
「行きたい」と「帰りたい」は、同じ鞄に入っている――新幹線で出会う、二人の同居人
玄関の鍵を、内側から閉める。
旅行鞄を框に下ろすと、肩からすうっと重さが抜けていった。二泊三日分の荷物が、急に他人ごとみたいに軽くなる。
「ただいま」
返事のない部屋に、そう言ってみる。誰もいないのに、言ってしまう。
・・・少しだけ、時間を巻き戻したい。
◇
はじまりは、ある冬の夜だった。
スマートフォンの中で、スタンプがひとつ、またひとつと増えていく。各地のあの緑のロゴを巡ると集まる、ごほうびみたいなスタンプ。地図を開いて、時刻表を調べて、行程表がどんどん膨らんでいく。北へ、北へ。新幹線を乗り継いで、二泊三日で東北を回る計画。
調べものが止まらない。ワクワクして、ゲットの喜びを先取りして、夜更かしする。これは、私の中にいる「出かけたがる私」の独壇場だ。
そのとき、もう一人の私は、画面の端で静かにこちらを見ていた。何も言わずに。
新しい刺激へ駆け出したがる私と、その刺激に深く疲れてしまう私。HSS型HSPと呼ばれる気質の中で、二人はいつも背中合わせに住んでいる。予約ボタンを押すこの夜は、いつも片方だけが、機嫌よくはしゃいでいる。
◇
旅は、よかった。
冬の東北新幹線は、車窓がいい。雪をかぶった景色を、コーヒー片手にのんびり眺める。知らない駅で降りるたびに、駅の近くにあの店がある。乗り鉄と、ごほうびスタンプ。・・・なんてことを、温かいカップを両手で包みながら、ぼんやり考えていた。
知らない街でも、私の注文は変わらない。ホットコーヒーの、トールサイズ。たったそれだけのことなのに、見慣れたあのロゴと、同じ一杯が出てくると、ふっと肩の力が抜ける。あの店は、知らない街に必ず現れる「いつものシェルター」だ。新しい店舗で、スタッフの方と少し言葉を交わせた日は、それだけで満ち足りた気持ちになる。
ここまでは、二人とも機嫌がよかった。
◇
それが崩れたのは、走行中の車内だった。
連休の車両は、満席だった。大きな声で笑い続ける旅行者のグループ。少し離れた席で、ずっと泣いている子ども。音は逃げ場なく車内に満ちて、走っている列車からは、降りることができない。
同じ新幹線が、ついさっきまでは翼だったのに、いまは檻になっている。出かけたがる私には、どこまでも連れていってくれる翼。疲れてしまう私には、閉じ込められた檻。
そして、その檻の中で、もう一人の同居人がついに声を上げた。
・・・もう、帰りたい。
行きたがったのも私で、帰りたがっているのも私だ。HSS型HSPと呼ばれる私の中には、いつも二人いる。片方が駆け出した道の途中で、必ずもう片方が立ち止まる。
それでも列車は、次の街に着く。
ホームに降りて、また、いつものシェルターを探す。ホットコーヒーのトールサイズを両手で包むと、さっきまで泣いていた同居人が、少しずつ凪いでいく。檻を出て、また小さなシェルターに帰ってこられた。
◇
不思議なのは、翌朝だった。
あれだけ「帰りたい」と泣いていた同居人が、朝になると涼しい顔をして、「今日はどこへ行く?」と聞いてくる。一晩眠っただけで、もう次の街が楽しみになっている。
そのとき、ようやく分かった。
「帰りたい」は、旅の失敗じゃなかった。それは、また出かけるための、片道の切符だったのだ。行って、疲れて、帰りたくなって、ひと晩休んで、また行きたくなる。二人の同居人は、ずっとこの往復を繰り返してきた。どちらも嘘をついていない。「行きたい」も「帰りたい」も、最初から同じ鞄の中に、一緒に入っていた。
◇
玄関の鍵を、内側から閉める。
旅行鞄を框に下ろすと、また肩から重さが抜けた。行きのときと同じ動作なのに、今度の軽さは「やっと帰れた」の軽さだ。
まっすぐ窓辺へ行って、窓を開ける。新しい空気が、部屋の中にすうっと流れ込んでくる。二泊三日のあいだ、いろんな街の空気を吸ってきたはずなのに、いちばんほっとするのは、この見慣れた部屋に入ってくる風だった。
行ってよかった。そして、帰ってこられて、もっとよかった。
同じ新幹線が、駆け出したい私には基地で、帰りたい私には巣だった。同じ部屋が、二人の同居人の、それぞれの居場所になる。
・・・そういえば、次に乗りたい特急の時刻表を、まだ調べたままにしてある。駅の近くのホテルまで見て、でも、予約ボタンはまだ押していない。
押すのは、たぶん、もう少しだけ凪が続いてから。
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(同居人シリーズ第3作です。①「同じ体のなかに、二人いる」、②「『つながりたい』と『放っておいてほしい』のあいだで」と合わせて読んでいただけたら嬉しいです)