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生まれ変わっても前世のときの妻を探しに行く

    #創作大賞2026 #恋愛小説部門

    【あらすじ】
     なぜか前世の記憶がよみがえってしまった若者が、その記憶と直観を頼りに前世の妻の生まれ変わりを探すお話。主人公の若者の名前はユージン。趣味は一人で山歩きをすること。ある時、ユージンは山歩きの帰り道で偶然、部活の合宿中だった女子生徒と出会う。直観的に彼女を妻の生まれ変わりと信じ、接触を試みるユージン。しかし、その壁は非常に高く、分厚く、ユージンはとんでもない苦難に巻き込まれる。さらにその先には数奇な運命が待っていた…。

    長文なので下の「目次」機能をお使いください

     


     以下は私の友人から聞いた話である。
     とても面白い話なので、小説化しようと思って書いてみた。
     ただ、彼は身バレを望んでいないので、いろいろ脚色しているし、登場人物の名前も地名も全て架空のものである。そこはご了承いただきたい。

    第1章 出会い

     
    ちょっと私の話を聞いて欲しい。若干、長くなるのは申し訳ない。

    1 ユージン


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    ※あくまでイメージです

     
     私の現在の名は森尾もりお友人ゆうじんという。まずは自己紹介からさせていただく。
     私(男)は小さいときから「変わった子ども」だった。物心がついた(記憶がある)のは、たしか小学校に入る少し前であったと思う。気がついたら私は無性に山歩きがしたくなって親に登山靴をせがんでいた。そのほか神社仏閣や旧跡・古い街道といったものに興味を抱き、そういったところに行くことを好んだ。子ども一人では危ないからと、最初は親も一緒に山登りについてきてくれたが、すぐに親の方が音を上げた。「お前のペースにはついていけない」ということである。私の親に登山やハイキングの趣味は合わないようであった。そこで、一度、出発地まで車で送ってもらい、戻ってくるまで待ってもらうという方法を取ったこともあった。しかし、それも1回きりであった。
     「帰ってくるまでちょっと長すぎるし、やっぱり子どもを一人で歩かせるのは危険だから」ということだった。確かにそうだ。
     こう言うと、私の親が薄情であるように思われてしまうが、そんなことはない。後述するが、その当時、私には弟もできたし、その子の世話だって親にはあったのだ。それに、いったん山を登り始めれば帰ってくるのは最低でも2~3時間かかるし、ことによっては1日かかることもある。その時は半日ほどで帰ってきたはずだが、それでも長かったらしい。しかも「すごく心配した」とのことだった。
     それで、私は一人で行こうかとも言ったが、親がそれを了承してはくれない。子どもの身だから仕方ないとは言え、田舎で車が運転できないのは不便極まりない。しかし、田舎とはいえ、電車とバスを乗り継げばそこそこいろんなところには行ける。その時刻表を調べるのも楽しいものだ。しかし、親はそれも許してはくれなかった。
     当たり前だ、まだ当時の私は小学校の低学年だったのだから。
     そこで親が取った手段は、地元の山岳会にお願いすることだった。念のために言っておくが、山岳会は託児施設ではない。本来は年端としはのいかぬ子どもなど相手にされないのだが、運の良いことに、電話に出てくれた会長さんがとても私の存在を面白がってくれたらしい。私は特別に無料でその山岳会の会員となって、会長さんはじめ沢山の会員に可愛がられることになった。名所旧跡や土地の歴史が好きな私は年配の会員さんたち(田舎なのでほとんど年配の方しかいない)と話が合った。さまざまな場所に連れて行ってもらい、土地の歴史を多く聞くことができた。中にはもと猟師(マタギ)だった人もいて、貴重な山の知識や技術を教わることもできた。登山道具もおさがりで色々もらえた。どれもこれも良く使い込まれていて、独自の改良がなされていた。つまり、使いやすかったのである。これはとてもありがたいことだった。

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    会長さんはとても優しい方だった。

     中学が終わる頃には「免許めんきょ皆伝かいでん」を言い渡された。もっともそんなものがあるのかどうかは知らないが。要は、実力が認められたのである。一人で山に入っても大丈夫と、山のベテランたちから「お墨付き」をもらったのである。それが中学に上がるくらいの時である。親もそれでとても安堵したらしい。よかった、よかった。
     以前の人生ではほぼ毎回一人で山に登っていたし、本で読んだ知識が主だったから、人と繋がれるのは実にありがたいなあと思った数年間でもある。
    言い忘れていたが、私は前世の記憶を持っている。そこから話すべきだった。
     だから「現在の名前は」と言ったのである。以前の人生の時の名前は未だにどうしても思い出せない。
     たぶん、以前の人生を覚えすぎているといろいろと都合がよくないからなのだろう。
     自分に「以前の人生がある」ということがだんだんわかり始めたのが、小学校に入ってしばらく経ってからだった。そのあたりで「以前の人生」を「前世」ということも知った。そうしてだんだん部分的に記憶がよみがえってきたのである。詳細は後で話すこともあるかもしれないが、とにかくそこで一番にひっかかっていたのが、私の前世のときの妻の言葉だった。
     前世で私は結婚していたらしい。当時の記憶でその女性を「妻」と私ははっきり認識している。しかし、顔も名前もほとんど思いだせないのである。非常にぼんやりしていて頼りない記憶である。
     ただ、前世で妻と私は大変仲の良い夫婦であったことは確かなようだった。その妻のある言葉が頭にクッキリと残っていた。
    「生まれ変わっても、あなたと一緒にいたいなあ」
     確かにそう言っていた。どんなシチュエーションで、どんなタイミングで言っていたかは思いだせない。
     ただ、そう言っていたことだけは確かだ。
     当時の私は、もちろん妻を愛していたが、そこまでではなかった。生まれ変わったら今度は違う人と恋愛をしてみたいなあと漠然と考えていたらしい。もちろん浮気とかをしたいわけではない。断じて。
     だが、妻のその言葉にきちんと答えられていなかった。
     「いやあ、俺はそこまでじゃないなあ」とかなんとか言ったのかもしれない。そのときは、あまり「いい感じ」では終わらなかった気がする。それだけを、その手ごたえだけを覚えている。
     それが、私には大きな心残りとして自分の中に残っているのだった。生まれ変わりを自覚してから、はっきりと自分の中にあったのがその感覚だった。
     前世の記憶が戻ったと言っても断片的なものであったり、覚えていないこともある。特に亡くなる前の(たぶん)数年間分の記憶はなかなかよみがえってこなかった。だいたい40代後半と思われるときの記憶で終わっていた。その一番最後の記憶がその妻の言葉であったのだ。その後(50代以降と思われる)の記憶も断片的にあることを考えれば、その言葉をフラグにして、まもなく事故とか病死とかなんらかのアクシデントで亡くなったということではないようだ。
     しかし、それを思いだしてからというもの、私の心には大きなしこりとなった。その心残りを解決したいという思いが自分の中で強くなっていった。
     どうやって解決したらいいのかわからない。
     でも、なんとかしたい。
     それは「祈り」でもあり、私の人生の目標であり、指針であり、生きる希望でもあった。しかし、ある意味自分を縛り付けているという意味において、「呪い」のようなものでもあった。

     あと、そのために私は前世の記憶がよみがえってしまったせいで、ずっと自分を「オッサン」だと思っている。その自認がなかなか抜けない。

    2 ハルカ

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    ※あくまでイメージです

     話をもとに戻そう。
     私が前世の記憶を取り戻してからというもの、私は妻の「生まれ変わり」を探している。自分が山登りも含めていろんなところに行って行動力を鍛えているのもそれを兼ねている。
     「自分が生まれ変わったのなら、妻も生まれ変わっているはずだ」という、今にして考えれば、荒唐無稽なそんな思い込みが根拠だった。もっとも、当時の私にはそんな「無謀な思い込み」しかすがるものはなかったのである。心中、お察しいただきたい。
     しかし、果たして「妻の生まれ変わりに会ったところでそれが分かるのか」と思った方もいるかもしれない。
     じつは私には、「生まれ変わりをした人」(今風に言えば「転生者」というらしい)が分かる。直観的に「なんとなく」わかるのである。だが、そうした人はほとんど前世の記憶を取り戻していなかった。何よりそういった相手に「生まれ変わり」のことを話すのはとても骨が折れた。なんとなく「話してはいけないこと」のように思われたし、自分が好奇の目で見られるのは実に恥ずかしかった。
     『身バレ』を避けたい最大の理由がそれである。
     「好奇の目」と言えば、自分の体は子どもなのに中身が「オッサン」であることは、他人から見れば実に「違和感」でしかなかった。自分でもそう見られないように気を付けていたし、学校では同じクラスの子たちと話が合わず、実に苦労した。TVゲームなどに興味がないのである。
     「中身がオッサン」だとバレる訳にはいかない。そういう意味で私は人間関係に慎重であったし、ある程度の年齢になるまでは普通の人間関係は結べないのだと諦めてもいた。今にして思うと、この時の私はそれなりに、孤独だったのかもしれない。
     そして自分の体が高校生くらいの年頃になると、肉体の影響なのか、冷静な判断力もついてきて「妻の転生者に逢うことなど無理なのではないか」とさすがに気付き始めた。
     私が前世の記憶を残していることも奇跡なのに、元妻も転生し、かつ前世の記憶を持っていて、しかも同時期の同じ地域に生を受けるなど、そんな奇跡に奇跡を重ねるような出来事があろうはずはない。そう考えるようになってきた。
     そう。その通りである。普通に考えればそうなのである。

     それで高校生になった私は、一人で山に行くことが多くなった。自分の孤独感を紛らわすためである。もはや前世の妻に会うことは半分以上諦めていた。妙な記憶を引きずったままの自分ではどうしても好奇の目にさらされる。人目を避けながら、できるだけ一人で生きていかねばならないと覚悟を決めたのである。 
     もともと前世の頃からソロ登山が好きだった私は一人でいることが全く苦にならない。一人でいると、誰にも気を遣わずにすむ。気が休まるのだった。
     とはいえ、まだ車の運転はできないから電車とバスを乗り継いで登山に出掛けるのである。お金がかかるのではと思うかもしれないが、小さいときから親の手伝い、いやむしろ家事全般(そこは前世のスキルをフル活用した)をほとんどこなしていた私はあまり家での小遣いに不自由していなかった。しかも、定時制高校に進んだので、日中は働いていた。その辺の事情は後で語る。そんなわけで私に多少の蓄えはあったし、金銭的には苦労していなかったのである。
     

     はじめて「春華はるか」に会ったのは、私の当時住んでいた山形県(仮)から隣の宮城県をまたいでの山登りに出かけた高3になった春のことである。県境の山岳地帯を山小屋を利用しながら縦走していくタフなコースで、4日間の行程を要した。私は4日間風呂に入っていない山登りの直後の、身なりが最悪な状態で初めて彼女と出会ったのである。
     
     その日の下山口げざんぐちはどこかの運動施設のグラウンドらしき場所だった。どうやら「青少年自然の家」とかの敷地に繋がっていたらしい。よくあることだ。
     ようやく人里に降りて来た私に遠目に学生らしき若者の一群が見えた。この時の私には久しぶりの「ヒトの群れ」だった。春休みだし、どこかの学校が合宿かなんかに使っているのだろう。どうやら女子学生の一群のようだ。身なりに自信のなかったこの時の私は気味悪がられないよう、不審者として通報されないように祈りながらコソコソと片隅を移動した。さっさと退散してバス停に向かおう、そう考えていた時だった。
    「キャーーーー!!!」
     絹を切り裂く女子の悲鳴!(描写が古い)
     何事かと思い、見ると生徒たちがヘビを囲んでいる。遠目に見るとアオダイショウのようなので、危険はなさそうだ。しかし、その中の生徒の一人に目が釘付けになった。

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    ※あくまでイメージです

     |い た。《・ ・》
     直観的に分かった。前世の妻の転生者である。間違いない。私はすぐに駆け寄って、持っていたトレッキングポールでアオダイショウを払いのけた。ヘビよ、すまん。

    3 初めて話しかけた日のこと

     生徒たちに近づいたので、前世での妻と思われた生徒を間近に見た。背が高くてスラリとした生徒だった。髪は栗毛色で背中の中ほどまでのロングのストレートを一つにして後ろで結んでいる。そして大きなメガネをかけていた。目鼻立ちが整っていて、なかなかの美人である。ちょっと妻の生まれ変わりにしては顔立ちが整い過ぎている気もする(妻よ、すまん)が、確かに妻の面影があった。間違いないと確信した。
    「あの!?」
     私は勇気を出して話しかける。
     周囲の女子たちが驚いて、ざわつき始めた。

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    ※あくまでイメージです

    「え??なになに??」
    「不審者???」
    「ナンパ??」
    「ハルカ?あんたの知り合い??」
    「…知らない」という彼女の小声が私の中で大きく響く。
    (そうか。まだ前世の記憶が戻っていない可能性もあるのだな。)
     そう考えた。
    「突然ですまないが、あなたとお話がしたい。ちょっとだけお時間を頂けませんか?」
     場の空気が一瞬にして凍りついたのを感じた。その直後に嬌声(きょうせい)がこだまする。
    「えーーっ!!」
    「なにこれーー!!????」
    「ナンパ???」
    「告(こく)ってきたーーー!!!」
     様々な声が聞こえる。肝心の彼女の反応はなかった。驚いて固まっていた。全く前世の記憶がないのか、私のように記憶がある者を判別する力がないからなのか、話してみてその反応を見ないとなんともわからない。もちろん、単に不審者に対する警戒心の方が強いのだろう。冷静に考えてみればそうだ。
     そのとき、一人の生徒が先生らしき人物を連れてきた。
    「先生、こっちです、ヘビです!なんとかしてください」
     先生と呼ばれた人物はまだ若い男性だった。髪を短く刈り込んで如何(いか)にもスポーツマンといった風格だった。この運動部の顧問らしい。
     その先生を連れてきた生徒は先ほどまでと違う、お祭りのような今この場の雰囲気に驚いている。
    「え…?ヘビは…???」
    「いったいどういう状況だ、これは?」
     先生は皆の輪の中心にいる私にいち早く気付いた。一人だけ登山者の恰好をした男がいるのである、いやがうえにも目立っており、この男が騒ぎの元だということは明らかであったろう。
    「何だね、君は??うちの生徒に何か用かね??」
    語気を強めて、私に詰め寄ってきた。まるきり不審者扱いであった。仕方あるまい、この時の私の風貌では。生徒を預かる先生にしてみれば、当然の反応だろう。
    「山形県立米沢よねざわ鶯城おうじょう高校3年、森尾友人もりおゆうじんと申します!ヘビは私が撤去しました!誠に不躾ぶしつけではありますが、この生徒とお話させていただきたい!」
    「この生徒」のところで、手のひらを春華の方へ向け、自分の所属と現在の状況、要望を堂々とかつシンプルに伝えることにした。ここで狼狽(うろた)えてしまうのは全くの逆効果だ。本当に通報されかねない。
    「ハルカ、あんたの知り合い?」
     生徒の一人が聞く。春華がかぶりを振る。
    「大川君、君の知り合いではないのだな?」
     先生が確認を取る。春華は大きく頷いた。それはそうだろう。私も会ったのは初めてなのだ。
    「と、いうことだそうだ。悪いが、君にはお引き取り願おう。今は本校の部活の合宿中だ。どこの誰とも知らない見ず知らずの人物とうちの生徒を接触させるわけにはいかない。」
     教員としては当然の反応だろう。こんなときに自分の所属と氏名を名乗ったところで何の意味もなかった。しかし、自分の素性は明かしたのだ。まだ余地はある。ここで引き下がるわけにはいかない。
    この時の私は夢中だった、というよりも必死だった。冷静さも幾分欠いていた。
    「誠に申し訳ございません!しかし、私も引き下がるわけにはいかないのです。大変、お手数ではございますが、この方の保護者と連絡を取っていただけないでしょうか?」
     子どもに対してもっとも強い権限を有する責任者は保護者である。その了解をなんとか取り付けたい。そうなれば、先生だって何も口出しできないはずである。そういう算段があった。
     また周囲の生徒が騒ぎ出す。
    「いったーーーっ!!!」
    「ユージン、いったーーー!!」
    (いつの間にか生徒たちは名前で私のことを呼んでいる)
    「そうきたかーーー!」
    「センセ、ハルカの親に連絡とってあげましょうよ!!!」
    「ユージン、かわいそうじゃないですか!」
    「ユージン、自分の学校まで名乗っているじゃないですか!」
     女子はこういう突発的なイベントごとが好きだ。私は場の空気を味方につけることに成功した。先生は戸惑っている。若さゆえに場の空気に対応しきれていない感じだ。ほぼ狙い通りだった。

    4 麗子さん登場


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    ※あくまでイメージです

    「その必要はありませんよ!」
     よく通る高い声が響いた。近くの建物の陰から突然現れたのは、美しい女性だった。おそらくは三十後半とみられるがそれを感じさせない美貌をもち、大きな帽子をかぶり、高そうな、品のよい服を着こなしている。いかにも「お金持ちのマダム」という感じの女性だった。
    「ああ、大川君のお母さん。」
     ここで母親登場だとは予想外の展開だ。これが「神かみ展開」というやつか。ともあれ、話が早い。
    「山田先生、いつもお疲れ様です。合宿ありがとうございました。いま、皆さんにお飲み物の差し入れを持ってきたついでに、うちの春華を迎えに来たところです。」
     丁寧な母親だ。言葉の一つ一つにそつがない。
     かなりの上流階級なのだろうと想像された。
    「それで、どういう状況なのですか?」
    「突然、申し訳ありません。私は山形県立米沢鶯城おうじょう高校3年、森尾友人と申します。たまたま通りがかったここの施設で、春華さんが目に留まり、ぜひともお話をさせていただきたいと思い、先生に許可をお願いしていたところです。」
    「うちの春華と知り合い?なぜ名前を…?」
     母親は不審に思っている。
    「いえ、ご学友の声から推察させていただきました。」
    「春華、知っている方?」
     春華はかぶりを振った。三度目。少し心が痛い。
     母親は少しの間、何かを考えている風であった。
    「いいでしょう、では、ウチにいらっしゃい。そこで話を聞きましょう。」
    「え??お母さん?まだ、合宿は終わっていないんですが…」
     山田先生が驚く。
    「先生、よろしいでしょう?もう合宿も終わるところですものね。ちょっと早いですが、うちの春華はこれでお暇いとまさせていただきます。春華、支度をして頂戴。駐車場にうちの車があるから、荷物を乗せなさい。いい?」
     母親は強引に押し切った。
    「でも、お母さん…」
     一方の春華は戸惑っている。
    「早くなさい。」
     有無を言わない強い調子だ。
    「は、はい!」
     春華が走ってその場を離れる。
    「山田先生、勝手を申して、すいません。差し入れの方は玄関に置いてあります。冷えておりますので、早めにお飲みください。」
     実に手回しがいい。私は心の中でさっきから感嘆していた。これは敵に回してはいけないタイプの人間だ、そう思っていた。
    「森尾さん、とおっしゃったかしら?今からうちに来られますか?車で十分ほどなんですが。」
     嫌も応もない。これを逃したら次はないのだ。この母親の性格からして、多分そうだろう。私はこのとき、実に必死だった。自分の身なりも忘れるほどに。
     「はい、ぜひお願いします!」
     運動施設の建物の正面付近に停めていたのは白い大きな車だった。トヨタのエスティマだ。
     この宿泊場所らしき建物は正面から見て気づいたのだが、妙にキレイで、かつ豪華だった。よくある老朽化した公共施設ではない。玄関の上部には「加美かみ高原リゾート・クラブ」とある。どうやら、民間の施設だったらしい。
    「驚いた?ここは去年うちがつくったの。まだ出来立てなのよ」
     呆気あっけにとられた私に母親が声をかける。
    「へあっ!!!???」
     妙な声が出た。
     「つくった」と言ったか?「うちが」とも言ったか?
     え??もしかして大金持ち?ええええええ???
     驚いて声も出なくなる。
     エスティマの運転席には初老の男性が乗っていた。おそらくは使用人であろう。母親は後部座席のドアを軽く触って開けた。自動スライドらしい。
    「おかえりなさいませ、奥様。その方は?」
    「客人きゃくじんです。今からわが家へ連れて行きます。源げんじい、春華が荷物をもって来るから、荷物をトランクに入れてあげて。」

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    ※あくまでイメージです


     「源じい」と呼ばれた男性が車を降りると、母親は私に向き合って言った。
    「森尾さん、悪いけど三列目に乗ってください。少し狭いのですが。」
    「恐れ入ります。それでは、失礼させていただきます。」
     おそらくは「下座しもざ」というやつだ。たぶん春華さんは助手席に座らせ、距離を取るのだろう。まあ、当然だ。ぬかりのない女性だ。おそらく、私の一挙一投足を観察して値踏ねぶみしているのだろう。全く気が抜けない。
     母親はどこかに電話をしている。私は私は大きなリュックを下ろして席に座った。
     間もなく、春華が建物の中からやってきた。「源じい」が大きな荷物を預かり、それを入れようと後ろのトランクを開ける。けっこう大きな荷物なのに、源じいはそれをやすやすと私の席の後ろのトランク部分に置いた。どうやら、ただのおじいさんではないらしい。
    「わ、座ってる…」
     春華の声が聞こえた。電話を終えた母親が春華に声をかける。
    「春華、助手席に座りなさい」
    「え?ママ、なんで?」
    (普段は「ママ」呼びなのか)
    「助手席です」
    「っ、はい!」慌てて春華が返事をする。
    (私と離すために決まってるでしょうが。)
     皆が車に乗り込んだ。源じいが車を動かした。
    「森尾さん」
    「はい」
     2列目に座った母親が話しかけてきた。
    「自己紹介が遅れましたね。私は春華の母親の大川麗子おおかわれいこと申します。今からあなたを拙宅せったくにお招きします。お家の方へのご連絡などしなくていいかしら?よろしい?」
    「ママ、なんで??私、その人本当に知らないんだよ?」
     前の席から春華が話しかける。
    「春華、いま森尾さんとお話しているの。この方があなたと話せるかどうかは私が決めます。ちょっと待っていて頂戴。」
    「は、はい。」
     そうか、やはり試験は始まっていたか。
    「よいこと?森尾さん、お家の方への連絡は?」
    「はい、家には今日の夜までには帰ると言ってあります。」
    「そうね、遅くなるようだったら、送らせるわ。電車の時間もあまりないものね」
    「恐れ入ります」
     ご厚意に甘えることにした。マイナスポイントかもしれないが、隣県の自分の家まで帰るのはあまりに大変すぎた。
    「ところで、森尾さん。あなた、高校3年生と仰っていたわね?」
    (よく聞いているなあ)
    「はい、そうです。」
    「あなたの高校は存じませんが…、私の知っている高校生のイメージとだいぶ違うのよね、あなたは。妙に落ち着いているわ…。春華と同じ年とは思えない。本当に高3生なの?」
    「ママ???」
    「いいじゃない、春華」
     そうか、春華さんも今の自分と同じ歳なのか。前世では私の方が上だったが…。
    「まあ、高校生にもいろんな人間がいるってことですよ。」
    「ふうん…」
     随分と鋭い母親だ。転生者ではなさそうだし、まさか私が転生者とは見抜くまいが…。一瞬として気が抜けない。
    「まあ、いいわ。続きは家で伺いましょう。もうすぐ着きますからね。ところであなた、失礼ですけど、だいぶ臭いわよ。よく見るとあちこち汚れているし。お風呂に入ってもらいますが、よろしい?その大きなお荷物にお着替えは持ってらっしゃる?」
    「ええ、下着くらいなら…。」
    「けっこう。それ以外は主人のを貸します。背格好も同じくらいですからね。」
    「はい、ありがとうございます。必ず、クリーニングしてお返しします。」
     こちらから表情が見えないので正解かどうかはわからない。しかし、ふっと相手が笑った気がした。
     それで、連絡先は?と聞こうと思っていると、まもなく着いた。春華のおうちである。

    5 大川家

     よもや、と覚悟していたが、春華のおうちは予想通りの大邸宅だった。山の斜面の中腹にあった。門は、倉庫や作業場所を兼ねる建物のような門――たしか「長屋門」というやつだ。旧家でも滅多に見られないレベルの大きさである。しかもリフォームしている。古いままに放置されている、というわけではないのだ。門をくぐると大きな広い庭があり、車は10台くらいは停められそうだ。さらに、多くの植え込みと一つの大きな池がある。もちろん、納屋や藏もある。藏は…2棟。ここまでの邸宅はなかなか滅多に見ない規模である。
     母屋は2階建てでとても大きい。建坪(たてつぼ)の想像がつかない。1階部分だけでゆうに100坪はありそうだった。

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    ※あくまでイメージです


     呆気に取られている私の雰囲気が伝わったのか、母親が話しかけてきた。
    「驚いた?ちょっと大きいでしょ、この家は。」
    「驚くも、何も……。大邸宅じゃないですか。なかなかお目にかかれるレベルの家じゃないですよ、これは。……いいんですか?私のような、どこのものとも分からない馬の骨を敷地に入れて…?」
    「よくご覧なさい。問題のないレベルの家よ。」
    (『問題ない』?『レベル』???どういう意味だ?これも試験か??)
    よーく、目を凝らしてみると、あちこちに防犯カメラと赤外線センサーらしき装置がある。さらにあちこちに警備会社のシールが貼ってある。これらは目立つように貼ってあるからすぐに分かった。そうか、防犯対策も完璧か。これは泥棒も容易には侵入できまい。心の中で唸(うな)った。
     ならば大型犬もいるのかと思ってみたが、犬の気配は無いようだった。
    「すごい防犯設備だ。でも、犬は…、いないようですね。」
    「気づいたようね。春華は犬が苦手なの。小さいときに吠えられてね。だから犬はすべて他所(よそ)にやったわ。もともと必要ないもの。源じいがいるからね。」
    「左様です、奥様」
    「源じいはすごいのよ、この間も10人の強盗団を取り押さえたんだから。」
    「……いや、6人ですよ。お嬢様」
    「春華、静かになさい。まだ話してはいけません」
    「はーい」
    (6人????強盗団と言ったか、今?この初老の男性が6人を??)
     驚いて息をのむ。やはりただの「おじいちゃん」ではなかったか。何かの武術の達人なのか??
    「6人…ですか?」
    「そう、源じいはこう見えて、けっこう強いのよ」
     母親がニッコリして答える。
    (いやいや、『けっこう』のレベルを超えてるって。マンガじゃないんだから。私はどこの世界線に来たんだ…!!???)
     正直、ビビった。中身がオッサンの私でもビビっていた。まるでマンガの中の世界に来たかのようなハナシになってきた。やっと見つけた運命の相手が、大富豪のご令嬢で、私はその親から試されている。なにやら「武道の達人」の使用人までいるって色々フラグが立ちすぎている。怖い……。
     だが、引くわけにはいかないのだ。私は腹を括った。やるだけのことはするしかない。
     
