
恋するメビウス 20
▶︎6
早朝の田舎道、客などいる様子もないドライブイン、アメリカ的なピカピカの流線型トレーラーハウスの側で束の間の休息。
ついてきてしまった黒猫、ドア開け降りるよう即すも、クロちゃんシートにへばりつき必至の抵抗、もういいよ、好きにしろよ、と結局俺の完敗、ついでにこのふざけたクルマを見てみることにした。
なにゆえこのマシン、かくも超高速でかっ飛ぶのか?
後に回り、通常のクルマならトランク、こいつの場合はエンジンルームの扉開く。で絶句。ドカティという怪物単車のエンジン積んでおり、おそらく排気量は元の二倍以上、こら日本車でいえば軽トラにGT—Rのエンジン積み込んだようなもので、これ作ったやつ、なに考えてんだ、と唸るようなシロモノ。薔薇の花満載といい、おおよそマトモじゃないね、なんてったって発砲してくるぐらいだしね。
前に回りボンネット、中にくたびれたボストンバッグ、開いてみるや、また絶句。純金のインゴット姿あらわす。室内。黒猫に薔薇。なんだかなあ、つって花の中掻き回したらベレッタの拳銃、さらには、出てくるわ出てくるわ袋詰めの白い粉。正体など知らぬし知りたくもないけれど、末端価格にして何億とかいうやつじゃねーの? こら、マフィアのクルマだ、薔薇は匂い消しだ、と理解した。
警察とマフィア敵にまわし、自分がどこにいるのかもわからず、さて、どうする? どう、たって、できることなんざ、いくらもないだろ、俺? 店からおやじ出てきて、中に入れ、と仕草みせるも、金を持たぬ身、コーヒー一杯飲むことすらできぬ。あいはぶ、のーまねー。つったら、おやじしばらく考え、カマーンつって俺呼び寄せた。あれほど嫌がっていた黒猫もついてきた。
俺にパニーニとカプチーノ、猫にミルクの振る舞い。何度も礼をいい、むさぼり喰う。おやじ、英語ろくに話せず、それでも懸命に何かを語りかけてくる。されど結局いいたいことわからぬまま、食事が終わってしまった。公衆電話。カード式。それほど田舎ではないらしい。おやじにことわりパリに電話。おそらく最後の連絡、美咲に、愛している、と伝えてくれ、それだけいえれば十分だ。
受話器取ったのはヒュウガくん、オロオロ声で、
──ああ、カカオくん、美咲がね、美咲がね、
それからしばしすすり泣き、ぐちゃぐちゃのふるえる声で、
──コモ湖で入水自殺だって。
俺、言葉失い、ヒュウガくんの号泣を、ただ聞いていた。ぷつり、電話が切れるまで、長くはかからなかった。
▶︎5
おやじ? コモ湖って知ってる? ゆーのう、こも、れいく?
「ラーゴ・ディ・コモ?」
そうそう、イデア・コモ!
「スィ、スィ!」
おやじ、落書きみたいなキッタネー地図描いてくれて、見れば一本道、下の矢印がミラノ、上の矢印がコモ。さらにその上に山脈の絵、アルプスの文字。一本道とアルプスの間に、グリグリ黒丸。なるほど、グラッチェ、おやじ。そうやって別れるも、なんだか気が引け、クルマより薔薇一輪とボストンバッグ取り出し、プレゼント、つって渡した。クロちゃん、おやじになつき、こちらもお別れ。
グラッチェ。チャオ!
▶︎4
コモの街到着、いたるところ三角形の旗飾られ、イデア・コモの文字散見、日本から来たアパレル業界系の人々、多数往来し、見たことあるような、ないような、ってな顔いくつも見つけ、先方はフィアットから顔出す俺見てぎょっとしたりのけ反ったり。いわば、なんで俺がいるんだ! ってな反応、非常にわかりやすい。
人の流れで見当を付け、会場と思わしき場所でクルマ降り、信じられない、といった表情浮かべる女子集団捕まえる。
やあ諸君。
「は、はいっ、おはようございます、カカオさん」
美咲、死んだんだってね。
「はあ。わたしたちも聞いたばっかりで、ビックリしてるんです」
誰が一番詳しい? できたら紹介して欲しいんだ。
「は、あのう、会場のエトロのブースにいる日本のバイヤー担当の女性が、第一発見者らしいんですけど……。あのう?」
女子集団、声をひそめていった。
「オオウケジュンコさんとサルバドールキノさんがいらしゃいますよ? カカオさん、マズいんじゃないですか?」
あそう。教えてくれて、ありがと。
入り口で入場チェック、みんな黄色いカードを提示、俺、手ぶら。係員、俺の顔見るや、シニョーレ、カカオ? つって、固まる、その隙ついて、会場入り。
