
どうせ幸せにしかなれない
先日、とある短編映画のオーディションを受けて来ました。
以前の私からしたら、とんでもなく大それた事。
でもね、やる前から『どうせ駄目だろう』って思わないことにしたんよ。
どんなに高いハードルでも、1%の可能性にかけてみる。
自信満々に、『絶対いける!!』とは、なかなか思えないじゃない?(笑)
でも、(ワンチャン、いけるかもしれない)という、夢を追いかけてみる事にしたんです。
だって、『どうせ、、、』って最初から諦めちゃったら、そこで『試合終了』ですもの。
確かにね、期待して駄目だった時に、がっかりしたくないし、『失敗した自分』って、なんか格好悪いから、そんなの出来れば、世間にさらしたくないんだけど。
以前の私は、やることなすこと、びびって生きていました。
それは、それまでの人生を
『失敗』だと認識してたから。
また失敗するんじゃないか、、、って
恐怖の世界に住んでいた、、、
だけど
それまで『失敗』だと認識していたエピソードについて、もう一度考え直してみたわけ。
"別の視点"から考察してみたんです。
例えば、大学受験。
死ぬほど勉強したけど、第一志望には受からなかった。
朝も早よから脇目も振らずに受験勉強しまくった。
決して『楽しい日々』では無かった。
なのに、、、
報われない!!
すごーーーーくショックだった。
珍しく、泣きました。
あまりにも悲しすぎてねー。
だが、しかーーーーーーし!!
今ならわかるんよ。
っていうか、『落ちて良かった♪』とすら思える。
だって、その進路は、
"ホンネで望んだ道"では無かったから。
その頃、やりたいことが無くてね。
将来の夢とかが、全然無くて。
漠然と、稼げそうな、"地位の高い仕事"に就きたかった。
弁護士になりたくて。
でも、ホンネではそんなこと、微塵も望んでなかった、って、今ならわかるんよ。
だって、結局、
『ノリで生きていたい』だけの人だから (笑)
なのにそのときは、安定した職業、、、お給料の高い職業、、、そんな条件に惹かれていたのだろうと思います。
弁護士という職業を否定してるんじゃないよ。
"私"には違った、って話。
だから、『失敗』じゃなくて、むしろ、
救われてる (笑)
って感じでね、
これまで『失敗』だと思っていたエピソードについて、徹底的に見直してみたんですよ。
そしたら、『失敗』なんて、1個もなかったの。
期待した結果にならなかったその時は、
もちろん、ガビーンって傷ついてるんだけどね。
どの経験も、結局、『最高最善』への道だった。
数々の『失敗』を経て、
今の私が成り立っていた!
全部、必要な経験だったんだ、と納得できた。
そう考えるとね、
なんだ、少しくらい間違えたって、少しくらい遠回りしたって、結局は常に、『最高最善』にしか向いてないやーん♪って気付いたんよ。
だから
どんな人も
結局、どうやったって
『幸せにしかなれない』
ということを発見したんです!\(^o^)/
人間だからね、たまには欲に目が眩んだりして、道を外れることもありますよ。
だけど、その『寄り道』さえも、自分にとっては必要なプロセスだったりします。
人生に、無駄など無い。
全てが必要で、愛おしい経験。
だから
『どうせ私なんて、、、』ってやりもしないうちから予防線を張らずに、
『どうせ幸せにしかなれんじゃないかーーーー!!えいやーーーー!!』って、一歩踏み出してみよう。
失敗なしの人生なんて
クリープの無いコーヒよ。
あ、例えが古いね(笑)
味わい深く生きましょ♪