     車が停まった。源じい、春華、母親が車から降りた。母屋の方から初老の女性が出てくる。
    「おかえりなさいませ、奥様」
    「清きよさん、ただいま。急で申し訳なかったけど、お風呂はできてる?」
    「ええ、ええ。できていますとも。あら、この方がお客様?」
    「清」と呼ばれた初老の女性が私を見る。

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    ※なんかタッチが違う…(*´Д`)


    「こんにちは、山形県立米沢鶯城高校3年森尾友人と申します。突然の訪問でご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
     私は会釈をした。
    「これはこれは。丁寧に、どうも」
     清さんも会釈を返す。
    「米沢、ねえ、なつかしいわ、私も米沢に行ったことがあってねえ…」
     長い話が始まりそうなところを母親がバッサリと遮った。
    「清さん、そのお話はまた今度。」
    「森尾さん、これからあなたにはまず、お風呂に入って頂きます。いいですか、湯船に入る前に必ず、体を洗ってから入ってください。」
     母親が念を押すように言った。
    「はい」
    言うまでもない。公共のマナーだ。ましてや人様のお風呂を借りる身としては毫ごうも汚すわけにはいかない。
    「それでは、清さん。森尾さんをお風呂に案内して頂戴。源じいは荷物を春華の部屋の前に。春華、ちょっとこっちへ。」
     母親と春華が何か話している間に私は清さんの案内を受けて、家の中に通された。
     古民家特有の柱材で作られた大きな敷居柱もなく、入りやすくリフォームされた玄関で、そのくせ、三和土たたき、式台や上がり框かまち、取次とりつぎなどはしっかり残していた。廊下もいわゆる「半間廊下」ではなく余裕のある一間いちげんものである。正確には測っていないが、それ以上かもしれない。奥にある風呂場に通されると、脱衣場に洗面所、トイレまである。旅館かよ?っていうレベルである。そして風呂はもちろん、ヒノキであった。洗い場も広く、申し分ない。ヘタな高級旅館より、ずっと新しく、広い。露天風呂までついているのには恐れ入った。
     とにかく四日ぶりの風呂はありがたかったし、期せずして、とても贅沢なものになった。
     用意された服は品の良い上質なワイシャツとスラックスだった。スーツに使うかのような。泥まみれ、汗まみれの服しかなかった私は素直にその服を着た。サイズはちょうどよかった。
     服を着て荷物をまとめ直していると、清さんが来て、奥座敷に案内された。荷物は玄関に置いておくと源じいが持って行った。古民家はどこもだいたい間取りは同じようなものだ。しかし、大川家の「座敷」は実にきちんとしていた。書院も違い棚も床の間もある。達筆な筆致の立派な掛け軸もあった。私は自分が案内された場所の意味を理解した。
     身に合わぬ「上客」として扱われているのである。敢えてプレッシャーを与えているのかもしれないが、あの母親が床の間のある「座敷」の意味を理解していないとは思えなかった。そして、それが分かる相手なのかどうかを試しているのである。それは確信だった。一気に緊張が高まった。
    「奥様はまもなくいらっしゃいますから、もう少々、お待ちください」
     清さんが退出した。私は下座に座った。

    6 対峙

     母親が襖を開けた。私は座布団から降りると正座したまま深く礼をして口上を述べた。
    「大変、よいお風呂をご馳走になり、ありがとうございます。さらに、このたびはこのように立派なお部屋にお招きいただきましてありがとうございます。」
     たぶん、この時点で不合格ならばすぐに帰されるはずだ。
    「構いません。お直りください。」
     母親が上座に着いた。まずは不合格は避けたというところか。
    「お風呂はキレイにお使いいただいたようですね。大変結構なことです」
    「恐縮です。あそこまで素晴らしいお風呂ははじめてでした」
    「まあ、お上手だこと」
     母親は割と上機嫌だ。これは好感触である。
    「さて、あなたにいくつか質問したいことがありm…」
     ドタドタドタ!!!!!
     大きな足音がして、ガラッと勢いよく襖が開いた。
    「まあ、あなた!」
    「麗子さん、ひどいじゃないか。僕に黙って、こんな馬の骨を家にあげるなんて!!!」
    『あなた』と呼ばれた男性は恐らく麗子さんの夫、つまり春華の父だろうと察しがついた。眼鏡をかけて身なりの整ったやせ型の中年男性である。見るからに神経質そうな潔癖さが見て取れた。
    (役満やくまんだ―――!!!)
     頭の中で思った。ここで満を持して父親登場か。さらに事態がややこしくなりそうだ。娘に会いに来た男を快く思う父親はいるまい。ましてや初対面では。
     だが、ここまで来て私も引くわけにはいかないのである。先手を打った。
    「春華さんのお父様ですか?」
    「ええい!誰が『お父様』だ!!??初対面のキミに父親呼ばわりされる覚えh…」
    「山形県立米沢鶯城高校3年森尾友人と申します!このたびは突然の来訪、不躾(ぶしつけ)をお許しください!どうか、春華さんと話をさせてください!」
     座布団から降りて、正座のまま深々と頭を下げる。いわゆる「土下座」の態勢だ。これで責めてくる相手もそうそうはいない。
     父親は案の定、ひるんだ。
    「あ、頭を上げなさい。話しを聞こうじゃないか」
    「ありがとうございます。」
     私は頭を上げ、座り直した。上座の母親の隣に、父親も座った。
    「あなた、どうしてお帰りに? 今日はお仕事がある日じゃ…」
    「うん、春華の合宿が終わる日だろう。時間ができたから、迎えに行こうかと思って、顧問の先生に電話を入れてね。そこで聞いたんだよ。不審者と一緒に帰ったというから…僕は慌てて…、」

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    ※伸宏さんは品のいい男性です。


    「まあ、山田先生ったら、そんなことを…」
     母親の表情に「余計なことをしやがって」という色がありありと見えた。直後に小さく舌打ちをしていた。
    「まあ、いいわ。手間が省けたことにしましょう。森尾さん、質問の続きをするわよ」
    「お、おい、麗子さん?」
    「まあまあ。伸宏のぶひろさん、この方は事情は分からないけど、春華と話したいと言っているの。それで顧問の先生の許可を得ようとして、今度は保護者である私の許可を得ようとしているわ。ちゃんと順序を守っているじゃない?それに、少しはちゃんとした方のようよ?」
    「う、うん、…麗子さんがそういうなら…、チャンスを与えてもよいが…。」
     どうやらここまでは及第点をもらえていたようだ。一人の人間と話すのがこんなに難しいものだとは思いもよらなかった。前の人生と合わせて相当生きているはずだが、コレは初めての展開だなあ…と思っていた。
     そして、父親の名前は「伸宏」というらしかった。目の前の会話から二人の関係性が見て取れるような気がした。若干尻に敷かれているような…。
     しかし、口火を切ったのは伸宏さんの方だった。
    「そもそも君は、なんで春華と話したいんだい?学校の先生や私たち親の許可を取ってまで。春華の知り合いなのかい?春華は君のことを知らないみたいだけど…」
     この座敷に来る前に父親は春華に会ったらしい。そして質問としてはやはりそこからだろう。
    「はい。春華さんは覚えていないだけだと思います。私は以前に春華さんと会ったことがあります。しかし、彼女が覚えていない以上、私は春華さんにとって『不審者』以外の何物でもありません。そのため、まずは許可を得ようと考えた次第です。私は怪しいものではありません。そのことを信じていただきたく、こうしております」
    「う、うん。そうか…」
     私は嘘は言っていない。前世のことを話せばもっと怪しい人物と思われてしまう。とはいえ、嘘をつくわけにもいかない。この二人(特に母親)には嘘はばれるだろう。あくまで真剣さで押すしかないと考えていた。
    「ところで、君のその服、シャツとズボン、僕の持っているのとよく似ているなあ…」
     父親が私の服に気づいた。
    「ええ、私が貸しましたから」
     母親があっさりと言った。
    「え??え??なんで勝手に????」
     母親は父親を無視して質問を始めた。
    「あなたは、春華を知っているというけれど、いつ会ったことがあって?春華は小学校の頃から女子校に入れているわ。会えたとしたらその前でしかないけど、あなた、山形に住んでいるのよね?私たちは山形に住んだことなんかないわよ?それとも、あなた小さい頃はこっちにいたっていうの?」
     やっぱりその質問が来たか。抜け目のないこの母親ならそう来るだろうと思った。小学校のことを聞けたのはヒントとなってありがたいが、今の発言が嘘ブラフ(騙し)の可能性もある。「こっち」(今いる宮城県のことをおそらくは指しているのだろう)というが、それがひっかけであって、私が迂闊うかつに「そうです、小さいときに宮城にいました」とうっかり言おうものなら、「いいえ、春華は小さいときは(別の場所)にいたのよ」と言われる可能性もある。私が嘘をついているかどうかを試す「ひっかけ」である可能性がある。ここが山場だ…
    (;゚д゚)ゴクリ…
     考え抜いたうえ、ひねり出した答えが以下である。ここは賭けに出るほかはない。
    「……私も、小さいときは別の場所にいました」
    (『も』と言ったのはわざと・・・である。宮城以外の場所にいたのではないかと賭けに出ることにした。山形以外の場所なら選択肢が多すぎるが、生まれた場所と違う場所で育ったか否かだったら二択に絞れる。まだ外さない可能性が高いのである。
     しかし、これには致命的な弱点があった。
    「それは・・・、どちら・・・?」
     母親がすかさず畳みかけてきた。やっぱりそう来たか。「どこの」小学校というのかもさっき言っていない。ヒントになるからだ。私は罠にはまった。窮地ピンチだ。
     完全に母親の方が一枚上手だった。
     

    7 助け舟ならぬ、泥船

     だが、その流れをぶち壊したのは父親だった。
    「春華は小さいとき、アメリカにいたんだよ。
     もちろん、私たちとね。 
     ……まあ、うちにもいろんな事情があったんだけど…」
     母親がギッとして、すさまじい形相ぎょうそうで父親を睨にらむ。こんな怖い顔をした女性は前世の妻以外見たことがない。
     しかし、父親は気づいていないらしく、言葉をつづけた。
    「たぶん、君はさ、アメリカとか行ったことないだろう?たしか、今、君のいる学校、オウジョウと言ったっけ?聞いたこともないんだが。どんな学校なんだい?」
    「…米沢市にある定時制の高校です」
     私は包み隠さず答えた。
    「……定時制か…。うん、あんまり言いたくないんだけど、定時制ってそこそこ普通のお子さんが行くところじゃないだろう?君のご実家のお父さん、お母さんは何をしている人?」
     やっぱり、そう来たか。これだけのお屋敷に住んでいる家柄ならば、そう来ることは想定できた。自分が定時制高校などに通っていることもマイナスに働いた。この時ばかりは後悔した。
     心の中でため息を漏らすが、今はもう遅い。
    「父は公務員を、母はスーパーのパートで働いています。」
     これも正直に述べる。
    「……うん、悪いけどね、普通のご家庭だよね。もし、君が春華と付き合ったりして…、付き合うって最終的には家と家同士のやり取りでもあるからね、つり合いというものが取れないと、結構ね、辛いことになるんじゃないかなって思うんだけどね…。」
     言っていることはさっきから結構えげつないが、間違ってはいない。
     それに、父親の声のトーンには侮蔑とか哀れみとかそういうのはない。
     たぶん、こっちのことを思いやって言っているのだろう。
     そういう意味では優しい人のように思えた。
    バァーン!!!
     が、またそこで襖が勢いよく開いた。
    「ちょっと、パパ!!
     黙って聞いていれば、森尾さんのことだいぶバカにして!
     ひどいじゃない!!」
    「は、春華??」
    「家柄とか身分とか、くだらない!
     人は中身が大事っていつもパパは言ってるじゃない?
     あれは嘘だったの!!???」
     春華はだいぶ興奮している様子だった。
     と、いうか、和服だった。
     牡丹の花(たぶん)がデザインされた黄色とオレンジを基調とした明るいトーンの珍しい和服…。
     いやまさかいつまでも部活用のジャージでいることはあるまいが、和服?  
     私はそっちの方にも気を取られて呆気としていた。

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    どんな服だったんだろうか…。

    「ママもはじめっから、この森尾さんの中身をはかるために、源じいをこっちに控えさせていたんでしょ?」
     よく見ると、春華のいる次の間ま(隣の部屋)には道着を来た源じいが座っていた。これはもしや、そういうことか?やっぱりそういうフラグだったのか。
    「ええ、もちろんよ。さすがね、春華」
     母親が答える。
     しかし、その後、「ちっ、せっかくの仕込みを…」と小声でつぶやくのが聞こえた。また舌打ちしたよ。
    「ええっ???そうなの!!??そういうこと??」
     父親が驚く。
     どうやら話の展開次第では母親は「源じい」という切り札カードを使うことを考えていたらしい。その段取りを付けていたのだろう。それを全部ぶっ壊したのが、父親・伸宏さんというわけだ。どうにも間が悪い…。
     男っていっつもそう。かわいそうに。
    「森尾さん、これから源じいと立ち会ってちょうだい!」
     得意になった春華がさらにまくしたてる。
    「え???どういうことですか?」
     念のため、聞いてみる。
    「察しが悪いわね。戦ってみれば、その人の中身は分かるでしょ?」
     春華、渾身のドヤ顔である。
     (ええ~~~???やっぱ、そういう脳筋系のアレ??
     そういう家系だったの?
     いや、「戦えばその人のことが分かる」っていうのは、確かにそうだけれども。)
    「源じい、手加減はいらないわ、やっておしまい!!」
     ノリノリである。
    (怖い。あの「タイムボカンシリーズ」のノリだ。怖い。)
    (*´Д`)

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    そういや、実写版もあった…


    「いや、ちょっと、ちょっと……。源じいが本気出したら、骨の一二本じゃすまないって…」
     伸宏さんが答える。
    (そりゃそうだ。強盗団を取り抑えるじいさんだぞ。)
     春華はしばらく考えた様子で、
    「そうね、源じい。『死なない程度』でお願い!」
    「ちょ、ちょっと、春華。それじゃ『傷害罪』になるって…、源じいは有段者扱いになるんだし…」
    「え?そうなの?さすが弁護士ね、パパ」
    「いや、誰でもわかるから…」
    「じゃ、源じい。思いっきり手加減して。『怪我しない程度に痛めつける』ってできる?」
    (そこは『痛めつける』前提なんだ????)
    「……素人には『怪我させない』ってのも、難しいんですが…。まあやってみましょう。お嬢さまのお願いですし…。」
     源じいはしぶしぶ了承する。
    「さすがは源じいね!」
     春華さん、渾身の笑顔である。さっきから怖い。
    「いいんですかい?旦那様、奥様」
     源じいは常識人のようだった。
    「う、うむ。春華がそう言うなら」
     お父さんは娘に激アマだった。
    「まあ、段取りは狂っちゃったけど、楽しそうだし。結果オーライかしら?」
    (やっぱり段取りを組んでいたのか???本音出てますよ、お母さーーーん???そんで、どういうプランだったんだろうか、ひたすらに怖い。)
    「麗子さん、段取りって??」
    父親が尋ねる。
    「いえいえ、こっちの話。本当はもっとこの方を精神的にいたぶってから、源じいに肉体的にもいたぶってもらおうと思っていたんだけれど…。」
    「そうなの?」
    「だって、娘に手を出そうとする輩やからはそのくらいしないとダメでしょ?」
    (「輩」扱いしないで欲しいんだが)
    「さすがは、麗子さん!!」
     父親は感激している。
    (ナニこの家族? さっきから怖いんですけど。)
    「と、いうわけで森尾さん、道場にきてちょうだい!!」
     春華が仕切る。
    「道場? このお屋敷、道場もあるんですか?」
     私は聞いた。声を出したのは久しぶりだ。
    「うん、道場と言っても、今は教えていないよ。私も春華もそっちはからっきしだし。源じいは家の仕事で忙しいし。うちが武家だった時代の名残らしいんだ。」
     伸宏さんはそう教えてくれた。
    「森尾さん。その恰好で悪いけど、あなたの覚悟をちょっと試させて頂戴。いいわね?」
     母親は冷静だ。この場をうまくまとめて、私が引き受けざるを得ないようにコントロールしている。実に恐れ入る。
    (しかも、「ちょっと」じゃねえし。)
    「わかりました」
     私もそう答えざるをえない。
     どうも私は、とんだ泥船に飛び込んだらしい。

    8 さらなる窮地へ

     期せずして母親の詰問が未完に終わったのは助かったが、状況は依然よくない。
     武道の達人らしいこの屋敷の使用人(初老の男性・源じい)と、「覚悟を試される」名目で立ち会う(戦う)ことになってしまったからだ。

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    ※あくまでイメージです。


     前世では格闘技にハマっていた時代もあった。柔道、柔術、合気道、少林寺拳法などをやっていた時期もあった。しかし、それも過去のこと。この体に転生してからはまったくやっていない。こんなことなら、ちゃんと鍛錬も続けておけばよかった…、いや、多少やっていたところで、こんな達人にかなうわけもないか…。
     「道場」は母屋から一旦出た「離れ」にあった。母屋の右手には倉庫や蔵があり、左手にある重厚な建物が「道場」というものらしかった。道場は板の間で広い。小規模な体育館の格技場くらいはあって、片隅に畳が積んである。正面にはもちろん床の間があって、日本神道の武神の名を書いた掛け軸があった、神棚もある、まさに「ザ・道場」という感じの建物である。個人の邸宅にこれだけの建物があることで改めて大川家の財力に感嘆していた。
     そして、道場はきちんと清掃されて、床板もしっかり磨かれていた。
    「ずいぶん、キレイにしていますね」
     私が言うと、
    「習慣でね。毎朝、拭き掃除をしているんです。」
     源じいの言葉からは、達人の臭いがプンプンしていた。
    「ちょっと、森尾さん!」
     そのとき、この場を設定した張本人である春華が、話しかけてきた。
    「はい、なんですか?」
    「さっきからなんなの!!?? 女の子が着替えて来たのに、何も言わないの、なんなの???」
     怒っている。私は君の仕掛けたこの『デス・イベント』を前にそれどころじゃないのだが。
    「どう、この着物? 私、和服苦手で、あんまり似合ってないと思うんだけど…」
     服を見せてきた。
     正直、すごく可愛い。似合わないどころか、すごくよく似合っている。派手な色ではあるが、若者にはこのくらいがちょうどいい。
    「うん…、すごく可愛い。」
     春華の顔が赤らむ。
    「こんなに和服の似合う女の子を見たのは、初めてだ。」
     春華の顔がそれとわかるくらい、真っ赤になった。
    「な、なに言ってんの?アンタ、バッカじゃないの!!!???」
    (あれ?ナニ、この反応??)
    「それが初対面の女の子に言うセリフ!!???」
     プイと顔をそむけて、父親と母親の陰に隠れてしまった。
     父親は何とも言えない顔をしている。一方の母親はニコニコしている。
    「森尾く~~ん、随分手慣れているじゃないか、君は。余裕があるねえ?その余裕はいつまでもつかな~~?」
     どうも父親はキレているご様子だ。これは対応を間違えたらしい。
     
     道場に立った。
     源じいと向かい合って気づく。源じいの道着は白帯(しろおび)(有段者ではない、素人を表す)なのだ。
    「あれ?白帯なんですか?」
    「ああ。私はどっかに通ったことも試験を受けたこともないからねえ。」
    (あれ?さっき、『有段者扱い』って言ってなかったっけ?)
    「源じいのは、ご尊父から教わった我流なのだよ。我流というか、代々伝わってきた武道があるんだ、ウチには。」
     父親が教えてくれた。そういえば大川家は「武家」って言ってたっけ。
    (ウチ?この家にってこと??源じいの家系も代々この家に仕えているってこと??)
     いろいろ裏があるみたいだけど、詳しく聞いている時間はなさそうだ。要は「古武術」ってことか。まあ、流派とか分かったところで対策もクソもないくらいレベルの差があるんだろうけど。
    「構えんのか?」
     源じいが言った。
    (構え?そうか。どうしよう?久しぶり過ぎて忘れてしまった。)
     とりあえず、少林寺拳法の構えを取る。左手と左足を前に出し、中腰になり、足を肩幅に広げる。
    (たしか、こんな感じだった。)
    「ほう、そっちか」
     そういう源じいは構えない。手をだらりと下げ、棒立ちである。足は肩幅で半身にもならない。いわゆる「自然体」で突っ立っている。
    「さ、来い」
     誘ってきた。余裕である。まったく隙など見えない。いくらでも受けてやると言わんばかりだ。すさまじいプレッシャーを感じた。もう腹をくくるしかない。
    「行きます」
     源じいは私より頭一つ分くらい小さい。ここは体格を生かした技を狙う。源じいの道着を掴む。身体を思い切りぶつけ、自分の足を振り上げる。
     大外刈り。久しぶりでも割と覚えている技だ。
    「おいおい、その技は相手を崩さなきゃ、かからんだろ?」
     源じいの的確な指摘。その一瞬あとに、
    「こんなふうに」
     源じいが体をちょっとだけ動かすと、私の身体が大きく崩れる。「バランスを崩す」なんてレベルじゃない。体全体が1回転する。咄嗟とっさに顎を引き、肩で床に着地する。足の裏で下半身を着地させる。
    「ほう、受身はできるようじゃな」
     冗談じゃない。レベルが違い過ぎる。源じいは私の体を掴みもせず、ほんのわずかな体重移動だけで投げた。「合気(あいき)」というやつだ。しかも相当のレベルだ。
     私は前世のとき、受身だけは上手かった。身体は覚えているものだ。しかし、私でなければ首から落ちて大怪我をしているところだ。実に紙一重である。
    「おぬし、突き蹴りもできるんじゃろ?さあ、打ってこい」
     再度の挑発。いくらでも受けてやるという宣言である。あまりにレベルが違い過ぎる。しかし、ここで芋いもを引く(怖じ気づくこと)わけにはいかない。なにより、久しぶりに戦いを覚えて体が楽しくなっている。
    「では、胸をお借りします。失礼します!」
     左の順突じゅんづきから、連撃れんげき。右の逆突ぎゃくづきから前蹴り、左の回し蹴り、右の足刀そくとう。そして順突きからの猫手ねこて突き(フック)。すべて紙一重でひらりひらりとかわされる。半身はんみ、逆身ぎゃくみ、転身てんしんすべて源じいは自由自在だ。柳の枝のように揺れて無駄がない。手で軽く私の突き蹴りに触れる余裕すらある。
    「寸止すんどめしていたら、ワシには当たらん。打ち抜くつもりで来んかい!」
    (ならば!)
     奥の手を出した。右の下段回し蹴り。源じいは飛んでかわす。
    (よし!)
     振り抜いた右足が地に着いた刹那、それを軸にして勢いそのままに、左の上段後ろ廻しのかかと蹴りを狙う。これは初見ではかわせないはずだ。
     その瞬間に右の軸足が刈られた。何が起こったのか分からなかったが、体制を低くした源じいが、回転しながら私の右足を外から払ったらしい。まるでカンフー映画のようだった。
    (やべえ!!)
     この反撃は初めてだった。咄嗟に体を丸める。右の肩口から落ちて背中も強打した。一瞬息が詰まったが、なんとか持ち応えた。久しぶり過ぎて体がロクに動かないことを感じた。私では全く源じいの相手にはならない。
    「おぬし、まったく最近やっとらんのお…」
     明らかに源じいには見抜かれていた。
    「はい、お恥ずかしながら」
     肩で息をしながら答えた。これ以上やるというのなら、もう限界かもしれない。次は頭から落とされそうだ。
     源じいは私のそんな様子を見て、少し考えていた。
    「ご主人様、奥様、もう充分でしょう。この若者はけっこう使えます。これだけ力に差があるのに、ワシに気を遣っていますし、少なくとも悪い人間ではありません。それが分かっただけでも十分なのではないですか?」
     春華の父親と母親はハッとした様子だった。見入っていたらしい。
    「これ以上やると、多分、この若者は怪我をします」
     それはそうだ。間違いない。
    「あなた…」
    「う、うん。仕方ない。認めよう。源じいが認めたのなら、仕方がない。」
    (源じいへの信頼感、半端ないな。)
    「なら決まりですね。森尾さん、あなたが春華に話しをすることを親として許可します。存分にどうぞ」
     母親が宣言する。
    (やっぱり場を仕切るのは母親なんだ…。まあ、いい。ようやくだ。ここまで一人の人間に話しかけることが困難なことがこれまでにあっただろうか…)
    (*´Д`) 
     本当にくたびれた。

