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ホームヘルプ・フィロソファー    ~ヤスパースの夕暮れ⑤〜

     「先日、名和さんから連絡がありました。名和さんは、『これから話す内容について、面会する時に、定子さんに確認して欲しい』と言われ、名和さんの推理されたことを聞きました。
     面会の時に、定子さんから、転倒のあった日のこと、それにまつわる定子さんの過去のことのお話を聞いてきました。これからお話することは、先日、私が聞いた、名和さんが推理されたことと、ほとんど同じ内容です。」
     そう加奈子は前置きをして話はじめた。
    「定子さんは、入院していますが、状態はとても落ち着いていて、大腿骨頸部置換手術も無事終わり、リハビリも始まります。
     でも、ご高齢での術後の一人での生活は不安もあり、車いすの生活になる可能性もあります。新藤さんとも相談しましたが施設入所が現実的だろうという話しになりました。定子さんにそのことをお話しすると、定子さんも同意されました。というより、施設を探してもらいたいと、私にお願いをしようと思っていたということでした。」
     詩織とかおんは、目を見合わせた。あれ程、施設には入りたくない、どんなに小さな可能性であっても、自宅での生活を最後まで諦めたくないと語っていた定子さんが?やはり、実際、自宅か施設かの選択を前にすると、考えは変わるということなのだろうか。
    「定子さん、こうおっしゃったのです。『もう、思い残すこともないから、施設で安心して暮らしたいわ』と。」
    「思い残すことがないって、母はそう言ったのですか?それは、どういう、意味なんでしょうか?」
    玲子は、加奈子と名和を交互に見た。
    「それを、これから話しますね。定子さんは、先ほどの話しのように、5年前に亡くなった山崎清さんと一緒になる前に、ご結婚をしていました。22歳になった年だったそうです。その2年後、一人の男の子のお子様がお生まれになりました。ただ、そのお子様には重い障がいがあったのだそうです。いわゆる、重症心身障がい児という、重度の知的障がいと身体障がいのあるお子様だったのです。定子さんは、このお子様が可哀そうで、何とか自宅で一緒に暮らしていけるように頑張りました。
     でも、それはとても大変なことで。今のような訪問介護サービスやいろいろな福祉サービスも整っていない時代でもあり、大変なご苦労があったそうです。元のご主人も、協力的で、夫婦で何とか頑張っていたようなのですが、終わりの見えない過酷なお子様の介護に、徐々にご主人との関係にすれ違いが生じてきてしまい、結婚してから8年目の定子さんが30歳の時、お子様は6歳になっていましたが、定子さんは、ご主人と離婚しました。
     その後、2年間、定子さんはご実家で、お子様と一緒に暮らしていたそうです。しかし、その生活も終わりを迎えることになる出来事が起こりました。
     当時ご存命だった定子さんのご両親が、子供を施設に預けて、新しい人生を歩むようにと、定子さんを説得し、山崎清様との再婚を整えたのです。山崎清さんも奥様をご病気で亡くされ、小さな女の子を男手一つで育てられていました。最初はお見合いを拒み続けていた定子さんでしたが、定子さんのご両親は本気でした。あまりの熱心な両親の勧めを、出戻りで息子さんとともに面倒見てもらっているという負い目のある定子さんは、断り続けることができなかったそうです。
     しかし、一度清さんとお会いして、定子さんは、清さんの人柄と、一人娘への深い愛情に心を打たれました。会う機会を増すごとに清さんに心惹かれるようになったと言います。また清さんも、定子さんの責任感の強さと、凛とした美しさに心を寄せるようになったのでしょう。お二人の心の距離はとても近くなっていきました。
     ただ、再婚をするとなると、定子さんの息子さんのことが障壁となります。定子さんは、息子さんを入所施設に預ける決心をしました。そして、定子さんは山崎定子となり、玲子さんのお母様となったのです。」
