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十七歳の鎮魂歌(レクイエム)


    「もう、死んでほしいよ」

    私が「その人」に放った最後の言葉。

    舌打ちしたけど後ろ向きで言ったから、きっと聞こえていないはず。 気になって振り向いてみた。寝ている。そこは、私のベッドだ。そうでなくても狭い部屋なのに、そこで寝られたら私の居場所がないじゃない。毎日、嫌になる。
    仕方なく、ドレッサーの椅子に腰かけた。祖母から譲り受けた三面鏡の隅に「その人」の寝顔が映る。また、ため息がでた。いつも寝てる。薬のせいだから仕方ないよね。

    ヘアアイロンで、長い髪の裾をカールする。左はうまく巻けるのに、右は何度巻いても跳ね返る。もう諦めた。結んでしまえばいい。 横目で、鏡に映る自分の後ろ姿を見ながら髪を結んでいると、鏡の端で視線が合った。

    「起きてんの?」

    小さな声で呟き、無視した。私を拾い見るような汚い視線と目を合わせたくなかった。
    「じゃ、行ってくる」 ベッドに向かってそう言った。
    すべてが鬱陶しい。こんな生活、もう十年近くになる。 だからというわけでもない。でも出かける前に口から出た。それは、いつもの挨拶みたいなもの。

    「もう、死んでほしいよ」
    きっと聞こえないから、このくらい、いいでしょ。

    「その人」は、その夜、帰って来なかった。

    夜中の三時間ぐらい、帰ってこなくても心配しなかった。たまにあることだから。

    「またか」

    今日までは、それで済んでいた。多分、そう済ませていたんだと思う。

    朝「その人」は、帰っていた。

    母屋と離れの間の納屋にいた。

    首を吊っていた。

    「その人」の本当の顔を、忘れてしまうほどの光景だった。

    ヤングケアラーなんて言葉がまだ浸透していない時代。私の「青春」と呼ぶにふさわしい大切な時期を、誰が守ってくれたの? 部活にも入れず、学校帰りに毎日スーパーに立ち寄る十七歳。私だって、マックで友達とお喋りしたかったし、彼氏も欲しかった。

    母の病気の介護をしながら夕飯の支度をし、祖母の面倒を見る。歪んだ家庭生活を誰にも説明できなかった。近所の人は「子供は親の面倒を見るものだよ」と、簡単に言う。親に世話されなかった子供なのに?  何言ってんだよ、こいつら。心の中が毒に支配されていった。

    母は、なぜ死んだのだろう? 
    あれは、いつもの喧嘩だった。私は、思春期という言葉も知らなかった。
    私が、母を追い詰めたのだろうか? 娘の酷い言葉に、母は人生を諦めてしまったのだろうか? 何もわからない。
    でも真実はただ一つ。母は自殺した。それだけだった。

    ドラマのように、遺族は泣き叫ばない。自殺は知られてはいけないこと。祖母から緘口令が敷かれた。緘口令って何? 「他言無用だよ」姉が教えてくれて、そういうことなのかと悟った。

    自宅での通夜。秘密を抱えた家族は、多くを語れない。母の死因は、心不全になった。それが周知されると、もう誰も聞いてこなくなった。
    夜通し、故人の死を悼みながら、蝋燭の火を灯し続ける。

    「ママは、きっと幸せだったよ。子宝に恵まれたしな」

    子宝に恵まれたら幸せなの? 産んでも、まともな子育てなんかしてこなかった人なのに? 
    祖母の甥、大して話したことがない勝男さんがそう言った。
    どうでもいい。あんた、何も知らないのによく言うよ。

    「種馬」と呼ばれた婿養子の父の姿はない。この人も心が弱い人間だ。親戚が集まる場所に、男児を授かれなかった「種馬」の居場所なんてどこにもない。七人授かっても、大人になれたのは三人だけ。
    三姉妹の末っ子、私は「男」として生を受けられなかった。産まれたときから、跡継ぎになれない、女の私にも居場所なんてなかった。

    深夜、絶対開けてはいけない、と祖母に何度も忠告されていた棺の窓を開けた。 母の顔は、白い布で覆われている。その布を剥ぐ勇気はなかった。 お別れの言葉も、母への感情も何も浮かばない。

    「さようなら」

    胸の前で組まれた白い手に触れた。冷たいのに、温かい母の手。母と歩いた親子遠足を思い出した。涙が出た。涙ってサラサラと流れ落ちるんだ。蝋燭の灯りは、あの世への道標だと祖母が話してくれたのに、黙ってその火を消した。

    「ママ、行かないで。一人にしないで。あの世に行けずに、戻ってきて」

    翌日、葬儀を執り終えた夜、私は心の中で完全に一人になった。

    ねえ、ママ。私はあの日からずっと、自分があなたを殺したんじゃないかと怯えて生きてきたよ。どうして死を選んだのか、その答えを知りたくて、沢山の本を読んだけど、答えはどこにもなかった。そもそも、答えが見つかるはずもない。ママは自分の人生すべてをたたんで、あちら側に行ってしまったのだから。答え探しに意味がないこと、そのことに気づくまで何十年もかかってしまった。

    人の悲しみは、時間が癒してくれるというけれど、それは違う。忘れたように生きてるだけ。もしくは、それを誰かに言わないと決めただけ。心の中に渦巻く悲しみは消えたりしない。

    どうして死を選んだのか、その答えを今はもう探してはいない。
    あの日、あなたを引き留めたくて消した蝋燭の灯りは、今、私の中で灯っている。
    でも、だからといって、私はママを許せたわけじゃない。 綺麗に前を向いて生きているわけでもない。

    小説を書き終えて、なぜ今、私はこのエッセイを書いているのだろう。自分のために書いているはずなのに、なぜこれを他人に読ませようとしているのだろう。ただの自己顕示欲なのだろうか。
    何のために? その意味も、この人生の着地も、私はまだ何もわからない。
    答えの出ない問いを抱えたまま、私は明日も、楽じゃないこの人生を生きていく。
    それが今の私の答えであり、あなたへの鎮魂歌(レクイエム)。


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    三連休から「紙谷ゆり」に変更しました。 よろしくお願いします。 三連休が大好き、初日の深夜が至福の時。 編集に携わるお仕事をしていましたが、小説執筆は素人。 「心の内側に触れること」この思いを大切に書いています。 今の夢はWEBやサブスクドラマの原作になること✨

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