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Photo byharu_lifelog

結婚式って結局のところ・・~呼んでくれた友人に愛をこめて。~

    先日、中学時代の友達の結婚式に呼んでもらい、参列してきた。
    私は今、地元を離れて生活しているので学生時代の友達の結婚式は新幹線に乗る距離の遠方から参列させてもらうことが多い。

    いきなり毒を吐くと、中学・高校を卒業してからほとんど会っていない友達の結婚式に突然呼んでもらうと、嬉しいけれど、交通費+ご祝儀+髪の毛のセットなどで6万か・・と(御車代だしてはもらえるけど・・)う~ん、とちょっとモヤモヤが残ってしまうことも口には出さないがあった。

    しかし、今回参列させてもらった結婚式はそんな気持ちが全くなく、
    100%で最高だった!呼んでくれてありがとう!と思える結婚式だった。

    そんな結婚式に参列させてもらって、一参列者としての感想と考えたことを記したいと思う。
    (結婚式の演出についてだけでなく、自分の日常との対比からの考察についても書いています。「参列者に喜ばれる結婚式」の内容を期待して読んでくれている方には期待はずれかもしれません。すみません。)

    ①参列者の合唱

    前段で、「参列者に喜ばれる結婚式」の内容を期待して~とか書いたくせに、最初にやっぱり演出について触れさせてください!

    結婚されたお2人が合唱クラブでの出会いということもあり、参列者にはかなりの数、同じクラブの方々がいた。参列者の多数が顔見知りということもあるのか、変な緊張感もなくアットホームな空気で式は進んでいく。

    式も中盤、おいしい料理と新郎新婦のオリジナルカクテルなどを食しながら和気藹々と談笑していると、突然、ピアノの生演奏が始まった。
    懐かしい写真とともに流れる生ピアノ演奏・・。さすが合唱クラブ、良い余興だナ~と思っていると突然参列者の約半分が立ち上がり、合唱が始まった。
    合唱というものに触れることが高校生の合唱コンクール(略して合唱コン)以来の私。
    そして、合唱コンと言えばやる気のない運動部イケイケ男女がまじめに練習せず、普段はおとなしくまじめな女子生徒が声を荒げずとも見るからに怒っている地獄の空気感もあるあるだろう。
    (私は、運動部イケイケ男女が練習をさぼって帰るのに混ざってしれっと帰宅する一番最低な人間だった。)
    そんなこともあり、合唱というものに興味も良い印象も持っていなかったのだが、今回の結婚式であっさり覆され泣きそうになった。
    全員が一生懸命ちゃんと歌っていることの感動(涙)
    歌自体への感動(歌も良い、メロディーも良い!)
    なんだか、初めて人の合唱でちゃんと感動した気がする。

    自分も年を重ね、ボイトレに通うようになり(多分これが一番大きい)、
    歌を歌う人へのリスペクトと、歌やメッセージへの興味が増した中で聞いた、愛のある歌声に心底感動した。
    そして自分のボイトレへのモチベーションも上がった。

    ②とにかく愛にあふれていた

    2つ目。ここは特に今回の結婚式でずば抜けていた点だと思う。
    まず新婦(呼んでくれた友人)は普段からとても優しくて、人に気配りのできる人である。だから、結婚式に呼んでくれた時も交通費や宿泊費の心配をとてもしてくれたし、御車代も一番くれた。

    そんな人柄がにじみ出たのだろうか?とにかく「愛」にあふれていた。
    新郎新婦、お互いへの愛ということではなく、この式に参列している人への愛。普段からお世話になっている人への心からの愛。
    「愛」って目に見えないと思っていたけれど、ちゃんと見えるじゃないか。感じられるじゃないか。と思った。これが大きな発見だった。

    ここで突然仕事の話になるが、私は商品開発の仕事をしている。
    担当者の思いがこれでもかと詰まった商品、なんとなくで開発される商品、完全に手抜きされる商品・・と同じように発売される商品でも実は異なった性質を持つ。

    結婚式も何回か過去に呼んでもらったことはあるが、流れはどれもそう大きくは変わらない。
    なのに、式の性質はそれぞれ違ったものになる。
    みんなが新郎新婦を祝福する会、あの2人って、、とこそこそ噂される会、なぜか居心地が悪くしっくりこない会・・。

    この会の性質を決めるものこそ、参列者への「愛」なのではないだろうか?
    みんな、口では「来てくれてありがとう」「こんな素敵な皆さんに囲まれて」と言う。でも、本当に思っているのか、心からの言葉なのかは式の空気感に現れる。

    だから、私も(機会があるかはわからないけれど)結婚式を挙げるとき、
    そして商品を企画するときにも、最大限の愛を注ぎたいと思った。
    それは必ず受け取る人に伝わるはずだから。

    本当は、結婚式に呼ぶくらいの友達なのだから普段から最大限の愛を注ぎたい。でも、いつも全力は難しいかもしれない。
    だからここぞというときには自分の犠牲を厭わず、全力の愛を届けたいと思った。
    それは必ず相手に届くのだと、身をもって知った出来事だった。

    ③隣の人と意見が合う奇跡、共有できる喜び

    そして、ここの章で書くことが最も今回参列させてもらって私自身が喰らったところである。(結婚式で喰らうって・・)
    違和感は突然やってきた。新婦が登場する。
    「わぁ~、キレイ」「仕上がってるやん。」「本物の妖精みたい。」とあちこちから声が上がる。
    当然私も隣にいた友人に「めっちゃキレイだね!!」と声をかける。
    友人も同意する。そんな当たり前の出来事にふと我に返る。

    「この感覚、久しぶりだ・・。」

    普段仕事をしていて新商品を開発するとき、「私はこういう方向に進みたい。」と話すとほぼ100%、NOを突き付けられる。そんな職場で私は働いている。自分にとっては、ドレスアップした人生の晴れ舞台に立つ友人に「キレイ!」というくらい自然に湧き出る感想が、まったく共感されない。
    だから、最近はずっと「なんでだろう?自分がずれてるのか?わかってもらうためにはどうすればいいんだろう?抑えるべきキーマンはこの人か?報告する順序はこうか?言い方は?言い回しは?いつのタイミング?」と意見を通すためのテクニックばかり考えなくてはならなかった。

    だから、結婚式に参列して「おいしいね」と言い合えること、「きれいだね、素敵だね。」と声に出して、同意してもらえること。
    それがこんなに尊いものだなんて、こんなに安心感のあるものだなんてと改めて身に染みた。
    だから、私は帰りの新幹線で「もう仕事辞めようかな。」などと窓の外に流れる田園風景を見ながら考えていた。

    で、次の日さっそくこの思いを会社の人に報告すると

    「まぁ、すべての上澄みを凝縮したのが結婚式だからね。」
    という言葉をいただいた。
    まぁ。そんなんだけどさ。。

    ④結局のところ・・


    やっぱり 
    愛。
    人間には愛だ。

    大切な人、大切な商品には愛を注ぐこと。
    妥協なく最大限の愛を。

    素晴らしい結婚式に呼んでくれた友人に愛をこめて。
    これからもよろしく!

     
     

    Turna

     
     
    ターナと読みます。 アラサーでメーカー勤務。 本を読むのが好きです。 2026年は月1回以上の投稿が目標。

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