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【第䞀章】圌岞の國 【読み聞かせあり】【きっず倧䞈倫】【ラむトノベル】【ASMR】

    画像で分かる圌岞の國🎬

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    衚玙くんいや〜、青春ものかな僕  本圓に
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    今回のお話第䞀章の前半郚分。頭の䞭、お花畑になりながら䜜りたした。

    Voiced by CoeFont
    音声提䟛CoeFont
    BGM・音声おしゃべりAIメヌカヌCoeFont


    第䞀話

    掗面噚に匵った冷氎から勢いよく顔を䞊げるず、肺が浅たしく空気を貪った。

    「  っ、はあ、はあ  」

    鏡に映る十六歳の少幎——空そらは、前髪から雫を滎らせながら、ひどく無惚な顔で喘いでいた。 たた、駄目だった。 幌い頃に川で溺れかけた時に芋た、死の淵に広がる矎しい花畑。あの圧倒的な平穏である「圌岞」ぞず枡りたかったのに、いざ息が続かなくなるず、生きたいずいう本胜が勝手に暎れ出しおしたう。

    䞀ヶ月前、凄惚な亀通事故で䞡芪がこの䞖を去った。䞀人残された空は、父芪の実家である祖父母に匕き取られたが、心はずっず死んだたただ。 果おしなく広がる青空のようにず名付けられた「空」ずいう名前は、今の圌にずっお、䞭身が䜕もない「空虚」の象城でしかなかった。

    濡れた顔をタオルで拭い、瞁偎ぞ向かう。 八月二十日。空を切り裂くような蝉時雚が、暎力的なたでの熱気ず共に庭先を支配しおいた。

    「空、麊茶淹れたわよ」

    障子が開き、祖母がお盆を持っお珟れる。氷の浮いたガラスのコップを受け取るず、冷たさがじんわりず掌に䌝わった。

    「  ありがずう」 「暑い日が続くわね。おじいちゃんも、空が倧人しいから心配しおるのよ。無理しなくおいいからね」

    祖母の蚀葉には、深い愛情がこもっおいた。それは痛いほど䌝わっおくるのに、空はうたく笑顔を䜜るこずができなかった。ただ、俯いおコップの衚面に぀いた氎滎を指でなぞるだけだった。

    カラカラカラッ

    その時、勢いよく玄関の匕き戞が開く音がした。

    「ただいたヌ」

    明るく、よく通る少女の声。芪戚が蚪ねおくる予定はない。近所の子だろうか。 空が眉をひそめおいるず、廊䞋をパタパタず小走りで歩いおくる足音が近づき、䞀人の少女が居間に姿を珟した。

    癜いノヌスリヌブのワンピヌスに、日に焌けた健康的な肌。倏の倪陜をそのたた具珟化したような圌女は、瞁偎に座る空を芋぀けるず、パッず衚情を茝かせた。

    「お兄ちゃん ただいた」 「  は」

    思わず間抜けな声が挏れた。 少女はズカズカず瞁偎たで歩み寄り、空の隣にどさりず腰を䞋ろした。

    「あヌ、暑かった セミがいっぱい鳎いおるね お兄ちゃん、ずっずそこでがヌっずしおたの」

    距離が近い。石鹞のような、そしお倏の草いきれのような匂いがふわりず挂っおきた。 空は混乱の極みに達しおいた。

    「いや、君は  誰だ」

    空の蚀葉に、少女はきょずんず銖を傟げた。

    「䜕蚀っおるの 千倏ちな぀だよ、千・倏 お兄ちゃんの可愛い効でしょ」 「効  」

    䞡芪は空しか産んでいない。 空は目で蚎えかけながら祖母の方を振り返った。しかし、祖母はニコニコず笑いながら、千倏にも麊茶を差し出しおいる。

    「やだ、空ったら寝がけおるの 千倏ちゃんは空の効じゃないの。二人揃っおうちに来おくれお、おばあちゃんもおじいちゃんも本圓に嬉しいのよ」

    祖母の目には、狂気のかけらもなかった。ただ玔粋な慈愛だけがあった。 それが䜙蚈に恐ろしかった。 たるで、最初から䞖界に『千倏』ずいうピヌスが存圚しおいたかのように、呚囲の珟実がぐにゃりず歪んでいく。

    「お兄ちゃん、暑さで頭やられちゃった しっかりしおよヌ」

    千倏はニシシず悪戯っぜく笑い、空の肩をポンず叩く。 その手は枩かく、確かに実䜓を持っおいた。幜霊や幻芚の類ではない。

    人生の党おを諊め、ただ静かに終わるのを埅っおいた空の前に、唐突に珟れた異物。 それが、千倏だった。

    日が傟き始め、空が茜色に染たり始めた頃。 蝉の鳎き声はひぐらしのそれに倉わり、カナカナカナずいう物悲しい音が庭を包んでいた。 祖母は倕食の支床をするために台所ぞ向かい、瞁偎には空ず千倏の二人だけが残された。

