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猪鼻城跡(千葉市中央区)

    千葉県庁近くという交通の便の良い場所にある戦国時代の城跡。公園として整備され草刈りや剪定も行き届いているので、変な虫に刺されながら藪をこぐような苦労をしなくても、主郭や土塁の上に立ち、位置関係や距離感を体感できる。この時代の城についてよく知らない自分にも、地形を利用した城の構造を味わうことができた。

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    「北斗七星(ほし)よ、導き給え」と言ってそうな千葉常胤

    場所

    千葉県千葉市中央区亥鼻1丁目 猪鼻公園内

     千葉都市モノレール県庁前駅から徒歩10分程度。JR本千葉駅からも猪鼻城跡にある天守閣風千葉市郷土博物館が見える。

    現在の様子

     千葉市指定史跡。説明の看板にも、土塁、空堀、物見台、主郭のあった場所がわかりやすく解説されている。

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    猪鼻城跡の配置 この解説は千葉市のサイトにもあり

     城跡の背後にある千葉市郷土博物館は、現在休館中(令和6年9月30日から令和7年11月頃までリニューアル工事中)なので、猪鼻公園内も散歩の人がいるだけの静かな雰囲気である。写真撮影もじっくりできた。

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    千葉市郷土博物館 天守閣風なだけで歴史的建造物ではない(再現でもない)

     なお、千葉氏の館のあったのは、都川の対岸、現在裁判所が建っているあたりだそうな。

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    蛇行する都川
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    県庁方面から都川を渡って猪鼻城を見上げる
    竹のあいだに切り立った斜面が見える
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    神明社

     猪の鼻のように突出した部分、ひときわ高くなっている所にある。ここに物見台があったという。今は木が茂って見えないが、見下ろす位置に都川が流れている。

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    歴史の感じられる猪鼻城址の碑
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    神明社側から凹んだ所を見下ろす

     お茶の水(後述)口から上がると、この部分が大きく凹んでいておもしろい地形だなぁと思っていたが、空堀だった。

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    神明社との間のへこみ(空堀)を反対側から広角レンズで
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    土塁の跡
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    土塁から見下ろしたこのあたりが主郭
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    土塁の上は展望台になっている
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    土塁からのながめ 手前の建物の後ろが都川 
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    こちら側も土塁の跡
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    石器時代の砥石 表示の仕方にも歴史を感じる

    お茶の水

     ちなみに、この猪の鼻先のような台地の出っ張りの下には「お茶の水」がある。千葉常胤が源頼朝にお茶を振る舞った時にここで水を汲んだという。

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    お茶の水 解説は千葉市のサイトにあり
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    昭和初期に作られたと思われる碑

     コンクリート製なのでそんなに古くないと思うが、表面が剥離しかけているので、失われる前に移録しておくと、

    治承の昔千葉常胤卿源頼朝公を居城亥鼻山に迎へし時此の水を以て茶を侑む公深く之を賞味せりと傳ふ 爾来お茶の水と稱し星霜八百年清水凜々として今に渇きず

    と、いうことで、今は涸れているものの、この碑が作られた頃には、まだ水が湧いていたようだ。

     頼朝にお茶を、という話は伝説に過ぎないのかもしれないが、家康の故事は本当かも。このすぐ左側に旧東金街道の登り口があり、家康も鷹狩りに行く時に通っただろう。

     徳川光圀が訪れているのもおもしろい。ドラマ「水戸黄門」ほどじゃなくても、結構諸国巡遊してるのか?「わぁ、じいちゃんが飲んだ水! 俺も飲む! 飲んだぁ!」なんてはしゃいでたりして(←水戸黄門にいったいどういうイメージを持っているのか?)。

    羽衣伝説

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    羽衣の松 後ろが県庁

     千葉氏の名の由来が、羽衣伝説から来ているということで、県庁前の羽衣公園には、羽衣を掛けた松を模して松の木が植えられている。

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    説明の看板

     千葉氏が千葉(せんよう)の蓮の花からきた名、ということなら古代のハス(大賀ハス)が千葉市で発見されたのも必然だったのかもね。

     
     
     
    騎馬遊牧民が好きな歴史オタク。当該分野の小説を読みたくてしようがなくて、ついに自分で書いてKDPで公開してしまった。一昨年、ミラーレスカメラを買ってようやくデジタル世界に追いついたアナログ野郎。フォトマスター検定一級を所持。

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