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虚構の夜

    電車は走り続けている。

    窓の外はすっかり暗くなった。車窓を眺めながら、窓に映る、ウトウトした妻と、眠りこける娘の姿が目に入る。

    もうそんな時間だ。

    私も眠ったほうがいいのだろうが、まだ眠る時じゃあない気もする。片肘をついて、今日終えた仕事のことを思い返す。悪くはなかったが、かといって素晴らしくもなかった。ため息をつき、空を見上げ、時に慌ただしく過ごしながら一日を終えた。


    今日も電車は走り続ける。

    右手首にはめられた腕時計の針は、私にそろそろ横になったほうがいいと知らせる。

    もうこんな時間か。

    ある時、電車は見知らぬ駅に停まり、人が出たり入ったりする。待合室には数脚のベンチがあり、ベンチに腰掛けた老婆がひとり、家族か誰かを待っているのであろう、静かに佇んでいるのが見える。私はふらりと降りて、駅前をうろつき、ぐるっと回って電車に戻ったのを覚えている。

    惰性で過ぎ行く魂だ。

    小雪がちらつき、静かに電車は動き出す。


    私は怒ってはいないよ。笑ってもいない。疲れてはいるが、まだ歩けると信じている。長く暗いトンネルにいたが、希望は失わなかった。希望はあった。希望。笑うねしかし、それは神聖なものではなかった。安物で、紛い物だととうに気付いていた。吹雪の中でメッキが剥がれていくのを幾度となく見てきたからだ。それでも私は生に歩まされていた。生きた、ということだ。生きた。私は生きた? 奇妙だな。私は生きたのか。抜け殻になった生にまたいつより魂が宿ったとでもいうのか。魂はそんな簡単に着脱するものなのか。夏は押し入れに仕舞い、肌寒くなるといそいそと取り出す羽毛布団のような。無論分かっている。私は絶望し、絶望と折り合いをつけようとはせず、けじめをつけようと試みたがその試みはうまく運ばなかった。いみじくも失望。よくあることだ。膨らんだり縮んだり、笑ったり泣いたりする。叫んだり、泣き疲れて泥のように眠った日もあっただろう。薬は慰みにはならず、友の声はどこか遠くに響いた。すべては過ぎた日々、過ぎた魂、過ぎた声、過ぎた姿、過ぎた愛、過ぎた夢、過ぎた生活。若さという通貨はどのポケットをひっくり返しても今の私には持ち合わせがない。かつて、二十歳の私を殺そうとした人がいた。私が死にたい死にたいと口癖のように言うものだから、ある晩、その優しい人は、それなら私が殺してあげると包丁を手に取った。その人にがんの既往歴があることは私には他人事だった。抱き合う時、私は彼女の傷跡を極力見ないようにしていた。自己憐憫の沼に溺れるうさぎ。よく跳ねる。うさぎはその時、まだ死ねないと思った。


    車内アナウンスが流れる。そろそろ降りる頃合いらしい。つまらないなと独りごちる。

    妻と娘は相変わらず静かな寝息を立てている。

    娘は二歳で、最近私のことをパパのほかに名前で呼ぶようになった。

    妻には感謝している。

    少なくとも私の声はあなたには届いていたように思う、そして、娘にも。

    古傷のような魂をさする。

    愛していると口を動かす。

    家族を起こさないようそっと立ち上がると、私は出口を目指した。

     
     

    MoA

     
     
    思うことを徒然に。

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