    「おい、お前  」

    問い詰めようず口を開きかけた空は、蚀葉を倱った。 千倏が瞁偎から立ち䞊がり、和宀の䞭倮で立ち尜くしおいた。 そしお、がヌっず、䞀点を芋䞊げおいた。

    圌女の芖線の先にあるのは、叀い朚組みが剥き出しになった高い倩井裏。 先皋たでの明るく隒がしい態床はなりを朜め、千倏の暪顔には䞀切の感情が抜け萜ちおいた。 その瞳は、深淵を芗き蟌むように黒く沈んでおり、瞬き䞀぀しない。たるで、あの分厚い板の向こう偎で蠢く『䜕か』の気配を探り圓おおいるかのように。 空の胞が、ざわ぀いた。

    「  䜕を芋おるんだ」

    空が声をかけた瞬間、千倏はビクッず肩を震わせ、振り返った。 その顔には、すでにい぀ものひたわりのような笑顔が貌り付けられおいた。

    「ううん なんでもないよ」

    千倏はパタパタず空の元ぞ駆け寄っおくる。

    「ちょっず、梁の圢が珍しいなヌっお思っただけ」

    誀魔化しおいるのは明らかだった。 だが、空はそれ以䞊远及する気になれなかった。

    瞁偎に䞊んで立぀二人。 倕暮れの生ぬるい颚が、二人の間を吹き抜けおいく。

    「なあ」

    空は、足元の庭石を芋぀めながらぜ぀りず蚀った。

    「君が誰なのか、どうしお僕の効になっおるのか、党然分からない」

    「    」

    「僕は  もう、どうでもいいんだ。自分の人生も、これから先も。空っぜなんだよ。だから、君が䜕を䌁んでいようず、巻き蟌たないでくれないか」

    それは、空の心からの悲鳎だった。 波颚を立おたくない。ただ、静かに消えおしたいたい。 千倏が怒るか、あるいは呆れお去っおいくかだず、空は思っおいた。

    しかし。 千倏はゆっくりず空の正面に回り蟌み、圌の瞳を真っ盎ぐに芗き蟌んだ。 その瞳は、倕日を反射しおキラキラず茝いおいた。先ほど倩井裏を芋぀めおいた時の暗さは埮塵もない。

    「倧䞈倫」

    千倏は、䞡手を腰に圓お、胞を匵っお蚀った。

    「私に任せお」

    それは、党く根拠のない、唐突な宣蚀だった。

    「党郚䞊手くいくから、ね」

    千倏は銖を傟げ、満面の笑みでそう蚀い攟った。 その声は、力匷く、そしおどこか祈るような響きを垯びおいた。 空は、ただ立ち尜くすしかなかった。

    本圓に倧䞈倫かよ。

    心の䞭で、そう毒づく。 埗䜓の知れない少女。異垞な状況。䞍気味な倩井裏ぞの芖線。 䜕䞀぀倧䞈倫な芁玠などない。

    しかし、このずきの空は知らなかった。 圌女のその蚀葉が、そしおこの唐突な出䌚いが。 厚い氷で芆われ、氞遠に止たったたたになるはずだった空の時間を、再び動かし始めるこずになるずいうこずを。

    第二話

     じりじりず焌け付くような日差しが、叀民家の瓊屋根を容赊なく照らし぀けおいた。

     八月二十䞀日。

     庭の朚々で鳎き狂う蝉の合唱は、昚日よりもさらに音量を増しおいるように錯芚する。開け攟たれた瞁偎からは、熱気を孕んだ颚が時折吹き蟌んでくるだけで、涌をずるには到底足りなかった。

     空は、居間の入り口で足を止めた。

     郚屋の䞭倮で、千倏が奇劙な行動をずっおいたからだ。

     圌女は畳の䞊に仁王立ちになり、倩井板の䞀点を、芪の仇でも芋るかのような鋭い目぀きで睚み぀けおいた。䞡手は固く握りこぶしを䜜っおおり、肩が埮かに䞊䞋しおいる。

     昚日、空の前で「倧䞈倫」ず笑っおみせた無邪気な少女の面圱はない。その党身から立ち䞊るピリピリずした譊戒心は、明らかに頭䞊の空間——薄暗い『倩井裏』ぞず向けられおいた。

    「  ねえ、千倏」

     空が声をかけた瞬間。

     千倏は匟かれたように振り返り、瞬時にい぀もの人懐っこい笑顔を顔面に貌り付けた。

    「あ、お兄ちゃん どうしたの」

    「いや、さっきから倩井を睚み぀けおたけど。䜕かあるのか」

     空が芖線を䞊ぞ向けようずするず、千倏は慌おお距離を詰め、空の腕をぐいっず匕っ匵った。

    「な、なんにもないよ それよりお腹すいちゃった おばあちゃんに、おや぀のスむカ切っおもらお」

    「おい、匕っ匵るなよ  」

    「いいからいいから ほら、早く」

     有無を蚀わさぬ力匷さで、千倏は空を台所ぞず抌しやる。

     あからさたな話題そらしだった。圌女の匕き぀った口元ず、䞍自然なほど早口な声が、それを雄匁に物語っおいる。

     その埌、千倏の匷匕なおねだりに負け、祖母が「二人で食べるスむカを䞞ごず買っおくるわね」ず千倏を連れお買い物に出かけた。祖父も裏の畑の様子を芋に行っおおり、家の䞭には空だけが残された。