    9 失意

    「すごい、すごい。森尾君、あなた強いじゃない。源じいと互角なんて!」
     春華が興奮して話しかける。
    (冗談じゃない。あれが互角に見えたというのか?足元にも及んでないじゃないか。)
    「森尾君、君はなかなか見どころがある。久しぶりに稽古を付けたい相手に出会ったよ。」
     源じいが声をかけてくれる。光栄だ。
    「恐れ入ります。次はもっとお手やわらかにお願いします。」
     源じいがニヤッと笑う。そんな気はなさそうだ。やっぱり怖い。
    「さて、森尾君。君は春華に聞きたいことがあるんじゃないのかね?」
     父親が声をかけてきた。
    「もう、パパったら、そんなのあとでいいでしょ。まずはお食事会でしょ!」
    「お食事会?たしかにそろそろそういう時間だが…」
    「もう、パパったら全然気づかないのね。ママ、そのために、清さんに料理の支度を頼んでいたんでしょ?」
    「まあ、春華ったら、さすがね。」
    (この母親、わざとじゃないか?わざと春華に気づかせて、おだてているんじゃないか?)
     そんな感じがした。
    「さ、食堂に行くわよ。森尾さん、ついて来て」
    「あ、ちょっと。すいません、これだけ教えてください。あの…、春華さん、音楽は何かされていますか?」
     私はその質問をするためだけに、ここまで来た。
     その質問で全てがわかる。前世での妻、『あやか』はピアノが大好きで寝ても覚めてもピアノを弾いているような人だった。小さいときから習っていたピアノは彼女の一部、いや、ほぼすべてだったのだ。生まれ変わったと言っても絶対、音楽に何らかのかかわりはあるはず。そう私は思っていた。
    「音楽、ですか?う~~ん、私は聞く専門ですからねえ。最近はアニソンの〇〇(曲名)なんかが好きですね~~。あとはやっぱり〇〇(アイドルグループ)の××(曲名)がいいな~ってかんじですね~~。森尾さんはどういうの聞くんですか?」
     春華は無邪気に答えた。氷のような失望が私を襲った。
     ハ ズ レ だ。途中からちょくちょく違和感はあったが…。
     やはり間違いない。
     前世の妻ではない。
     間違いない。
     これまでの疲れが一気にどっと出てきた。全てが徒労に終わった、ということだ。
     むだだった、ということなのだ。
     ああ、俺はバカだった。またもやってしまったのだ。それは虚無感という言葉ではとても追いつかない。
    「申し訳ございませんでした!」
     大声を発した。皆が驚く。
    「大変、申し訳ない。私は勘違いをしていたようです。ここまでしていただいたのに、本当に申し訳ない。私の盛大な勘違いでございました。本当に申し訳ないです。」
     皆が呆気に取られている。
    「失礼ですが、これで私はお暇いとまさせていただきます。服は…、あとで、ここの番地を調べて郵送させていただきます。私の荷物は?母屋おもやの玄関ですか。ありがとうございます。直ちに取って退出します。」
     大股に道場を出る。その前に一礼して去る。
     恥ずかしかった。それこそ顔から火が出るくらい恥ずかしかった。あれだけのことをしていて、「勘違い」だと?ここまでの試されていた時間はなんだったのだ。私は、まるで道化どうけではないか。
     帰り道は実に遠かった。バスも電車の便もなかなかなくて、家に帰りついたのは夜だった。結局、見も知らない場所で、駅の方向も分からずに相当の距離を無駄に歩いた。ようやく家に帰った時、私の親は見慣れないワイシャツを着た私の服装を見て驚いた。
     服はクリーニングして、あの邸宅の住所を調べて、すぐに送付した。礼状(お詫びの文面を含む)も添えておいた。
     
     私はそれで、この件のことはもう終わりだと思っていた。皆が言うような、恥の多い「黒歴史」の一つとして他人には語らない過去の一つとするつもりだった。
     
     ところが異変が起きたのはその二か月後だった。

     

    第2章 お付き合い

    1 待ち伏せ

     5月ごろ、学校を終えて帰宅しようとすると、校門のところに麗子さんがいた。

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    ※そりゃあ驚くわ…


    「『校門での女子の待ち伏せ』。こんなシチュエーションもいいでしょ?」
    「え??春華さんのお母さん???」
    (女子じゃねーし)
    驚いたの、なんの。もう私は2か月前のことを忘れようと努めていたのだった。
    「あーら、心外。私の名前をまだ覚えてくれていないなんてね。」
    (覚えるわけないじゃないか。)
    「な、なんの用です?服なら返したはずですが。」
     この母親は曲者くせものだ。油断がならない。
    「麗子よ。大川麗子。覚えていて頂戴。さて、この2か月間、あなたのことを調べさせてもらったわ」
     微妙に質問に答えていない。
    「!?探偵でも雇ったんですか?」
    「いいえ、あなたのお母さんと、ここの山岳会の方たちに話を聞いたわ」
    (なんだ正攻法か…。確かに探偵を雇うまでもないなあ…。)
    「もうベラベラ色々喋ってくれたわよ~~。探偵なんていらなかったわねえ」
    (あの方たち……、『個人情報』なんて概念ないからなあ…。)
    「で、何かわかったんですか?」
    「いえ、むしろ聞きたいことだらけよ」
     麗子さんは話を続ける。なんでこんな私に構おうとするんだ、この人は?
    「あなた、なんで定時制高校に行っているの?中学校時代の成績はいいみたいだし、不登校でもない。ただ、1件の暴力事件を学校で起こしている。定時制なのはそれが原因?そして昼間は電気工事の会社でアルバイトしている。土日は仕事でなければ登山三昧。ちょっとヘンよね、あなた。普通の高校生活を送って大学に行くとか、そうこうことを目指しているんじゃないの?一体何がしたいの?あなたは?」
    (そこらへんから聞きたいのか?この間突然帰ったことじゃないのか…?)
     とにかく、この相手の質問に答える義理はない。私の正体を探ろうとしているのかわからないが、返答によっては、私にとって「なんらかのすごくよくない状況」になりそうな気配が実に濃厚だった。
    「……人の勝手でしょ…。詮索しないでください。」
    「あーら、防御力高いわね~~」
    「それに母や山岳会の皆さんに聞いたのなら、そのことも聞いているはずですが」
    「聞いたわよ、もちろん。『早く働いて、家計を楽にしてあげたい』ですってねえ?これ本当?」
    「それ以外何もないですよ…。それが全てですよ。」
    「嘘おっしゃい。あなたのお家、お父さんは市役所に勤めているし、お母様も元気でパートで働いてらっしゃる。そうそう困窮しているようには見えないんだけど?本当の目的は何?何があなたの目的なの?」
     暗くてよく見えないが、麗子さんの目が光ったように思えた。こちらの心の内を見透かそうとするような不気味な光だ。少なくとも私はそう感じた。
    「……お金持ちにはわかりませんよ…」
    「あら~、冷たいわね。いいの?恋人の母親にそんな態度を取って?」
    (恋人じゃねーし…)
     私にはこの時まだ麗子さんの狙いを計りかねていた。ただ、油断ならない相手として自分の心の内をさらすわけにはいかないと考えていた。
    「もういいですか?用がないなら帰りますよ。もう僕は疲れているんです。」
     実際、疲れていた。仕事してからの学校はけっこう大変なのだ。
    「いえ、これからが本題。あなたに、いいお知らせを持ってきたのよ」
     (本題を先に言ってくれ。)( ゚Д゚)
    「いい知らせ、ですか?」
    「そう、あなた、春華と今度の日曜日デートしなさい。」
     (は???????????意味がよくわからない。)

    画像
    ※こんな感じだったらしい。


    「これは春華の提案よ。仙台駅10時に集合よ。よろしくて?」
    (よろしくない。)
    「あいにく、今度の日曜は行きたい山がありましt…」
    「拒否は許しません!」
     母親がかぶせてきた。強い調子である。
    「……断ると、どうなるんです…?」
    「伸宏さんが、あなたを刺しに来ます。」
    (へあっ????!!!!!それは「物理的に」ってことですかい?
     なんでよ???)

    画像
    ※こんな感じ


     私の驚いた様子を見て、母親が続ける。
    「あなたがこの間、帰った後、本当に大変だったのよ。春華は『振られた~』といって泣きわめくし、伸宏さんはオロオロするし…」
     嗚呼ああ、眼に浮かぶようだ。別に『振った』というつもりもないんだが。
    「それから、伸宏さんすっかり物騒になっちゃって。一日一回はあなたの名前を呼んで『殺す、殺す』ってブツブツつぶやいているのよ~~。」
     語尾を伸ばして言うことじゃねえな…。
    「春華もね、何か考えているみたいなの。『私の魅力でメロメロにするんだ』って。『覚悟しなさい』って言っていたわ。そのことも伝えなきゃいけなかったわね」
    (デート誘うのに『覚悟しなさい』ってどういう状況なのよ??(*´Д`)
     悪いんだけど、どういうノリのご家庭なの?おたく?)
    「お察しの通り、伸宏さんは親バカでねえ…。娘が必死に努力しているのを裏切られて許す父親はいないわ。そして、母親もね。」
     麗子さんの目がまた光った気がした。これは「断れないやつ」――『強制イベント』というやつらしい。
     

    2 強制イベント

     仕方なく、仙台駅に行くことにした。10時に間に合うように。しかし、仙台駅は広い。とてつもなく広い。
    (どこに行ったらいいの???)
     あれ??麗子さん、この間「仙台駅」としか言ってなくないか?? まず、仙台駅にも東口と西口がある。場所としても改札なのか? 地下鉄なのか、地上なのか?駅ビル含め何階もあるし…。
     これ、誰かと会うのって、相当なムリゲーじゃね???
     人に聞いてみると、「待ち合わせ場所」として有名なのは「ステンドグラス前」だという。何度も人に聞きながら行ってみると…、
     い た。
     目立つ。明らかに目立つ。何がって格好が。
     ちょっと普段の生活では見ない格好をした女子がいた。明らかに春華であった。
     知り合いと思われたくないので、声をかけるのはためらわれたが、父親に刺されたくもない。私は意を決して声をかけることにした。
    「あの…、こんにちは。春華さん?…お久しぶりです。森尾です。」
    「あっ!!森尾君???」
    「あの、スイマセン、ちょっと遅れまして…。」
     実際、私はこの時、約束の時間から10分ほど遅れていた。
    「もう!!!女の子を待たせるなんて、なんて神経してるの!!???」
     春華さんはお冠かんむりだ。あんたの母親のせいだよ、とは口が裂けても言えない。
    「あら、あなた、今日は山に行くわけじゃないでしょ?」
    「こういう服しかもっていないんですよ…」
    (これでもまともな方の服を着てきたのだが。)
    「今日はデートでしょ?もうちょっと考えてよ~~。」
    (ドヤらないでいただいてもよろしいでしょうか?)
    「どう?私の今日のコーディネート?まずは会ったら、女の子のことを褒めるもんでしょ?」

    画像
    ※あくまでイメージです

    (少女マンガじゃないんだ。そんな男子、現実にはおらん。)
     その春華さんの当日の格好なんだが、理解に苦しむ。なぜかインナーにピンクのタートルのニットを着て、その上に黒いスカジャンを羽織り、黄色いチェックのミニスカートに黒い長めの二―ソックスを履いていた。そして不釣り合いなブランド物のバッグ。バッグは黒のシックな色合いだが、金具の部分がやけに大きい。全体として色味も趣味も全てバラバラだ。何がなんだか分からない……が、ニーソだけはちょっと可愛かった。足が細くて長いので、そこだけはなぜかかわいらしく感じる…。後で調べたら「絶対領域」というらしい。それはそのとき、私の性癖に刺さった。
    「あ、はい。…かわいい、です」
     途端に春華の顔が明るくなる。
    「やったーーー!!」
    「『かわいい』いただきました――――!!!」
     大きな歓声とともに、何処からか数名の女子が出てきた。
    「え???みんな??」
     春華が驚く。サプライズらしい。そしてどうやら、春華の学校の友達たちらしい。
    「私は、エミ」
    「私は、マリ」
    「私は、ユズキ」
    「私は、ハナ」
     4人はたしかそんなかんじの名前。どうでもいいのでうろおぼえである。あと自己紹介、要らん。
    「やったねー、ハルカ!!」
    「みんなで考えた甲斐があったねー」
    (そうか、アンタらのセンスか。私(オジサン)が言うのもなんだが、もうちょっといろいろ学び直したほうがいいぞ。)
    「さて、ユージンさん。今日はあなたに言いたいことがあります!」
     4人組の中の一人が言った(名前覚えていない)。
    「なんでしょう?」
     恐る恐る聞いてみる。
    「あんたさあ、ハルカを振るなんてどういうつもり???」
    (振ったつもりもないんだが。)
    「ハルカはねえ、天然で、ちょっとおバカなところもあるけど、すっごくいい子なの!」
    「え???私、そんな風に見られていたの??」
     春華が驚く。
    (知らなかったんかい。)
    「ちゃんと、ハルカのことを大事にしなさいよ。今日のためにハルカ、本当にいろいろ考えたんだから!」
    「そうよ、そうよ。もっと女の子のこと、大事にしなさい。」
    「わかった??ユージン」
    (呼び捨てにすんな。こっちは相当な年上なんだぞ)
     ただしオッサンなのである。
     ああ、苦手だ。こういう風な、女子の「吊し上げ」ってやつは。
     なんで、女子って「吊し上げ」が好きなんだろう?
    「わかりました。わかりました。皆さん。今日は、僕も春華さんにお話したいことがありますので、今日はこの辺にしていただけますか?」
     適当にいなす。
    「えーーっ???」
    「『話したいこと』??」
    「また『告白』???」
    「婚約とか???チョーやばいーーー!!」
    (黙れ。黙ってどっかに行ってくれ。この小娘ども。)

    画像
    ※こんな感じらしい

     とりあえず、穏便に4人のことを退散させたあと、春華が言った。
    「あの~、森尾君? よかったら、私も『ユージン』って呼んでいい…?」
    「へ?」
    「いや、みんな学校で森尾君のこと、そう呼ぶもんだから。私だけ『森尾君』はヘンかなあ…って」
     そう恥ずかしながら訊ねてくる春華は…、
     ああああああああ!クッソかわいい!!!!
     二度目の人生じゃなければ、迷いなくこの恋に私は猪突猛進して我を忘れていただろう。しかし、今はそういう時ではないのだ。中身オッサンの自分が高校生と付き合うとかマジでキモすぎる。
    「あ、ああ、お好きにどうぞ」
     この後のことを考えれば、そんな言葉を口にするべきではなかったが、ついその時は言ってしまった。
     すると、春華は、
    「じゃ、じゃあ、『ユージン』?」
     春華は躊躇ためらいながら、口にした。
    「は、恥ずかしいね」
     ああああああああ!クッソかわいい!!!!(本日2度目)
     落ち着け、落ち着くんだ。俺の理性。
    『まだ あわてるような時間じゃない』

    画像
    ※こんな感じらしい

    3 説得

    「恥ずかしかったら、別になんでもいいですよ」
     努めて冷静に振る舞う。
    「そ、それで、今日はどこ行く? 買い物? 映画?それとも動物園?」
     春華が嬉々として話しかける。
    「いえ、ちょっと、その前に確認したいことがあります。いいですか?」
     私はさっきから二人の気配に気づいていた。というかチラチラ姿が見えていたのである。
    「伸宏さん、源さん。出てきていいですよ」
     声をかけると、観念して、二人が出てきた。
     バツが悪そうな顔をしている。
    「だから、ご主人。バレるっていったじゃないですか…」
     源じいがぼやいている。どうやら尾行は達人クラスではないようだ。
    「え?パパ?源じい???なんでいるの??」
    「春華さんを心配してついてきたんですよ。やっぱりなあ」
    「だって、心配で…」
     伸宏さんが情けなく話す。
    「えーっと、伸宏さん? 一応聞きますけど、今日は刃物とか持ってきてないですよね?」
    「い…いや。そんなわけないじゃないか…」
     明らかに狼狽えていた。
    「銃刀法違反になりますよ、ソレ」
     カマをかけると、とたんに勢いがよくなった。
    「ハーハッハ!!ブゥワーカ!!刃渡り15㎝以下の包丁は『明確な理由』があれば、銃刀法違反にはならんのだよお~~~!!バーカ、バーカ!!」
    (持っているんかい…。まあ、いいや。)
    「それと」
     今度は春華のバッグを指さす。
    「ちょっとそれを貸していただけますか?」
     春華の手から、ブランドバッグを受け取り、金具に向かってしゃべる。
    「麗子さん、聞こえてますか?麗子さんもこっちに来てください」
    「え?どういうこと?」
     春華が呆気に取られて聞いてくる。
    「これ、多分、盗聴器と発信機、あと隠しカメラが仕込んであります。尾行はバレると踏んで、麗子さんは少し離れた場所からモニタリングしているんだと思います。」

     近くに喫茶店を見つけて、場を設けた。
     私と春華と伸宏さん、源じい、一番遅れてきたのが麗子さんである。
    「なかなか察しがいいわね」
     麗子さんはなぜか満足げな笑顔で言った。
    「なんで? ママ、発信機なんか…」
    「娘を思うのは親として当然のこと。なにかおかしい?」
    「そ、それもそうね。」
     春華はあっさり押し切られた。
    (普通じゃないぞ、ソレ。)
    「そうだよ、ママの言うことは聞きなさい」
     伸宏さんはすかさずフォローする。
    (なんなんこの家族? まあ、いいや、話をはじめよう。)
    「さて、みなさん、お揃いになったところで、聞いていただきたいことがあります。
     まず、先日は突然の退出、失礼しました。
     わたしの昔の知り合いに春華さんが似ていると思ったのですが、全くの勘違いでした。
     それで、大変恥ずかしくなり大急ぎで退出した次第です。
     そのために、多少の混乱があったとするならば、大変申し訳ない。この場を借りてお詫びします。
     そして、今回、このように二人でお出かけをする、つまり『デート』という機会を春華さんにご提案いただいたわけですが、『デート』というものは、本来、好意を寄せあう者同士がお互いの好みを探り合い、行先やコンセプトなどすり合わせを行って行き先を決めるものです。」
     ここまで喋ったところで、伸宏さんと麗子さんは深くうなづいている。
    (そりゃそうだよね。)
    「しかるに、私と春華さんの間には、まだそのような関係は醸成されておりません。春華さんも目を覚まして欲しいのです。良―く考えてみてください。私は大してイケメンでもないし、高身長でもないし、家柄も普通です。学歴もありません。なにしろ、定時制高校ですよ。大学など行けません。家は名家でも旧家でもありませんし、そうそう将来性があるわけでもありません。たまたまこの間、アクシデントがあって、関わる機会があったというだけです。世の中に男性は私一人じゃありません。もっと素晴らしい男性は他にいるんですから、私のようなフツーの人間など相手にするべきではないのです。たまたま女子校暮らしが長いから男性に免疫がないだけなんです。目を覚まして! 他にもっと高収入、高学歴、高身長、よい家柄の男性を求めるべきです。その方が、親御さんもきっと安心なさいます。」
     わたしの口上こうじょうは長かった。けっこう事前に考えておいたのだ。もう正攻法で、春華さんには諦めてもらうしかないと考えていた。春華さんは女子校で男子に免疫がないだけなのだ。「恋に恋するお年頃」なのだ。それでたまたま関わった相手に熱を上げているだけなのだ。若さゆえの気の迷いに過ぎない。
     私は必死に説得した。

    4 暴走機関車は止まらない

     伸宏さんは深く頷いている。…麗子さんは微妙だ。顔色一つ変えない。
    「でも、けっこういないもんよ。めぼしいところはだいたい調べたんだけれど。」
     麗子さんが突然口を挟んだ。
    (調べたんかい!!!???)
     それにはさすがに驚いた。
    「少なくとも、源じいと渡り合えそうなレベルの子はなかなかねえ…」
    (そりゃあ、いないでしょうよ。私だってたまたまあの時は受け身がうまくいっただけなんだから…)
    「そこを基準にしたら、あかんと思います」
    「あら、そこが一番大事じゃない。いざというとき春華を守ってもらわないといけないんだから」
     しれっと麗子さんが言う。そういう観点なのか。このままだと、この家のお婿さん探しは格闘家を候補に選べばいいじゃん……、などと考えていた。
     そのあいだ、春華はこっちの話を聞いているのか聴いていないのかわからないが、じっとしている。そのうち、肩を震わしはじめた。
    マズイ!
    「じゃあ、ユージンは、私とデートできないってこと……?」
     泣きそうだ。伸宏さんが立ち上った。
    「キ、キサマ!春華を泣かしたな!!!殺す!!殺してやる!!!」
    「旦那様、落ち着いてくだせえ!!」
     源じいが必死で止める。源じいを連れてきたのは正解だった。
    「落ち着いてください、伸宏さん。さっきから店員がこっちを見ていますよ。ただでさえ私たちは目立つ集団なんだ。通報されますよ?」
     いちおう、警告する。大騒ぎになるのは非常にマズイ。
     伸宏さんが我に返って、腰を下ろす。
     一息、呼吸を入れて、私は春華に話しかける。
    「そうです。デートはできません。私と春華さんはそもそもそういう関係ではありませんし、今後もそうならない方がいいと思います。私みたいなフツーの、むしろ並以下のレベルの人間と関わっちゃいけない。生きている世界が違う。これから大人になるにつれて、そういうことがどんどんわかってくるはずです。」
     だが、春華は言うことを聞きやしない。なかなか頑固だ。そういうところは前妻に似ている。
    「私のこと『かわいい』って言ったクセに…」
    「一般論です。春華さんは美人だし、誰が見ても『かわいい』方の部類(グループ)に入ります。そういう感想を抱くのは私だけではないです。だからこそ、もっと自分を大事にして、自分にふさわしい、レベルの高い相手とお付き合いするべきです。その方が、ゆくゆくは幸せになれるはずです。」
     一応、必死に説得した。その方がいいに決まっている。
     春華の様子を見かねた伸宏さんが口を挟む。
    「あのさ、言いたくないんだけど、春華は森尾君に…」
     ガシッ!!
     その瞬間、隣に座っている麗子さんの裏拳が目にもとまらぬ速さで、伸宏さんの口元に入る。
    「ブエホゥ!!  ……な、なにをするの!麗子さん!!???」
    「言いたくないのなら、言わなくて結構です。それに、まだ、それを言うのは早い!おだまりなさい!」
     厳しい口調である。
    (何を言おうとしたんだろう?なんかの打ち合わせとかしていたんだろうか、この夫婦は?)
    つづけて、麗子さんが口を開く。
    「では、こうしまsy」
    「ストーーーップ!!」
     私は必死に止めた。
    「はい?」
    「麗子さんはちょっと待ってください。
     また何か企んでいるでしょう!!??
    『私にとっては不利な提案』をしてきそうな、
    そんな雰囲気をビンビンに感じますよ!」
    「企むなんて、人聞きの悪い。私は面白ければなんでもいいんですよ?」
    (今『面白ければ』って言った???本音を出したか?何を狙っているんだ、この人は、怖いなあ…もう。)
    「今は春華さんの気持ちが一番大事でしょう?春華さんにしっかり考えさせてあげましょうよ。私は自分の考えられる限りの提案をしました。大事なのはそのうえで春華さんがどう考えるか、です。私は春華さんの考えたことなら受け入れますが、麗子さんの提案を受け入れる気はありませんよ!」
     我ながら、非情な提案をしたということは分かっている。仮に春華さんの気持ちが私にあったとしてもそれはなるべくつき離しておきたい。私は前世の妻でなければ用はないし、できればそれまでは一人でいたかった。何より、世間知らずの女子高生をたぶらかしたくはなかったのである。
     何しろ、中身はオッサンなのだ。オッサンが若い子をたぶらかすほど醜悪なものはこの世にはない。
     春華さんの答えを一同は、少し待った。
     春華はしばらく黙っていた。みんなが固唾かたずをのんで春華の動向を待つ。
    (早くしてくれ。早くしないと、また麗子さんがこの場をおかしな方向に持って行ってしまう…。)
     私は心中、焦っていた。
    「わかった。じゃあ、今日は、デートはしない。」
     ほっとした。安堵した。
    (よかった。これで一人の未来ある若者を救えたわけだ。)
    「かわりに、ユージン!来週、あなたの実家に私を連れて行きなさい!」
    (はあああああああああああああああ?????なんでそうなる??)
    「次は『ご実家訪問イベント』よ!」
    (はあああああああああああああああ?????何ソレ???どっからそんなネタを仕込んでいるわけ???)
    「まあ、さすが春華ね。私もそれを提案しようと思っていたのよ」
    (麗子さん、アンタ…そんなやっすいアイデアを…???)
    「エっヘン、すごいでしょ?ユキに教わったのを覚えていたのよ!」
    (ユキって、さっきの一人…??だっけ?名前覚えていないけど…。くっだらねーこと吹き込みやがる…。)
     そうか、今日の格好も。いろいろ吹き込まれたのを詰め合わせて、あのバラバラなシュミの格好だったわけかあ…(*´Д`)
    「じゃあ、ユージン!仕切り直しよ!来週の10時!私を迎えに来なさい」
     断ることは無理そうだ。この勢いは止められそうにない。それにしてもなんなんこの子?
     これが、若さか…。気が遠くなるような思いだった。

    画像
    ※こんな感じだったらしい

     呆気に取られていると、またも春華が口を開いた。
    「ユージンは、…好きな人がいるわけ?」
     正直に、誠実に答えようと思った。
    「いや、(今のところ、現世では)いない。だから、(元妻を)探している」
     という意味で答えた。すると、
    「じゃあ、私が、『第一候補』だね!」
     春華がドヤった。
    (いやいや、違う。アンタは転生者じゃない。アンタじゃないんだ。俺が探しているのは…。)
     伸宏さんが近寄ってきた。肩に手を置いて、耳元で囁く。
    「娘を…よろしく頼むよ…。」
    (よろしく頼まれてたまるか。伸宏サン、言っていないけど、俺はアンタより多分年上だぞ。たぶん、源じいの方に年齢は近いからな。俺は、どっちかというと、「保護者」ポジションなんだからな。)
    「パパ、どうしたの?」
    「いやあ、なんでもないさ」
    「もう、ユージンのこと『刺す』とか言っちゃダメだよ」
    (娘の前でも言ってたんかい(*´Д`))
    「大丈夫だよ、もう。…パパは…大丈夫」
    伸宏さんは明らかに元気がない。麗子さんと源じいは満足そうにとてもニコニコしている。
    「さあ、みんな帰りましょう!仕切り直しよ」
    (なぜかこういう時に仕切るのは春華なんだな)
     結局、私の都合などお構いなしに、またも来週の予定が決められてしまった。
    (仕方がない。もう、保護者ポジションで彼女が飽きるのを待つしかないのか…。)
     説得は無理そうだ。恋する乙女はまるで暴走機関車だ。
     止められない。それだけは確かなようだ。

    5 ご実家訪問イベント(お迎え編)

     こうして次の週も私の山行は潰れた。
     『やんぬるかな』(仕方のないことだなあ)である。
     電車やバスの時間などを調べると、指定された通り彼女の家に10時に到着するというのは難しそうだった。
     なにしろ、田舎である。私の家から始発の電車で出ても10時には間に合いそうにない。時間を変更してもらうと思ったが、連絡先も聞いていない。とはいえ、遅れると物理的な『命の危険』(=父親に刺される)すらある。仕方なく、前日に最寄り駅についてその駅舎で野営をすることにした。無人駅だし、問題ないだろう。よくやっていることだし。山に行くわけでもないからテントやエマージェンシーキットやら山登り特有の荷物は少なくて済む。シェラフとマットと、食料とでなんとかなるだろう。
     自分の家族には前日、お客さんを連れてくることを話した。私の家族については後で説明するが、母親はすでに麗子さんと会っているので、
    「えーーーーっ!!!ついにあのお嬢さん連れてくるのーーー???」
    と、大はしゃぎだった。
     父親は突然のことで呆然としていた。
     何がなんだかわからないという顔だ。
     うちの弟は、
    「えーーーーっ????おにいの彼女????ついに???」
    と、はしゃいでいる。
    「彼女ではない」を説明するのが大変だったが、うまく伝わっている気がしない。
     まあ、うちの弟にはどうせ何を言っても無駄なのだから、途中で放っておくことにした。
     とにかく午後、到着するだろうから、食事の支度だけは頼んだ。多分、順調にいってもお昼は過ぎるだろう、と伝えておいた。
     
