
夏の荒川、春の小川
あの日の景色を、僕はたぶん忘れない。
東京の最高気温、30℃。
あまりにも夕日が綺麗だったので、写真を撮ろうと荒川土手を散歩していた時のことでした。
「は〜るの小川はサラサラいくよ〜♪」
隣を歩いていた男性(七十代くらい)が、突然歌い出したんです。
童謡「春の小川」。
僕もつい口ずさんでしまうのですが、いつもそこから先の歌詞が思い出せません。
(もし『フレーズは知っているけど生涯一度もフルで歌ったことない歌ランキング』があれば、きっと上位だろうなぁ)
なんて思いながらカメラを構えていると、再び男性が横で歌いだしました。
「は〜るの小川は〜♪……ハイ」
はい?
歌の途中で、日に焼けた右手をこちらに向けて「どうぞ」のジェスチャーをしてきたんです。
戸惑いました。
試されてるのかと思いました。
なにこれドッキリ?
「……サラサラ、いくよ?」
おそるおそる答えると、男性は目を細くして笑いました。
「そう、正解」
いや「正解」じゃねぇよ。
さっきまであなたが歌ってたからね。
割と大きな声量でこっちはビクッてなったからね。
男性は河川敷の向こうを眺めながら、独り言のように続けました。
「夏の荒川を見てるとね、歌いたくなるんだよ」
夏の荒川なんて「春の小川」からいちばん遠い景色だろ。
そんなツッコミが脳内に浮かびましたが、ふと思ったんです。
目の前に広がるのは夏の荒川だけど、彼には違う景色が見えているのかもしれない、と。
そういえば僕にも、似たような場所があります。
ただの駅前なんだけど、そこは僕が初めて彼女と手を繋いだ場所なんですよ。
一緒に遊んで、そのまま帰るのがなんだか勿体なくて、駅前のミスタードーナツでずっと喋っていました。
気がつけば閉店時間になっていて、帰り道にほんの三十メートルくらいだけ手を繋いだんです。
もう二十年近く昔なのに、それ以来その駅に降りると、時間も天気も季節も関係なく、いつもあの夜の景色が蘇ります。
景色とは目で見るというより、その人の記憶で見るものなのかもしれません。
だからきっと彼も、この夏の荒川に自分だけの景色を重ねていたのかな。
僕には決して見ることのできない、彼だけの景色。
何を思い出していたのかは分かりません。
子供の頃なのか、家族なのか、もう会えない誰かなのか。
ただ、少なくとも彼にとって「春の小川」ほどこの夏の荒川にぴったりな歌はなかったのです。
僕はなんだか急に、自分のさっきのツッコミが恥ずかしくなりました。
「好きなんですね。その歌」
「…」
「…」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
いや答えてよ。
色々考えたこっちが恥ずかしいわ。
結局一枚も写真を撮らずに帰ってきたのですが、あの日の景色はきっと生涯忘れません。
たぶん、この先ずっと夏の荒川を見るたびに彼を思い出します。
そして僕も同じように、あの歌を口ずさむのでしょう。
「は〜るの小川はサラサラいくよ〜♪」
って。