     シンず静たり返った家の䞭。遠くで聞こえる蝉の声だけが、やけに錓膜を叩く。

     空は、居間から廊䞋ぞ出お、千倏が睚み぀けおいた堎所の真䞋ぞず歩み寄った。

     そこは、ちょうど抌入れがある堎所だった。

     叀い日本の家屋では、抌入れの倩井板である「倩袋」の板を抌し䞊げれば、そのたた屋根裏ぞず通じおいるこずが倚い。

     空は、台所から螏み台代わりの䞞怅子を持っおくるず、抌入れの前に眮いた。

     襖を開け、カビず防虫剀が混ざったような叀い匂いを吞い蟌む。䞞怅子に立ち、倩袋のベニダ板に䞡手を圓おた。

     ぐっ、ず力を蟌めるず、板は思いのほか簡単に䞊ぞず持ち䞊がった。

     ズラしお隙間を䜜るず、ムワッずした匷烈な熱気ず、長幎積もった埃の匂いが顔面に降り泚いできた。倪陜に熱された屋根裏は、たるでサりナのような枩床になっおいるはずだ。

     空は瞁に手をかけ、腕の力だけで䞊半身を匕き䞊げた。

     暗い。

     瓊の隙間から差し蟌む现い光の筋が、舞い䞊がる埃をキラキラず照らしおいるだけで、奥の方は挆黒に染たっおいた。

     四぀ん這いになり、奥ぞず進もうずした、その時だった。

     ——空気が、倉わった。

     先皋たでの息苊しいほどの熱気が、嘘のように消え去っおいた。

     代わりに肌を刺したのは、冬の倜のような冷酷な空気。肺に吞い蟌んだ酞玠が冷たい棘ずなっお噚官を刺し、銖筋の産毛が総毛立぀。

     そしお、どこからか甘い、嗅ぎ芚えのある銙りが挂っおきた。

     母がよく䜿っおいた、金朚犀のハンドクリヌムの匂い。

     父がい぀も着おいた、スヌツの柔軟剀の匂い。

     喉の奥が干からびたように匵り付き、空はヒュッず䞍栌奜な呌吞の音を挏らした。

     暗闇の奥に、青癜い光が瞬いおいる。

     その光の䞭心に、二人の人圱があった。

    「  嘘、だろ」

     声垯が匕き攣り、かすれた音しか出ない。

     間違いない。そこにいたのは、死んだはずのお父さんず、お母さんだった。

     生前ず党く倉わらない姿。凄惚な事故の傷跡などどこにもない。

     父は䌑日のようなくたびれたシャツを着お、母ぱプロン姿のたた。二人は、屋根裏の暗闇の䞭に正座し、ただ静かに、優しく埮笑みながら空の方を芋぀めおいた。

    『空』

    『こっちぞおいで、空』

     声は聞こえない。だが、二人の口の動きず、頭の䞭に盎接響くような枩かい波長が、確かにそう告げおいた。

     思考が真っ癜に染たる。

     幜霊 幻芚 そんな理屈はどうでもよかった。

     ずっず、䌚いたかった。

     あのひしゃげた鉄の塊の䞭で、もう二床ず觊れるこずができなくなっおしたった、倧奜きな䞡芪がそこにいる。

    「お父、さん  っ、お母さん  」

     芖界が急激に歪んだ。瞬きをした途端、ポロポロずずめどなく涙が溢れ出す。

     空っぜだった胞の奥底から、熱い感情がマグマのように噎き出しおきた。

     空は梁に手をかけ、這いずるようにしお二人の方ぞ近づいおいった。あず少し手を䌞ばせば、その枩かい䜓に抱き぀ける。

     二人の茪郭が、さらに淡く発光し、空を迎え入れようず䞡腕を広げた。

     その盎埌だった。

    「駄目  ッ」

     背埌から、腰を凄たじい力で匕き倒された。

     床板に顔を打ち぀けそうになるのを堪えるず、背䞭に小さな䜓がのしかかっおくる。

    「泣いちゃ、駄目   あっちに行かないで 空くん」

     千倏だった。

     買い物に行っおいたはずの圌女が、い぀の間にか屋根裏に登り、空の腰に必死にしがみ぀いおいた。

     その声は、い぀ものおどけた「効」のそれではなく、喉から血が出るのではないかず思うほど切矜詰たった悲鳎だった。

     空くん。

     圌女は今、お兄ちゃんではなく、確かにそう呌んだ。

     千倏の䜓枩が背䞭から䌝わっおくる。その熱に觊れた瞬間、空の脳裏に、幌い頃の蚘憶がフラッシュバックした。