     玲子は、瞬きをするのを忘れたかのように、加奈子の話しに耳を傾けていた。
    「しかし、ここからが、定子さんの本当の苦難の始まりだったそうです。障がいのある息子を施設にやって、自分だけが幸せになることなどできるわけがない、定子さんのその思いはどんどん強くなっていきました。
     清さんの理解もあり、数か月に一回、息子さんへの面会をしていた定子さんでしたが、徐々に面会に行くことができなくなっていきました。息子を捨てた母親が、なぜおめおめと息子に会いにいけるだろうか、と。
     そして、清さんとの新しい生活が始まって3年経ったある日、5月26日、定子さんのもとに、信じられない過酷な連絡が入りました。息子さんが、施設で急変し亡くなったという連絡が。定子さんは気が触れたかのように泣き叫びました。そしてそのあと、病的な静寂が訪れました。なにも感じることができなくなりました。廃人のようになって生活をしたそうです。
     しかし、家には玲子さんがいます。玲子さんに悟られないように、なんとかやり過ごそうとしましたが、やがて、定子さんの精神は限界を迎えました。自殺未遂を起こしたのです。手首をカミソリで。幸い発見したのが清さんで処置も早く、命には別条ありませんでした。」
     玲子は大きく目を見開いた。光を取り込んだ後、暗く沈んでいく目の底から、泡となった光が水面に浮かぶように、涙があふれ出していた。何も言葉を発することなく視線をただ目の前の加奈子に向けたままだった。
    「前のご主人も、実は定子さんと離婚した後、ずっと息子さんの事が気がかりで、こっそり定子さんに連絡を取っていたそうです。
     そして、施設にもずっと面会を続けていたそうです。定子さんが面会に行かなくなってからも。息子さんは、前のご主人のご実家のお墓に入ることとなりました。前のご主人から申し出があったとのことです。
    一方、気を病んでしまった定子さんのことで、玲子さんへの影響を心配した清さんは、一時的に定子さんを実家に帰して療養をさせていました。しかし、また一緒に暮らしたいという思いは消えていませんでした。
     そこで、年に1回、息子さんの命日には、前のご主人とお墓参りをすることを提案してくれたのだそうです。このように周りの人たちのやさしさに触れ、徐々に定子さんは元気を取り戻していきました。定子さんの息子さんの名前は、薫というそうです。」
     加奈子は、チラっとかおんの方を見た。
     かおんは、心の中に一陣の風がスーッと吹きこんでくるのを感じた。暖かく、懐かしい思いするする風は、あの団地と同じ花と土の匂いがした。「かおんさん、素敵なお名前ね、だれがつけてくれたの?『かおん』って、薫という字を当てるのかしら・・・」かおんの名前に薫という自らの息子の雰囲気を感じたのかもしれない。
     「あの日の朝、8:00半を少し回ったくらい、前のご主人が訪ねてきました。事前に連絡があったそうです。彼は、定子さんより2歳年上の方だそうですが、もう一緒にお墓参りには行けないということを定子さんに伝えに来たというのです。5月26日の命日の前日、5月25日に、彼は施設に入所することが決まったということでした。肝硬変からの肝臓がんを経験して、それから体調もかなり悪いようで、隣りの県にある、ご主人の実家のお墓に行くだけの体力は、もうないとのことでした。そこで、今年の亡くなってからの45回目の命日に、薫さんが好きだったクマの縫いぐるみを、墓前に供えたいと言われました。
     定子さんも、自分ももう年で、今回が最後のお墓参りとなるだろうと話し合い、クマの縫いぐるみに、定子さんが作った前掛けを結いました。そのクマの縫いぐるみは、物置部屋に置いておこうとしたのだそうです。ヘルパーにも、玲子さんにも、誰にも見られたくない、見られてはいけないと思っていたそうです。
