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私の世界は、オレンジ色から始まった。

    「なんでオランダなんですか?」

    最近、職場でそんなことを聞かれた。

    ワールドカップの話になり、みんなが「日本戦しか見ない」と話していたので、私は少し大げさに、

    「私はオランダ戦しか見ないよ。」

    と言った。

    もちろん、日本代表は応援している。

    でも、ワールドカップが始まると、やっぱりオランダが気になる。

    すると、みんな驚いていた。

    「なんでオランダなんですか?」

    そう聞かれて、私も改めて考えた。

    たしかに、なんでだろう。

    最初は、オレンジ色だったのかもしれない。

    昔からオレンジ色が好きだった。

    みかんも好きだし、小物を選ぶときも気づけばオレンジが多い。

    オランダの国旗にオレンジ色はない。

    それなのに、オランダ代表は鮮やかなオレンジのユニフォームをまとっている。

    子どもの私は、その理由も知らず、ただ「格好いいな」と思っていた。

    そして1994年。

    ワールドカップを心待ちにしていた私は、大きなショックを受ける。

    当時、私が大好きだったオランダ代表のルート・フリットが、代表を辞退したのだ。

    自国の代表になることは、誰にとっても最高の名誉だと思っていた。

    だから、ワールドカップを辞退するという選択は、とても衝撃だった。

    もちろん残念だった。

    楽しみにしていただけに、なおさらだった。

    でも同時に、自分の考えを曲げず、そのためなら代表さえ辞退してしまう。

    そんな生き方があることにも驚いた。

    子どもながらに、どこか格好いいとも思っていた。

    今思えば、あのとき私は、日本とは少し違う価値観に初めて触れたのかもしれない。

    それから私は、選手の名前にも興味を持つようになる。

    オランダには「ファン」が多い。

    旧ユーゴスラビアの選手には「〜ビッチ」が多い。

    「〜コフ」や「〜スキー」が続く国もある。

    そして、ジーコやペレが本名ではなく愛称だと知ったときは、本当に驚いた。

    国によって名前にも特徴がある。

    それが面白くて、名前を見たり聞いたりすると、「この選手はどこの国の人だろう」と考えるようになった。

    やがて、名前だけでだいたい国が分かるようになっていた。

    雑誌によって選手名の表記も違った。

    グーリット。

    クルイフェルト。

    ジダヌ。

    いろいろ読んだけれど、私のお気に入りは『ワールドサッカーグラフィック』だった。

    ここの表記が、一番しっくりきたのである。

    名前を覚えることは、選手を覚えることだけではなかった。

    国を知ることだった。

    文化を知ることだった。

    私の世界は、少しずつ広がり始めていた。

    やがて、サッカー以外でもオランダという国に出会うことが増えていった。

    ゴッホが好きだった。

    絵を見て、「この画家、好きだな」と思って調べてみる。

    すると、オランダ人だった。

    フェルメールもそうだった。

    レンブラントもそうだった。

    モンドリアンもそうだった。

    「またオランダなんだ。」

    そんなことが何度もあった。

    世界初の株式会社とされる東インド会社のことを知ったときも、「これもオランダか」と思った。

    興味を持って何かを調べると、気づけばオランダにたどり着く。

    そんなことが、何度も続いた。

    『ウイニングイレブン』にも夢中になった。

    朝から晩まで。

    晩から朝まで。

    本当に、それくらいやっていた。

    選手名は、自分の好きな表記に編集した。

    だから友人には、「誰だよ、この選手」と笑われることもあった。

    それでも、その名前の方がしっくりきた。

    友人達とドラフト会議も開いた。

    同じ選手が同時に二人いる試合は、どうしても嫌だったから。

    ロベルト・カルロス対ロベルト・カルロス。

    そんな試合は見たくなかった。

    ゲームの中でも、私たちは本物のサッカーをやろうとしていた。

    そして選手だけでなく、クラブチームも自然と覚えていった。

    初めて買った海外クラブのユニフォームも、アヤックスのアウェイユニフォームだった。

    周りのみんながユベントスやACミランを着ていた頃だった。

    やっぱり私は、オランダに手を伸ばしていた。

    つい最近、部屋を片付けていたら、そのユニフォームが出てきた。

    少し色あせていたけれど、見つけた瞬間、あの頃の私がそこにいた。

    ワールドカップが始まると、友人たちと部屋に集まって試合を見るのが楽しみだった。

    仕事でキックオフに間に合わない日は、録画をして帰る。

    誰か一人でも間に合わなければ、先に見ることはしない。

    全員がそろうまで待つ。

    みんな結果を知らないまま、一緒に再生ボタンを押す。

    それが、私たちにとってのキックオフだった。

    だから、本当の勝負は家に帰るまでだった。

    コンビニには寄らない。

    レジの画面も見ない。

    街角の電光掲示板にも気をつける。

    電車で近くの人がサッカーの話を始めそうなら、車両を移る。

    周りの友人は、何度か途中でやられていた。

    コンビニの店内ニュース。

    耳に入ってしまった途中経過。

    ほんの一瞬の油断だった。

    そんな失敗を重ねながら、危険な場所をみんなで共有していった。

    私も、できる限りの対策はしていた。

    でも、一度だけ予想もしなかったところからやられたことがある。

    この文章を書いていて、そのことを思い出した。

    当時、私に好意を持ってくれていた(たぶん)女の子がいた。

    その日は仕事で、試合のキックオフには間に合わなかった。