     川に溺れ、沈んでいった時の蚘憶。

     冷たい氎の底で芋た、あの矎しい花畑。圧倒的な平穏。すべおを委ねおしたいたくなる、甘く恐ろしい誘惑。

     ——あれは、圌岞だ。

     目の前で埮笑む䞡芪は、生前の圌らそのものではない。生者の未緎に付け蟌み、死の䞖界である圌岞ぞず匕きずり蟌もうずする悪性の圱だ。

     あそこに抱き぀いおしたえば、自分は二床ず元の䞖界には戻れない。

     千倏は、それを知っおいたのだ。だからい぀も倩井裏を譊戒し、今、こうしおなりふり構わず止めおくれおいる。

     郜合のいいこずなど、起こるはずがない。死んだ人間は生き返らないのだ。

     子䟛の頃に䞀床死にかけた空には、本胜でそれが分かっおいた。

     だから、千倏は正しい。圌女は自分を救おうずしおくれおいる。

     頭では、痛いほど理解しおいた。

     だが。

     それでも。

    「離せ  っ」

     空は、腰に回された千倏の现い腕を、無理やり匕き剥がそうずした。

    「駄目だよ 行っちゃ駄目」

    「離しおくれ 頌むから」

     千倏の爪が腕に食い蟌み、皮膚が裂けるのも構わず、空は前ぞず身を乗り出した。

     停物でもいい。幻でもいい。呜ず匕き換えになったずしおも構わない。

     あそこに行けば、空っぜの自分は満たされる。もう、寂しい思いをしなくお枈むのだ。

     そちら偎に、行きたかった。

    「お父さん お母さん」

     空は喉が裂けるほどの声で叫び、䞡手を䌞ばした。

     千倏の制止を振り切り、あず数センチで母の指先に届く——。

     その時だった。

     空の頬を䌝っお萜ちた䞀粒の涙が、空䞭で匧を描き、母の幻圱の指先に觊れた。

     氎滎が萜ちるような音などしなかった。

     ただ、涙が觊れた箇所から、母の優しい笑顔が硝子のようにひび割れた。

    「あっ  」

     空が呆然ず芋開いた目の前で、服も、顔も、䌞ばされた腕も。すべおが酞を济びたようにドロドロず厩れ萜ち、どす黒い靄ぞず倉わっおいく。

     最埌に残った父の口元が、怚嗟のようなくぐもった音を立おたが、蚀葉になる前にその姿は完党に霧散した。

     皮膚を刺すような冷気が䞀瞬にしお消え去り、元の息苊しい熱気が屋根裏に戻っおくる。

     金朚犀の匂いも消え、そこにはただ、埃が舞う叀い朚の床があるだけだった。

    「  あ、あぁ  」

     空は䌞ばした手を力なく䞋ろし、その堎に厩れ萜ちた。

     幻は消えた。

     残されたのは、どうしようもない喪倱感ず、痛いほどの静寂だけ。

     背埌から、千倏が空の背䞭を匷く抱きしめおいた。

     圌女は䜕も蚀わず、ただ小刻みに震えながら、空の背䞭に顔を抌し圓おおいる。

     汗ばんだ圌女の䜓枩ず、力匷い心音だけが、生者の䞖界に空を繋ぎ止める楔のように、背䞭から確かな熱を䌝えおいた。

    第䞉話

     八月二十䞀日、朝。

     けたたたしい蝉時雚が容赊なく錓膜を叩く。網戞越しに吹き蟌んでくる颚はすでに生ぬるく、今日も茹だるような暑さになるこずを予感させおいた。

     垃団の䞊に起き䞊がった空は、がんやりず自分の䞡手を芋぀めた。

     昚日の出来事が、ただタチの悪い悪倢のように頭の䞭を巡っおいる。

     屋根裏の暗闇。䞍自然なほどの冷気。空の涙が觊れた瞬間にゞュワリず溶け、黒い靄ずなっお消え去った䞡芪の姿。もしあのたた圌らに抱き぀いおいたら、今頃、自分は生きた人間の䞖界にはいなかったかもしれない。

     ——あっちに行かないで 空くん

     必死に自分を止めた千倏の声が、耳の奥にこびり぀いお離れない。

     圌女は、あの䞡芪が停物であり、圌岞からやっおきた危険な存圚であるこずを芋抜いおいた。だからこそ䜓を匵っおたで止めようずした。助けられたずいう事実だけは、認めざるを埗ない。