     さて、そのように準備して、私はなんとか時間通り10時前には大川家の屋敷の前に着いた。
     源じいと清さんが庭先で掃除している。助かった。迂闊に建物に近づくと警報装置が鳴ってしまうところだった。
    「お待ちしてました。森尾さん」
    「あらあら、久しぶりねえ。この間、仙台でみんなと会っていたんでしょ?私、車を運転していて会えなくて、ざんねんだったわあ~~」
    (やっぱり車を運転していたのは清さんだったか)
     とにかく、清さんはおしゃべりなようで、色々話しかけてくるので参る。時間があればゆっくり対応したいところだが、今はちょっとキリがない…すまない。
    「それでは、こちらへ。」
     源じいに案内されて玄関に向かう。
    「どうぞ、お開けください」
    (?私が開けるの?こういう時って使用人が先に入って家人に取り次ぐもんじゃないのか?)
     違和感があったが、ともかく扉を開けると、式台に座布団を敷いて春華が座っていた。
     私を見つけると、ぴょん!と立ち上がって、
    「おはよう!ユージン!見てみて。今日の格好、どう?」
    とくるりと目の前で回った。
     前回のように奇抜な恰好はしていなかった。上品な茶色系(やや明るめ)のチェックのワンピース姿だった。髪は結ばずにおろして、サラサラの長い髪が私の目の前で揺れた。普通に「お嬢様」の格好だった。

    画像
    ※あくまでイメージです

    「あの…、ちょっといいですか?」
     私は扉を閉めた。
     ああああああああ!クッソかわいい!!!!(久しぶり)
     素材は良いと思っていたが、まさかこれほどとは!!!落ち着け、落ち着くんだ。俺の理性。
     素数だ、素数を数えるんだ。1、3、5、7…

    画像
    ※ブッチさん


     うっ潰したまま、手に地をついて、しばらく足をバタバタさせていた。
    肩で息をした。呼吸が収まるのを待つ。
     視線を感じて、ふと上を見あげると、二階から伸宏さんと麗子さんがニヤニヤしながら見ている。近くでは源じい、清さんもニコニコしていた。そして、なにより、さっき締めたはずの扉を春華が開けている。
     春華も私の様子を見ていた。
    「ユージン、具合でも悪いの?」
    「いや、何でもない…です。ここまで歩いてきたから、少し疲れていただけで…」
    (嘘です。全く疲れていません)
    「わかった~~~。私の魅力にドキドキしていたんでしょう~~」
     春華がニヤニヤしながら言ってくる。ドヤ顔うぜえ。
    「……まあ、正直に言えば、そうです。……あまりに可愛すぎて、つい…」
     その瞬間、春華が茹でダコのように真っ赤になった。
    「もう!!!ユージンったら、そういうところが!!そういうところが!!!」
     いきなり叩いてきた。肩口を何度も叩かれる。たまらず、身をかわす。そこで春華も気づく。
    「あれ?ユージン、なに、その荷物?」
     私の大きなリュックに気づいたようだ。
    「ああ、これ?いや、近くの駅で泊まってきて…」
    「え?泊まった?なんで?」
    (そうだ、説明しなきゃいけない。ここまで来るのに朝出ては間に合わないこと。そして今から私の家まで来たら、今日中に帰ってこれないことを。この田舎の交通の不便さを。その対策を立てなきゃいけないことを)
    「ユージンはアウトドア大好きなんだね。まあ、いいや、行こう!レッツゴー!!!」
     見ると、春華は軽装だった。ハンドバッグ一つしか持っていない。
    「ちょ、ちょっといいですか?」
    「なに?」
     春華がこっちを振り向いた。胸に不釣り合いな大きなブローチを付けている。
    「春華さん、そのブローチ…?」
    「ああ、これ?ママがもたせてくれたの。大事なものなんだって」
    (まーた、盗聴器と発信機とカメラかよ!懲りねえなあ、あの母親は。しかも、この娘も気づかんのか?)
     軽く眩暈がしたが、まあいい。身の潔白を証明するにはこういうのがあったほうが好都合だろう。
    「あの、春華さんね、それでね…」
     もう、そこに春華さんの姿はなかった。
    「ユージン、なにしてるの?早くいこうよ!!」
     もう門のところまで行っている。早い。
    (仕方ない。春華さんの帰りの足はあとで大川家に迎えに来てもらおう。『迎えに来い』とは言われたが、帰りまで『送り届けろ』とは言われていないわけだし。)
     仕方なく、その件は後回しにすることにした。
     

    6 ご実家訪問イベント(道中回想編)

    「それで、ユージン。どうするの?どうやってユージンの家まで行くの?ユージンの車は?」
    「……私、いま高校生ですよ。あるわけないでしょう…?」
    「あ、そうか! ……じゃあ、電車とかバスとかで行きましょう!」
    「車を源じいに出してもらうわけにはいかないんですか…?」
    (その方が、帰りも手っ取り早いのだが…)
    「二人で行くから楽しいんでしょ!」
    (そうか、そういうもんなのか?)
    「で、どっち?駅は?」
    「あっちですけど…」
     南の方を指さす。
    「あっちね、分かった!確か以前に見たことあるわ!行きましょう!」
    「あ、ちょっ、ちょっと。東に10分も行けばバス停があります。15分も待てば、バスが来ますから。そっちにしません?」
    「25分も待てないわ。大丈夫、体力には自信があるんだから。私、バレー部なのよ!歩いた方が早いでしょ?」
     もう、南にずんずん歩きだしている。
    (本当に、人の話を聞かない子だなあ…)
     (*´Д`)
     仕方なく付き合うことにする。
     途中に菜の花畑があった。

    画像
    ※こんなイメージかな…?


     季節は春だ。ちょうど、菜の花が一斉に咲いていた。来るときも見たのだが、一面の菜の花畑は地面が黄色に埋まっていて、よく晴れた青空と遠くの山々をバックに実に気持ちがいい。
     まるで、春華はこの菜の花のようだと思った。
     前世の時、妻と一緒に菜の花畑を見に行った時のことを思い出した。
     春華は私の前をずんずん歩いている。嬉々として歩くその姿を見ていると、思う。
    (もし俺が2回目の人生でなけりゃ、全力でアタックしているんだろうなあ…。)
     確か、前の妻と付き合い始めたころ、私は初めての彼女というものに舞い上がってしまい、毎日のように「将来、絶対結婚しようね」と猛烈なラブコールを送っていた気がする。赤面するくらい恥ずかしい思い出だが、それが当時は当たり前だと思っていた。そのくらいしか愛情表現の仕方が分からなかったのかもしれない。そういうのは「重い」と言って女性から引かれることもあるのだということを後から知った。しかし、当時の私は実際に妻と結婚するつもりでいたし、彼女も嫌がっていなかった。むしろ毎回嬉しそうに聞いていたし、私達の場合はそれで問題がなかったような気がする。実際、大学を出て間もなく私たちは結婚した。親への挨拶もまったく物怖じせず、「結婚しますから」で押し切った気がする。実に若かった。20代の初め頃の話だ。
     もうああいう勢いは決してもう出せない。春華が「引く」タイプか「嬉しがる」タイプなのか分からないが、私は多分、前の妻とそういうところでも、いや、あらゆるところで春華を比べてしまうだろう。いや、春華をその比較に載せることすらおこがましい。私は何度も言うが、中身がオッサンなのだから。たぶん、60近いくらいのオッサンなのだから。保護者として春華とは接しなくてはいけない。恋に恋する年頃の娘を温かく見守ることが必要なのだ。そのうち、春華にふさわしい男性がきっと現れるに違いない。あれだけの美人なのだから。それにまだ、私だってかつての妻に会える可能性がなくなったわけではないのだ。 

    7 ご実家訪問イベント(会話編)

     一時間後、春華はくたびれてきたようだ…。
    「ねえ、ユージン…、まだ着かないの…?」
    「あと一時間くらいですかねえ。ペース落ちてますし、もっとかかるかもしれませんよ?」
    「これ、歩いたの?アナタ…?」
    「ええ、朝はバスも動いてなかったですし」
    「……もしかして、バスの方が早かった…?」
    「ええ、バスなら10分くらいで着いたはずです」
    「え???さっき25分って言ってなかった……?」
    「家から10分。待って15分。駅まで10分です。合計で35分。そんなところですよ。歩けば2時間程度です。最後まで話を聞かなかったのは春華さんですよ?」
    「そうね、確かに、聞かなかったわ…」
    (今頃気付いたか…。)
    (*´Д`)
    「ねえ、やっぱりバスに乗らない?」
    「こっちのルートはバスは通らないんですよ」
    「ええ~~~???なんで???」
    「決められたルートを走るのがバスというものだからです」
    「……そ、そうなの??」
    (これだから世間知らずのお嬢さんはなあ…。この分だと電車の乗り方も分からないわけか…)
    「どうします?公衆電話とか探して、源さんに迎えに来てもらいますか?」
    「私、家の電話番号とか知らないもん…」
    (え?今、なんか言ったか?家の番号知らない、とか……???えええ??どうやって生きてるの、この子?これが「お嬢さま」ってやつなの???)
    心中、すっごく驚いた。
    「それに…、いいわよ…。歩く!」
    「はいはい、がんばってくださいね、バレー部さん」
    「ところで、ユージンさ~~、」
    「はい?」
    「敬語、止やめない?うちら、タメなんだしさ。」
    (ああ~~気づいたか、そのくらいは。やっぱりなあ。心の距離を取っておきたかったんだが…)
    「そのうち、取れてきますよ。だって私たち、これで会って3回目ですよ?」
    「そうだっけ? じゃあ、逆に私も敬語じゃないと、ダメ?」
    「別に。お好きにどうぞ。私は気にしません」
    「じゃあ、もっと話しましょう。私、ユージンの敬語、取りたい」
    (うわああ、前向きだなあ。わっかいなあ…。)
    「ユージンって、いつもこのくらい歩くの?」
    「そうですね~。一回山に登ると2~3時間登るのは普通ですし、ひどいときは8~9時間くらいは歩いてたりしますね。しかも山道を。だからこんな平坦な道は歩きやすくていいじゃないですか」
    「え~~~????距離にすると何キロくらい歩くの?」
    「登りだと時速2キロくらいになりますから16キロとか18キロとかそのくらい歩いていますかね」
    「ユージンってタフねえ」
    「でも、山岳会のおじいさんたちもみんなそのくらいは歩きますよ。おばあさんもいますし」
    「ええ~~??信じられない世界だわ…」
     そんな風に話していると、春華は気が紛れて、歩きやすいようであった。
    「ところで、ユージンはなんで山に登っているの?」
    「え?なんで…って? ……例えば、ジョージ・マロニーって有名な登山家は『そこに山があるからさ』って言ったみたいですよ?」
    「誰それ? ユージンのこと聞いてるんだけど?」
    (『山に登る理由』か……。昔はなんか色々考えていたけど、最近はただただ習慣化しているしなあ…。中毒みたいにひたすら「あっち登ろう」「こっち登ろう」って思っているだけだし…)
    何と答えたらいいものか…?
    「山に登るって、ひたすらつらかったり、苦しかったり、危なかったりするんですけど、その先に何とも言えない達成感があるんですよ。苦しければ苦しいほど、やり遂げた…っていうか。美しい景色が見えたりとか、そんなご褒美もあって。そんな感じですかねえ…」
    うまく説明できたが、わからないが、そんな感じのことを話した。
    「で、今までどんな山に登ったことあるの?」
    その質問で、私の口が止まらなくなった。(以下略)
     

    8 ご実家訪問イベント(生粋のお嬢様)

     話しているうちに、駅に着いた。
    「着いた~~!! でも、話しているとあっという間だね!!」
    「そうですね。……あと、30分くらいで電車が来るみたいです」
     時刻表を見ながら言った。この路線は一日に3~4本くらいしか来ない。もし仮に大川家の最寄りのバス停から乗ったとしても、2時間程度は待つことになる。そういうこともお嬢様は想像できなかったらしい。田舎は厳しいのだ。
    「ええ~~????そんなに待つの???」
     案の定、不満を漏らしている。
    「時刻表通りに走るのが、電車というものですから」
    「わかってるわよ!!! バカにしないでよ! あ~~、私のこと、『世間知らずのお嬢様』だと思っているでしょ?」
    「御明察。さすが勘がよろしいことで」
    「ふふん! まあね!」
    (チョロい…。かわいいな、この子。)
    「で? ユージンの家まではあとどのくらいなの?」
    「乗り換えも含めて、1時間半くらいです。」
    「『ノリカエ』?? 『ノリカエ』ってなに??」
    「……直接、次の電車一本でうちの近くの駅まで行かないんですよ。途中の駅で違う電車に乗り換えるってことです。そこは待ち時間がほとんどないように、計算されてますから。すぐ次の列車に乗れますよ」
    「へー、世の中にはそういうのがあるんだ…(感心)。ユージンの家って不便なところにあるわねえ」
    (うちは君の家と違って駅から歩いて10分なんだが)
    「っていうか、今お昼くらいじゃない?」
    「そうですね、12時を少し回ったくらいですね」
    「え~~~????ユージンの家でお昼をごちそうになる予定だったのに~~~」
    「春華さんの家から私の家まで、クルマで行けば、そのくらいでしょうね。」
    「だから、行くときに『源じいにクルマ出してもらわないのか』って言ってたの??」
    「そういうことなんですが…。逆にどういうのを春華さんはイメージしてたんですか…?」
    「…いや~~ユージンの車に乗ってドライブとか、もしくはちょっと歩いて、電車にのってとか…そんな感じのことを…(モゴモゴ)…」
    (はあ~~やっぱり、そんなもんか…)
    ため息が漏れた…。
    「あ!呆れてる!!」
    「鋭いですね、さすがだ」
    「だから、ユージン、そのリュックなわけ??」
    「そうですよ。今朝の10時に春華さんちに着くには前日のうちにこっちに来てなきゃいけなかったもんで」
    「電車もバスもないから?」
    「そういうことです」
     多少「皮肉」のニュアンスを込めたつもりだったが、お嬢様は気付いていないようだ。
    「ユージン、私のためにそこまで…」(ジ~~ン)
     感動している。どうやら、逆効果だったようだ。「こっちは刺されるのが嫌だから来たんだよ」とは口が裂けても言えなかった。
    「なら、言ってくれればよかったのに」
    「私、春華さんの連絡先、知らないんですよ…。どうしろって言うんですか?」
    「あ、怒った~~~。怒るのイヤ…」
     泣きそうになっている、ヤバい!ブローチの盗聴器でバレる!!殺される、物理的に。
    「いえ、別に。怒ってません。大丈夫です。春華さんに会うためなんですから」
    とたんに笑顔になっている。実にチョロいな、この子。大丈夫か?
    (ん?今、私、なにか余計なことを言ったかな?)
    少し引っ掛かかるものを感じた。
    「え~~~????ユージンったら、またそういうこと言う~~~???」
    春華がやたらにニヤニヤしている。
    「でも、連絡先だったら、ユージンのお母さんが知っているはずよ。だってママ、昨日ユージンのお母さんと電話してたもん。ユージン、張り切って出かけたって言ってたわよ」
    (はあああああああああああああああ?????聞いていなんですが!!!!???)
     そういや、そうだった。ぬかった…。以前に会っているんだ、あの二人。
    よーく考えれば、『迎えに来て』とは言われたけど、うちの親に車を出してもらえばよかった話かもしれん。『私一人で』という条件はなかったはずだ。うちの親にはかなり負担をかけてしまうが、前泊して、この世間知らずのお嬢様を何時間もかけて連れてくるよりは数段マシだったはずだ。
     私は何十年生きていて、一体、何を…。
     久しぶりに自分に対する深い深い慙愧ざんきの念が襲った。要は「ひどく落ち込んだ」のである。
    「どうかしたの?ユージン」
     春華は何も知らずに、ニコニコしている。
     電車が来た。春華はもちろん、ワンマンカーの乗り方も知らないので、教えてあげた。ボタンを押してドアを開けることや、乗車券の取り方を。お腹が空いたというので、持っていた乾パンとか黒糖などの行動食を分けてあげた。乾パンは初めて見たらしく、感動していた。飲み物も生憎、水しかないのだが、分けてあげた。春華は「ジュースが飲みたい」とブーブー言っていたが、田舎の駅には自販機すらないのだ。まあ、その辺は想定内だった。お嬢様にはしばし我慢してもらうほかない。割とまともな食事は昨日の夜と、今朝とで食べてしまっていた。それにしても、春華が電車賃すら持ってきていないのは笑えた。生粋きっすいのお嬢様は現金を持たないっていう都市伝説は本当だったらしい。
     春華は必死に「部屋に忘れた」と主張していたが。
    (はいはい。
     じゃあ、一体、何の準備をしていたんだ?この子は。)
    (*´Д`)
     

    9 ご実家訪問イベント(到着編)

     そして、ようやく私の家の最寄り駅に着いた。
     もう春華は疲れ切っていたし、さらにお腹もすいたらしく、だいぶ不機嫌になっていた。
    「やっと、着いたの…?で、ここから、ユージンの家までどのくらい歩くの…??2時間…?それとも3時間…?」
    「?うちはここから10分もかからないですよ」
     あの、驚きとも落胆ともつかない春華の顔はまさに「作画崩壊」の顔だった(笑)
    「私の家って、ユージンの家より田舎だったの…?」
    「庶民はみんな駅の近くに住みたがるものなんです。そんなことより、うちは春華さんの家より、かなり小さいから、そっちであまり驚かないでくださいね。(うちの家族がショックをうけますから)」
    「わかっているわよ、庶民の家の広さくらいは。そんな失礼なことしないわ。大丈夫よ」
    (すでに失礼なんだが)
     生粋のお嬢様というものは、常識のネジが外れていて、庶民には理解しがたい。しかし、もう、ここまで来てしまったのだ。どうにも仕方がない。
     家のドアを開ける。
    「ただいま」
     待ちかねていた、父親と母親がすぐに出迎える。
    「あらあら、いらっしゃい!!こんにちは、はじめまして。ようやく会えたわね~~。ユージンの母の春子(ハルコ)です。春華さんとは「春」つながりね~~」
    (なんだそりゃ)
    「初めまして、|お母様《・・・》。宮城県仙台市青葉区の清華せいか学園高校3年 大川春華です。これからも|お付き合い《・・・・・》のほどよろしくお願いいたします」
    (学校名初めて聞いたな……。なんだハルカさん、普通に喋れるじゃないか…???……え??つーか、今なんつった???)
    「あらやだ、『お母様』なんて、ほんっとうれしいわ~~。私こそよろしくね~~。うちは娘がいないから、春華さんが来てくれて、本当にうれしいわ~~」
    (ちょちょちょちょ×10。ちょっと待て、何かいろいろ前提条件が違わないか???)
    「父親の雄哉(ゆうや)と申します。この度はわざわざ遠いところまでお越しいただき、ありがとうございます。不肖の息子ですが、何卒宜しくお願い致します。」
    (『不肖』ってアンタが言うな!!子どもの方が謙遜して言う言葉じゃ!!!)
    「あら、『雄哉さん』なんて格好いいお名前ですこと」
    「いやあ、名前だけで…」
    (デレデレすんな、キショいんじゃ、オッサンが!)
     すまん、お父、あなたのことは大好きだが、今のは結構キモかった…。
    俺も周りから見たら、こうなるわけか…だいぶ気をつけないといけないなあ…。
    「あと、弟さんがいらっしゃるとか…」
     春華が言うと同時に階段から弟が駆けるように降りて来た。
    「おにい!来たの???」
     

    画像
    ※あくまでイメージです

    ボブカットで、ダボダボのパーカーを上着に、ショートパンツを履いた弟が来た。いつも通りの格好だ。
    「わあーー!もっさい・・・・にいにいがすっごい美人さん連れてきた!!」
    「『もっさい』は余計だ(怒)」
    「え???女の子??弟さんじゃなかったの??」
    「いや、そいつ、弟なんです…よく間違えられますが、弟なんです。」
    「にいにい!『そいつ』って言わないで!!『クルミ』って呼んで!それに『妹』だよ!」
    「はいはい、悪かったよ、クルミ」
    「…弟…さん??」
    「んー…、驚かないでくださいね…。クルミは、本名は「来る人」と書いて、「来人」(らいと)って名前なんだけど、生まれたときから自分を女の子だと思っていて、「来る」に「美しい」で「来美」(くるみ)ってうちら家族には呼ばせているんですよ。こんなんだから、幼稚園の頃からイジメられてて、学校には行っていないんだ。本来なら、中学3年生なんだけど…」
    「あらためて紹介されると、へこむなあ…そのとおりなんだけど…」
     クルミは落ち込んだ様子だった。
     ちょっと込み入った事情があり、説明が必要になる弟だ。しかし、出てきた以上は春華にも話さざるを得ない。クルミは「性同一性障害」というやつだった。まさか転生先でここまでガチなタイプが肉親になるとは思いもしなかった。田舎だから、余計に好奇の目で弟は見られていた。見た目には全く女の子のように見える。たいがいは男性ならではの体格になったり、なんかの違和感があるものだが、クルミには不思議なことに本当にそういうのがない。中3の今だって喉仏が出てこない。何も言わなければ、十分女の子で通用するほどである。
     しかし、「男の子」のはずなのに自分を「女の子」と言い張るクルミに対して、幼稚園や小学校の同級生のイジメは見るに堪えなかった。私も何度も助けたが、キリがなかった。さらに先生の中には十分に「性同一性障害」への理解がない人もいた。それはうちの親も例外ではなかった。うちの親は両方とも極めて善良な性質たちであったが「男は男らしく」というジェンダーの呪縛からはなかなか抜け出せなかった。その親と弟の間に入って両者の理解と融和に努めるのが私の家での役割だった。前世でそういった人と関わる機会のあった私は、両親よりも弟に理解を示した。とはいえ、一人一人、その様態というのは違うものだから、弟に細かく聞き取りを行った。それをうまく表現できない弟の代わりに両親に伝えた。両親は次第に理解を深めていったが、未だに摩擦はどうしてもある。
     何より両親の
    「頭では分かるけど、親としてはやっぱり普通のことをしてほしい」という言葉や態度が何より重かった。
     それは前世で私達夫婦が何度もぶつかった壁だった。前世の私達夫婦にも子どもがいた。それは後で書く機会があったら述べようと思う。
     
     私は弟をかわいそうだとも、特別だとも思っていなかったが、春華が初めてでどうとらえるか全く予測がつかなかった。それをどのようにとらえようとも、それは仕方のないことだと思っていた。
     そうしたら、春華の反応はこうだった。
    「『クルミちゃん』って呼べばいい??」
    「うん、できれば。」
    「よろしくね、クルミちゃん。私、大川春香。仙台の清華学園高校の3年生。あなたのお兄ちゃんの彼女・・よ」
    と手を差し出した。
    (ん???今なんつった???さっきからちょくちょく感じるこの違和感が今の一言になんか集約されていたぞ???)
    「清華???すっごーい!!!めっちゃ頭いいとこじゃーーん!!!」
     クルミもその手を両手で握り返す。
    「ふっふっふ、まあね」
     春華は得意満面になってドヤっている。
    「ところでクルミちゃんはアニメとか見る?」
    「うん、ボク〇〇〇〇(私の知らないアニメのタイトル?)が大好きなんだ!」
     クルミはガチのアニメオタクであった。一日中、学校にも行かずにアニメを見て、マンガを集めている。
    「あ~ら、偶然。私も〇〇〇〇が大好きでね~~。アニメはシーズン1から欠かさず見てるし、コミックも全巻持ってるわよ。」
    「すごーい!!」
     どうやら、オタク同士意気投合したようだ。そういえば、アニソンを聞くとか言ってたな…。
     しかし、ここでさすがに、鈍い私もハタと気付いた。
     策略だ!
     
    春華は麗子さんと母親のパイプを活かして情報収集していたに違いない。アニメや漫画でも無数のタイトルがあるのに、好みが偶然かぶることなどあるはずがない!!父親の名前も事前にリサーチしていたに違いない。「将を射んとする者はまず馬を射よ」の故事通りだ。先に外堀を埋めていく気か…。
    『なんて、おそろしい子…!!!』

    画像

     私はこのとき心の中で白目をむいていた…。
    「あの~~、春華さん???」
    「なあに、ダーリン?」
    調子に乗りすぎだろ…。
    「予習、とかしました…?」
    「野暮な質問はしないものよ?」
    (したんだ…。やっぱりあの麗子さんの娘か。っていうか麗子さんに仕込まれたに違いないな、これは)
     だから、今日の服装も麗子さんの仕込みか。
     そうか、こういう作戦か。なんておそろしい母娘…。完敗だ。大川家恐るべし。
     私は観念して、天を仰ぐ気持だった。
    「今、『ダーリン』って言ったーーー???」
     クルミが甲高い声で騒ぐ。
    「ええ~~?私も聞いちゃった。」
    「私もだ」
    「うふふ、つい言っちゃった。恥ずかしいわね」
     父も母も呼応する。春華もそれらしき反応をする。
     ああ、もう終わりだ。
     こうして、この家の中で春華は私の彼女という不動の(そして、あまり名誉でないはずの)地位を占めたのだった。何が楽しいのか、何を目的としているのか、年頃の女子の考えていることは本当によくわからない。考えられるとしたら、おそらくは彼女は学校で「彼氏がいる、イケてる女子高生」の地位でも欲しいのだろう…。
     そういうミーハーな思いを否定はしない。それも若者の特権だろう。
     ただし、相手に迷惑にならない程度にしてほしかった…。
     
     グゥ~~~~!!!
      春華のお腹が鳴った。


     

    第3章 電気屋さんのギャル

     

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    ※「沙紀さん」のイメージです

     私と春華の「お付き合い」はそのようにして始まった。
     ただ、はじまったと言えるのかどうかよくわからない。
     通常、男女交際はいうものはよく「契約」に例えられる。一方がもう一方の異性(同性であるかもしれないが)に対して好意を明確に示し、相手がそれを受け入れ、他者にはない特別な関係を確認し合うのが「お付き合い」というものである。
     平たく言えば、「私はあなたを好きです。あなたを特別に扱って『お付き合い』をしますから他の人とはあなたと同じような親密な関係にはなりませんよ」ということをお互いに確認しあうということだ。稀に、相手が他の人とも親密な関係を結ぶこと(浮気)を許すカップルもあるというが、それは常道ではない。普通は「不倫」などと言われ、相当な非難の対象となる。
     私たちはそのような互いの気持ちの確認がないままである。それなのに、春華は私の実家で「彼女」と公言した。ただ、その1週間前には「彼女の第一候補」という確認はしていたはずだ。「候補」は「候補」であり、あくまで「彼女」ではない。春華の中でどのような論理の飛躍があったかは分からないが、どうも彼女はいつのまにか私の「彼女」になったらしい。そうして、私は自分の家の中で「『春華』というお嬢様の彼女がいる長男」というポジションになっている。大川家の中でも私は「春華の彼氏」ということになっているのだろう…。彼女がどこまで本気なのかわからないが。
     
     あの後?
     春華がうちに来て、お腹を鳴らしたあの後のことはどうなったかって?
     