     あの日、襖を開けようとしたその時、手が滑って、襖にかかった指が外れ、バランスを崩した定子さんは、後ろ向きに倒れました。定子さんの後ろに立っていた前のご主人は慌てましたが、体調が悪い為に、定子さんを助け起こすこともできない。定子さんは、大丈夫だからと上体を起こして見せ安心させ、元のご主人を帰しました。心配しながらも、定子さんの思いを汲んだ元のご主人は、その場を離れました。彼は、鍵を持っていません。そのまま玄関を出た。こうして、玄関のドアは鍵が開いた状態となったのですね。
     定子さんは、救急車を呼ぶことになったり、騒ぎにしたくなかったのです。そうなれば、玲子さんに、前の夫と会っていた事、薫さんの事も説明しなきゃならなくなる、それを心配してのことでした。玲子さんには、何も心配をさせてはいけない。薫さんを施設に入れることは、玲子さんと清さんと、幸せに暮らす上でしなくてはならないことだったと、定子さんは考えていました。玲子さんに、自分の重荷を背負わせるようなことはしたくない。
    だけど、先日、定子さんは私に、このことを玲子さんにも知らせてもらいたいともおっしゃいました。定子さんなりに、玲子さんとの新しい関係性を築いていきたかったのでしょう。だから、玲子さんに、隠していて、申し訳なかったと、伝えてほしい。そう、おっしゃっていました。」
     加奈子は、ふぅと息を吐いた。
    「これが、先日、山崎定子さんからお聞きした話です。」

     会議室に集まった5人からは、呼吸すらしていないような静寂に包まれていた。

    「金子さん、ありがとうございました。」
    名和は、加奈子に頭を下げた。
    「私は、玄関の鍵が開いていたのは、おそらく中に誰かがいて、定子さんが倒れた後に部屋を退出したのではないかと思いました。ただ、その人物が定子さんに危害を与えたのではない、という確信はありました。それは、そんな早い時間に室内に入れるのは、身内以外にあり得ないと思ったからです。だけど、定子さんの身内というと、玲子さん以外に誰もいない。少なくとも、資料にある人物には。隣街に住んでいて仕事を持っている玲子さんがそのような時間に、定子さんの家にいるなんてことはないでしょう。
    そこで思い出したのは、山崎氏の情報でした。玲子さん、お父様のご職業は、確か畳屋さんで働いていましたよね。畳職人でしたか?」
    「そうです、定年まで畳を作る職人でした」
    玲子は不思議そうに答えた。
    「しかし、定子さんは、白石さんには、『中小衣料品メーカーの製造工場』に勤務と言ったそうです。白石さんが記録に残しています。ただの言い間違いでしょうか?畳職人と工場勤務と間違えるでしょうか。おそらく、定子さんは、白石さんの名前、「かおん」を聞いて、薫さんを連想し、つい前のご主人の職業を話したのではないでしょうか。それにしても、元夫とは言え、ある程度頻繁にやり取りをしている人間でなければ、その人の職業なんて、咄嗟に口に出ることでもないでしょう。念のため私は、金子さんに前のご主人の職業をお聞きしてもらいたいとお願いしました。そしたら、やはり衣料品工場で働いていたということでした。
     そして、この衣料品メーカーのことを調べてみました。丸山衣料というのですが、ここでは、ファンシーの小物も製造していました。ホームページには、定子さんのご自宅にあったクマと同じぬいぐるみが、製造ラインナップに紹介されていました。」
    「あぁ・・」
    かおんも詩織も、そこにいた人の口から声がもれた。
    あと、息子さんの障がいについてです。
    これは、フェイスシートにこのように書かれていました。『障がい児施設でもボランティアを20年以上している』と。それを読んでいたので、私は契約の時、定子さんに詳しいお話を向けていました。すると、とても詳しい医学的な知識までもお持ちで、ボランティアという枠を超えているような情熱があるように感じました。そこで、『失礼ですが、近いお身内の方で、障がいをお持ちの方がいらっしゃるのですか?』とお聞きしてみたのです。その時、定子さんは、はい、と答えて、そのあと、困った顔をされて、いえ、知り合いのお子さんが、と言われたのです。