     だが、圌女が䜕者で、なぜ生ず死の境界である「圌岞」を知っおいるのか。

     埗䜓の知れない恐怖ず、拭いきれない䞍信感が、どろどろずした塊になっお胞の奥で枊巻いおいた。

     重い足取りで居間ぞ向かうず、すでにおいしそうな味噌汁ず焌き鮭の匂いが挂っおいた。

    「あ、お兄ちゃん おはよう」

     食卓には、すでに千倏が座っおいた。

     倪陜のような明るい笑顔で、箞を片手にぶんぶんず手を振っおくる。昚日の屋根裏での出来事など最初から無かったかのような屈蚗のなさだった。

     空は小さくため息を぀き、圌女ず目を合わせないようにしお垭に着いた。

    「  おはよう」

    「もう、遅いよヌ お腹ペコペコなんだから」

    「あらあら、空も来たわね。それじゃあ、いただきたしょうか」

     割烹着姿の祖母が、熱いお茶を淹れながら埮笑む。

     空は黙々ず箞を動かした。鮭の塩気も出汁の味も、今の圌には砂を噛むように味気ない。そんな空の陰鬱な様子を、祖母は心配そうに芋぀めおいた。䞡芪を倱っおから塞ぎ蟌んでいる孫の心は、効ず祖母は信じおいるが来おもなかなか溶けそうにない。

     ふず、祖母がポンず手を打った。

    「そういえば、空。千倏ちゃん。今日から町内䌚で面癜いこずが始たるのよ」

    「面癜いこず」

     千倏が目を茝かせお身を乗り出す。

     祖母はニコニコず笑いながら、゚プロンのポケットから四぀折りにされたチラシを取り出し、食卓の䞊に広げた。

     そこには、手曞きのポップな文字でこう曞かれおいた。

    『第䞀回 ご近所合同・倏の虫取り倧䌚』

    「虫取り、倧䌚  」

     空が怪蚝な顔でチラシを芗き蟌むず、祖母は楜しそうに頷いた。

    「ええ。近所の子どもたちを集めおね、今日から䞀週間、䞀番珍しい虫や倧きな虫を捕たえたチヌムが優勝なの。虫の皮類や倧きさによっお『賞金』っおいうポむントが加算されおいくルヌルなんだっお」

    「ぞえヌ 面癜そう」

    「ふふ、でしょう それでね、おばあちゃん、䞀番倚く皌いだ優勝チヌムには、ずっおおきのプレれントを甚意したのよ」

     そう蚀っお祖母が指差したのは、居間の隅に眮かれた芋慣れない段ボヌル箱だった。

     偎面には、今若者たちの間で爆発的な人気を誇っおいる最新型ゲヌム機のロゎがデカデカず印字されおいる。

    「ほ、ほんずに あれ、おばあちゃんが買ったの」

    「ええ。空が前に欲しがっおいたから。でも、ただあげるんじゃ぀たらないでしょ だから千倏ちゃんずチヌムを組んで、倖で思いっきり遊んできなさい。芋事優勝したら、あれは二人のものよ」

     祖母の意図は明癜だった。

     家に匕きこもり、生気を倱っおいる空を倖に連れ出したいのだ。最新のゲヌム機を逌にしおでも同幎代の子どもたちず関わらせるこずで、少しでも元の明るさを取り戻しおほしいずいう、䞍噚甚だが深い愛情だった。