    1 ご実家訪問イベント(周到なる準備)

     あの後は普通に会食が始まった。母も父も弟もそれまで春華を歓待するための沢山の食事の支度をしていたらしい。私もお腹は空いていたし、皆で腹いっぱい食べた。
     そうして、さて落ち着いてきた、という頃になって、春華の帰りをどうしようかという話になった。もう日が暮れて暗くなり始めた。もちろん、春華の家の近くまで行く電車はない。うちの父もお酒を飲んでしまっていた。
     父曰く「こんなうれしい日に飲まずにいられるか」だそうだ。
     というわけで、うちの父は役に立たなくなった。母に免許はあるが、暗い中、隣県までの運転は心もとない。
     私は大川家に電話して迎えに来てもらうことを提案した。大川家の電話番号を母から聞くと早速、家の電話でかけてみた。麗子さんが出た。
     あまりにひどい・・・内容なので、記憶が鮮明である。ここから当時の会話を再現させてほしい。
     
    「はい、大川です」
    「もしもし、麗子さんですか。森尾です。森尾友人です。」
    「あら、こんにちわ。いや、もう『こんばんは』のお時間かしら。どう?春華はまだそっちにいらっしゃるの?暗くなってきたから、心配していたところなの」
     白々しい…。盗聴器で状況は把握しているはずなのに…。
    「いえ、状況は把握されていると思うのですが、私の家にまだいます」
    「『状況を把握』?なんのことをおっしゃっているのか、よく分からないわ」
     ああ、今回はあくまでしらを切るのか…。
     食えねえなあ、このおばはんは。(*´Д`)
    「……まあ、いいです。もう電車がない時間なので、申し訳ないですが、お迎えをよこしていただけますか?うちの父もお酒を飲んでしまって使い物にならないんです」
    「まあ、それは大変。ちょっと春華に代わって頂ける?」
     え?お迎えの話は?
     居間に行って、春華を呼んだ。何やら母親とクルミと盛り上がっていた。
     こういうの、「女子トーク」って言うんだろうか? 2/3は女子じゃないんだが。
     春華は電話口に出た。
    「もしもし、ママ?ええ、そうなの、もう暗くなっちゃって…。こっちに着いたのが3時近かったし、もうあっという間だったの。 え?あ、あ。はい。うん、そうします。いま、ユージンのお母さんともそれを話していたの。え? ユージンのママ?はい、今代わりまーす」
     申し合わせたように、私の母親が電話口に来ていた。
    (え?手際よくない?)
    「はい、お母様」
     春華が受話器を母親に渡す。
    (『お母様』じゃねーよ!!(;´Д`))
     即座に母親が電話をかわる。
    「あぁ~~、お久しぶり、麗子さん!!×××(このあと5分ばかり世間話)。あ、はい。わかりました。そうですね、先日の荷物に。はい。もちろん布団は干していますよ。大丈夫です。はい。はい、うちの子?はい。かわります」
    「はい、ユージン。麗子さんよ。失礼のないようにね、アンタ」
    (嫌な予感しかしねえ。)
    母親から受話器を受け取った。
    「あの~~、さっきからなんの話をされているんですか…?布団とか…? お迎えの件は…??」
     凛とした麗子さんの声が受話器の中から響く。
    「こんな時間にうちも迎えなんて出せないわ。ちょっと遠すぎるもの。それに、あなたが春華を迎えに来たのだから、送るまでやってもらわなきゃ。それが紳士のマナーというものでしょ?」
    「え?明日は月曜なんですが……?」
    「休日ですよ」
     電話口の向こうで麗子さんのニヤリとした顔が浮かんだ。
     しまった!!!!!
     このとき私はまたハメられたことに気づいた。この日、私は何重にも罠にハメられていた。今日は人生最大の不覚の日として、文句なしに、ぶっちぎりで、ナンバーワンの黒歴史となる日に決定した。
     その時はそう思っていた。「あの日」が来るまでは、の話である。
    「あの、私にどうしろと…?」
    「もちろん、明日春華を送って頂戴。駅には車をよこします。時間は明日の朝に連絡してね?」
    「……あの、春華さんをうちに泊めるってことですか?」
    「あたりまえじゃない。今、春華にも話しましたし、お母さまの了承も得ました」
    (早い。これ絶対、事前に打ち合わせしてやがったな…。)
    「春華さんの着替えとかないと思うんですが…」
    「心配無用。こんなこともあろうかと、事前にお布団も着替えも歯ブラシも洗面用具一式、すべてあなたの家に送ってあります。」
     一昨日おととい届いていた大荷物はそれだったのか。
     母親がなんかはぐらかしていたのはそのためだったのか…。
    (はじめから仕組まれてんじゃねーか!!!!( ゚Д゚))
     どこだ?どこがターニングポイントだった?どこから俺は分岐を誤ったんだ???どこで引き返せばよかったんだ?これじゃあ、まったく麗子さんの思うつぼじゃねーか…。
     電話口の相手は私の様子を察したように、高らかに宣言した。
    「ホッホホホ!まだまだね、ユージン。今回は、観念なさい。」
     すっごく楽しそうだ。超、ムカつく…。
    「あの…、全て仕込んでしました…?」
    「なんのことかさっぱり分からないわ。そうそう、もちろん、春華に手は出さないで頂戴。嫁入り前の娘なんですからね」
    (分かってて言ってんだろ…???)
    「あたりまえじゃないですか!!!!」
     受話器を叩きつけた。
     今ごろ、大川家では麗子さんが満足そうに高笑いしている頃だろう…。
     私は敗北感で膝から崩れ落ちた。
     

    2 ご実家訪問イベント(お迎え)

     と、まあそれがその時の電話の顛末てんまつだ。
     本当にひどいもんだ。
     その後、春華はうちの客間として使っている和室に泊まり、翌朝、私がまた大川家の近くの駅まで送りに行った。
     もちろん、何事もないのである。詳細は省く。
     駅には源じいが運転するエスティマに、伸宏さんと麗子さんが乗っていた。春華が電車から降りると、二人ともいそいそと車から降りてきて出迎えた。
    「ただいま、ママ!!うまくいったわ!!!」
    「さすが春華ね。私の自慢の娘。あなたの魅力にかなう男の子なんていないわ。」
    「うん、これで『実家訪問イベント』も『お泊まりイベント』もクリアよ!!」
     満面の笑みの春華が麗子さんに抱きつく。麗子さんが実にうれしそうに受け止める。
     『うまくいった』とか、『イベント』とかちょくちょく気になる言葉が並ぶ。明らかなのはこの二人が綿密な打ち合わせをしていたらしいということくらいだ。やっぱり麗子さんの仕込みだったらしい。
    「はるかあああああ!!」
     伸宏さんも抱き着こうとするが、春華にかわされる。
    「パパはやめて!!」
     いつの時代も、父親なんてこんなもんだ。わかる・・・よ。
     伸宏さんは私に向き直った。おもむろに言う。
    「森尾君、いや、もう、私も『ユージンくん』と呼んだ方がいいのかな…。春華を無事送り届けてくれて、ありがとうね…」
     伸宏さんは、すっごく寂しそうだ。わかるよ。わかる、その気持ち。
    「……いえ、ご心配をおかけしました」
    「私からも礼をいいます。今回はありがとうございます、森尾さん」
     麗子さんは丁寧な物言いになっていた。
    「『森尾さん』…?」
    「ええ、何か? それとも『ユージン』と呼んだ方がよくて?」
    「どちらでも構いませんよ。それより、今回のことなんですが…。」
    「どうかしたの?」
    「なんでですか?」
     どうしてこんな手の込んだ仕掛けをして、私をハメるような真似をしたのだろう?この麗子さんになんのメリットがあるというのだろう?
     もし私が「超」がつくくらいの良家のお坊ちゃんなら大川家にもメリットがあるだろうが、うちは普通の家庭だし、私は定時制に通う、高学歴とも言えないただの高校生。春華さんと自分をくっつけようとするメリットなど皆無に思えた。私にはそれがどうしてもわからない。
     どうしてもそれをここで聞いてみたくなったのである。
    「なあに?何か不満なの?すべてうまくいったんだから結果オーライじゃない?」
    (巻き込まれた側の気持ちがわからんのか……? もう泣きそう)
    「それに、春華の前でする話じゃないわよ?」
    (確かに)
    「あと、私が何か答えたところで、あなたはそれで納得するのかしら?」
    (それも確かに)
     その人の意図がどんなところにあるかなんていくらでも口先の上では言える。人の本当の本当の本音なんてわかりゃしないのだ。いちいち麗子さんの言うことはもっともだった。
     その気配に春華は気づいてしまったようだ。
    「ユージンは何か嫌なの?私と付き合うの、そんなに嫌…?」
    (え?やっぱり付き合うことになってんの???)
     春華が口を挟んできた。その不安そうな目をみてしまうと、なんとも言えなくなる。
    「嫌…じゃないです…」
    「やっぱり嫌なんだ~~~~」
    春華はもう泣きそうになっている。慌てて言い直す。
    「とんでもない!光栄の至りです!!うれしいです!!!」
    「本当?」
    「本当です!!」
    「あたし、かわいい?」
    「それはもう、最高に」
    春華の顔が緩む。
    「やったーーーーー!」
    「あらまあ、本当に二人はアツアツね。若いっていいわあ」
     麗子さんはとても嬉しそうだ。あと、語彙が微妙に古い。隣で伸宏さんが無言でがっくり肩を落としている。
     私はこの麗子さんの策略にハマったことがどうにも不満だったが、うら若い娘を泣かせるのもあまりに忍びなく、またそれに伴うあまりにも理不尽な不名誉を恐れて、仕方なくこの状況を受け入れることにした。
     もっとも、「恋に恋する」のは若いときの熱病のようなもので、まもなく冷めることは目に見えていた。春華もおそらくは例外ではない。この娘こももう少し社会や現実というものを知れば、私などよりもっと「自分にふさわしい、よい男」がいることに気づくはずだ。
     
     その後は、時々春華に呼び出されて、彼女の様々な我儘に付き合うことになった。それで、時々、私の休日は潰れるのだった。クルミは彼女にとても懐いていたから、その輪に入ることもあった。
     春華の学校は女子高であったが、その文化祭に呼ばれたこともあった。どういうことになるかは目に見えていた(どうせ無遠慮な「お披露目」が始まるに決まっていた)ので私は最後まで行くことを渋っていた。そこで私なりに策略を施して、「行きたいんだけど、どうにも行けない状況」を作り出そうとしたが、これは麗子さんの見事な策略によって、またもあっけなくひっくり返されてしまった。その時はクルミも母親も父親も源じいと清さんまでグルになっていたのでさすがに閉口した。しかも、私は「婚約者」として皆に紹介されたのだった。校則で「異性との交友」はダメでも、「婚約」なら文句は言えないだろうという理屈であった…。
     何ソレ?? 
     この時と、あと他にも何度かそういう日はあったのだったが、「策に嵌められた屈辱」にまみれた日というのは、あまり思い出したくないので、その詳細を語るのはできるだけ勘弁してほしい。
     
     そして春華は夏ごろから受験勉強を本格化させていった。彼女の高校は進学校であったので大学に進学する生徒がほとんどだ。彼女は父親のように、弁護士になりたいらしい。そのために、東京の大学に進学するという。とてもいいことだ。東京は物騒で危ないが、多くの人がいる。きっとそこで様々な世間を知るだろう。富裕層ならでは社交界もあるだろう。そこで次第に現実を知ってくれることを私は望んでいた。「カレシ・カノジョ」ごっこもそこまでだと思っていた。
     

    3 ユージンの就職活動

      この章の本題に入ろう。どうにも前置きが長くなってしまい、本当に申し訳ない。
     私が当時、日中に勤めていた電気工事の会社には、その社長に娘がいた。「金沢沙紀(かなざわさき)」という。今度はその娘とのエピソードだ。別にモテたとかそういう自慢話をしたいわけではない。私と春華のことを話すのに、どうにも彼女とのエピソードは欠かせなかった。だから、もう少しお話に付き合っていただければ幸いである。
     
     時間を少し戻す。これまでに話していたことから3年前の話になる。
     私は中学校を出たら、すぐに働き始めようと決めていた。前世で、私はそこそこ高めの「学歴」というものを有していたが、それはほとんど役に立たないということを実感していたからだ。世は「学歴社会」だという。それはその通りで異論をはさむ気はないが、「学歴」で飯が食えないことも重々承知していた。私にはその事実の方が重要だった。
     そこで「なかなか喰いっぱぐれない仕事」というものを常々考えていた。そこで思い立ったのが電気関係の仕事である。重要インフラの一つ、電気。現代社会において人は電気なしで暮らすことは不可能。ならば電気関係の仕事をすれば学歴などなくても喰いっぱぐれはないのではないか。無駄に高校などで不要な勉強をするより、早く稼いでお金を溜めて、投資のやり方などをしっかり学んでうまく運用すれば、そこそこ楽な生活ができるのではないか。若いうちからよく勉強して計画的な投資をすればいいはず。そのためにはなによりまず「タネ銭」(元手となるお金)が必要。一人暮らしでは金は貯まらないから、実家暮らしは必須である。となれば、家から近くの場所で働くのが最適解。「職住近接」というやつだ。
     そこで白羽を立てたのが同じ市内の「(有)金沢電設」という電気工事会社だった。家から自転車で10分程度で一番近く、会社の建物も古すぎず新しすぎず、いい感じである。駐車場のクルマの行き来も頻繁で仕事が途切れていなさそうであった。そこで、中3になったある日、電話をして面接の予約を取り付けたのである。
     電話口に出た年配の女性は、私が中3だと名乗ると驚いていたが、通っていた中学名を告げると、しばらく考えてから、社長である夫に取り次いでくれた。まずは話を聞いてみようということだった。

     指定された土曜日の午前中、私はもちろん制服を着て行った。なにしろスーツなど持っていないのである。
     応対してくれた社長という人物は、やや小太りの頭の禿げあがった人物で、作業服を着ていた。明らかに困惑した顔をしていた。
    「驚いた。ホントに中学生が来たよ」
    「米沢市立城東中学3年の森尾友人です。お忙しい中、お時間を取っていただきありがとうございます。本日はよろしくお願いします!」
     直立不動の姿勢から深々とお辞儀をする。ビジネスマナーの基本だ。
    「驚いた。挨拶までしっかりしてるじゃないか…。うちの娘と同じ中学で同じ歳とは思えんよ」
     そりゃそうだ、中身はオッサンなんだから。
    「まあ、座ってちょうだい。そんなかしこまらなくてもいいから」
    「はい、失礼します」
     腰を下ろした。
    「社長の金沢だ。どうぞよろしく」
     名刺を頂いた。まずは一人の人格として認められたということである。面接の予約に引き続き、第二関門もクリアだ。
    「ありがとうございます。いただきます」
    名刺をテーブルの端に自分向けに置いた。
    「君はどこで、そいうのを身につけたの?今の学校ってそういうことまでやるの?」
    「いえ、自分で調べました」
    (嘘です。ビジネスマナー講習会で身につけました)
    「なかなか感心だねえ…。でもね、悪いけど、うちは今、新規採用の予定はないんだよ。いやあ、人手が欲しいっちゃ、ほしいんだけど、今、君、中3でしょう?中3は流石にちょっと雇えないからねえ…」
    「卒業後の4月からはいかがでしょうか。それまでに私は何を勉強しておけばいいですか?簿記やパソコンはある程度できますし、今、電気工事士2種の勉強はしているのですが。」
    「……ふーん…簿記やパソコンも…?」
     社長の目の色が変わった。私は前世で会計とかそういう仕事をしていた時期もあったのだ。
    「OW線は?」
    「アウトドア・ウェザー・プルーフの略で主に電柱に張るときの電線です。」
    「じゃあ、…」
    社長は奥から特殊な形のペンチを持ってきた。
    「圧縮端子用ペンチです。銅線の圧着に使うやつですね。」
    「ほお~~~」社長は感心していた。
    「よし、合格だ。明日から現場に出てもらう」
    「ええっ!!??いきなりですか????」
    「はっはっは!冗談だよ。…今、2種の勉強をしていると言ったね?じゃあ、合格したら報告に来なさい。そうしたら考えてあげよう」
    「ありがとうございます!!!」
     上々の成果だ。実にありがたい。
    「パパ~~?誰か来てんの~~?」
     奥の通用口らしきドアを開けて、ギャルが入ってきた。確か、学校で見たことがある。髪は染めていないが、メイクはケバケバしく、ブカブカ、モコモコの服を着ている。まごうことなきギャルである。
    「げっ!サキ!?? 今仕事中だ。家に戻りなさい!」
    「ウケる~~! ママに言われたから来たんだけど~~」
    「母さんめ、これ設定したのは母さんなのに…ブツブツ」
    「アレ?アンタ、うち中の森尾じゃん?」
     ギャルは私に気づいたらしかった。しかし、誰だろう?あまり見覚えがなかった。この会社名から察するに「金沢サキ」なんて名のギャルの知り合い、私の中にいただろうか?
    「ああ、君は娘と同じ中学校だったね。うちのサキとは知り合いかい?」
    「いえ、ちょっとわからないですね…」
     本当に見覚えがなかった。
    「マジウケる~~~。中1のときも同じクラスだったじゃんよ??」
     (あ、思い出した。)
    「ああ、図書委員を一緒にやった金沢さん?」
    「そ!うちら図書委員だったじゃんね?」
    (だいぶ違っていないか?もっと落ち着いた感じだったような気が…)
    「ま、だいぶちがってるっしょ?わかんねーのも無理ねーって」
    「ちょっと去年あたりからあんな感じでな、すまん。
     おい、サキ! 邪魔だからウチに入っていなさい!」
    「え~~~????ウチも超、用あるんだけど~~~」
     社長はものすごく悔しそうな顔(怒り?)をしながら、
    「すまん、森尾君、後から必ず連絡する。そうだな、今日の夕方にでも。大丈夫かね?」
    「はい、問題ありません。こちらこそ、お時間をいただきありがとうございました。」
     どうも取り込み中らしい。もっとも本来、今日は休業日なのだし、こっちは面接を受ける立場なのだから、仕方がない。
    「失礼します」
     そういって事務所を後にした。
     
     それにしても金沢沙紀さんのお家だったか。悪いけど、金沢さん自体を忘れていたし、家まではチェックしていないしなあ…。たしかに委員会は一緒だったが、そんなに活動はなかったし、あまり話したこともなかった。本当に申し訳ないが、私の印象にあまり残っていなかったのだ。
     っていうか…、小学校も一緒じゃなかったか…?
     その日の夕方、律儀な社長から電話があった。
    「あ、森尾君かね?昼間はすまなった。うちのサキが、迷惑をおかけした」
    「いえいえ、こちらこそお休みの日に面談をしていただいているんですから」
    「そう言ってもらえると、助かるよ。ところで、君の件なんだが、来年からぜひ、ウチに来てほしい」
    「本当ですか?ありがとうございます!」
    「ただし、だ。ちょっと聞きたいんだが…、君は本当に電気の仕事をするつもりかね?高校に行かないのかい?この仕事は感電の危険もあるし、けっこう肉体労働で辛い面もある。そこは大丈夫かね?」
    「はい、体力には自信があります。小さいときから山登りで鍛えているので。」
    「うんうん、それは実はサキから聞いた。君、サキと小学校も同じだったみたいだね?」
    (そうなの?やっぱり!??でもあまり覚えていない…)
    「ええ、まあ…」
    (言葉を濁してごまかしておいた。でも日中「わからないですね」って言わなかったか…???やっば!)
     冷汗が垂れる。
    「サキは親の私が言うのもなんだが、昔は地味な子でね、君が覚えていないのも無理はないよ」
    「はあ、すいません。あんまり覚えていませんでした」
    「正直でいいね。さて、サキから君のことを聞いてね。随分と君は学校の成績もいいみたいじゃないか」
    「はい、そこそこですが」
    (だって2度目の人生なのだ。中学校の勉強など簡単に決まっている)
    「謙遜だね。そこでお願いなんだが、うちのサキの勉強を見てもらえないか?」
    「え?私がですか?」
    「うん、実はサキが君をご指名でね…。サキは普通の塾も家庭教師も嫌だと言っている。もちろん、タダとは言わない。働きにもよるが、若干のお手当は出すし、電気工事士の試験に必要な道具も貸そう。うちの機材も自由に使って構わない。どうだろう、条件的には悪くないと思うんだが」
    「やります!」
     こんな話があるだろうか!!??
     かつてない好待遇だ。僥倖ぎょうこう!棚からぼたもちとはまさにこのこと。さすが社長、太っ腹だ。現金収入は私にとって何よりありがたい。貯金に回せる。
    「食いつきがいいね~~。決断が早い人間は好きだよ」
    「恐れ入ります」
    「あ、ちなみに、ちゃんとご両親の許可は取ってる?高校に行かないってことも大きなことだけど…、ご両親はご存じなのかな?」
    「あ」
     

    4 幼馴染の家庭教師

    画像
    ※あくまでイメージです

     つい、抜けていた。オッサンだった時の癖で、自分が未成年だということをすぐに忘れてしまう。
     よ~~く考えてみれば、自分の進路に関わることだった。高校に進学しないで働く…つまり中卒だ。親は…普通に考えればショックだろうなあ~~。普通は高校に行くわけだし…。
     いろいろ考えたが、いつもの通り、正面突破で行くことにした。
     その日の夕ご飯の後、両親に話すことにした。
     抵抗感はすごかった。とにかく、高校ぐらいは出てくれと懇願された。高校に何の意味があるのかという俺の問いに納得のいく理由は出てこなかった。とにかく「学歴が」とか「絶対後悔する」とかそんなんばっかしだ。一方の私も「なぜ就職したいのか」と言われると「お金を貯めたいから」としか言えず、議論は平行線だった。父は「お前が大学に行くならそのくらいの金は用意するから(ただし東京はダメ)」といい、母も「パートの時間を増やすから」といい…。学歴に意味がないと言っても、結局主観の問題にしかならないので平行線…。なかなか大変であった。それならなんらかのキッチリとしたデータを用意すればよかった…。
     長い論争の果てに我が家の結論は結局、次の二点に集約された。
    ①ユージンが就職するのはクルミのためでもある。
    ②せめて定時制は出て、高卒の資格を取ること。
     クルミのことは懸念事項だった。彼(彼女)のような人物は田舎ではとかく生きづらい。都会に出て多様な価値観をもつ人が多い場所のほうがきっと居場所を見つけられるだろうという期待があった。そのために彼の進学費用を貯めようという話になった。そして、二点目は親としてのギリギリの妥協点だった。私としてもギリギリの妥協点だった。働いた後に、さらに学校に行くとか気が狂いそうだ。いくらなんでもつらすぎるのではないだろうかと思えたが、親がどうしても譲ろうとしない。私はしぶしぶ了承した。
     しかし、その決断は逆に吉と出る。思いのほか定時制高校の日々は楽しかった。それはまた別の機会に話したい。
     そして社長からのありがたい提案だった「家庭教師のお手当」をもらうと、それは「働く」ということになってしまい、税金関係も労働法関連もいろいろ厄介だということで、就職したら何らかの名目で清算したらどうかという話になった。
     いろいろと人生は思うようにならないものだが、未成年の身では仕方がない。
     そんなすったもんだがあったものの、とにかく私の一年後の就職先は確保された。社長の了解も得たし、これで問題がないと思えたのだが、次は学校の先生がうるさかった。
     だがこれも語るのは面倒なので、別の機会に譲りたい。
     さて、現金収入の道は絶たれたが、約束は果たさなくてはならない。沙紀さんの家庭教師である。
     本来は中3が中3を教えるというのには違和感があるが、そこは中身がオッサンの私である。しかも前世では教育関連の職にいたこともあるし、教えるのはお手の物であった。自信もあった。久しぶりで腕がなる。
     
     場所は金沢家のリビングテーブルが宛てられた。時間は平日の夕方1~2時間と決まった。父親か母親のどちらかが、近くにいることが条件である。むろん、沙紀は自分の部屋を持っていたが、もちろん二人きりになるなど言語道断だ。むしろ、それはありがたかった。変な雰囲気になっても困るからだ。(春香に会う3年前のことである)

