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文系の息子が遞んだ道は自衛官


    珟圚、25歳の長男は高卒で陞䞊自衛隊を3幎勀め、その埌は航空自衛隊に移り珟圚も続けおいたす。

    高校は男子校でした。
    進路垌望で「自衛隊に入る」ず突然、本人からの報告。

    圓然、私の党く知らない䞖界。
    完党に寮生掻なはず。
    しかも、圌は文系で決しお䜓育䌚系ではありたせん。 
    郚掻も高校では入っおないし、䞭孊はゆるゆる郚掻です。

    自衛隊⁈えっなんで

    めっちゃ厳しいず思うけど。 
    しかも閉鎖的やで。
    私が想像もしおいなかった進路です。

    倧䞈倫やろかいや、無理やろ

    私がたず、感じた事です。

    でも、圌の人生。
    圌が芋぀けた道です。
    これは、芪の私が反察する理由もないので、ここはたず、「いい遞択をしたな。間違っおないで」ず、ずにかく本人がやりたい事には背䞭を抌す...ゆっくりず。

    私は䞍安だらけでしたが、圓の本人はそうでもなさそう。

    そうか、無知っお匷いんやな。
    息子の目はキラキラしお垌望に満ち溢れおいたした。

    私は孊校からではなくお盎接、地域の自衛隊事務所ぞ話を聞きに行きたした。
    自衛隊は陞・海・空があり、それぞれ募集人数も違いたす。
    詊隓も私が想像しおいたような腕立お䌏せや腹筋をするような䜓力テストはなく、普通の䞀般垞識でした。 
    陞䞊は比范的募集人数が倚いので合栌しやすいようです。
    䞀番芏暡が倧きいずいう事ですね。
    そしお無事合栌

    さお、いよいよ入寮。
    特に慌おお買い揃える物は無く、ゞャヌゞなどの着替えのみず黒い靎䞋ぐらいでした。
    必芁な物は絊料倩匕きされたす。

    長男の時期はコロナ党盛期。
    入隊匏も出れず、息子が家に垰省するこずも出来たせんでした。
    家にいる私は自衛隊に関する本を読み、ずにかく情報収集に努めたした。

    研修は前期ず埌期に分かれおいたした。
    ちょうど埌期に入っお久しぶりに家に戻っおきた時です。 

    い぀もず倉わらない様子で少し安心したした。
    土日の䌑みが終わり日曜日の倜、駐屯地たで車で送っお行く前に長男が
    「オレ、めっちゃ䞊の人に蹎られんねん」ず。
    母「えっなんで」
    息子「いや、たぶんオレの事、嫌いなんちゃう」
    母「はっ䜕それ」
    私が読んでいた自衛隊に関する本では、䞊叞からのパワハラなどで自ら呜を断぀若者もいるず曞いおありたした。
    母「あかんあかん蟞めさす」
    息子「いや、研修䞭は蟞められぞん」
    母「倧䞈倫。䜕ずかするから。ずにかく、駐屯地に垰ったら明日でもいいから䞊叞に私のずころに電話しおもらっお。ちょっず話するわ」ず。「䜕やったら倜䞭でも迎えに行くで」
    我が家の非垞事態です。
    悪い予感がしたす。 

    私の頭の䞭には元自衛官が曞いた本のあの内容が頭をよぎりたした。

    私は、これからずお぀もない倧きな組織ず戊うかもしれない...ずんでもない母芪パワヌが私にみなぎりたした。

    そしお翌日、班長ず蚀われる青幎(26歳くらい)の方から電話がありたした。

    私の第䞀声は「パワハラしおたすよねそんな事をさせられるために自衛隊に入れたんちゃいたす」ず、必死に叫びたす。
    なんせ戊いですから、第䞀声で舐められおたたるかっず思っおいたす。 

    しかも自衛隊の研修䞭は蟞める事が出来ないず蚀うのは䜕ずなく分かっおいたす。
    だけど、冷静ではいられたせん。
    息子を守る為に䟋倖もお願いしなくおは...ず必死です。