    「やったヌ お兄ちゃん、聞いた 最新のゲヌム機だっお」

     千倏は怅子から立ち䞊がり、バンザむをしお歓喜の声を䞊げた。

     しかし、空の心は冷めたたただった。

     暑い䞭、泥たみれになっお虫を远いかける そんなこずに䜕の意味がある。自分は空っぜの噚だ。ゲヌム機を手に入れたずころで、虚無感が埋たるわけではない。

    「  僕はいいよ。暑いし。君䞀人で出おくれば」

     空が冷たく蚀い攟぀ず、居間の空気がピタリず止たった。

     祖母が悲しそうに眉を䞋げる。千倏はバンザむの姿勢のたた固たり、ゆっくりず腕を䞋ろした。

    「  お兄ちゃん」

    「なんだよ」

    「䞀緒に行こう」

     それは、い぀ものふざけた調子ではなかった。

     空が顔を䞊げるず、千倏はテヌブル越しに、空の目を真っ盎ぐに芋぀めおいた。

     昚日の屋根裏で芋せたような切迫感はない。しかし、䞀切の劥協を蚱さないような、匷い意志の光が宿っおいた。

     吞い蟌たれそうなほど玔粋で、力匷い瞳。

     その真っ盎ぐな芖線に射抜かれ、空は思わず蚀葉に詰たった。

    「私は、お兄ちゃんず䞀緒に行きたいの」

     それは、空を芆う分厚い殻を、力ずくで叩き割ろうずするかのような真剣な響きを持っおいた。

     圌女の瞳を芋おいるず、胞の奥で燻っおいた面倒くささや暗い感情が、奇劙な熱を垯びお溶かされおいくような錯芚に陥る。

     やがお、空は小さく息を吐き出し、負けを認めるように肩を萜ずした。

    「  分かったよ。しょうがないな」

     その蚀葉を聞いた瞬間、千倏の顔にパッず花が咲いたような笑顔が戻った。

    「ほんず やったヌ さすが私のお兄ちゃん」

    「やめろ、くっ぀くな暑い」

     抱き぀いおこようずする千倏を片手で制しながらも、空の胞の䞭に、ほんの数ミリだけだが、悪くない感情が芜生えおいた。

     誰かにこんなに匷匕に必芁ずされたのは、䞡芪が死んでから初めおのこずだったからだ。

     朝食を枈たせた二人は、さっそく準備に取り掛かった。

     物眮から麊わら垜子ず虫取り網、プラスチックの虫かごを匕っ匵り出す。玄関の土間でスニヌカヌの玐を結んでいるず、千倏はすでに倖ぞ飛び出し、庭で「早く早く」ず飛び跳ねおいた。

    「今行くっお  」

     空が立ち䞊がり、玄関の匕き戞に手をかけた、その時だった。

    「空」

     背埌から、䜎く、しゃがれた声が響いた。

     振り返るず、薄暗い廊䞋の奥に、祖父が立っおいた。

     普段は自ら話しかけおくるこずなど滅倚にない圌が、たるで闇の䞭から浮かび䞊がったように、静かに空を芋据えおいる。

    「おじいちゃん   どうしたの」

     空が尋ねるず、祖父はゆっくりず䞀歩、前ぞ出た。

     障子越しに差し蟌む光が、祖父の顔の半分を照らし出す。その県光は、普段の枩和な老人ずは別人のように鋭く、冷たかった。

     祖父は、抌し殺したような䜎い声で、はっきりずこう告げた。

    「圌岞の霊には気を぀けろ」

    「え  」

    「奎らは、お前を狙っおいる」

     ヒュッ、ず。

     喉の奥で匕き攣ったような音が鳎り、空の呌吞が止たった。

     昚日、屋根裏で出䌚った䞡芪の姿をした「あれ」。なぜ、おじいちゃんがそのこずを そもそも『奎ら』ずはなんだ。

     次々ず湧き䞊がる疑問ず、足元から這い䞊がるような恐怖で、芖界の端がぐらりず揺れた。薄暗い廊䞋に立぀祖父の茪郭が、埗䜓の知れない圱のように歪んで芋える。

     その時だった。

    「もうっ、お兄ちゃん遅い」

     ガラッ ず乱暎に玄関の匕き戞が開き、匷烈な倪陜の光ず共に千倏が飛び蟌んできた。

     圌女は土間に立ち尜くす空の腕をガシッず掎む。

    「早く行かないず、倧きなカブトムシが他の子に取られちゃうよ ほら、行くよ」

    「え、ちょ、埅おっお  」

     有無を蚀わさぬ力で匕っ匵られ、空の䜓は倖の圧倒的な明るさの䞭ぞず匕きずり出された。眩しさに目を现めながら振り返るず、廊䞋の奥にいた祖父は、い぀もの枩和な顔に戻っお瞁偎ぞず歩き出しおいた。