こら、すぐ警察来るね、モタモタできねーな。エトロはどこだ。うろつき回っていると、だんだん騒ぎがおおきくなってゆく。が、会場も相当ごった返しており、なまなかには捕まらないような気にもなる。エトロ発見。ブースに入るや、オオウケジュンコさん悲鳴、サルバドールキノ、貴、貴様ァ、よくもまあぬけぬけと、つって俺を睨みつける。構わず俺、美咲はどこで死んだ? スタッフのひとり、立ち上がり、
「会場を出てまっすぐ湖にいくと桟橋が見える公園があります。そこで、靴と、手紙を、あたしが見つけました」
こいつは犯罪者だぞ、説明するな、とサルバドールキノ怒り狂うも、スタッフの女性、動じずに続ける。
「そうは参りません。わたしは手紙を読んでしまったのですから。使命を全うさせていただきます。カカオさん? 美咲さんからあなたにメッセージがあります。心して聴いてください」
彼女は口をつぐみ目を閉じて、それから、とても短いフレーズを口にした。その言葉を胸に刻みつける。彼女に礼をいい、ブースを離れる。背後でサルバドールキノ、なにか叫んだようなれど、会場のノイズ、それをかき消し、全部は聞き取れなかった。
▶︎3
出口を目指し、ホールに出る。入場チェックのゲートに、ああ神様ありがとう、どうしても会わなければならぬ奴らが来てくれた。立ち止まり、奴らが入って来るのを待つ。
最初に気づいたのはインテリ坊主、呆然としつつかたわらの赤いXの肩を叩く。きょろきょろと辺り見回す薄ら笑いの赤いX、インテリ坊主の指し示すもの、それが俺だ、と気づき、顔をどす黒くして、にやあ。と笑った。ゆっくりこちらに歩いてくるふたり、俺、突っ立ったまま。
「やあカカオさんじゃありませんか、ご無沙汰」
会いたかったぜ、おっさん。
「美咲クン、亡くなられたそうで。お悔やみ申し上げます」
おまえだろ? おまえが美咲追いつめたんだろ?
「そりゃあなた誤解ですよ、あたしゃね、誠心誠意、復縁を迫っただけ。断った美咲クンがいけないのですな。まあ、美咲クンに逃げられた者どうし、仲良くしましょうや」
逃げた? おっさん、そら違うぜ。美咲は逃げてねーよ。
どす黒い顔をよりいっそうどす黒くして破顔する赤いX、外より聞こえ来るパトカーサイレンの重奏に気を良くしたらしく、
「カカオさん? お迎えが来たようですな。ジ・エンド?」
だな。
つって俺、脇に差しておいたベレッタ取り出し、まずは一発、ばす。とインテリ坊主の眉間打ち抜いた。どん。とインテリ坊主、白いホールに倒れ、派手に脳漿まき散らし、やにわに会場静まり返る。赤いX、ぺたんと座り込み、小便で床汚し、あわあわあわ、って俺を見上げた。拳銃、赤いXにぴたり。と据え、
ボンジョルノ!
ばすばすばすばすばす。残りの弾丸全部、脳天と股間に打ち込み終えるや、凍りついた会場、無言のギャラリーに一礼、
グラッチェ。チャオ!
てって胸張って俺、スタイリッシュに退場する。
▶︎2
フィアットに乗り込みエンジン始動、会場の敷地より出れば三叉路、右の大通りよりパトカーの大群迫り、左手からはおそらくマフィアの連中、高級車連ねて迫り来る。残された正面の道選び、しばらく走った。
アルプスが立ちはだかって来る。ふいに、景色が一望できる小高い場所に出た。そこでクルマを停める。
眼下に広がる湖。
公園と桟橋。
ダッシュボードでキラリ光るオープンハートのキーホルダ、それから左手薬指の指ぬき見つめる。
▶︎1
迎えに来たぜ、美咲。
▶︎0
追っ手のまき散らす騒音、クレッシェンド。深呼吸。薔薇の香り。ギア、セコにぶち込みアクセルベタ踏み、下り坂、ダブルクラッチ駆使しサード、すぐさまトップへ、咆哮するモンスターエンジン、ドカティサウンドの炸裂、スピードメータ振り切った刹那、公園のゲートぶっこ抜き窓もフレイムも粉々、オープンカー様になり桟橋に突入、トッペンからダン。と空中に飛び出す。
──汝カカオ/美咲は、
この者を伴侶とし、
良きときも悪きときも、
富めるときも貧しきときも、
病めるときも健やかなるときも、
ともに歩み、
他の者に依らず、
たとえ世界が終わろうとも、
永遠の愛を誓い、
伴侶を想い、
伴侶のみに添うことを、
神聖なる婚姻の契約のもとに、
誓いますか?
「誓います!」
教会の鐘、高らかに鳴り響き、水鳥たちがいっせいに大空を目指す。
天空より放たれる一筋の光、祝福の光だ!
『俺たち』を包み、湖面がキラキラと喝采する。
薔薇のはなびら舞い踊り、世界が、可憐な破片で満ち満ちる。そして、そこで時間が止まっているのだ。
いま、この宇宙に、美咲があふれる。