     初回はレベルと内容、方針を確かめるために親子同席の面談という形にした。これももちろん一年後の「お手当」の対象内である。そこはしっかりしないと。
     このときは父親、つまり社長が同席した。母親は用事があるとのことだった。
    「それで、金沢さんはどのへんからつまづいているの?」
    「ん~~、ウチ、中2の始めくらいからかな~~、チョームカつくことがあって学校いってないんだよねー」
    「金沢さんって昔からそんな喋り方だったっけ?」
    「はあ?どーせ、ウチのことなんか覚えてなかっただろ?」
    「う~~ん、それなんだけど、だんだん思い出してきて…。確か小学校の3年生のとき、クラスの書記をやってなかったっけ?それで確か、高学年では別のクラスだったよね?」
    「!!??」
    「確か、字もキレイだったし、勉強もそう困っているように見えなかったけど…」
    「う、うるせーし。詮索すんなし」
     社長が口を挟んできた。
    「森尾君の言うとおりでね、実は中2のとき、ちょっと学校に行かない時期があって…。ウチの従業員で、なんというか、こう、今のサキに影響を与えた人物がいてねえ、まあ、それで…。」
    「パパ、うるせーし!!」
    (う~~ん、つまり従業員にギャルがいるのか。大丈夫かな、この会社。辞めようかな…。)
    しかし、せっかく決まった就職先をすぐに辞めるのはあまりにも惜しい。家からも近いし。ここは社長の娘のご機嫌を最大限取っておくに越したことはない、と私は計算した。
    「で、なんで私なんです?塾でも家庭教師でもよさそうなものなのに…?」
    「『私』とかマジうける~~~、森尾っち、学校でも時々それ使ってね?」
    「…今は、社長の前だからです。」
     生まれ変わりのオッサンにとって、一人称は実に難しい。もう「私」が染みついているからだ。しかし、小学生のときや中学生の時など、その場に合わせた「僕」や「俺」などを使い分けなければならないし、最大限譲っても「自分」などを使っていた。おかげでコミュニケーションには苦労した。あまり同級生とは関わらないようにしていた。ボロが出てもいろいろまずいからだ。
    「それは、私も言ったんだがね。『今更、塾とか恥ずかしい』とか言って…」
    「だから、パパうるせーし!!」
     う~~ん、金沢さんは父親には強いなあ…。
    「ギャルが塾とかカテキョーとか、ありえないっしょ!とにかく、森尾っち、頼むぜ!!」
    (さっきからちょくちょく使うその「森尾っち」ってナニ? 私、「たまごっち」かなんか?)
     ギャルの矜持きょうじ(プライド)というのか、なんかよくわからないが、塾に行きたいくないと。家庭教師も嫌だというわけだ。まあ、家庭教師は普通に頼めばかなり高いしなあ…。そこで私が家庭教師を頼まれたというのは、せっかく社長に取り入るいい機会ではある。勉強なら自信はあるし、もともと金沢さんは頭がいいはずだから、少し教えれば成績なんていくらでも伸ばせるはずだ。家では私もクルミによく勉強を教えているし、どこでつまづいていても対応はできる。
    「あと、なんで『金沢さん』なん?パパもいるし、『サキ』でいーよ、『サキ』で」
    「……いや、社長は『社長』と呼ぶし、金沢さんは『金沢さん』だよ。昔からそうなんだし。」
    「はあ?意味わかんね??」
    「それに、低学年の時もたしか、同じクラスだったよね?」
     まあ、確かにあんまり話したことはなかった。本当に記憶にない。
    「幼稚園の時も同じだったし!」
    「ごめん、そこまでは覚えていない」
    「はあ?マジうぜーし!!!」
     社長が横でニマニマしている。
    「社長、何か?」
    「いや、久しぶりに娘が女の子らしいところを見ていると、親として嬉しくてね…」
     横から金沢さんの蹴りが社長に飛んだ。
    (これで、いつもより『女の子らしい』のか…。普段、どんだけなんだろう??)
     その後、苦手科目とレベルのチェックを行い、数学と英語を教えることに決めた。週2回ほどの曜日と時間も決めて、定期的に教えることにした。テキストは学校で使っていたものを使用したが、必要に応じて問題集を買ってきた。これはもちろんあとから実費を請求する。社長も奥さんも渋ることなく気前よく出してくれた。時給も決めた。ありがたいことに、近所のスーパーよりずっといい時給だった。
    「普通の家庭教師より全然安いから」
    と社長はいうが、私には実にありがたかった。もっとも受け取るのは一年後なのだが。
     

    5 沙紀さんとの会話

     即席の家庭教師を始めて何度目かのあとに、こんな会話をしたことがある。
    「なんで、金沢さんは勉強しようと思ったの?」
    「はあ?『沙紀』と呼べし!」
    「それは慣れないよ、無理。 あと、その話し方、なんか無理してない? 昔のイメージとだいぶ違うし、めっちゃ違和感なんだけど」
     金沢さんは、ちょっと考えた後、話し始めた。
    「…言いたくないけど、『イジメ』に遭ってさ…、中2になってクラスが変わったら、仲のよかった子が全然話してくれなくなって…、なんか、クラスのカーストの上の方に目を付けられたらしくて…、ウチ、ハブられてさ…、教科書とか上履きも隠されて、学校行くの、嫌になったんだよね…。」
    (ああ、社長がこの間、言っていたのはそれか…)
    「あの、森尾さん、口を挟んで申し訳ないんだけど…」
     そのとき、同席というか、キッチンから見守っていた母親が声をかける。
    「(沙紀の)中学校ってそういうこと、よくあるの?先生に話しても全然、状況が改善されなくて…」
    (う~~ん、なんて答えたらいいかなあ…。たしかに、ウチの学校はそういうの多いような気がする。くっだらねー奴が多くて腹が立つことは実際、私もよくあった)
    「…少なくはないと思います。そして、今の中学生は巧妙ですから、先生の見えないところで、目立たないようにそういうことをするんですよ。そして、そういうことをする子が、意外に成績優秀で、傍目はためにはリーダーシップもあるので、先生たちもためらって、なかなかちゃんと調べようとしないんです。沙紀さんの件も少し、心当たりがありますね…」
     だから私は高校に行きたくなかったのだ。高校は地元だから、そういう奴らがけっこう入ってくることは容易に想像がついた。その時まではかなり我慢していたのだが。
    「まあ、私達の頃より、本当に物騒なのね…。それでね、ウチの会社に花田さんという方がいてね、学校に行かなくなった沙紀を、いろいろ励ましてくれたの」
    (ああ、かの『ギャル社員』か…)
    「花っちは、マジいい人だし。かっちぇーし!!」
    「沙紀、その話し方…」
    「いいじゃん、ママ。それより、森尾っち、ウチと喋ってるんだから、ママ入ってくんなし!」
     母親がしぶしぶ引き下がる。確かに、この話し方では母親としてもいろいろ心配になるだろう。
    「森尾っち、うちは無理してないよ。普段からやってないと、ダメなんだ。『ギャルは強く生きるための手段』ウチの師匠の教えだからね!!」
    「『師匠』って、その『花田さん』?」
    「そ!トーゼン!!」
    (『普段からやらないと』って、本来の自分じゃないじゃん…。)
    「そしたら、最近は学校に行けるようになってきてね、本当に花田さんには感謝してるのよ」
    「まーね!!花っちのおかげだし!!」
    (そうか、中3になって学校に突然現れたギャルは、「イメチェン爆誕した金沢さん」だったのか…。全然話してなかったしわからんかったわけだ…)
     次に金沢さんは声をひそめてきた。
    「それにね、ウチ、ちゃんと勉強して大学に行って、パパやママを助けてあげたいんだ。経営のこととかちゃんと学んでさ。うちのパパもママも高卒だし。小さいときからウチ、期待されてっし」
    「なあに?沙紀、なにを話してるの?」
    「ママ、うるせーし。ヒミツだし!!」
     金沢さんは、「しー」と人差し指を口の前に置いた。「親には教えないでくれ」という意味なのだろう。
    (いい子じゃないか。お父さん、お母さん、この子はいい子に育っていますよ…)
     私はオッサンの心でひたすらに感動していた。これはあとで、親にコッソリ伝えねばならないとその場で心に決めた。実際、その後に機会を見て、そうした。とても感動していた。よかった。
    「森尾っちは…、ウチの、昔の方がよかった…?」
    「いや、俺、以前のことはあんまり覚えていないし、金沢さんが無理していないなら、それでいいんだ」
    「は? 覚えてないとか、ひでーし!!」
    「悪い、悪い」
    「森尾っち、ちょこちょこひどくね~?」
     金沢さんは笑っていたし、母親もニコニコしていた。
     
     その後、金沢さんは成績をメキメキと向上させ、地元でもトップクラスの公立高校(『米沢第一高校』略して『イチコー』と呼ばれていた)に合格できた。父親も母親もとても喜んでいた。これで親(=社長)にいい借りを作ることができた。私も電気工事士の試験は無難にパスして合格し、4月から就職することは決まっていた。定時制高校には入試などあってないようなものなので、入学の手続きも滞りなく進めた。
     4月の入学式の日、金沢さんは朝、制服を着て事務所に来た。
    「じゃーん!」
    「おお、おめでとう!」
     会社のみんなが口々にお祝いを言った。数日前から働き始めていた私も、それを見ていた。
    「あれ?なんで森尾っち、ここにいるの?しかもその恰好ナニ???」
    「いや、俺の入学式は夕方からだから。日中は普通にここで仕事だけど」
    「今日は『工事に必要な機材の学習、パート3』ってとこだな」
     先輩社員の堀川さんが言う。
    「へ?仕事?なんで? 森尾っちもイチコー(『米沢第一高校』の略)に行くんじゃないの?」
    「いや、俺は鶯城の方だけど。定時制の」
    「え? 森尾っち、イチコーじゃないの?」
    (今更か?)
    「行かないよ。……だいいち、俺、ここで去年の4月に入社の面接受けてたじゃん?」
    「えーーー???そういうこと? あれ、入社の面接だったの?? 森尾っち、うちで働くの???」
     金沢さんは喜びとも失望とも言えない変な表情をしていた。
    「?そういうことに決まっていたんだが…? 社長、私、沙紀さんに話してませんでしたっけ?」
    「あ~~、言ってないんじゃないか? 忘れてた。うちでも話してないな、たぶん。うん。」
    「そういえば、そうだったわねえ」
     母親ものんびりしているなあ。まあ、どっちだっていいんだが。
    「え~~~????まさか、サキ、あんた森尾くんと一緒の学校行くために張り切ってたの~~?」

    画像
    ※あくまでイメージです

     ギャル社員の花田さんがニヤニヤしながら言う。金沢さんの「心の師匠」である。彼女は事務作業員かと思ったが、バリバリの現場だった。しかも、技術はかなりのものだった。
     父親(社長)、母親(副社長)がピクリと反応する。
    「なわけねーし!!! ハナ姉! バカなこと言うなし!!!」
    「はいはい、そういうことにしときましょー」
     花田さんは楽しそうにニヤニヤしている。かわいい妹分をからかうのは楽しいのだろう。
     ん?まてよ?そういうこと?金沢さんは私に気があるってこと?オッサンだぞ?(ただし外見は高校生)考えもしなかったが…。そうか、そもそも家庭教師を頼んだのもそういうことか。そういや、なんか怪しそうな節がちょっとはあったなあ…。困ったなあ。私は前世の妻を探さなきゃならんのに…。おまけに同じ会社の中となればいろいろ厄介だし…。これは長いこと勤められそうにないかなあ…。まだ就職したばかりなんだが、次のキャリアも考えておかねばならんかも…。
     そんなことを考えた私は、職場での行動により一層の慎重を期すことにした。始めから、「ずっと定年まで働く」ことも考えていなかったが、次のことも考えておく必要はあるな、と思っていた。そのために、技術はできるだけ身につけておこうと思っていた。
     オッサンというのは。常に慎重さが求められるのである。
     

    6 勤務の状況

     しかし、それからの私の3年間(つまり普通の高校生だったら学校に通っていた時期)は割と楽しかった。私の場合、やはり学校に行っているより仕事などをしていた方が性に合っている。
     会社では社長と奥さんと、他に3人の社員がいた。奥さんが会計と事務一般を請け負い、ベテラン社員の日高さんが大概、現場のリーダーだった。電気工事で日高さんにできないことはほぼない。日高さんは社長と同期で、一緒に会社を作って以来の仲だという。社長も人手が足りないときは現場に来ることもあったが、日高さんの方がそういう時は指示を出していた。
     堀川さんは20代の後半で、飄々とした性格の人だ。後輩の面倒見がよく、私のことをかわいがってくれた(本当は私の方が年上)。現場の技術も持っていたが、なぜか謎の人脈を持っていて、どっからか仕事を時々とってきた。
     花田さんは例のギャル社員。技術は堀川さんと同等かそれ以上。堀川さんとは同じ工業高校の出身で、2つ年下。以前は堀川さんと交際関係にあったらしい。それは堀川さんが最初にポロっと言っていた。ただ、二人は別れても仲が良く、仕事に支障をきたさないので、社長も何も言わない。それ以前に二人とも貴重な戦力だからだ。
     そんな感じで、職場には尊敬できる先輩(?)が多く、雰囲気も緩めでとにかく働きやすかった。唯一の不満があるとすれば、事務仕事ばかりが回ってきて、あまり現場の技術が身に着かないことだった。はじめは「これできる?」くらいに伝票の整理を少しだけ渡されていたのだが、前世で会計事務所にいたこともある私は、ワードやエクセルを使った事務仕事は慣れていたため、すぐにあらゆる伝票を整理して貸借たいしゃくや損益そんえき関係を整理してしまったため、それ以来重宝された。副社長である母親はほとんど簿記の知識もエクセルの知識もなく、これまで書類仕事や伝票は会計事務所に回していたようだった。よくこれで会社が回っていたもんだなあと、心中呆れてしまった。他にパソコンをできる人はこの職場にいなくて、そういった仕事はほぼ全て私に回ってくるようになった。でしゃばることは極力避けたかったが、伝票を整理するのは面白くてついやってしまう。おかげで会社はうまく回るようになった。

     金沢さんとの関係も全く進展がなくて安心した。進学先の高校にもギャルはいるらしく、友達といる姿をよく見かけたし、会った時は挨拶をする程度だった。学校も問題なく通えているようだ。私も自分の仕事と学校があるので、彼女の家庭教師などをやる余裕はなかった。
     高3になって、春華との「お付き合い」(?)を始めたころ、一緒にいるところを見られたらしい。その後、
    「あの子、誰?」と聞いてきたことがあったが、
    「まあ、『彼女』みたいなもんだな…」
     包み隠さず答えた。その方が諦めるだろうと思って。念のために。
     金沢さんは、
    「ふーん…」
    と言って顔色一つ変えなかった。
    (あれ?)と思ったけど、いつのまにやら私への気持ちも冷めたのか、それとも初めから私の方の勘違いだったのかそれだけだった。ちょっとだけがっかりしたが、実際には安堵の気持ちの方が大きかった。
    「これで、面倒なことにならないで済む」
     多分、高校に通っているうちに意中の人でも見つけたのだろう。それはそれでよかった。
     
     そして時が経ち、話の時間軸は3年後、私たちが高校3年生(終盤)である今現在に戻る。
     
     金沢さんは、大学受験をして、地元の公立大学に無事合格して経営のことを勉強する学部に入ることになったらしい。もともと勉強はできたのだ。よかった。めでたしめでたし。
     

    7 駅での別れ

     一方の春華も法律学部のある東京の大学に合格して、東京に行くことになった。
     出発の日は見送りに来るようにせがまれて、仙台駅まで行った。春華に懐いていたクルミも一緒に来た。当然、伸宏さんも麗子さんもいた。
     みんなで新幹線のホームで見送りをした。私はようやく、「これでお守りは終わった」と安堵した。東京でカッコイイ、洗練されたイケメンにたくさん会えば、彼女の目も覚めるだろう。そうして男性を見る目を養ったらいいのである。私の役割は終わったと思っていた。ところが、である。春華の行動はいつも予想の斜め上を行く。衆人環視の中、なんと彼女はこんなことを言い出したのである。新幹線の出発前のホームで、だ。

    「ユージン、私にキスして」
     声を潜めることなく言った。わりと大きな声だった。
    「はあ????」
     私の方が大きな声を出してしまった。
    「ユージン、一回も私にキスしてくれたことないじゃない。手だってロクに繋がないし!」
     なぜか怒っている。
    「ええ?そうなの、にいにい???」
    「まあ、古風!うちの人なんて逢って3日だったのに!!」
     麗子さんまで調子に乗っている。
    (え?今なんて言いました?3日?早過ぎないですか?)
    「いやいやいやいや、こんなトコロで無理ですって。あなたのお父さんもお母さんもいるじゃないですか!」
     私は当然、明確に拒否した。マンガや映画の話じゃあるまいし。
     できっこない。
     麗子さんが余計な口を挟んだ。
    「私は気にしないわよ。むしろあんたたち、遅いくらいじゃない?」
     何考えてんだ、麗子さん。過去のあなたたちに何があったかは知らないが、一緒にしないでくれ!
     私は助けを求めるように、伸宏さんの方を見た。
     伸宏さんはもう、諦めたような、廃人の顔をして、「どうぞどうぞ」というように手のひらを差し出している。最後の砦であったはずの父親はあまりのショックに、心がぶっ壊れてしまったらしい。
     すると会場…ではない。駅の構内にコールの声が響き始めた。そのコールはだんだん大きくなってきた。
    「キース!キース!キース!」
     (いや、何考えてんだあんたら。)
     フラッシュモブ(仕込んであった周囲の群衆が、いきなり踊りだしたり、歌いだしたりするアレ)じゃあるまいし、何やってんだ。
     ここは外国じゃねえんだぞ。
     よく見るとコールをあおっているのはうちの弟だった。
     手拍子を鳴らし、両手を上下させて、自ら声を張り上げている。涙ぐましい努力だ。
     春華はじっとこちらを見つめている。
     どうすんの、この空気?
     転生前であれば、この空気に乗ってしまうのも一興。
     伝説級のラブロマンスで、映画の1シーンにしてもいいだろう。
     だが、そういうわけにもいかぬ。なにしろ中身はオッサンなのだ。
     煩悶の末に、私は春華の肩を抱き、そっと額にキスをした。
    「今はこれが、精一杯……です」
     かつてのアニメ(カリオストロ)の名台詞を口にした。正直な気持ちだ。

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    かの名シーンだ!


     春華の顔にみるみる喜色が広がっていく。それは満面の笑みとなったように見えた。
    (え?これでよかったの?)
     思った刹那、いきなり春華は私の頬にキスしてきた。
     軽く唇が触れるか触れないくらいかの。
     呆気にとられた。
    「オクビョーモノ!」
     そういうと、笑顔で新幹線に乗り込んでしまった。
     直後に新幹線は出た。
     仙台駅のホームが歓声で沸いた。
     
     私はいつのまにか膝をついて、うずくまっていた。
    (クッソ かわえええええええ!!!!)
     しばらくの間、俺はそのままだった。
     
     しばらくたつと、クルミが声をかけてきた。
    「にいにい、いい加減帰るよ!」
     すでにホームに麗子さんはいなかった。伸宏さんは…、死んだ魚のようにホームでうつ伏せに横たわっていた。
     しばらくは動きそうになかった。
     
     

    第4章 終着

     こうして、春華は東京に行ってしまった。
     春華には悪いのだけれど、自分は肩の荷が下りたような気がしていた。始めのうちは連絡が来ていたが、そのうちに途絶えた。
    「自然消滅」。そういうものなのだろうと思っていた。
     おそらくは東京で好きな人でもできたのだろう。多くの出会いがあったのだろう。私とのことも、「若かりし日の思い出」として消えていくのだろうと思っていた。少し寂しい気もするがそんなものでいいのだろうと思っていた。
     
     異変が起こったのは、5月の下旬のことだった。
     

    1 職場キャンプ(発案編)

     その日の仕事が終わるころ、突然、堀川さんが
    「あ~~、キャンプいいなあ」
    とか言い出した。
    「どうしたんですか、突然。」
    「いや~~ダチがさあ、最近キャンプにハマっているらしくてさあ、いろいろ言ってくんのよ。キャンプ楽しいぞお、いいぞお、とか言ってさあ」
    「なんすか、それ、自慢じゃないすか」
     花田さんが口を挟んできた。
    「へえ、じゃあ、堀川さんもその友達と一緒にやってみたらいいんじゃないですか?」
     適当な返事をしておいた。
    「いやあ、そいつ、所帯持ちでよ。なかなか一緒に遊んでくれないのよ。でもさあ、聞いているうちに俺も、キャンプとかしたくなってきてさあ…。バーベキューとか、キレイな星空とかさ、やりたくね?森尾君」
    「いやあ、バーベキューは興味ないっすね」
     星空ならさんざん見ているし。あれはいい。飽きない。
    「いいじゃん、バーベキュー!!」
     花田さんが食いついてきた。
    「だべ? みゆっち」
    「その呼び方、ヤメロ!」
     花田さんの下の名前は「美憂」という。二人はとうに別れているはず(と本人は言っている)のに、時々堀川さんは「みゆっち」と呼ぶ。ちなみに、花田さんは「堀川」となぜか呼び捨てにしている(堀川さんの方が2つも年上なのに、だ)。
     二人の間に色々あったんだろうが、私としてはあまり興味はない。他人事だし。日高さんは職人肌だからそんなことは気にせず、いつもムスッとしているし、社長にいたってはいつも無視している。奥さんだけがそんな二人を見て、ニヤニヤしている。私はギャルに興味はないし、花田さんは時々ギャル特有のノリでウザめに絡んでくるけど、あまり相手にしないようにしていた。たいがい、堀川さんが助けてくれるし。
    「そーいや、森尾っちってアウトドアやってなかった?」
     花田さんが絡んできた。その「森尾っち」って呼び方も出来ればやめて欲しい。
    「そーよ、森尾君。君、けっこう山登りとかキャンプとかやってんじゃん?」
     そういえば前に少し話したこともあったなあ…。
    「でも、僕のはソロキャンですよ。最小限の装備だけ持って、ただ泊まったりするだけのヤツです」
    「『装備』!!『装備』と来たよ。いいねえ、玄人っぽいねえ!」
     なぜか堀川さんは乗り気だった。嫌な予感がした。
    「何を企んでいるんですか?」
    「いやねえ、森尾君にうちの会社の親睦キャンプ会を企画してもらおうと思ってねえ」
     堀川さんはぬけぬけと言った。
    「うちの会社にそんな行事ないでしょう?」
    「だから、作るんじゃん。わかってないなあ。会社には『輪』が必要でしょ?」
    「誰が行くんですか、そんなん?」
    「俺行くよ。花田さんも行くでしょ? ね?」
    「え? ま、まあ、仕方ないなあ…?」
     花田さんはまんざらでもなさそうだ。
    「日高さんは?」
    「俺はパスだ」
     瞬殺だった。
    「え~~~????」
     堀川さんは不満そうだった。堀川さんは日高さん大好きだからなあ…。これだけ性格の違う二人の馬が合うのは実に不思議だ。というか、堀川さんは日高さんを実の父親のように慕っている。
    「社長と奥さんは?」
     堀川さんは当然のように社長にも声をかける。
    「…キャンプかあ…昔はサキを連れて行ったこともあるけどなあ…。」
    「張り切ってましたね、あなたは。でも、この人、キャンプが下手でねえ…」
    「むむ……。 というわけで、ワシはパスだ。ちょっと嫌な思い出があってな…」
     社長にも事情がありそうだ。
    「これだけ行かないなら、やめましょうよ、その企画」
     私はさっさとこの話を切りたかった。めんどくさい話になりそうだった。
    「なあ~んで、森尾ちゃんはいっつもそう後ろ向きかなあ…。折角だから、いこうぜえ?」
     堀川さんはなかなかにしつこい。だが、いっつも仕事で世話になっているし、無下むげに断ることもできない。
    「わかりましたよ、しょうがないなあ」
    「ええ~~、女子はあたし一人かよ?」
     花田さんは不満そうだ。
    「じゃあ、沙紀を連れて行ったら?」
     奥さんが提案した。
    「沙紀は、小さいときに『キャンプやりたい、やってみたい』ってすごく言ってた時期があってね、それで、うちの人が「じゃあ、行こうか」って、行ってみたんだけど、うまくいかなくてね。沙紀がかわいそうだったのよ…」
    「じゃあ、そうしましょう。今回はキャンプのプロもついているし!」
     堀川さんはノリノリだ。
    (プロって私のことか?ファミリーキャンプは素人だぜ?)
    「ううむ、しかし。嫁入り前の娘だぞ。泊まりなんて…。」
     社長が心配する。そりゃあ、そうだろう。私もいるのだし。以前はその関係が怪しかったのだし。
    「やっぱりやめときましょうよ。」という声が喉まで出かかる。
     私は面倒くさかった。
    「俺と堀川さんとじゃダメなんですか?よければ、ソロキャンのやり方、教えますよ?」
     堀川さんには悪いけど、山でしごき倒して、二度とキャンプに行きたいなんて気持ちを起こさせないようにしようと考えたのである。
    「野郎二人で行って何が楽しいんだよ??? ホ〇じゃあるまいし!」
     堀川さんは怒ってしまった。何がしたいんだ、この人。
    「まあ、社長。あたしが見てますから、大丈夫っすよ。テントは分けりゃあいいんでしょ?」
     花田さんは言った。姉貴分の花田さんがいるなら、沙紀さんも安心ということなのだのだろう。
    「むう、それなら仕方ないか…。しかし、サキがなんというか…」
    「やったーー!!決まり、決まり。ほい、じゃあコレ、予算ね。森尾君。肉と野菜と飲み物は俺が用意するからね。任しといて!」
     そう言うと、堀川さんは俺に三万円を握らせた。え?なに、この手回しの良さ???
     仕事早えな…。
     堀川さんは時々、そういうことがある。
     
     沙紀さん(当時もまだ私は「金沢さん」と呼んでいる)も参加を決めた。即決だったらしい。不穏なものを感じたが、仕方ない。職場の先輩が二人も出るのだ。ちょっと断り切れなかった。
     まず、県内でのめぼしいキャンプ場を調べて、ある程度候補を絞った。4人中3人はキャンプ素人で装備もない。水場やトイレがキレイで、できれば入浴施設もあり、道具のレンタルもある…そのようなリッチなキャンプ場となれば自然に数は限られてくる。値段も高額になってくる。しかも、キャンプ道具のレンタルなんてけっこう値段が高い。私は一式自分で持っていたが、3人は何も持っていない。最低限、シェラフ(寝袋)だけは用意してもらうことにした。安いものなら3千円程度で買えるし、寒ければ毛布を中に入れればなんとかなる。後は枕を持ってきてもらうことにした。キャンプは寝るときさえ何とかすればあとはどうとでもなる。
     それでも、3人は素人なので、細かい持ち物表を作った。リストは結構膨大なものになった。
     それを渡すと、堀川さんと花田さんは、げんなりとした。
    「嘘…。こんなに持ち物あるの?」
    「多すぎじゃね?」
    「生活を丸々一日持ち込むんだから、そんなもんです」
     そして計算した費用の明細を渡した。
    「嘘…、こんなにかかるの?三万じゃ全然足りないじゃん…」
    「道具のほとんどはレンタルだし、わりと施設のいいキャンプ場を選びました。みなさん素人なので」
    「こんなんいつも払ってるの?森尾っち」
    「まさか。僕は自分の道具持っているし、大概、無料のとことか山小屋使ってますからお金はかけてません」
    「そういうところ行けばいいじゃん」
    「でも、そういうところは風呂もシャワーも水場もないし、トイレは穴掘っただけのものですよ? あと、駐車スペースから歩いて最低でも3~4時間くらいかかりますよ。それでよければ案内しますが?」
    「俺の車、四駆なんだけど」
    「どんな車も無理だと思います」
     堀川さんはあっけにとられて言った。
    「森尾君、普段君は何やってるの?」

