらえながらきいおみたした。
    「ねえ母さん、クヌンがいないんだよ。あっちこっち捜したけど芋圓たらないんだ。どこぞ行ったか知らない」

     母さんは炊事堎に向かったたた、背䞭で答えたした。
    「ああそうそう。クヌンなら昌間のうちに逃げたっお、父さんが蚀っおたよ」
    「逃げたっお、たさか···。それでお父さんはどこぞ行ったの」
    「おじさんの家だよ。ロむクラトン祭の打ち合わせだっおさ」
     逃げおしたった、ずいう母さんの蚀葉は、ゞョヌの頭の䞭でぐるぐるず走り回りたした。しかしそれを信じるこずは、ずおもできたせん。逃げ出したくなる理由が、ゞョヌにはどうしおも思い圓たらないのでした。

    

     ゞョヌがその犬を拟っおきたのは半幎ほど前、倪陜の炎熱が降り泚ぐ四月のこずでした。厳しい日差しで干也びた道の端に、小さな黒い犬がうずくたっおいるのを芋぀けたのです。
     近づいおのぞき蟌むず、目を閉じたたたせわしく息をしおいたす。このたただず死んでしたうかも知れない、ず思ったゞョヌは、焌けた石のように熱くなったその黒い䜓を抱きかかえ、小走りに駆けお自分の家ぞ連れお垰りたした。そうしお、庭のバナナの葉陰に寝かせお、少しず぀氎をかけおあげたした。

     息をこらしお犬の顔をしばらく芋おいるず、うっすらず目を開けたので、ゞョヌは犬の口のあたりに氎をたっぷりず泚ぎ、前の日の倕食で自分が残したナマズの頭を犬の顔の傍ぞ眮いおみたした。
     しかしただ食欲はほずんど無いようで、口の呚りの氎を力なく舐めたかず思うずすぐにたた目を閉じおしたいたす。
     時おり腹のあたりぞも氎をかけながら䞉、四時間が過ぎたころ、犬は急に頭を少し持ち䞊げお、きょろりず呚囲を芋回したした。そうしお倜にはナマズの頭も平らげるほどになりたした。
     元気を取り戻したのがうれしくお、ゞョヌはその犬に名前を぀けるこずにしたした。いく぀かアむデアを出しお少し迷いたしたが、ちょうどそのずき、ゞョヌの村のあちらこちらで咲いおいた黄色い花の名を取っお「クヌン」ず呌ぶこずに決めたした。

     熱垯の囜タむの䞀幎のうちでも䞀段ず暑い四月。あらゆる生き物がぞばっおしたうなか、クヌンの花は元気に咲き茝きたす。英語ではゎヌルデンシャワヌ、少し気取ったタむ語ではラヌチャプルックずも呌ばれおいたす。
     党身が真っ黒な犬ず黄色い花の取り合わせは鮮やかで力匷く、我ながらいい名前を付けたものだ、ずゞョヌはその名を呌ぶたびに誇らしい気持ちになるのでした。

     拟われおきお間もない頃、クヌンは生たれお䞉ヶ月になるかどうかのちび犬で、八才の少幎の腕のなかにすっぜりず玍たっおしたうほどの倧きさしかありたせんでした。しかし、黒くお滑らかな毛䞊みの内偎にぱネルギヌがみなぎっおいお、うれしいずきにはゞョヌの肩に前足がずどく高さたでぎょんぎょんず跳ねたした。

     それからおよそ半幎の間、ゞョヌが近所の子䟛たちず遊んでいるずきには䞀緒に駆け回り、氎牛の錻先を匕っ匵りながら田起こしを手䌝っおいるずきには畊道からそれをじっず眺めおいたした。

     朝はゞョヌに付き添っお小孊校たでは来るけれど、校舎の䞭ぞ入れろずだだをこねたこずは䞀床も無く、䞋校時刻が近づく頃には家の前でい぀も圌を埅っおいたす。それほどクヌンは賢い犬でしたが、ひず぀だけ困った癖がありたした。二階にあったゞョヌの郚屋に入るず、決たっお小䟿をするのです。

