メインコンテンツへスキップ
見出し画像

ケアマネ研修を終えた私が、ダブルケアの当事者になった日

    「私のお母さん、血尿出てるらしい」


    妻がかなり早口で電話の向こうで喋っている様子から
    焦って不安な様子が分かる。
    仕事をきり上げ、病院へ走るとの事。

    その日
    娘も下痢が続き、病院受診予定だった。
    かなりぐったりしていて、水分もあまり取れてはいなかった。
    検査の結果はウイルス系ではなく、お腹の風邪だろうとの事。
    点滴すると、少し回復した様子だった。


    子どもはこれで安心。
    次の心配はお義母さんに移る。

    妻に聞けば、いろいろな検査を受けているらしく
    点滴をしていると言う。


    娘にうどんを食べさせている時
    電話が鳴った。
    妻からだった。



    「お母さん、入院になった。」


    真っ先に浮かんだのはお義父さんの顔だった。
    いろんな不安が津波のように押し寄せた。

    なぜなら、妻の父(お義父さん)は要介護2、歩行不安定。
    お義母さんがいなければ生活が破綻すると言って良い。


    お義父さんの世話は誰がするのか。
    いや、たぶん妻だ。
    幸い、義理の姉がいるが、あまり協力的とは言えない。

    妻は、入院準備、お義父さんのケアマネに調整依頼、食事の準備などに追われている。
    そして、1週間、会社を休む決断をした。
    子どもが保育園へいけば、少し余裕ができる。



    でも本当に辛いのは日曜日だった。
    子どもたちは保育園休み。
    お義父さんへの介護サービスは全てストップ。
    妻とお義姉さんは交代でお義父さんを観て、
    入院中のお義母さんの面会にも行き、
    空いた時間は子どもたちの世話。


    私の息子(もうすぐ5歳)
    娘(もうすぐ3歳)も
    妻が家にいる時間が短く、あからさまに癇癪を起こす。
    それを見て私自身も崩れてしまう。

    私がもう少し賢く、子どもたちに今の状況と、これからの予定を子どもたちに伝えることができて、
    癇癪にいちいち反応しなければ
    妻の負担も減るに違いないが
    私にもあまり、余裕がない。

    ショックだったのは



    たった1人が倒れただけで家族全員の生活がここまで揺らぐという現実だった。



    ダブルケアという言葉は知っていた。
    ケアマネ研修でも学んだ。
    でもそれは、どこかの教科書でみたカタカナだった。
    今、まさに今、ダブルケアは私の目の前で起きている。
    私は支援者ではなく、当事者だった。


    で、今感じていることは
    この事例、私がケアマネなら、お手上げだなって感じ。
    お義父さん、施設は嫌だと言っているみたいだけどショートステイで行ってもらわなあかんだろうし、
    妻も介護休暇取るかの瀬戸際。
    みんなが何かしら我慢しないといけない現在と、先の見えない未来が待っている。

    ケアマネは
    制度をつなぐ仕事だと思っていた。

    でも実際には、誰かに「我慢してください」とお願いする場面もある。

    制度だけでは埋められない現実がある。

    その現実を、私は今、利用者ではなく家族として味わっている。



    だから今は
    ケアマネとして答えを探す前に
    一人の夫として、一人の父として
    この家庭を立て直すことに力を注ぎたい。


     
     
    うまく言えない生きづらさや違和感を、言葉にしています。 子育てや介護の中で“ちゃんとできない自分”と向き合うことが増えました。 その時に感じたことを、なるべくそのまま書いています。 同じようにしんどさを抱えている人にとって、 言葉のきっかけになれば嬉しいです 元警察官・介護福祉士

    あなたへのおすすめ