【PL学園#12】受けた優しさをつなげなかった話していい? フランス料理で2年生編突入
⚾️母校PL学園の「誰も書いていない裏話」を毎週投下しているryuuです!
各回読み切りなので、この記事だけでも楽しんでもらえます
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(なんで、あんなに遅いん…えっ)
わかった瞬間、胸がいっぱいになった。
地獄の1年生時代。
館内放送を聞いたら、全力で女子寮の階段を駆け下りた。
1秒でも早く食堂に行く。
上級生が来るまでの数分間で、部屋全員の配膳をしなければならない。
あれから一年。2年生になった私は歩いて食堂へ行く。
後ろには、のろのろとした歩みの3年生がいた。
食堂に着く時間を数分でも遅めて、1年生の配膳時間を長くしてあげようという優しさだった。
入寮して最初の部屋の3年生もそうだった。
消しゴムの音がうるさい、二段ベッドで寝返りを打つなとガミガミ言っていたGさんも、一度も配膳が整う前に食堂に入ってきたことはなかった。
2年生も同じだった。
内部進学組のように要領よく動けない私に、
3年生よりも先に食堂に入ってきて、優しく直してくれた。
「Cちゃん(私)、おみそ汁のお椀は、ご飯の上に置いてね」
「お箸の先は左に向けるのよ」
私が気づかなかっただけで、上級生の誰もが1年生を見守っていた。
それなのに、2年生になった私は同じようにできなかった。
🍴背伸びのフォーク、ただ美味しくて
数カ月に一度、テーブルマナーの講習として、教団関連のゴルフ場のクラブハウスでフランス料理のコースを食べさせてもらえた。
1年生のときは間違えて叱られないよう、ガチガチに緊張していたから、何を食べたか、まったく覚えていない。
2年生になると違う。
テーブルマナーも多少は身につき、ひらり、ひらりとスープを口に運ぶ。
黄金色のスープには、ミモザの花のようにかわいらしい卵が浮かんでいて、とってもキレイ。
金目鯛のバター焼きも、口に含んで、じゅわっという香りを楽しむ余裕がある。
周りはと見ると、内部進学組の1年生は中学の寮生活で経験があるのか、ひとりでちゃんと食べている。
高校からの入学組は、必死の形相で、ぎこちなくナイフを動かしている。
(初めて使うんだねぇ。大変そう)
他人事のように眺めながら、私はデザートを待っていた。
「使い慣れないと難しいわよね。私も去年は初めてだったの。間違えても大丈夫だから、おいしく味わって食べるといいわよ」
——なぜ、そんな一言が言えなかったのだろう。
あの子は1年前の私だったのに。
振り返ると忸怩たる思いはあるものの、私はようやく手に入れた自由を満喫し、部活も一所懸命に取り組んだ。
私が所属していたバスケット部は、練習も礼儀も相当に厳しかった。
厳しいけれど、同じくらい、上級生は優しかった。
40年以上経っているのに、noteで見つけた私に連絡をくださる⬇️
厳しく優しい先輩がたのもとで、毎日夕方おそくまで汗を流した。
それでも寮に帰れば、ゆっくりと湯船につかって疲れを癒せる。
1年生のときは許されていなかった、ただそれだけで嬉しかった。
春が過ぎて梅雨が明けた頃。
その日の部活も全員で参道をランニングし、丁寧に手入れされた芝の上でストレッチ。
野球部のノックの音と声が風に乗って聴こえてきた。
彼らが練習する専用グラウンドは、私たちがいる場所からは見られない。
💡ちなみに野球部専用グラウンドは、方位や土にいたるまで甲子園球場と同じに造られていて、外野フェンスやナイター設備、ダグアウト、スコアボードに観客席まであった。
整備してくれる業者さんも同じ。
軟式野球の全国大会まで行われて「PL球場」と呼ばれていた。
彼らは毎日「観客のいない甲子園」で練習を重ねていたといってもいい。
ちらりと野球部グラウンドのほうを見て、部長が言った。
「今日、応援部の◯◯先生に呼ばれたの。来月の甲子園予選で、私たちに出番があるんですって」
いったい、何だろう。
どうせ、しんどいことをやらされるに違いない。
ろくでもない予感しか、しなかった。
【つづきは、こちらから⬇️】
※このコラムは、あくまで個人の記憶と主観に基づくものです。
今回からPL学園の夏服を着た高校時代の私がコラムを案内します。
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