     その時は、あまり気にも留めていませんでしたが。今回の事でピンとくるものを感じたのです。」
     名和は、こめかみを人差し指で、トントンとたたいた。癖なのだろうか。何か芝居がかった仕草であるが、名和がやるとキザな嫌味がなく、コミカルに見えてしまう。
    「定子さんがどう倒れたのか、それが私には不思議だったのです。人間は、うつ伏せで長時間倒れたままでいられるものだろうか。生理的に何とかして仰向けに体を直そうとするものではないだろうか。だとしたら、うつ伏せに倒れていた定子さんは、実は、最初は仰向けに倒れ、その後うつ伏せになったのではないだろか。金子さんに、定子さんの面会時にお聞きしてもらいました。
     幸い、定子さんは、倒れた時のことを覚えていました。先ほどの金子さんの話のなかでもあった通り、やはり物置部屋に入ろうとして、後ろ向きに転倒したとのことでした。物置部屋に入ろうとした時に転倒したのであって、出ようとしたときに転倒したのではなかったということです。ソファーがずれていたのは、さしずめ、後ろにいた、元夫が倒れた定子さんを何とか起こそうとしたり、支えようとした際に、体がソファーに当たって動いたのではないでしょうか。これも、金子さんが定子さんに確認してくれました」
    名和が加奈子の方へ視線を向けた。
    「その点について、定子さんに確認しました。定子さん、少し思い出しながらでしたが、最後には自信あるといった感じで、『私が倒れた時、確かに、あの人は私の斜め右後ろにいました』とおっしゃっていました。」
    加奈子が一歩前に出て、胸を張るような姿勢で言った。
    「ちょうどソファーに体が当たる位置と言ってよいでしょうね。これで、二番目、三番目、四番目の疑問が解けたこととなります。」
     名和は、そう言って、ニコリと笑い、周囲を見渡した。
    「そして、最後の疑問点。クマの縫いぐるみです。倒れた人間がわざわざうつ伏せになるのは、前に進もうとする時か、何かを拾おうとする時なのではないだろうか。骨折した痛みの中、拾おうとしたもの、それはクマの縫いぐるみでした。倒れた拍子に手放してしまったのでしょう。
     定子さんにとって、それは、決して手放したくないものだった。薫さんが生まれてきて亡くなるまでの思い出や、さらに亡くなった後での様々な想い、そして彼にまつわる大切な人たちを象徴するものだったと思います。仰向けに床に倒れた定子さんは、このクマの縫いぐるみを失ってしまわないように、と、痛みの中、身体をうつ伏せに変えて、手を伸ばした。何とかして拾おうとしたのでしょう。そこで、力尽きてしまったのです。」
    そして、名和は、玲子の方に体を向きなおして、
    「新藤さん、私は新藤さんに、これから言うことを伝えたくて、無理を言ってお越しいただいたのです。」
    名和の玲子に向けた口調は、柔らかな温もりがあるように、かおんは感じた、雪が舞い降りたら、きっと一瞬で溶けてしまうだろう。それは、定子さんが倒れた日、あのケアの事務所の窓から見た、夕暮れの空の色を連想させた声音だった。
    「新藤さん、あなたは、お母様に対して、ずっと複雑な思いを持っていたとおっしゃいました。これは想像するしかないのですが、定子さんは、そのことに気付いて、それをちゃんと理解していたと思います。あなたが、実のお母様に持っていた愛情、それを失った寂しさを。なぜなら、定子さん自身も、実の息子を亡くした母親だったのですから。
     定子さんの心の中には、いつも薫さんがいた。しかし、ある時から、そこに玲子さんが加わったのです。定子さんは、薫さんと玲子さんが血のつながりはないけれど、家族として一緒に暮らしていきたかったと強く思うようになったのです。それは、クマの縫いぐるみの前掛けに施された刺繍を見ればわかります。元のご主人からあらかじめ、クマの縫いぐるみを購入し持参することを聞いていたのでしょうね。定子さんはそのクマに合う前掛けを作った。定子さんは前掛けに「K・R」の文字の刺繍入れたのです。もうお分かりですね、薫さん・玲子さんのそれぞれの頭文字です。定子さんは、薫さんに、あなたのお姉ちゃんよ、って報告したかったのでしょう。二人は、私の子どもよって。」