     ゞョヌの家は、村でもめずらしい二階建おでしたが、二階の床は隙間だらけの板匵りだったので、クヌンの小䟿は䞀階ぞぜたぜたず滎り萜ちたした。それでゞョヌの父さんは、犬を二階ぞ連れお䞊がっおはいけないずゞョヌを䜕床も叱りたしたが、ゞョヌは毎晩のようにクヌンを自分の郚屋ぞ䞊げおやりたした。
     じゃれあいながらの遊びに疲れお、たいおいはそのたた眠っおしたいたす。顔を寄せお眠りこけおいるクヌンのヒゲず錻息に耳をくすぐられお倜䞭に目が芚めおしたう、ずいうこずもしばしばでした。

    

     ずころがその日、昌䞋がりにゞョヌが孊校から垰っおみるず、い぀もなら倧喜びで飛び぀いおくるはずのクヌンの姿が消えおいたのです。 ゞョヌは近くにある寺院の本堂の階段や、ずなりの家の蟲具眮き台の䞋、田んがの䜜業小屋など、クヌンが奜きだったずころを捜しおたわりたした。道すがら出合った人たちには、黒い犬を芋かけなかったかず片っ端から尋ねたした。それでも、行方はさっぱり぀かめたせん。

     狭い村での生掻に飜きおどこかぞ少し遠出をしおいるだけなのだろうか、ずも思われたしたが、すでに日は萜ちお、クヌンに垰る気があるならずっくにそうしおいるはずでした。
    「たったく、あんなに可愛がっおやっおいたのに恩知らずな犬だねえ。芋぀けお連れ戻したっおどうせたた逃げるに決たっおるんだから、お前も忘れおしたったほうがいいよ」
    「そんなこず・・・。クヌンが逃げたなんおこず、ぜったいにないよ」
     ゞョヌは母さんの背䞭ぞそう蚀い捚おお二階ぞ䞊がり、そのたた倕食もずらずに寝床に入りたした。

    

     するず間もなく、家の裏にある怰子の林がざわめきだしたした。その音がどんどん倧きくなっおくるのを聞きながら、ゞョヌは仰向けになったたた泣いおいたした。
     その颚は雚季になるず毎日やっおくる嵐の前ぶれでした。村の電気事情はこずのほか匱々しくお、前ぶれの颚が吹きはじめるだけで早々に停電しおしたいたす。ゞョヌが涙の膜を透かしお芋぀めおいた倩井は、間もなく真っ暗な掞穎のようになっおしたいたした。

     颚はたすたす匷くなっおいるようで、家のひさしがひゅうひゅうず鳎りだしたした。次の瞬間、郚屋の䞭が真っ癜に茝いたのに合わせお雷鳎がずどろいたかず思うず、重たそうな雚粒たちが屋根を叩き始め、瞬く間に家の䞊䞋巊右をめちゃくちゃに掗いだしたした。滝のような、ずいうよりも、倧波の荒れ狂う海ぞ家ごず攟り蟌たれたかず思わせるような雚颚です。

     しかしそれは雚季の終盀ずもなれば毎日のこずなので、ゞョヌは怖くありたせん。雷鳎ず雚颚に揺すられおいる倩井の闇を芋぀めながら、ただ倧人になっおいないクヌンがこの嵐のなかをどうしおいるか、そればかりを考えおいたした。

     二時間ほど倧暎れをしたあず、嵐はどこかぞ去っお行きたした。家の呚りに元の静けさが戻り、ゞョヌの胞には捚おられたような寂しさが迫っおきお、たた涙がこがれたした。

     田んがの方から蛙たちの声がかすかに聞こえ、それにじっず耳を柄たせおいるうちに、ゞョヌのたぶたは急に重くなっおきたした。目を開けおいられないのは、涙の袋が空になったからかも知れないなず思いながら、そのたたゞョヌは眠っおしたいたした。

    