     

    2 職場キャンプ(決行編)


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    ※キャンプ場のイメージ

     結局、キャンプには行くことになった。言い出しっぺの堀川さんが費用は全額負担した。会社から厚生費は下りなかったのである。堀川さんが少々気の毒だったが、こっちも準備に多大な労力を払っている。なんでこんな不毛なことをするのか理解に苦しんだ。
     当日は現地集合である。すでに私も車(中古車)を手に入れていたし、堀川さんと花田さんもそれぞれ車で集合した。金沢さんは花田さんの車に乗ってきた。
     金沢さんは久しぶりに見たが、ギャルの格好はやめたらしい。普通のズボンにシャツに無難なアウトドアの格好をしている。高校時代、ゆるめだった校則のせいで明るくしていた髪も黒くしているし、化粧も控えめにしている。
     お昼過ぎに集合して、まずはレンタルしたテントを張る。設営場所は風向きや眺望、水場やトイレの位置を考え、ある程度目星をつけておいた。普段は使わない大きなテントを二張り作った。テントの中にエアマットを広げ、シェラフと毛布と枕で寝床を作る。ランタンもセットしておき、木陰にイスを出してくつろいだ。よく晴れて、木漏れ日が程よく、気持ちのいい午後だった。
     ついでに焚火台も出して火をつける。ちょっと早いが、お湯を沸かして、人数分のコーヒーを淹れる。そのケトルもレンタルだ。
     普段私が使っているものは小さすぎる。
     焚火台はまだいいのだが、バーベキュー用のコンロも持っていないのでレンタルにした。こういうところでもお金がかかる。
    「で、なにすんの?」
     一服したところで堀川さんが口を開いた。
    「別に何も。夕ご飯の支度の時間までのんびりしていればいいと思います」
     私が答える。
    「森尾君はいつもこんなことを?」
    「いや、自分の場合はいつも日が暮れる直前まで歩いています。そして、キャンプ地についたら、寝る準備して、飯食って寝るだけですね」
    「ナニその生活。楽しいの、ソレ?」
    「ん~~?まあ、そこそこに?」
    「どこに楽しみがあんのよ?」
    「逆に堀川さんは毎日仕事から帰って何してます?何か楽しいこととかあります?」
    「ん~~、そりゃあ、家帰ったら、テレビ見て、飯食って、お酒飲んで、そんで寝て…」
    「テレビくらいしか違いません?」
    「……確かに」
    「じゃあ、森尾っち。キャンプってテレビなしの生活のことかよ?」
    「……なんでそうなるんですか?」
    「キャンプって、もっとこう自由なものなんじゃないですか?自然の中で、自由な時間を自分なりに楽しむ。そんなもんだと思っていました」
     金沢さんがなかなかいいことを言う。そういうキャンプのイメージに憧れていたのだろう。
    「サキっち。いいこと言うねえ!」
     花田さんは納得したようだ。
    「…だそうだ、森尾先生はどう思います?」
     堀川さんが尋ねる。誰が先生だよ…。
    「そうっすね。こういうみんなでやる「のんびり系」のキャンプは俺自身久々なんですが、『キャンプの楽しみは人それぞれ』っていいます。自然の中の生活を楽しむのがキャンプなんだから、金沢さんの言うことが『当たり』でいいんじゃないっすかね…」
    「かあ~~、優秀だね、うちの若いのは!」
    「堀川さん、オッサンくさいっすよ」
     中身オッサンの自分がよく言うなあと思うが、偽装しなくてはならないのだ。社会生活は大変である。
    「どこがよお? 森尾君の方が時々、すげえオッサン臭いぜえ~~~????」
     そう言われると、ドキッとしてしまう。堀川さんは時々、すごく鋭いのだ。
    「つーかさ、森尾っちはなんでいつまでサキのこと『金沢さん』呼びなワケ?」
     花田さんが痛いところを突いてくる。
    「慣れですよ。別にいいでしょ。そんなん」
    「幼稚園の頃から一緒だったワケじゃん?もうちょっと距離縮めろよ~~、コノコノ!」
     ギャルがらみ、うぜえ。
    「……でも、森尾君は彼女いるから…」
     金沢さんが口を挟む。
    「え?森尾っち彼女いたの???」
     花田さんは初耳だったらしい。
    「ええ?なんかオッサン臭いのに、彼女いたの???既婚者???」
    「……いい加減、怒りますよ。堀川さん」
    「いやん、ごめんごめん。」
     既婚者だったのは前世のことだ。そういうきわどい発言は頼むからやめて欲しい。
     『彼女』か…。いなくなればいなくなったで、けっこう寂しいものだなあ。しかし、この方が絶対にいいに決まっているのだし、仕方がない。
     私は春華のことを考えていた。
    「自然消滅っすかねえ…。最近、もう連絡がないっすよ」
     金沢さんが、ピクッと反応したように見えた。
    「え?いたんだ。森尾っち?」
    「そうかあ、かわいそうにね~、森尾君。わかるよ、そういうこと、あるよねえ…」
    「おめーの場合、勝手に連絡してこなくなったからだろうがよお!!」
     花田さんが何か思い出したみたいでキレた。そうか、そういうことだったのか。
     堀川さん、いい加減だからなあ…。
    「しかも、あたしの友達と浮気してたとか、どーゆー鬼畜だ、てめえ!!」
     わあ、手が付けられない(*´Д`) 修羅場だあ。堀川さん、サイテー。
    「まあまあ、みゆっち。その件は反省しているからさあ…。若者の前だよ、勘弁してよ~~」
    虫のいい堀川さんである。
     今にも殴りかかろうとする花田さんから必死に逃げている。浮気男は勝手に殴られていろ。
     ひとしきり追いかけっこした後、堀川さんがまた来た。
    「ところでさあ、森尾君。このキャンプ場って何か遊ぶところないの?カラオケとか、ビリヤードとか、ダーツとさ?」
    「キャンプ場をなんだと思ってんですか。あるわけないでしょ」
    「あ、『アクティビティ』とかあるんじゃないですか?」
     金沢さんが明るいトーンで答える。
    「なにそれ?」
    「『活動』のことですよ。キャンプ場で、時間があるときに遊んだりすることです」
    (金沢さん、そういうのやってみたかったんだろうなあ…。)
    「さ~~すが、大学生は違うねえ」
     堀川さんは感心している。
    「で、森尾っち、ここなんかあんの?」
    「…ここはファミリー向けですから、アスレチックとか釣り堀とか、ありますよ。あとは、海の近くですから、灯台とか岬までの遊歩道とかあったはずですね」
    「う~~ん、ボク、アスレチックっていう歳じゃないからな~~」
    「魚、苦手だからアタシ、釣り堀はパス!」
    「なら、灯台とかどうです?ここの灯台は真っ白でキレイですよ。海の近くまで行けて眺めもいいですし」
    「お、いいねえ! ロマンチックじゃない!よっしゃ、それにするわ。よし、みゆっち!おいらと一緒に夕陽を見に行って、ロマンチックな気分になろうぜ!」
    「しょ、しょうがねえな。付き合ってやるか」
     花田さんはまんざらでもないのか…。どういう関係なんだ、この二人は?
    「でも、日没はあと3時間くらい先です。あと、方角的にも太陽は見えないと思いますよ?」
     私の台詞のほとんどを聞かずに二人は行ってしまった。
     やれやれ…。
     ふと気づく。今、自分は金沢さんと二人きりになってしまったことに。
     気まずい。最近全然喋っていなかったし。どうしよう…。

    3 沙紀さんからの告白

     5分か10分くらい、沈黙が訪れた。
     う~~ん、気まずい。なんか…超、気まずい。
     金沢さんも全く喋らない。
     このまま、堀川さんたちが帰ってくるまで待つしかないのかなあ……。
     もう間がもたないんですけど。
    「なんか、しゃべって…」
     金沢さんが口を開いた。
    え?なんか声のトーンがさっきまでと違う。なんか怒ってます?
    「ど、どうも、金沢さん、久しぶり」
    「『沙紀』」
    「金沢さん?」
    「『沙紀』!」
    どうやら、下の名前で呼べということらしい。なんなの?
    「えーと、沙紀さん?」
    「なーに?ユージン」
    ちょっとだけ金沢さんはニコっとした。
    え?今、下の名前で私のこと呼んだ?なんか既視感あるんだけど、気のせい?
    だがすぐに、すっと金沢さんは暗い顔になる。
    「ようやく、呼んだな!15年ぶりか???」
    え?なに?なんなの?そのキャラ?『魔王』とかじゃないんだから…。
    15年前って…幼稚園くらいのこと? 私、そんな呼び方したの…????
    「さっきから、なんか怒ってます? 私、なんかしました? ……あの~~、アスレチックにでも行きます?気分転換になるかもですけど…?」
    「怒ってる!」
    「なんで!?」
    「ずっと、私の気持ちに気づいていない!」
    「はい?」
    「森尾君、ずっとあなたのことが好きでした!」
    「へ??????」
    晴天の霹靂とはまさにこのことだ。考えてみることもしなかった。イスからずり落ちた。いやまじで。
    あと、さっきから声がでかい。周りの家族連れとか、キャンパーに聞こえるって…。
    慌てて立ち上がると、金沢さんに声をかけた。
    「え??なんで???どこに好きになるポイントがあるの?俺、…」
    (オッサンだよ??)と言いそうになって言葉を飲み込む。
    「全然、イケメンじゃないよ???」
    「幼稚園の時、初めて遊びに誘ってくれたやさしい森尾君が、好き! 
    小学校1年生の時、給食が遅くて残されていた時、私の給食を全部食べてくれて、そのあと、先生に意見して、居残りをやめさせた勇気のある森尾君が好き! 
    小学校3年生のとき、書記で緊張して黒板の文字を間違って、みんなに笑われたとき、かばってみんなを叱り飛ばしてくれた森尾君が好き! 
    中学校の時、いじめっ子グループを残らずみんな叩きのめした森尾君が好き! 
    中3のとき勉強を優しく楽しく教えてくれた森尾君が好き!
    いつもかっこよくて、でも全然誇ろうとしない森尾君が大好き! 
    笑顔が好き。全部、全部大好き!」

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    ※あくまでイメージです

    (あー、したかも。ぜ~~~んぶしたかも。でも、金沢さんだけにしたわけじゃないんだが…。ついオッサンのときの癖で、困ってそうな子どもを見ると、面倒見ちゃうんだよなあ…。でも、別にかっこよくないぞ。そう見えているだけだぞ?)
    そんなことを考えていた。
    「無理なら、しなくていいっていったから、私、ギャルもやめた!
     本当は無理してんだ。でも心はギャルの強さのままでいるの! 
     もう我慢しない! 森尾君のことが好き!
     私ならずっと一緒にいる。 私のこと、ちゃんと名前で呼んでほしい!」
     ついに金沢さんは私に抱き着いてきた。まあ大胆なこと。
     強い。恋する女の子ってこんなに強いもんなの?
     もう、あきれるやら感心するやらしていると、後ろから拍手の音が聞こえた。
    「堀川さん、花田さん? え? もう戻ってきたんですか?」
     二人の気配に気づいた金沢さんがパッと私から離れた。
    「遠いよお~~もう、何時間かかるのよ~~?っていうか、ごめんねえ、邪魔だったねえ」
     あなた、大泉さんですか?なんか脳内再生がひどいんですが。
    「サキ!やっと言えたね! おめでとう!!」
     花田さんが金沢さんに抱き着く。
    「ど、どの辺からいたんですか?」
    「え?もう、最初の辺りから」
     堀川さんがしれッと答える。
    (は?全然、行ってなかったわけ??? )
    「じれったかったよね~~、森尾っちはサキのこと待たせすぎだぜ、ほんっとに」
    (そ、そんなこと言ったって…。)
    「じゃあ、初めから二人で仕組んでいたんですか…?」
     一瞬、堀川さんと花田さんは顔を見合わせ、声を揃えた。
    「「まあ~ね~~」」
     二人で息もピッタリ。微妙にムカつく……。
    「さて、いいものを見せて頂いたところで、ちょっと早いですけど、『テントターーーイム』!!」
     堀川さんが元気よく言った。
    「は?なんですかそれ?」
     聞いたことのない言葉だった。
    「え?知らないの? キャンプっつったら、テントでしょ?」
    「テントもう、張ったでしょ?(ほとんど私が)」
    「次は、下のテントでしょ?」
     堀川さんは自分の股間を指さした。
     お下品!!!(*´Д`)
    (微妙にテント張ってるやんけ!!!???)
    「もう、おいら、スタンバッててさ。こっからはカップル同士でいきましょ?」
    「な、何考えてんすか!!???社長になんて言い訳するんすか!!!???」
    「森尾君よお…、固くしておいて、固いこと言いっこなしよお??(ドヤ顔)」
     (オヤジギャグかよ!!???あと、そのドヤ顔、けっこうムカつくんですけど…。)
    「若いからこそ、羽目を外すんじゃん??」

    「じゃあ、うちらコッチのテント。森尾君ペアはソッチね。はい、荷物交換!移動するよん」
     堀川さんの動きは素早かった。なんでこんな時だけ…?
    「ちょ、ちょっと、花田さん。堀川さんが!!!暴走してます!!!なんとかしてくださいよ!!」
     若干、まともそうな花田さんに助けを求めたが、女性陣はなぜか、モジモジしている。
    「あ、みゆっちはもう先ほど、ボクちゃんが『仕込み』済み♡ 何言っても無駄よん」
     ナニしてんだ、あんた。
     呆気に取られている間に、堀川さんは手早く荷物の入れ替えを済ませ、片方のテントに花田さんを連れ込み、そこを占拠してしまった。そして入り口のジッパーを固く閉ざし、籠城戦に出たのであった。
     こうして、哀れな私はまた、窮地に追い込まれた。
     

    4 離脱

     とりあえず、テントから離れた。
     さすがに職場の先輩二人の|そういう声《・・・・》は聞きたくなかった。
    「はあ…」
     深い深いため息が出る。どうするの、この場?
     どうやって切り抜ければいいの、オジサンは??
     私は椅子に深く腰掛けた。
    「……あの、か、いや沙紀さんは、どうしたらいいと思います???これ???」
     オジサンらしからぬ、間抜けな質問をした。聞いてどうするんだ。
    「いや、ごめん、何でもない。ちょっと混乱してる。考えさせて」
     私は顔の前を手で覆い、椅子に座ったまま、背を丸めた。
     危うくさっきは「金沢さん」言いそうになった。
     いや、この場合、そう呼んだほうがいいのか?
     距離を取ったほうがいいのか?
     そうしたら、彼女を傷つけてしまうことになるのではないか?
     彼女は勇気を出して渾身の告白をしてきたんだぞ??
     それをきちんと受け止めるのが男ではないのか?
     「据え膳食わぬは」というではないか…。
     若い娘が目の前に…。仲良くなれるチャンス。
     しかし、私はオッサンだし…。
     責任問題が…。
     でも、社長の娘だし。
     手を出したら面倒なことに…。
     っていうか、春華はいいのか?春華は…?????
     頭の中がひたすらグルグルしている。混乱して収拾がつかないようだ。

     あれ??俺、なんか見落としていないか???
     また、何かを見落としていないか???
     
     沈黙の時間が流れていた。
     向こうは私のことをだいぶ意識してくれていたらしいが、こっちは…悪いけど、ほとんど覚えていない。
     でも、彼女の名誉のために言わせてもらえば、沙紀さんだってけっこう美人ではある。切れ長の目と通った鼻筋と長いまつげ。きめ細やかな肌。艶のある黒髪。春華のように派手な、輝かんばかりの美しさはではないけれど、落ち着いた感じの…。
     そして、彼女は実は巨乳だった。
     服の上からでもそれとわかるくらいの。
     胸の大きい女性に憧れのあった自分はこの場の誘惑に耐えられそうになかった。なにより、ここまで自分に思いを傾けてくれた人を無下にできようはずがないのだ…。
     もう、いっそこの場の劣情れつじょうに身を任せてしまおうか…。しかし、しっかりと責任はとる。沙紀さんとこの先の人生を歩むのもやむなしなのか…と心の中でよぎった時、沙紀さんが近づいてきた。
     
    「も、森尾君、じゃなかった!!さ、ユージン!私たちもシよ! なあに?初めてで緊張してるの? 大丈夫、私も初めてだから!」
     大胆なこと言い出した。大丈夫かなあ…と心配になる。そして、沙紀さんも私のことを「森尾君」と言いそうになっている。そりゃそうだ。もう十数年の関係性があるのだ。そして、カラ元気なのは明らかだった。微妙に声が震えている。だいぶ、決心が必要だったろう。沙紀さんの健気さに心が痛かった。こんないたいけな娘さんをオッサンがどうにかしていいはずがないのだ。
    「沙紀さん、声が震えてるよ…。無理してまでそういうことって、するもんじゃないよ…」
     やっぱり、オッサンとしてのなけなしの矜持が許さない。
     それこそ、やっぱり「キッショいオッサン」でしかない。
     『なんなん?この自分の安いプライド』って自分で思うけど、仕方がないのだ。
    「ふ、震えてないもん! ユージンだって、中3のとき、ずっと私のムネ見てたでしょ?わかるんだから、そーゆーの!!!」
    (鋭いなあ…。やっぱあのとき、胸を強調するような服を着ていたのはそのせいか…)
    「いっつも男子に見られるの、やだったけど、べ、別にユージンになら、いいよ! ほら、チャンスチャンス。童貞を棄てるチャンスだぞ~~」
    (なんか自棄やけになってない??しかも、私、童貞じゃないんだが。あ、でもこの体はそうか…、どうなるんだ、この場合???)
    「ユージンだって、あの彼女さんとまだなんでしょ?も、もう、諦めた方がいいよ?もう、無理なんだから」
     そんなことまで言ってきた。
     彼女の必死さが伝わる。あとには引けないのだろう。
     とはいえ、そんな簡単に心の切り替えがきくものか…。私は返事をしかねていた。
    「ね?ね。 私にしなよ。 私なら、ずっと傍にいられるんだよ?」
     嗚呼ああ、その台詞、さっきも言ってたなあ…。
     「私なら・・ずっと一緒にいる」だったか? 
     それはもちろん「春華さんと違って」って意味か…?
     ん????
     その時、はっと気付いた。
     いや、違う。そういう意味じゃない。
     さっき俺は「音信不通」と言ったけど、それしか言っていない。
     なんで沙紀さんが春華さんの事情を知っている?
     なぜ、春華さんがもう俺といられないことが確定しているような言い方ができる???
     春華さんに何かあった?
     そしてそれをなぜ沙紀さんが知っている??
     そういえば、一週間くらい前、駅前のスタバで麗子さんっぽい人が誰かと話しているのを見た。黒髪で顔は見えなかったが、髪の長さが今の沙紀さんと同じくらいだった…。

    「沙紀さん!?」私は立ち上った。
    「はい!」
     沙紀さんは元気よく答えた。場が動くと思ったのだろう。
    「誰かと最近会った?」
    「え!!!????」
     明らかに、沙紀さんは動揺していた。
     それが答え・・だ。
    「春華さんの、お母さんだね?身なりのいい、大きな帽子をかぶった『貴婦人』みたいな人でしょ?」
     人が悪いようだが、カマをかけてみた。
    「し…、知らない。そんな人」
     沙紀さんは手足が震えている。嘘のつけない人だ。
     そっと私は沙紀さんの肩に手を置いた。
     自分にはそれが精いっぱいだ。
     ちゃんと話さなければいけない。ちゃんと。
    「沙紀さん、本当にありがとう。俺みたいな人を好きになってくれて。でもね、俺は実はちょっとだけズルをしている。本当は、卑怯な人間なんだ。やりたくてやっているズルじゃないんだけど…、ズルはズルなんだ。だから、君のまっすぐな思いには応えられないんだ。本当に、ごめんね。そして、本当にありがとう」
     沙紀さんにありありと悲しみの色が広がる。
     何を言っているのか、自分でもよくわからないが、「君の思いには答えられない」それだけは伝わったと見える。
     本当に申し訳ない。
     
     次はテントの方へ歩いていった。
    「堀川さん?」
    「わあ!!何、森尾君、冗談やめて?今、大事なとこなんだから!!!」
    「聞きたいことがあります。堀川さん!あなた、麗子さんから頼まれましたね?」
     だいいち、これだけお金がかかるイベントを堀川さんが出せるはずがないのだ。
     沈黙が訪れた。もう、それが答え・・だろう。
    「……依頼主は明かせねえなあ…。」
    (それに今、『依頼』って言ってるなあ…)
    「でしょうね。じゃあ、麗子さんとの堀川さんの関係だけ教えてください。 それなら裏切ったことになりませんよね?もしかして、堀川さんは麗子さんの親戚かなんかですか?以前、宮城県出身だって言ってましたよね?」
    「……勘弁してよ、森尾く~~~ん」
    「じゃあ、ここ開けますよ?」
    「わかった!!分かりました!!叔母だよ、俺の。麗子さんには散々お世話になってるの!!」
    「ありがとうございます!それで十分です。 ちなみに、花田さんも沙紀さんのことを聞かれたでしょう?謎のご婦人に?」
     花田さんは黙ったままだ。それが答えだ。彼女は上手な嘘なんてつけない性格なのだ。
    「お邪魔しました。私は行くところがあるので、これで失礼します!」
    「ちょちょちょ、森尾君、バーベキューは??」
    「あとはなんとかしてください!」
     あとはもうめんどくさいので、ぶん投げることにした。
     自分の個人的な荷物だけ車に詰め込んだ。あとは堀川さんにレンタル品は返してもらおう。どうせ堀川さんの名義で借りているのだし。
    「堀川さん、沙紀さんごめん、俺は…行くよ!」

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    ※あくまでイメージです


     なにはともあれ、一人の女の子を置いていくのだ。よい気はしない。

    5 絶縁

     宮城の大川家まで行く途上で、私は腹を立てていた。
     麗子さんが沙紀さんを焚きつけたことに関してである。
     たぶん、沙紀さんの気持ちは気持ちとして本当のことなのだろう。しかし、その裏で麗子さんが糸を引いているのは明らかだった。しかも沙紀さん本人だけでなく、堀川さんや花田さんも懐柔していたと見える。あるいは社長や奥さんにも手を回していたのかもしれない。私自身が利用されたり、罠に嵌められるのはともかく、そこに他の人も巻き込まないでほしい。
     なにより、女の子の純情な恋心を利用するのはオジサンには許しがたいことのように思えた。ましてやこの計画を画策したであろう麗子さんは女性ではないか。
     とはいえ、疑問もある。理由は分からないが、これまで麗子さんは春華と私をくっつけようとしていた。それを今になってなぜ沙紀さんとくっつけようとするのだろう?
     もしや、私の正体がバレた?小汚いオッサンだということがばれたのだろうか?
    「オジサンの生まれ変わりなどに、ウチの春華はやれません!」と心変わりをしたのだろうか?
     考えづらい。正体がバレるようなことはしていないし。それだったら、そんな小汚いオッサンを沙紀さんに押し付けようとするその性根も我慢がならない。ただ、麗子さんがそんなことをするとも思えない。
     何かある。絶対に何かがあるということなのだ。
     私はそれを知るために大川家に急いだ。そうでなくては仮にも職場(?)のキャンプを途中で投げ出したりするものか。
     
     私はそのまま車を走らせて、春華の家まで向かった。着いたときにはもうすっかり夜になっていたが、かまいやしない。
     長屋門を入った時点で警報装置が鳴ったが、源じいに止めてもらって、取り次いでもらった。幸い、伸宏さんも麗子さんも起きていた。
     居間らしき一室に通された。伸宏さんと麗子さんが部屋着のまま出てくれた。ありがたい。
     
     ただ、私はこの時、気付くべきだったのだ。この事態のただならなさに。
    この二人がこんな時間に私に会うことの意味を。
     
    「…よくわかりましたね」
     それが麗子さんの第一声だった。やっぱりアンタの企みだったか…。
    正直、『随分、練り上げた作戦でしたね』という嫌味の一言も言いたいところだった。本当に恐ろしい、底知れない魔女を相手にしてる気分だ。いまはしかし、それどころではない。
    「夜分に申し訳ありません。春華さんに何があったのですか?」
     用件だけ述べる。
    「…光彦みつひこさんが、話したのですか?」
    「光彦」は堀川さんの下の名前だった。
    「いえ、先輩は最後まで白状しませんでした。沙紀さんの『私なら』という言葉と、1週間前に麗子さんの姿を米沢駅前で見たのが決め手でした。」
    堀川先輩はあんなだけど、いい人だ。彼を貶おとしめたくはなかった。
    「そう、私の手落ちってわけね。ぬかったわ…。あなたのお仕事中の時間を狙ったのにね…」
    「仕事中にお使いに出されることも多いんですよ、下っ端ですからね」
     私はこんな時に不謹慎だが、麗子さんの策謀を見抜いたことで少し得意になっていた。
     だから、そのときに気付かなかったのだ。
     このときに隠された大川家の秘密を。