     それを聞いていた玲子は、その場に泣き崩れた。
    「そう、なんですね、私、母を憎んでいた。母と和解してからも、たぶんずっと忌々しい存在と思っていた。母の気持ちに、優しさを感じていても、私に対して実の娘であるかのように接してくれても、私は母に心を閉ざしていたのです。母の優しさが、私の偏って濁った心には、あまりにも綺麗すぎた。母の気持ちを受け入れられない自分自身に絶望していた方が、その方が、まだ私には救いがあったのです。病気で亡くなった実の母は、私にとっていつまでも愛しくて、私だけが幸せになってしまっては、実の母があまりにも哀れに思えたのです。でも、母の知られざる過去を知り、今は、ありのままの母を私は受け入れることができると思います。そうでなければ私は。」

     加奈子に付き添われて、玲子が出て行ったあとの会議室には、詩織とかおんが残されていた。
    「二人とも、ありがとうございました。今回のことは、日ごろからのヘルパー記録が大変役に立ちました。」
     かおんは涙を拭いたが、まだ次から次へとあふれ出てきて、止まりそうにない。
     詩織が、かおんの肩を抱いて、ゆっくり腕を摩った。詩織の目にも涙が光っていた。詩織は何かを言いたそうにしていたが、言葉が浮かばない様子だった。
    「白石さんは、『持ってる人』なのかもしれませんね。」
    名和は、少しいたずらっぽく笑った。
    「え、何をですか」
    「運を、でしょうか。」
    急に何を言い出すのかと思ったが、名和の表情は、真面目なものに変わっていた。
    「時々、訪問を始めて間もない時期に、大変な思いをする人がいるんですよ。私は『試練』と言っているのですが、そういった人は、この仕事を極めるために、神様が最初の階段で、このような『試練』を与えるのです。より、深くこの仕事に関わり、より高次の領域に、より早く導く為に。」
    名和は、ふふ、と笑った。
    「まあ、あくまで私の経験則によった話しなので、根拠はありませんが。」
    「はあ」
    すると、詩織が、
    「それ、確かにあるかもね。なんか『持ってる子』っているよね。」
    そう言って、かおんの背中をポンと叩いた。
    「持ってる子って、いろんなことを引き寄せるのよ。たくさん失敗してもいいから。そして、たくさん悩みなさい。あなたの中で、何かが生まれて育っていくはずよ。」
    「ヤスパースという哲学者は、『希望の哲学』を提唱しました。彼の言う希望とは、人間の力が及ばない絶対的な壁を『限界状況』と呼び、個人がおかれている厳しい現実を直視し、それを受け入れ、他者と深く交わりながら前に進んていく姿勢そのものだとしました。希望とは過程であって、結果ではない、ということでしょう。定子さんの人生そのものだと思いませんか?」
    そう言って、名和はかおんを見つめた。
     今、目の前にいる人物からは、人間への敬意と、新しく道を踏み出した後輩に対する愛情に満ちている。名和の動作や言葉からは、自信というより、雄大な自然を前にしたときのような、何か特別なものを感じる。
    「白石さん、私たち訪問介護のへルパーは、利用者さんの自宅で日常生活を援助することが仕事です。利用者さんのホームグラウンドにお邪魔して仕事をする。それだけに利用者さんの人生に関わるという感覚を持ちやすいと言えます。調理の仕方、掃除の仕方ひとつとっても、人それぞれにやり方があり、そのやり方自体に特別な人生の意味が隠されていることが少なくないのです。だから、へルパーは利用者さんのことを何でも知っていると勘違いすることがある。しかし、私たちがその利用者さんに接する時間なんて、彼らの人生から見たらほんの僅かでしかありません。全てを知った気になるなんて傲慢です。私たちは謙虚にならなければならない。私たちの眼の前には、未知の、それぞれの懸命に生きてきた方々の人生があるのです。人生とは謎だらけです。
