
【第三部】ウサ子とカメコ ― ふたりの歩幅。

「いろんな声が聞こえるね。
森がやっと、いつもの調子に戻ったみたい。」
そう言って笑った。

もっと先を見たい。
光のすじが呼ぶ。足が自然とはやくなる。

彼女に近づき、同じ景色を指さす。
「行こう?」と言って、手を差し出した。

その手を引いて駆け出す。
茂みの奥の細道へ、一緒に行こう。

歩を緩めて見回す。
葉の陰の小さな気配を、順にたどっていく。

どこを見ても新しい。
葉の揺れも、影の形も、初めて出会うように見えた。

道が二手に分かれていた。
片方は湿り気があり、もう片方は陽の当たる坂道だった。

彼女が足跡を指差した。
折れた枝を見て、ぬかるみを避ける道を選んでくれた。

足跡が見える。
彼女がしゃがみ、形を確かめた。

「この足跡、きっと森の奥へ帰ったんだね。」
彼女が言う。
「うん、朝のうちに通ったのかも。」とわたしが答えた。

森の空気が柔らかい。
ひんやりした風に陽の温度が混じって、胸の奥まで届いた。

柔らかい地面が足裏にまとわりつく。
音は吸い込まれ、静かに溶けた。

光が斜めに差した。
その下で彼女がまた何かを見つけた。

彼女の歩き方が好きだ。
静かで、迷いがなくて、森に溶けて見えた。

「ねえ、なんで枝の折れた方じゃなくて、こっちを選んだの?」
思わず問いかけていた。

ひとりが半歩だけ前に出た。
もう一人も視線を合わせ、枝の先や跡の形を確かめた。

夢中で地面を見ていた。
指先が小石を避け、足跡を追うように進む。

「右の道は明るいけど、傾いてるね。」
「左は平ら。でも少し遠回りかも。」
ふたりの声が重なり、森が少し揺れた。

影が伸びる。
足跡をなぞるように、二つの音が重なった。

風が前から吹く。
服が揺れて、歩幅が自然と広がった。

風が通り抜けた。
足跡が途切れても、もう迷う気はしなかった。

木々の隙間から光がこぼれた。
息をするより先に、足が止まった。