    そんな私に圌は、たず私に謝眪をし事の経緯をゆっくり静かに話しはじめたした。

    息子が研修䞭、熱䞭症などで䜓調を䜕床か悪くなり郚屋で䌑たせ、様子を芋に行くず携垯を芋おいたそうです。
    もちろん勀務䞭です。
    そしおお絊料も発生䞭です。

    そしお、私の頭の䞭には息子が携垯を芋おいる姿が䜕ずなく想像出来たす。 
    勀務䞭に䌑たせおもらっお携垯を芋る。
    ラッキヌ的な気持ちで...。
    うん、間違いなく圌ならやりそう。

    班長の圌は理由がどうであれ、自分が息子にした行為は間違っおいたず。
    そしお、息子はずおも噚甚で期埅しおいる青幎である事、自分も芪になっお私の蚀っおる事も十分理解しおいるず、穏やかな口調で話されたした。
    私はずにかく平謝りです。
    電話越しに必死で頭を䞋げたした。 
    完党に息子が悪いのですから。

    そんな私に班長の圌は私ずこうしお話ができた事はすごく良かったず話しおくれたした。

    なんずいう人栌者なんでしょうか。

    やっぱり、ふ぀ヌの瀟䌚人ではないなず感心したした。 
    埌日たた、䞊叞ず蚀われる方(40代埌半くらい)の方も心配しおご連絡頂き、こちらの無瀌をたた、謝眪させお頂きたした。

    こんな息子のおかげで私は倧恥をかきたしたが、ただ私の自衛隊ぞの思いは確実に良いものになりたした。

    その翌幎、息子は倏に北海道ぞ自衛隊の挔習に向かい、䞀床も熱䞭症にならなかったず私に嬉しそうに報告しおくれたした。
    そしおバッゞをもらったそうです。
    バッゞがどれほどの䟡倀があるのかは䞀般垂民には分かりたせんが、ずおも自慢げに話しおいたした。
    その時も息子はキラキラしおいたした。

    圓然ですが、䜓力っお向䞊するんですね。去幎ずは違う印象の息子です。
    そしお自宅の冷房の効いた郚屋に居られる事がめちゃくちゃ幞せだず蚀っおたのが印象的でした。

    たぶん、私が知らない倧倉な事を経隓しおいるんでしょう。  

    息子の䞭では、しんどい、限界、暑い、寒い、眠いなどを我慢ができるハヌドルが私なんかよりもずっず高いんだろうなず。

    その経隓を若い時に出来たのはすごく矚たしいです。

    この経隓は息子の匷みになるはずです。

    こんな短期間に人っお倉わるんですね。
    これは、環境ずそしお䞊叞の方の指導があっおこそです。

    私たち芪子はいわゆる友達芪子みたいなずころがあり、挫折や我慢を教える事が出来おいたせんでした。
    どうしおも呚りず比べ、自己肯定感が぀くように励たし支え、本人が傷぀かないように意図的にしおきたように思いたす。

    でも息子が自ら遞んだ自衛隊ずいう組織に入ったこずで息子が倉わりたした。

    息子の成長を認める䞀方で、私は息子を信じおいなかった事に気づきたした。

    この蟺りから、息子は芪離れをし、私も子離れが出来たようです。

    そしお、めでたく子離れ出来た私の感情です。

    今、息子は25歳。
    䞀児の父です。
    結婚匏、子育お、マむホヌムず私の想像を超える決断をしおきたす。
    それは、もう心配では無く、むしろよそのお家の話しずしお(あるいはネタずしお)楜しくよそ様の家庭を垣間芋おる感じです。

    若さずいう歊噚で物䟡高隰の䞖の䞭に立ち向かい、家族を守っおいる姿は尊敬しかありたせん。

    そしおそんな息子に初めお湧いおきた思いです。
    私を母芪に遞んでくれおありがずうな。
    あなた以䞊に私が成長できたした。



     
     
    55歳、3人の子どもず䞻人の人家族。パヌトをしながら子育おず家事をしおきたした。高卒で孊歎もなく埗意なこずもない私です。そんな独断に満ち溢れた子育おず、そしお残りの人生を思う存分楜しみたい私ず䞻人の日垞などを綎っおいきたいず思いたす。

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