    だけど、その謎を解こうとしてはいけません。絡まった糸を優しく解きほぐすだけでいいのです。
    解きほぐした糸の意味を解明するのは、私たちではない。利用者さん本人でありご家族です。ヘルパーは利用者さんにそっと寄り添っていくだけでよいのではないでしょうか。私はそう思っています。」

     そう言った後、名和は、突然、「ふぁ、ふぁ、ふぁ」
    と鼻の穴を膨らました。
    かおんは、目を瞠って、名和を凝視した。
    「ふぁっくっしょぉぉん!!」
    「そら、やった!!めでたし、めでたし」
    詩織が、かおんに囁いた。
    「名和さんって、極度の緊張の後には、くしゃみが止まらなくなるのよ。ありゃ、相当、緊張したようね。あの調子じゃ、2,3日はくしゃみが止まらないよ、きっと」
     ははあん、道理で、かおんは納得した。会議室で話している名和は、時折、鼻を抑えたり、ハンカチで鼻を拭いたりしていた。かおんは、風邪でも引いているのか、花粉症なのかと、気になっていたのだ。名和は、緊張していたのだ。そう考えると、可笑しくなってきた。
    「ふぁっくっっしょぉぉん!!」
    会議室を出た、かおんの耳に、いつまでも、名和のくしゃみの音が聞こえた。

     その後、薫さんの命日には、入院中の定子に代わり、玲子がお墓に参りをしたと、直接、玲子から名和のところに連絡があったそうだ。
     定子のリハビリも順調とのこと。加奈子は施設探しに奔走していたが、やっと、いい施設が見つかった。介護付き有料老人ホームで、費用も予算内で、職員の出入りも少ない、安定した施設だそうだ。加奈子の持っているケースで、他の利用者の方が入所したことがあったそうだ。その時、とても丁寧な対応で、その利用者もとても満足していた。その方は今も元気にしているとのこと。そこにちょうど空きが出たのだ。しかも、玲子の職場とご自宅のちょうど中間地点にある、という。これは運命かもよ、と加奈子は、あのケアに遊びに来た時に話してくれた。
     月末近く、お菓子持参で長居を決め込もうとしている加奈子に、あのケアの面々もさすがに、ケアマネは月末忙しくなるというのに、こんなところで油売ってないで、事業所に戻ってサッサと仕事しろ、ツッコミを入れていた。
     
     急速に梅雨の気配が近付いて来た5月下旬、今年はやけに早いよね、と早すぎる梅雨の到来をヘルパー同士嘆いていたところに、詩織がやって来た。これから遅番の勤務に入るという、大柴俊次というベテランの男性ヘルパーが、行ってきまーす、と元気よく事務所を出て行ってすぐだった。朝の7:00~の早番勤務だった かおんは、もうあがるところだ。
     詩織はサービス提供責任者という役職なので、日勤勤務だが、早遅関係なく必要に応じて出勤している。 
     今夜は、同じ早番勤務だった3つ年上の先輩ヘルパー橋本瑞希と一緒にディナーに行く約束をしていた。お疲れさまです、と詩織に挨拶をして事務室を出ていこうとする瑞希に続いて、かおんも事務室を出ようとした時、ふと心に浮かんだことがあった。
    「瑞希さん、すみません、ちょっと先に行ってもらってていいですか?」
    「うん、了解、駐車場で待ってるよ」
    瑞希は、何かを察したのだろうか、何も聞かずに部屋を出ていった。
    「どうしたの?」
    詩織はその様子を見て、かおんに訊ねた。
    「少し気になることがあって。なんだか、人がいるところでは聞きづらくて」
    「なに?」
    「名和さんのことです」
    「名和さん?」
    「あの方は、いったい何者なんですか?」
    一瞬、ぽかんとした詩織も、かおんの言っていることの意味に気付き、あははと笑い出した。
    「そうだよね、そりゃあね。」
    「詩織さん、知っているんですよね。名和さんのこと。先日のあの推理、尋常じゃありません。」