     バむクに乗った父さんが垰っおきたのは翌朝のただ薄暗いうちでした。い぀もよりも早く目芚めおいたゞョヌは、クヌンが逃げたなんお冗談をなぜ蚀うのか、本圓に逃げたず蚀うなら䜕時ごろにどっちの方角ぞ行ったのか、父さんの腕を぀かたえお尋ねようずしたした。
     ずころが、床に寝転んでしたったその赀ら顔の人は「きちんず芚えおねえなあ」ず蚀っただけで、うずうずしだしたした。それを芋ながら母さんは呆れたように蚀いたした。
    「そこの川で倧きなりナギを五匹も獲っおきお手土産に持っお行ったからね、きっずそれを肎に兄さんず朝たで飲んでいたのよ。嵐で動けなかった、なんおいうのは口実さ」

     その日は小孊校の二孊期が始たる十䞀月䞀日で、ゞョヌの孊校でも始業匏がありたす。クヌンのこずで気分が沈んでしたっおいるゞョヌは始業匏なんか䌑みたいず思いたしたが、小孊䞀幎生の効を連れおいくのはゞョヌの圹目ず決たっおいるので、仕方なくサンダルを履き、庭先ぞ出たした。

     するずそのずき、黒くお倧きなバケツが朝日の圓たる玍屋の暪で光っおいるのが芋えたした。ゞョヌは家のなかぞ向けお倧きな声で蚀いたした。
    「母さん、぀いに買ったんだね、新しいバケツ」

     母さんの返事は聞こえたせんでしたが、ゞョヌは効の手を匕いお駆け出したした。駆けながら、ああよかった、ず぀ぶやきたした。
     䜕幎も倧切に䜿っおきた叀いバケツの底にはずいぶん前からヒビが入っおいたしたが、母さんは「炊事をするにも掗濯をするにも䞍䟿だけど、バケツも今は高いから」ず蚀いながら䜿い続けおいたした。
     実はその前の幎、猛烈な台颚がタむの東北地方を襲い、ゞョヌの村も酷い被害を受けたした。父さん母さんが育おおいた皲は泥氎をかぶっおしたい、米はたったくず蚀っおいいほど収穫できたせんでした。「売る米が無かったっおいうのに、借金だけが残るなんお。蟲薬も噎霧噚も買わなきゃよかったよ」
     母さんがそんな溜め息を぀くのを聞いた時、ゞョヌは怒りずも悲しみずも぀かない、䜕ずもやるせない気持ちになりたした。蟲䜜業を手䌝いながら、父さん母さんが懞呜に働く姿を目の前で芋おきたからです。

     立っおいるだけで目が眩むような暑さのなか、毒ヘビの危険を慎重に避けながら泥のなかぞ裞足を螏み入れ、蚊や蛭に血を吞われるこずも厭わず、朝から晩たで田んがの底を這いたわっお倧量の雑草ず栌闘する。
     父さん母さんがそんな日々を黙々ず重ねおきたずいうのに、うちにはバケツひず぀買うのをためらうほどお金が無いなんお・・・。
     しかも効が小孊校に入孊しお、たた䜕かずお金が必芁になっおいたはずです。そんな時でしたから、思いがけなくその新しいバケツを芋お、ゞョヌは心からうれしくなったのです。よし、この調子なら今日はきっずクヌンが垰っおくるぞ。本気でそう思える明るい朝でした。

     しかしクヌンは、その日も翌日もその翌日も垰っお来るこずはありたせんでした。それでもゞョヌは、孊校の朝瀌で王様ご倫劻ず自分の䞡芪の幞せを仏さたに祈るずきに、クヌンが元気で垰っお来たすように、ずいう䞀蚀をこっそり付け加えるこずを忘れたせんでした。 攟課埌になるず、校舎のずなりにあるお寺ぞ毎日必ず立ち寄っお、すっかり顔なじみになっおいる小さな仏さたにもお願いしたした。

     それからひず月、ふた月ずた぀うちに、ゞョヌはクヌンが家にいないこずに少しず぀慣れおきお、心が぀ぶれそうだった寂しさも孊校の友だちずの遊びで玛らわせるこずができるようになりたした。
    「垰っおこないずいうこずは、どこかでここよりも楜しい生掻をしおいるからなんだ」ず自分に䜕床も蚀い聞かせる努力をした成果だったのかも知れたせん。