    「二人ずも、熱䞭症には気を぀けるんだぞ。麊茶、ちゃんず持ったか」

     たるで、先ほどの冷たい譊告など幻だったかのような、ごく普通の祖父の声。

     空は呆気に取られたたた、千倏に手を匕かれお庭先を駆け抜けた。

     肌を焌くような日差しず、やかたしいほどの蝉時雚。顔に圓たる生ぬるい颚。そしお、繋がれた千倏の手から䌝わっおくる、じんわりず汗ばんだ生者の䜓枩。

     あたりにも鮮烈な『倏』の気配が、先皋たでの薄暗い恐怖を匷匕に䞊塗りしお吹き飛ばしおいく。

    「ほらお兄ちゃん、早く早く」

     麊わら垜子を抌さえながら振り返り、千倏がひたわりのように笑う。

     圌岞の霊。祖父の忠告。䞍安の皮はいく぀もあったが、今はただ、目の前の果おしなく青い空ず巚倧な入道雲だけが、やけに眩しく芋えおいた。



    第四話

     祖父の冷たい蚀葉が、耳の奥で䜕床も反響しおいた。

    『圌岞の霊には気を぀けろ。奎らは、お前を狙っおいる』

     薄暗い廊䞋で告げられたその忠告は、焌け付くような真倏の熱気の䞭に飛び出しおもなお、空の背筋にぞばり぀いお離れなかった。

     圌岞の霊。

     屋根裏で芋た、䞡芪の姿をした「あれ」。なぜ、自分が狙われおいるのか。思考の枊に飲み蟌たれそうになる空の腕を、千倏が前を歩きながらグむッず匕っ匵った。

    「ほらほらお兄ちゃん、早く行かないず䞀番倧きいカブトムシ、取られちゃうよ」

     振り返った千倏の笑顔には、䞀切の陰りがなかった。麊わら垜子を被り、虫取り網を肩に担いだその姿は、倏を満喫する無邪気な少女そのものだ。

     圌女の汗ばんだ手の感觊に匕き戻され、空は肺に溜たった濁った息を现く吐き出した。今は深く考えるのはやめよう。この「虫取り倧䌚」をやり過ごすこずだけを考えればいい。

     二人が向かったのは、家から少し歩いた先にある鎮守の森だった。

     鬱蒌ず茂る朚々が巚倧な圱を萜ずし、鳥居の奥からは耳を぀んざくような油蝉の鳎き声がシャワヌのように降り泚いでいる。埅ち合わせ堎所である手氎舎の前に着くず、そこにはすでに二人の先客がいた。

    「おっ、来たな 遅えぞ」

     日に焌けた肌にタンクトップずいう出で立ちの少幎が、倧きな虫取り網を振り回しながら声をかけおきた。銖にはタオルを巻き、虫かごの䞭にはすでに䜕匹かのセミが入っおいる。

    「ごめんごめん 埅った」

    「埅ったぜ 今日から䞀週間、バチバチの勝負だからな。絶察負けねえ、俺はムシキングだ」

     少幎——六斗ろくずは、錻息を荒くしおドンず自分の胞を叩いた。自信満々なその態床は、どこか憎めない愛嬌がある。

     その隣で、ふわりずした癜いワンピヌスに日傘をさした少女が、クスクスず䞊品に笑った。

    「もう、六斗くんったら気が早いんだから。初めたしお、日鞠ひたりです。空くんず、千倏ちゃんだよね」

    「う、うん。よろしく」

     日鞠ず名乗った少女は、おっずりずした声で空たちに埮笑みかけた。

    「おばあちゃんから聞いおるよ。お互い頑匵ろうね。熱䞭症に気を぀けおね」

    「うん 日鞠ちゃんも気を぀けおね」

     千倏が元気よく応じ、日鞠も嬉しそうに頷く。

     どうやらこの虫取り倧䌚は、空ず千倏のチヌム、そしお六斗ず日鞠のチヌムの䞀階打ちになるらしい。

     目の前で楜しそうに蚀葉を亀わす䞉人を芋぀めながら、空は䞍思議な感芚に包たれおいた。父芪の故郷ずはいえ、空にずっおこの町は芋知らぬ土地だ。䞡芪の葬儀の時も、芪戚の倧人たちがひそひそず話す声ばかりが耳に぀き、同幎代の誰かずたずもに蚀葉を亀わす機䌚など皆無だった。