     人材センターの荻野さんが言っていたスーパーマンの姿、初めて会った直後のガチガチに緊張していた姿、日頃の薄ぼんやりしている姿、そして先日の山崎定子の件での鋭い推理と自信に満ちた態度。一体どの名和が本当の名和なのか。ここ数日、名和のことが気になって仕方がない。
    「かおんはまだ知らないんだよね。名和さんって、T大の哲学の先生だったのよ。」
    「え?T大って、あのT大ですか?日本で一番優秀なT大?」
    哲学の先生。確かに定子さんの時、ヤスパースの言葉を言っていた。しかし、かおんにとって「ヤスパース」とは、高校の時、授業で出てきたような歴史上の人物でしかない。何の授業だったか、世界史か?、倫理か?それすらもあやふやで、かおんには馴染みのない人物であった。
     ただ、名和の口から出た、「ヤスパース」の言葉は、かおんにとっては、名和の言葉として胸に迫ってくるような響きがあった。あれから数日経った今でもあの感覚は消えていない。
    「そう、あのT大。そこの哲学科博士後期課程を優秀な成績で修了して、助教という役職で大学で研究していたんだって。そして、数年で准教授に推挙されたそうよ。T大史上最年少の准教授誕生。それが32歳。哲学科の32歳で准教授ってありえないらしいんだよ。普通は、40歳過ぎて准教授のポストに就ければ、すごいってなるらしいから。それが32歳って。よっぽどの強運と圧倒的な実績があって、それでもあるかないか、みたいな。でも名和さん、准教授になってすぐに退職しちゃったらしい。その後、数年空白があるんだけど、その後ヘルパー事業所に入職して、そこで私たちと一緒になったの。そこ、かおんのおばあ様、中里さんが利用していた事業所ね。そこ出身で、「あのケア」に来た人、何人かいるんだけどね。名和さんが辞める時、ついてきちゃったのよ。私も、加奈子もそうなんだよ。名和さん、自分のことめったに話さないから、ここまで聞き出すのも、相当な年月がかかったの。」
    そう言って、詩織は苦笑した。
    「なんで、准教授、辞めちゃったんですか。すごいことなのに。」
    そこまでの人であれば、きっと周囲の人から、将来を嘱望されていたに違いない。
    「わからない。いくら聞いても、のらりくらり、かわされるだけ。」
     せっかく史上最年少で一流大学の准教授になれたのに、なぜ名和さんはそれを辞めてしまったのだろう。哲学科准教授から、ホームヘルパーへの転身など、普通では考えられない。よっぽどの変人か、よっぽどの事情があったのか。さらに、へルパーになる前の数年の空白期間とは?人に言えないような理由とは?
     付き合いの長い詩織にわからないことが、かおんにわかるはずない。
    「考え始めると頭が痛くなりますね。」
    かおんは、冗談めかして、頭を振った。しかし、詩織は神妙な顔を崩さずに、
    「とにかく、天才よ。あの人は。」
    そう言って、かおんの肩をポンと叩いた。
    「あの人が謎そのものなんだよね。」

     かおんのへルパー人生は、始まったばかりであるが、心配や不安は全くと言っていいほどなかった。かおんは、自分の未来をこの仕事に賭けてみたいと思った。もっと深く、この仕事にのめり込んでみたい。
     傷つくことや悲しいことがあっても、それは希望を彩る色彩のひとつなのだと、今のかおんには、そう思える。
    「瑞希さーん、すみませんでした!お待たせしました!」
     傾いた日差しの中を走り、駐車場を横切るかおんの目には、少し離れた場所から、笑顔で手を振る先輩の姿が見えた。

     
     
     
    高齢者、障害児者の訪問介護のヘルパーをしています。訪問介護の現場では、様々なドラマがあり、様々な気付きや教訓があります。そこで学んだことを作品にしてみたい。訪問介護ヘルパーの仕事の魅力を伝えていきたい。そんな思いを持っています。

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