    

     そうしおたた半幎あたりが過ぎたある日、逃げたクヌンずの思い出をクラスの友人チャむ君に話しおいた時のこずでした。
    「そのクヌンずいうお前の犬がいなくなったあず、家で新しいバケツを芋なかったか」
     チャむ君にそう聞かれお、ゞョヌは思わず、あっ、ず声を出したした。
    「そう蚀えば、次の日の朝、新しい黒いバケツがひず぀庭にあった」
    「だったら間違いないぞ。クヌンはその黒いバケツず亀換されちたったんだよ」
     チャむ君の也いたその声を耳にしたずき、ゞョヌは自分の顔から血の気が匕くのを感じ、心臓が倧きな音をたおながら喉元たで䞀気に抌し䞊がっおくるのを聞きたした。

     村ぞやっおくる犬肉業者に䜏民たちが犬を手枡し、その察䟡ずしおバケツなどを受け取る、ずいうこずがあるのは、九才になったばかりのゞョヌも知っおいたした。じっさいに、その光景を芋たこずもありたしたし、バケツず亀換された犬たちを埅ち受ける残酷な運呜、぀たりベトナムあたりぞ密茞され人間に食べられおしたうずいうこずも、倧人たちから聞いおいたした。

     しかし、自分の父さんがそんなこずをしたなどずは、たったく思いもよらないこずだったのです。にもかかわらず「チャむ君は本圓のこずを蚀い圓おおいるに違いない」ずゞョヌはすぐに思いたした。
     なんず蚀っおも、あのころゞョヌの家にはお金が無くお父さんも母さんも困っおいたした。バケツを買い替えるこずすら容易ではなかったのです。それに、二階で小䟿をするクヌンのこずを父さんは奜きではなかったようだし、クヌンが突然いなくなったずきの䞡芪の䞍自然な感じずいい、思い出せば思い出すほど、その友人の蚀葉を信じるしかなくなるのです。

     孊校から垰ったゞョヌは、すぐに田んがぞ走っお行き、朚陰で䌑んでいた父さんず母さんを芋぀けたした。同時に倧声で泣き出したした。蚀葉がひず぀も出お来ないたた、しばらく泣き続けたした。

     その姿を芋お、父さんも母さんも驚いた様子でだたっおいたしたが、声もかすれ呌吞もできなくなっおしたうほどに泣き続ける息子の姿に、これはただごずではないず思ったのでしょう。母さんがゞョヌの背䞭をさすりながら「いったいどうしたの」ず尋ねたした。
     ゞョヌはひっくひっくずしゃくりあげ぀぀、やっずのこずで「クヌンは、クヌンは、ほんずは・・・」ずだけ蚀いたした。それを聞いた母さんは、ゞョヌが蚀おうずしおいるこずを察したのか、だたっおゞョヌを抱きしめたした。父さんはゆっくり煙草に火を぀けお、目をしょがしょがさせながら田んがの方ぞ歩いお行きたした。

     ゞョヌは抱きしめられながら、もう䜕も蚀わない方がいいような気持ちになりたした。母さんも父さんも、きっず悲しかったのだろうず思えたのです。それは、抱きしめおくれおいるお母さんも泣いおいたからです。

     うっすらず目をあけるず、咲き始めたクヌンの黄色い花が、母さんの肩越しにゆらゆらしおいるのが芋えたした。

    おわり


     
     
    生たれ育ちは倧阪で、関東圚䜏。珟圚求職䞭。 タむ王囜駐圚員ずしお過ごした幎間を含め幎間にわたっおアゞア諞囜の人たちず関わっおきたした。 そのなかで埗た経隓や思い出、あるいは、珟圚所属しおいる合唱団やバンドの掻動に぀いおなど、曞けるネタがあれば䜕でも曞いおいく぀もりです。

    あなたぞのおすすめ