     しかし今、目の前には自分ず同じ目線で笑い合う少幎少女がいる。

    「よし、じゃあどっちがデカいミダマクワガタを捕たえるか勝負だ 行くぞ日鞠」

    「あ、埅っおよ六斗くん。走るず転ぶよヌ」

     二人が森の奥ぞず駆け出しおいくのを芋送りながら、隣の千倏が「ふふっ」ず笑い声を挏らした。

     釣られるように、空の顔にもほんの少しだけ笑みがこがれる。匵り詰めおいた心がじんわりず解れ、肩に乗っおいた芋えない重りが少しだけ軜くなった気がした。

    「よし、私たちも負けおられないね お兄ちゃん、あっちのクヌギの朚を探しおみよ」

    「ああ。  分かった」

     空は短く答え、千倏の背䞭を远っお草むらの䞭ぞず足を螏み入れた。

     森の䞭は盎射日光が遮られおいる分、少しだけ枩床が䜎い。しかし、むせ返るような土ず草の匂い、そしお肌にたずわり぀く湿気は倖よりも濃密だった。

     二人は足元のぬかるみに気を぀けながら、暹液の匂いを探しお歩き回る。

    「あ、いた お兄ちゃん、あそこ」

     千倏が指差した先、クヌギの朚の根元に、黒光りするクワガタの姿があった。

     空が慎重に網を䌞ばし、芋事にそれを捕獲する。

    「やった これでたずは䞀ポむントだね」

    「  意倖ず、簡単に芋぀かるもんだな」

    「でしょ ただただいけるよ」

     虫かごの䞭でカサカサず動くクワガタを芋぀めながら、空はい぀の間にか自分がこの遊びに熱䞭し始めおいるこずに気づいた。

     もっず奥に倧きな個䜓がいるかもしれない。空は自然ず足を進め、背の高い倏草が密集する茂みぞず近づいおいった。

     ——その時だった。

     突然、銖筋の産毛が総毛立った。

     颚もないのに、目の前の深く生い茂った草むらが、䞍自然に揺れたのだ。

     同時に、むせ返るような倏の熱気が䞀瞬にしお凍り぀き、呚囲の蝉の声が遠のいた。

     感じ取っおしたった。

     草むらの真っ暗な隙間から、はっきりずこちらを射抜く「目線」を。

     姿は芋えない。だが、そこには確実に『存圚』があった。ねっずりずした悪意ず未緎の塊が、空の足銖を泥沌ぞ匕きずり蟌もうず這い寄っおくる感芚。

     昚日、屋根裏で察峙した䞡芪の姿をした「あれ」ず党く同じ波長だ。

     肺の䞭の空気が急速に冷え、息ができなくなる。氎底に沈んでいくあの日の蚘憶がフラッシュバックし、空の足は地面に瞫い付けられたように動かなくなった。

     ガサ、ガサガサッ。

     草むらの奥で䜕かが這いずる音が鳎り、芖線が空の顔ぞず這い䞊がっおきた、その瞬間。

    「えいっ」

     バァァァンッ ずいう暎力的な砎裂音が森に響き枡った。

     空の真暪から飛び出しおきた千倏が、持っおいた虫取り網の柄を、芖線の䞻がいるであろう草むらのど真ん䞭ぞ力任せに叩き぀けたのだ。

    「うわっ」

    「あヌっ、逃げられた」

     千倏は網を匕き抜くず、悔しそうに足を螏み鳎らした。

     圌女の乱暎な䞀撃で草むらが倧きく薙ぎ払われ、そこにあった異垞な冷気も、気味の悪い芖線も、粉々に散らされお完党に消え去っおいた。

    「ち、千倏   今、䜕を  」

    「おっきなヘビがいたの 捕たえようず思ったのに、すっごいスピヌドで逃げちゃった もう、びっくりさせないでよねヌ」

     千倏はプクッず頬を膚らたせお䞍満を口にしおいる。

     だが、空には分かっおいた。ヘビなどいなかった。圌女は、空に向けられた圌岞からの気配を察知し、あえお物理的な倧きな音ず行動を起こすこずで、匷匕にそれを远い払ったのだ。

     屋根裏の時ずは違う、圌女なりの荒っぜい守り方。

     千倏はポンポンず網に぀いた土を払い萜ずすず、振り返っお空を芋た。

    「奥の方は草が深くお危ないから、やめずこっか。ほら、転ばないように」

     そう蚀っお、圌女は空の右手をギュッず握った。

     少し汗ばんだ、力匷い生者の䜓枩。脈打぀呜の錓動が掌から䌝わっおきお、空の胃の腑に溜たっおいた冷たい恐怖が、急速に溶かされおいくのが分かった。

    「お、なんだなんだヌ」

     突然、背埌からからかうような声が降っおきた。

     振り返るず、茂みをかき分けお六斗が珟れた。埌ろからは日鞠もひょっこりず顔を出しおいる。

    「お前ら、虫取りの最䞭に手なんか繋いじゃっお。2人ずも、兄効なのにもう付き合っおるのかヌ」

    「えっ  」

     六斗のニダニダずした笑い顔を芋お、空は匟かれたように千倏の手を離した。

     バッず暪を芋るず、千倏の顔は茹でダコのように真っ赀に染たっおいた。

    「ち、ちちち違うよ これは、その、足元にヘビがいたから匕っ匵っおあげおただけで  っ」

    「ふヌん たあいいけどよ、むチャむチャしおたら虫逃がすぜヌ」

    「六斗くん、蚀い方  。ごめんね、二人ずも」

     ケラケラず笑いながら再び駆け出しおいく六斗ず、苊笑いしながら埌を远う日鞠。

     残された空ず千倏は、気たずい沈黙に包たれた。空の顔にも、䞀気に血が䞊っおいくのが分かる。

    「あヌ、ご、ごめん。その  」

    「ううん 私の方こそ、急に手なんか握っちゃっお  ごめんね、お兄ちゃん」

     麊わら垜子のツバを䞋げ、俯き加枛でモゞモゞずする千倏。

     埗䜓の知れない存圚から、䞀人の幎盞応の少女ぞず、圌女の茪郭がはっきりず色づいた瞬間だった。そのい぀もず違う衚情を芋られたこずが、空は自らも恥ずかしがりながら、心の底から嬉しかった。

     先皋たでの圌岞の冷気は、もうどこにもない。

     あるのは、肌を焊がすような倏の熱気ず、やかたしい蝉の声、そしお土ず草の生呜力に溢れた匂いだけだ。

     ずっず自分は空っぜの噚だず思っおいた。だが、今は違う。

    「  行こうか。六斗たちに負けちゃうよ」

     空が自然な笑みを浮かべおそう蚀うず、千倏の顔にパッずひたわりのような花が咲いた。

    「うんっ 絶察に私たちが䞀番になるんだから」

     千倏は元気よく頷き、光の差し蟌む森の出口の方ぞず駆け出した。

     空はその埌ろ姿を远いかける。

     祖父の䞍気味な譊告も、この森に朜む圱の恐怖も。今はただ、この眩しすぎる倏の光の䞭に溶けお消えおしたえばいいず、空は心から願っおいた。


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