ただ、遺したい
私は空っぽなんだ。
私には、個性がない。
個性だと思っていたものも、ぜんぶ病状でしかない。
明るいと言われた性格。
私は明るくない。
ただの躁状態でしかない。
躁とうつを毎日繰り返す。
ごく稀にフラットなときがある。
でも基本はない。
こんなにも感情を左右されて、揺さぶられて。
もうつかれた。
私には性格がないんだな。
無個性なんだな。
躁とかうつとかどうでもいいよな。
わかったってしかたない。
どうにもできないんだから。
治るわけじゃないんだから。
薬を飲んだってしかたない。
そう思うときもある。
私は薬に依存している。
でも、たまに飲みたくなくなる。
飲むのが嫌になるときがある。
やめたくなるときがある。
だって、飲んだって一向によくならない。
効いてはいる。
でも、しんどいのに変わりない。
薬をやめたらもっとしんどくなる。
でも、やめたくなるときもある。
薬を減らせたらいいねと母がいう。
減らしたくない。
減らしたら眠れない。
自分を保てなくなりそうで不安でしかたない。
つらいのはうつだけじゃない。
躁もきつい。
だってどっちも耐えなければいけないから。
どっちのほうがつらいとかない。
どっちも薬を飲んで抑えるしかない。
躁もうつも。
うつはずっと苦しい。
躁はたのしくてしあわせでそわそわして苦しい。
耐えなければいけないから。
苦しい。
ずっと、苦しい。
たのしくても、うれしくても、かなしくても、おこっていても、ずっと苦しいという感情がいる。
ずっと苦しい。
つらいともいう。
もっと中身のある文章が書けたらよかったのにな。
深い文章が書けたらよかったのにな。
私には、書けない。
空っぽな、私には。
書けそうに、ない。
空っぽだからなにかで埋めたい。
埋めたとしても空っぽでしかないのに。
空っぽなのにはかわりないのに。
自分がないという事実は変わらないのに。
だから、私は一般常識を身にまとい普通の人間のふりをする。
まともでいようとする。
最初から狂人なのにな。
いや、狂人と言うには物足りないか。
でも、どこか壊れている。
壊れる前の自分なんてもう覚えていない。
記憶にない。
よしんば覚えていたってなんなもならない。
壊れる前の自分を振る舞えたとしても、それは役でしかない。
いまの私ではない。
でも、振る舞っている自分も私ではあるのだろうが、好きじゃない。
ぜんぶ、自分だ。
普通のふりをする人外も、狂人でいたいという人間も、どちらでもない自分も。
すべて、私だ。
壊れる前の自分に戻りたいとは思わない。
だって、覚えてないし。
人間は変わり続けるものだし。
ふつうのわりにはどこかはずれているし、狂人と言うには、足りていない。
それが私クオリティ。
どっちでもないんだな。
なんにもなれないんだな。
でも。
なににもなれなくても、なにかを遺すことはできる。
それが、作品だ。
すべての作品が遺書である。
正確には、遺書の一部である。
すべてではない。
生き続けている限りは増えるものだし。
書き終えることもない。
死ぬ瞬間まで書き続ける。
書けるうちは絶対ね。
誰に何が届かなくてもいい。
何も伝わらなくてもいい。
ただ、遺したい。
なにかを遺したいと強く思う。
欲を言えば、誰かに読んでほしいとも思うが。
まぁ、いい。
遺すことが目的だから。
私が確かにいて、生きていたことを証明することができるだろう。
何を感じ、何を想い、何を希い、何を考えて文章を綴ったのか。
それが、遺せる。
私は瞬間を生きている。
瞬間が楽しければそれでいい。
瞬間が良ければ、それでよい。
瞬間が大事なんだ。
人生とは瞬間を更新し続けた結果のことだと思う。
あー、なんというか。
ありきたりにいうと瞬間を積み重ねたものというか。
私はね。
異論はあってもいいも思うよ。
私はそう思うだけ。
だから違うだろと思っても噛みつかないでね。
鬱陶しいから。
珍しく死にたいという文章がないね。
1秒後でも未来というし、現在は瞬間というし、1秒前だと過去だよねと思う。
それを死ぬ瞬間まで積み重ねた結果。
それが人生なんじゃないかと。
うん、いまはこの考えでいいや。
結構気に入ったし。