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個性と違う方向に頑張る、出来ない事への努力の話


    才能解放サロン Colorfulを
    どうして始めたかったのかの話を4回に分けて書いていきます。

    私自身の経験が誰かの「個性本質で生きること」のきっかけになれますように。

    【違う方向に頑張る、出来ない事への努力の話】

     私は人一倍、努力してもうまくいかない人の気持ちが誰よりも分かる。
     私ならそれがきっとできる!と思っていました。

     私は人の何倍も努力しないとみんなと同じようにできない人間だと思って生きてきましたし、苦手を克服するために努力をして生きてきたからです。
     その努力の記憶は小学校に入る前からです。

     幼い頃は顔に水がかかるだけで泣いていたので、小学校1年生のプールの授業が始まると、体育の成績で5段階中1をとって帰宅しました。

     これは大変だと思った母は仕事を休んで私に水泳の猛特訓をはじめます。
     スパルタ指導の母はまるで鬼コーチのよう。。。
     それこそ、死に物狂いで頑張って、最後は足が付かないプールに突き落とされて、泳ぎをおぼえました。
     そのかいあって、私は水泳が得意になりました。

     このような経験から必死に努力すれば何でもできるようになるんだと思ったのです。
     ある意味、思い込みのスタートかもしれません。

     その母との関係を少しお話しすると、何でもできて先回りして素早く行動する母は、私に対して、あなたは遅い、もっと早く行動しなさい、思いやりがない、という事が多く、私はたくさん否定されたという記憶があります。
     そして、母に言われたことができないと突然雷が落ちる怖さ。

     母の気分で理不尽に怒られるのが嫌で何度か家出をしてしまいました。
     そんな時も、結局怒られるのは自分。
    そして、私が母の矛盾を指摘するとさらに母の怒りを買ってしまいます。
     「態度が悪い」
     謝るまで口を聞いてくれなくなります。
     何度注意されても直らないと罰もありました。

     母に対して私は、ただ私が存在しているだけでいい、ありのままの私を分かってほしいと思うようになります。

     母からコントロールされることを逃げるように、母がしつこく勧めることは嫌いになっていきました。

     努力で克服する、全部できるようにならなくては、、、という下地が出来たのは、この繰り返しの影響があったかと思います。


          マイストーリー 次回へ続きます。

     
     

    夏実

     
     
    元公立小学校教員(17年間)特別支援コーディネーター 茨城県守谷市にてこども色彩知育教室と才能発掘サロン をオープン 個性を輝かせて自分らしく生きるためにRAS®︎の個人セッションをしています 小学校図工科講師 特別支援学校勤務

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