    録画した試合を、結果を知らないまま帰って見るつもりだった。

    そのことは、彼女にも伝えていた。

    すると試合が始まってしばらくして、彼女からメールが届いた。

    「今、1-0だよ!」

    「✖✖✖がゴールを決めたよ!」

    たぶん、喜んでくれると思ったのだろう。

    でも、その頃の私にとって、結果を知らずに試合を見る時間は、誰にも壊されたくない大切な時間だった。

    怒りと絶望で、しばらく携帯を見ることはなかった。

    あの日以来、録画した試合を見る日は、メールも開かない。

    その後、彼女がどうなったのかは、ここでは書かないでおこう。

    ただ一つ言えるのは――

    もし今、同じことをされたら。

    私は、今でも本気で怒る。気がする。

    初めての海外旅行でも、サッカーは思いがけない出会いをくれた。

    ローマを観光した。

    ローマにいるのだから、ローマのユニフォームを着た。

    ラツィオの存在を知らなかったわけではない。

    ただ、完全に油断していた。

    今思えば、あの土地であのユニフォームを着るということがどういうことか、まったく分かっていなかった。

    ローマからパリへ向かう飛行機の中だった。

    客室乗務員の一人が、私を見るなり何か言ってきた。

    身ぶりも大きい。

    はじめ、「叱られた」と思った。

    何か悪いことをしたのか。

    ……いや、違う。

    ラツィオだ。

    「そんな服、脱げよ。」

    たぶん、そんな感じだったのだろう。

    冗談半分、本気半分。

    こんなこと、お客さんにも言うんだ。

    私は驚いた。

    でも、その瞬間に思った。

    イタリアでは、サッカーは生活なんだ。

    私は、ラツィオの英雄だったシニョーリの名前を挙げた。

    すると彼は、一瞬驚いた。

    ローマのユニフォームを着た私の口から、その名前が出てくるとは思わなかったのだろう。

    やがて、とてもうれしそうに笑った。

    今度は向こうが、ローマの象徴だったトッティの名前を挙げる。

    私も笑った。

    言葉はほとんど通じない。

    それでも、不思議なくらい会話になっていた。

    異国の空の上で、こんな時間が待っているなんて思ってもいなかった。

    飛行機がパリに着き、別れ際にはクルーのみんなと握手を交わした。

    本当に楽しい時間だった。

    今思えば、あの飛行機にはラツィオファンのクルーが大勢乗っていたのかもしれない。

    ローマだからローマのユニフォームを着る。

    そんな軽い気持ちだった私にとって、それは小さなカルチャーショックだった。

    サッカーは、ただのスポーツじゃない。

    生活であり、誇りであり、文化なんだ。

    あの帰りの飛行機の中で、私は初めてイタリアという国に触れた気がしている。

    トレビの泉よりも。

    コロッセオよりも。

    現地で食べたピザよりも。

    パリで宿泊するホテルのロビーで、思わず声が出た。

    まさか、また会うことになるなんて思ってもいなかった。

    「あっ!」

    向こうも同じだった。

    あの飛行機のクルーたちだったのである。

    ロビーは一気に賑やかになった。

    また私のローマのユニフォームを見つけると、みんな大笑いだった。

    今度は記念写真を撮ろうという話になる。

    ところが、一番逃げ回ったのはパイロットだった。

    ローマのユニフォームと一緒に写真なんて御免だ、と言わんばかりに本気で逃げる。

    すると、機内で話をしていたあの客室乗務員が笑いながら追いかけ、とうとう捕まえてしまった。

    そして逃げられないように、ローマのユニフォームを頭からかぶせる。

    ロビー中が笑いに包まれた。

    結局、みんなで記念写真を撮った。

    好きなものを本気で好きな人は、国が違ってもどこか似ている。

    あれほど楽しかった理由が、今なら少し分かる気がしている。

    今回書き始めるまで、私は「なんでオランダなの?」と聞かれても、うまく説明できなかった。

    ただ好きだった。

    それだけだった。

    こうして振り返ると、昔から「違い」に惹かれていたのかもしれない。

    名前。

    サッカー。

    人との出会い。

    そう考えていたとき、ふと家のダイニングが目に入った。

    うちのダイニングの椅子は、四脚とも違う。

    家具屋では、不思議そうな顔をされたこともあった。

    それでも私は、その組み合わせを選んだ。

    きれいに揃ったものより、それぞれ違うものが、一つの空間をつくっている方が落ち着く。

    そう考えると、オランダ代表も少し似ている。

    個性がぶつかる。

    時にはまとまらない。

    それでも、だからこそ生まれる美しさがある。

    私は、そんなところに惹かれてきたのかもしれない。

    思い返せば、この作品の中で何度も「またオランダなんだ」と思ってきた。

    あの頃は、ただの偶然だと思っていた。

    でも今なら少しだけ分かる。

    好きなものをたどっていくと、いつもオランダがあった。

    そして、それはこの文章を書かなければ、きっと気づかなかった。

    だから今、「なんでオランダなの?」と聞かれても、やっぱり一言では答えられない。

    理由は、きっと一つじゃない。

    それでも、この作品を書き終えた今、そう思う。

    私の世界は、あの日見たオレンジ色から始まっていた。

     
     
    ベランダで盆栽を育てています。 『盆栽のある生活』では一鉢の盆栽から広がる景色や、季節の移ろいを綴っています。 最新の連載は、Substackで毎週土曜日に更新中です。 https://longgoodbye.substack.com noteではシーズン毎に公開をしています。

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