    「おかげで、沙紀さんには悪いことをしました…」
     私は、暗に麗子さんを責めた。
    「……そう…。私が『あなたなら』と言ったのが裏目に出たようね…」
    「それは裏返せば、春華さんに何かあったということでしょう?
     以前は私と春華さんをくっつけようと画策していたのに、今度は沙紀さんと私をくっつけようとする…。
     麗子さんの意図は何です?
     最近、全然私のところにも春華さんから連絡が来ません。
     教えてください。春華さんに何があったのです?」
    「ちょっと、いいかな…?」
     伸宏さんが話し始めた。
    「言っていることの半分くらいは分からないのだけれど、またウチの麗子が色々動いて、君に迷惑をかけたようで、申し訳ない」
     またも今回の企み(作戦?謀略?)は伸宏さん抜きで行われていたらしい。
     というか、伸宏さんの態度トーンがいつもと違うことに気づいた。
    「だが、それも春華を思う親心というやつなんだ。本当に勘弁してほしい。いろいろ振り回してすまなかった。だが、春華のことを君にお伝えする前に、一つだけ確認させてほしい」
    「なんですか?」
    「君は、ウチの春華のことを本当に好きなのかね?」
     頭に稲妻を落とされたような衝撃だった。それは核心をついていた。
    「え???な、なんで、そんなことを…?」
    「いや、君の言動を見ているとね、春華にイヤイヤ付き合ってあげているような、そんな感じがしててね。
     親バカで申し訳ないんだが、私達夫婦は春華のことが世界一かわいい。
     その春華はたぶん、君のことを好いている。
     その、世界一かわいい子どもには、幸せになってほしいんだよ。
    君は以前、『不釣り合いだ』『分不相応だ』みたいなことを言っていたけど、そんなこと、親にとってはどうでもいいんだよ。どうでもいいんだ。」
    2回言った。伸宏さんの言葉は続く。
    「君が言う、その言い分は、春華から逃げるための言い訳じゃないのかね?
     愛し、愛されることが、人としての幸せだと思う。何の駆け引きも条件もなく、純粋にね。どこまでも、だ。
     世の中のみんながみんな、そうじゃないことは分かっているけど、それでも自分の娘にはそうなってほしいんだよ。いや、もう、そんなこと・・・・・も言えないんだが…。」
    「え?」
    「いや、なんでもないんだ。とにかくね、今まで春華が君のことを振り回していたみたいで、迷惑をかけた面もたぶんにあったと思う。それは親として、春華に代わって謝る・・・・・・・・。すまない。」
    『代わって』???どういうことだ??
    「……春華さんに会えないんですか、私は?」
    「それが君の望みだったのではないかね?」
     言葉に詰まる。図星だ。それが本音の部分だった。
     まさか、そんなことを見抜かれていたなんて…。
    「……返事がないのなら、それが答えだということだね。
     残念だが、これまでだ」
    「え?」
    「お引き取りいただこう。森尾君。
     そして、二度と、ウチの敷居は跨またがないでいただきたい
    」
     深々と伸宏さんが頭を下げた。19歳の私に。それはもはや動かしがたいほど重みのある言葉と態度だった。
     面食らった。まさか、こんなあっさりと絶縁宣言がなされるなんて…。
     私はすぐに麗子さんを見た。
    「伸宏さんの言うことが全てです。これまで、私も春華もご迷惑をおかけしてすみませんでした」
     こちらも深々と頭を下げ、殊勝な態度で私に頭を下げた。
     
     もうその時の私に、自分の発する言葉は見つからなかった。
     
     こうして私は大川家から追い出された。
    「もう来るな」と言わんばかりの態度であった。
     あまりのことに、しばらく私は茫然としていた。
     これまでと全く違っていた。
     私は驚いていたというよりも、体全体に冷水を浴びせられた気分だった。
     
     そもそもなんで私は夜中に2時間も車を走らせてここまで来たのだろう…?
     そんな思いが頭をよぎった。
     
     そして伸宏さんの言葉の端々には違和感があった。麗子さんの態度にも。
     それは澱おりのように私の中に残っていた。
     まるで、「春華はそこに居るのに会わせられない」といった感じだった。
     

    第5章 奇跡

    状況を整理しよう。
     
    ➀前世で「キっショいオッサン」だった私は転生して、未練がましく前世の妻を探している。
    ②何度かミスった後、高3でついにそれらしき人、春華さんを見つけた。
    ③ほぼ不審者同然だった私は、苦労して話しかける機会を得たものの、ただの勘違いだった。
    ④でもなんか相手に気に入られた(たぶん)らしく、付き合うことになった。
    ⑤でも、東京への大学進学を機に音信不通になった。
    ⑥一方、あんまり身に覚えがないが「幼馴染」が告白してきた。不意を突かれたが、ちょっとうれしかった。
    ⑦でも「キっショいオッサン」である自分とくっつくのはあまりに不憫でお断りした。
    ⑧その後、これまで消極的な私の態度が気に食わなかったらしく、春華さんの親からは絶縁された。
     ↑今ココ
     
     まあ、こんな感じか。
     う~~ん、二度にわたった私の人生初の『モテ期』が来たかと思ったが、やっぱり人生は思うようにいかないもんだなあ…。実に残念至極。
     諦めて、妻をまた探すか…。それにしてもあてのない探索だからなあ…。相手が私と同じように転生しているかも分からないし、仮に転生していたとしても、人間であるかは分からないし、年代がずれているかもしれない。もういっそ、一人を楽しむしかないのかなあ。
     仕方がないな。もともとそのつもりだったし。
     約1年前の状況に戻っただけだ。うん、寂しくない、寂しくない。

    1 理由を探しに行きます

     だが、なぜこんなにも悲しいのだろう。
     まるで心がずっと泣き続けているかのように悲しい。
     なぜ、私は春華の家にわざわざ行ったのだろう、あんな遅い時間に。何時間もかけて。
     その理由は、もうわかっていた。
     それが答えだからだ。
     私は前世から好きだった『星の王子様』の話を思い浮かべていた。あの話は物語の後半でキツネが出てきた。
    「かんじんなことは目には見えないんだよ」と、とても大事なことを言っていたキツネだ。そのキツネは、こうも言っていた。

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    超、印象的な話でした…


    「めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。まもらなきゃならないんだよ」と。
     そして、キツネは星の王子さまにバラのところへいくことを勧めた。王子さまは自分の星にいたときに、わがままなバラに振り回されながらも、さんざん面倒を見てあげていた。そのバラが、王子さまにとっては世界に一つしかない大切なバラだと気づくのだった。そんなエピソードがあった。
     春華は私にとってのバラだったのかもしれないな、と思った。
     前の妻あやかよ、そして沙紀さん、すまない。
     俺は、行かねばならないようだ。
     
    「お暇をいただきたく存じます。」
     私は翌日の早朝、社長に直談判した。
    「また古風だね。『辞める』ってことかい??」
     社長はいきなりのことに驚いていた。
    「少し調べたいことがあります。できればひと月くらい休暇を頂きたいです。ダメなら解雇(クビ)でも構いません」
    「う~~ん、そんなに長期間も休まれるとなあ…、ウチも困るなあ…。しかも突然でしょ? そして、その格好、もう今日からどっかに行こうってことかい?」
     私は仕事着を着ていなかった。すでに東京にむかうべく大荷物を持っていた。
    「事情があって、ことは急を要します。突然の申し出になったのは申し訳ありません」
    「う~~ん、困ったなあ…。君の分の仕事もあるしなあ。いきなりいなくなられるのは困るなあ…」
     社長の態度は煮え切らない。
    「では、今日から無断欠勤ということで、解雇でも構いません。お世話になりました。」
    「ちょっとちょっと。いきなり何だい?? 森尾君、ウチのサキとうまくいかなかったの?」
    「?いきなり何ですか? 沙紀さんは関係ありませんよ?」
    「いや、キャンプから帰ってきたら、サキは不機嫌だし、元気ないし…」
    「それは、沙紀さんに聞いてください」
     我ながら酷なことを言う。
    「お~~。森尾君、やめちゃうの??」
     堀川さんが出勤してきた。花田さんも一緒だ。
    「残念ながら、そういうことになりそうです」
     私はそう答えた。
     それに構わず、堀川さんが喋る。
    「も~~~あのあと大変だったのよ~~。バーベキューとかさ~、うちらだけでやるし…片づけも大変だったし…」
    「途中で失礼して、本当にすいませんでした」
     そう言えば、キャンプ場に帰るの忘れていた。わざとだけど。
    「もう、沙紀ちゃん沈んでるし、空気が地獄だったよ…地獄!」
    (それは仕方ないじゃん…)
     胸が痛んだ。
    「なんだよ、森尾っち、沙紀の何が不満なんだよ~~? あたしほどじゃないけど、胸もデケエだろ?」
    「社長の前で、そういうこと言わないでくださいよ…」
    「お前、暇さえあれば、あたしの胸ばっか見てるじゃねえかよ」
    「見てませんよ! 冗談やめてください」
     花田さんは時々、作業着の胸元を開けているから、ついつい目のやり場に困るのだ…ってナニを書いているんだ…!!???
    「え?そうだったの?森尾君?君、実は年増おばさんねらいだったの???」
     堀川さんがわざとらしく、驚く。
    「だから、見てませんって」
    「誰が、オバサンだ、テメエ!!!」
     堀川さんが花田さんに腹を殴られる。
     こういうやり取りももう見られないんだなあ…。
    「なんだなんだ? また朝から夫婦喧嘩かよ?」
     日高さんも出勤してきた。
    「おはようございます、日高さん」
     先に私の方から挨拶はしなくてはならない。
    「おう、森尾。おはよう。なんでえ、その格好?」
     日高さんは早速、私の格好に気付いた。
    「訳あって、辞めることになりました。今まで、本当にお世話になりました。」
     日高さんに深々と頭を下げた。
     本当に日高さんにはお世話になった。ちょっと厳しいけれど、いろんなことを教わった。
    「堀川さんもありがとうございました。あなたが先輩で、本当によかった」
     堀川さんにも深々と頭を下げる。
     堀川さんは、こんなんだけど、本当に感謝している。生意気な後輩で本当にすまないと思っている。
    「え~~~????やめちゃうの?、俺これから誰をいじって遊べばいいのよ??」
    …(#^ω^)ピキピキ ちょっとキレそう…。
    「花田さんも、ありがとうございました。お世話になりました」
     花田さんには浅いお辞儀をした。
    「…お、おう。…アタシにゃ、なにもなしかよ?突然すぎるだろ、お前」
     ごめんなさい、正直あなたのこと苦手です。
    「…じゃあ、用事が済んだら、早く戻ってこい。おめえの分の仕事、残しておくからな」
     日高さんが言った。
    「え??日高さん、なにを勝手に。本人が辞めるって言ってんのに…」
     社長が慌てる。
    「…おい、たっつあんよお…」
    『たっつあん』というのは、社長の本名「金沢達彦(たつひこ)」のことだ。二人は古い付き合いだし、むしろ日高さんの方が年上だった。もちろん普段は日高さんは社長のことを立てている。こう呼ぶのは、日高さんが社長に腹を立てている時だ。こういうときはけっこう、ピキピキにキレている。怖い。
    「な、なに?」
     社長はビビっている。
    「仕事は『できるかどうか』。それだけだろうがよ? 人件費を削減できるとか、ケツの穴の小せえこと考えてんじゃねえぞ? この坊主のおかげでうちの事務仕事も在庫管理もかなり助かってるじゃねえかよ?ええ?」
    (あ、工事の技術面では評価してくれないのね…しかも『坊主』扱いだったのか私…)(悲)
    「は、はい」
     社長は泣きそうだ。日高さんの迫力はものすごい。
    「…つーわけだ。はええとこ、用事済ませて戻ってこい。てめえはうちの戦力なんだからな。」
    「聞いていたんですか?」
     私は驚いた。もしかして外にいたのだろうか…?
    「…ああ、最初からな。事情はわからねえが、男が急ぐってこたあ、それなりのことだろ?」
    「は、はい!ありがとうございます」
    「さあすが、日高さん! カッコいいねえ!」
     堀川さんは感動している。ほんとに日高さん大好きだな、この人。
    「ありがとうございます。では、行ってきます」
     こうして私は、東京に向かったのである。春華に何があったか調べるために。まずは春華の通っていた大学で聞き込みなどをするしかない。伸宏さんも麗子さんも協力的でない以上、そうするしかないのである。
     そのときの詳細は例によって省く。ちょっと長くなるし、あまり本筋と関係がない。
     

    2 決意

     二週間後、私は再び、大川家に向かった。ある晴れた昼下がりのことである。季節はもう夏に差し掛かっていた。日差しもやや暑かった。
     
     大川家の長屋門を車で通り抜けると警報が鳴った。相変わらず高いセキュリティレベルだ。米国国防総省(ペンタゴン)かよ、しらんけど。
     すぐに源じいが出てきた。清さんもいた。
    「なんだ、君か。遅かったな」
     源じいは私が来るのを分かっていたようだった。
    「あらまあ、お久しぶり。みんな待ってましたよ、あなたのこと」
     清さんは相変わらず呑気だ。
    「御無沙汰してます。相変わらず、お二人とも元気そうで何よりです」
    挨拶を交わす。
    源じいも清さんも私の格好に気付いた。
    「お、なんだい君の格好は?」

    画像
    こんな感じだったらしい。

    「まあ、素敵なお召し物。それに、そんなおっきなお花まで」
     私は、上下真っ白なスーツを着ていた。シャツもネクタイも革靴も白で揃えていた。そして手には大きな白いバラの大きな花束を持って自分の粗末な軽の中古車から降りたのである。不似合いなことこの上ない。
     それは自分でよくわかっている。
    「今日は春華さんに結婚を申し込みに来ました。そのための格好です」
     私は来訪の意図を告げた。
     私は見落としていたのだ。重要なことを。そのためのヒントはいくつもあった。それを注意深く見ていなかっただけだったのだ。
     これだから人生は難しい。
     しかし、常にシンプルでもある。
    「ほう、そうかい。ようやくかい」
    「あらまあ、素敵」
     二人は感心していた。
    「何の用だ!!??」
     いつの間にか駐車場の近くにまで伸宏さんが来ていた。
     部屋着のままである。
    「ご無沙汰しております、伸宏さん。今日は春華さんに結婚を申し込みに来ました」
     一言一句、今度は力強く言った。
    「けけけけ…結婚だと!!!??? 君は…正気か…!!???」
    「じゃなきゃ、こんなマンガみたいな、阿呆あほうな格好してきませんよ」
    「うちの敷居は二度と跨ぐなと言ったはずだが…?」
    「まだ跨いでませんよ?ここはまだ庭先でしょう?」
    「くっ!!屁理屈を述べおって!! 源じい、コイツは侵入者だ! やってしまえ!!」
     くっそう、やっぱりそう来たか。
     しかし、源じいは気が進まなさそうだ。
    「え~~~????」って顔をしている。
     源じいは渋々言った。 
    「じゃあ、森尾君。手を前に出して」
    「え?こうですか?」
     ゆっくり左手を源じいの前に差し出した。源じいはそれにひょいと顔を近づけてきて、触れるか触れないかというくらいのところで、
    「ぐっはああああああ!!!!!」
     と叫んで、大げさに吹っ飛んだ。
     というか自分から飛びのいて転がった。
    「ダ、ダメです! 旦那様。やつは強い!!! 愛の力は偉大ですじゃあ!!」
    源じいは大げさに叫んだ。源じい、こんな三文芝居もできたんだ…。
    「まあまあ、源ちゃんったらカッコイイわねえ」
     清さんは相変わらず呑気だ。
    「くっ!源じいがやられるとは!! しかし、もうすぐ警備会社のスタッフが来る。ウチの契約は『スペシャルコース』だから、大勢来るぞ! 貴様に太刀打ちできるか!!??」
     伸宏さんはなぜかノリノリだ。
    「何人来ようが、構いません! 押し通るまでです! 
     第一、私は春華さんに用があるんだ。そこをどいてください!!」
    「くっ!春華は君のことなど相手にせんぞ・・・・・・・・・・・・・・・!」
    「そうしたら、私は大人しく引き下がります。でも、僕は何度でも来ます。春華さんが本当に嫌がるまでね」
    「なぜ、そこまで!!!?? なぜ君はそこまでする!!???」
    「春華さんが好きだからです! 決まっているでしょう!!?? 僕は結婚を申し込みに来たんだ!!」
    「……君は春華にイヤイヤつきあっていただけではないのかね? 
     離れることを望んでいたのではないか?
     あのとき、君は何も言い返さなかったじゃないか?」
     痛いところを突く。
     2週間ほど前の、絶縁宣言の時のことを指しているのだ。
    「遠慮していただけです。第一、あのとき伸宏さんは、私の返事も聞かなかったじゃありませんか!!??
     何より、失礼じゃないんですか?
     娘の彼氏にあんなことを言うなんて?!!」
     私も強く出た。ここで引き下がるわけにはいかないのだ。断じて。
    『断固たる決意』というやつだ。

    画像
    安西先生っ!!!


    「くっ!君は先ほど、春華のことを『好き』だと言った。結婚したいとも。  
     それは『愛』なのか? 
     本当に、本当の『真実の愛』というものなのかね?
    」
    「『真実の愛』がどんなものかはわかりませんが、腹は括(くく)りました!」
    「春華と結婚する気か!!!?????」
    「はい!」
    「春華がどんな状態であろうとも?」
    「無論です!!!」

     私は力強く宣言した。
    「そこまでです!!!」
     突然、麗子さんが現れた。しかも、よく見ると、すでに私たちは警備会社のスタッフに囲まれていた。ヘルメットに警棒と簡易的な盾をもった大柄な警備員が十数人もいた。しかも手甲や脛当てまでつけている。
     やるじゃねえか『スペシャルコース』。
     これを押し通るのは骨が折れそう…っていうか、マジで無理だな…   
     (*´Д`) 絶対無理。
     大ピ~~ンチ、心の中で呟いた。
    「伸宏さん、少し喋りすぎです。この間も思いましたけど…」
    「ス、スマン麗子さん…つい興奮して…」
    (ん?でもこの間は『伸宏さんの言うことが全て』って言ってなかったっけ??そうか。やっぱりな。私に適度にヒントを与えて、試していたんだな…。試すの好きだなあ、この人たち…)
    「森尾さん、覚悟はなさっているようね?」
     麗子さんが私に話しかけた。
    「無論です。腹を括るということはそういうことです。私はもう引きません。春華さんに拒絶されない限り」
     はっきりと言った。
     麗子さんは少し考えているようだった。この場は麗子さん次第だ。麗子さんが警備員さんたちに私を拘束する指示を出せば、私はここで終わりだ。
    「あなたを不法侵入で訴えることもできるんですよ?」
    「そうですね、弁護士の伸宏さんなら朝飯前でしょう」
    「それでも構わない?」
    「構いませんよ、何度でも来ます。春華さんに拒絶されない限りね」
     数分の沈黙が流れる。緊張する。
     口を開いたのは麗子さんだった。
    「……源じい、清さん。警備会社の皆さまに『お手当』をお出しして。悪いけれど、お引き取りいただくわ」
    「はい、ただちに」
     源じいと清さんが長屋門の中に入っていく。その『お手当』を取りに行くようだった。
     麗子さんは警備会社の方々にお礼とお詫びを述べていた。
     そして、私の方に向き直る。
    「あなたの覚悟はわかりました。私たちの負けね。仕方ありません。春華に会っていただきます」
     私は心の中で快哉を叫んだ。
     しかし、その直後に、麗子さんは言ったのである。
    「ところで、あなたのその、白くてダサイ格好はなんなのかしら?」
     ……痛いところ、突かないでくれ (*´Д`)
     

    3 真相

     それから、私と伸宏さん、麗子さんとで母屋の一室を使い、答え合わせを行った。
     以下はその概略である。
     結論から言えば、春華は乱暴を受けて望まぬ妊娠をしていたのだった。
     そのショックから、心神喪失状態が続いているのだという。
     ある程度は予測していたが、やはりショックだった。
     よく聞く話かもしれないが、吐き気のするくらい気持ちの悪い出来事だった。私でさえそうなのだから、伸宏さんや麗子さんの心痛は察するにあまりあるものだった。
     春華は、大学での、新入生歓迎コンパの席で慣れないお酒を飲まされたのだった。入学して間もない時期の話だったのだ。彼女はロクに大学生活を送れていないのである。
     
     仙台で離れてから、ほんの少しの間である。ちょっと眼を離した隙にそんなことになってしまった。
     伸宏さんと麗子さんは、連絡の取れなくなった春華を心配して訪ねたところ、その事態が発覚し、両親が春華を実家に引き取っていたのだった。
     私が2週間前に来たときにはすでに母屋の自室に匿かくまっていたのだった。「居るのに会わせない」というのは感じていたが、そういう事情があるのだった。
     今現在、彼女はもう周囲の人間とほとんど意志の疎通ができないという。僅かに食事を取り、トイレには自分で行く程度だという。お風呂も嫌がって入ろうとしないため、身体は麗子さんか清さんが拭いているのだという。
     乱暴された末に妊娠したのだから、中絶も考えたが、本人の意思や健康状態がしっかりしないうちはそれも難しいとのことだった。一方で、出産もいまの状態では難しいとのことで、伸宏さんもさすがの麗子さんも参り切っていた。いってみればにっちもさっちもいかなくなっていたのである。
     
     詳細は端折るが、状態はだいたいそのようなものであった。
     重ね重ね言うが、私にとってはショックが大きかった。
     特に大学で聞き込みの末に、春華の友達という人物から話を聞いたときの落胆とも怒りとも絶望ともつかない感情は形容のしようがなかった。
     むろん、犯人の男は生かしてはおけない。それなりの仕置きをしようと考えたが、すでに犯人のアパートはもぬけの殻だった。大学も退学したという。聞けば、すでに、伸宏さんたちが合法的に身柄を拘束して、生き地獄を味あわせているという。詳細は聞かない方が良さそうだった。
     
     一通り、話をした後、伸宏さんは私に念を押した。
    「それでも会うのかね、春華に?」
    「そのために来ました」
    「君は、春華と結婚できるのかね?」
    「私はさっき、『腹を括った』と言いました。それは、そういうことです」
    「わかった」
     なかなか念押しの強い家族である。
     

    4 再会

     私は両親の案内を受け、春華さんの部屋の前まで来た。ちょうどドアが開いて春華さんが出てきたところだった。不思議とタイミングが良かった。
     いや、違う。ちょうど、出てきたのだった。
     
     久しぶりに会った春華さんは部屋着に上下ともスウェットを着ていた。痩せて、髪もボサボサだった。しかし、その体はこころなしか、少しだけ明るく輝いているように見えた。しかし、それは私だけだったかもしれない。 

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    ※あくまでイメージです

    私は声をかけた。伸宏さんたちは少し離れたところから見守っていた。
    「もう大丈夫、春華さん。私が来た。つらい思いをさせてすまなかった」
     春華はこちらを見た。しかし、それは春華ではなかった。それが私にははっきりと分かった。あのときの、初めて春華と会ったときの、あのグラウンドと同じ時のあの感覚が私に蘇った。
    「きてくれたんだ、てっちゃん、やっぱり、優しいね…。」
     妻しか知らないはずの私の前世の呼び方を知っていた。それは私の前世の妻だった。あろうことか今になって、なぜかここに現れているのだった。
    「あやか??あやかなのか???やっぱり君がいたのか!」
     驚いたことは言うまでもない。私の直観は間違っていなかったのである。
    「うん、今だけなんだけどね。今だけなの。てっちゃんに会うために今だけ出てきたの…」
     なぜ今か、今だけなのか。今後はないのか、後から考えれば聞きたいことは山ほどあったのに、その時はもう頭が真っ白で、ほとんどロクに聞けない状態だった。
    「え?…そんな、いつから…?いつからあやかはそこにいたんだ?」
     それだけがかろうじて絞られて出てきた質問だった。
    「ほんとはね、最初に、あのグラウンドでてっちゃんが声をかけてくれた時から。うれしかった、飛び上がるくらい。また私を見つけてくれて…」
    嬉しいことをいってくれるじゃあないか!でも、だったら、どうして出てきてくれなかったのだろう?
    「じゃ、じゃあ、なぜ今みたいに出てきてくれなかったんだ…?俺がどれだけあやかに会いたかったか…」
    「うん。私も。 ……でも、この体は春華さんのものなのよ。生まれてからずっとそう。春華さんには春華さんの人生がある…。今は私がつなぎとめているから出てきているだけ。」
    (『つなぎとめている』ってなんなんだろう???)
    「え???どういうこと?じゃあ、私のこの身体にも元の人格があったということなのか?」
    「ううん、たぶんその体の元の人格はもうとっくになくなっている。いないもの。」
    「あと…、『つなぎとめている』ってどういう意味?」
    「……春華さんにすっごくつらいことがあったのは、てっちゃんなら知ってるよね…?」
     私は頷いた。
    「いま、春華さんはね、いなくなろうとしている。深い深い闇の底に向かおうとしている…。それをここ数日は必死に引き留めていたの。お腹の赤ちゃんもね…。でも、てっちゃんが来てくれて本当によかった。」
    「え?それって?つまり…??」
    「ごめん…、もう時間みたい…。 てっちゃん、春華さんを幸せにしてあげてね」
    あやかはそれだけを言うと消えてしまった。春華の体の周りを覆っていた光が消えてしまったのだった。それ以上、私が知りたいことはなにも教えてくれないのだった。
     何が起こっているのか自分でもよくわかっていない。
     その後、あやかが春華から出てくることはなかった。
     

    5 プロポーズ

     その一瞬ののちに「春華」が出てきた。
    「え?ユージン?どうしてここにいるの!??やだ、私、こんな格好!」
     春華は自分の格好に気付く。そりゃそうだ。そんな格好、いままで私に見せたことがないのだし。しかも髪はぼさぼさ。顔も洗っていないから、目やにもついているし、なんだかいろいろ汚い。
     だが、それでも春華は美しいと思う。かわいいと思う。
    「久しぶり。会えてよかった。俺は君に会えて、とてもうれしい」
    「え??何???だから、なんでユージン、こんなトコロに来てるの????」
     春華はもう、すっかり正気に戻っているようだ。
     私は一息に、力強く言った。
    「突然で申し訳ないのだが、俺と結婚してほしい。
     一生懸命、働くから。
     君を一生愛する。 幸せにする。 約束する。
     だから、結婚してほしい。
     ずっと俺の傍にいてほしい。」

     春華は突然の私の告白に驚いていた。そしてためらう素振りを見せた。
    「で、でも、私…」
     何かを言おうとしている。自分が遭った災難を…しかし、話せない。話せるようなことではないのだ。
    「大丈夫、お腹の子どもも幸せにする。
     二人で大事に育てよう。俺たちの子どもとして。
     子どもに罪はない。
     ちゃんとうちらで大事にしよう」

    「え????え????パパ???ママ???」
    『言ったのか?』という確認であろう。伸宏さんと麗子さんが頷く。
    「ユージンさんは自分で調べて、もうその『答え』に辿り着いていましたよ。私たちが何か言う前に」
     麗子さんが補足する。
    「知っちゃったんだ、そうか…。ユージン、ごめん」
    「謝る必要はない」
    「でも、私、こんなんだよ。本当にいいの…?」
     春華は泣きそうになっている。そう簡単に泣かせるものか。
    「君じゃなきゃダメだ。
     君の太陽のような笑顔が好きだ。
     君のすべてが好きだ。
     頼むから、俺と結婚してほしい。

     一生、大事にする。」
     

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    ※あくまでイメージです

    もう、畳みかけるしかないのである。結婚は勢いだ。そう、勢いで押し切るしかないのである。
     春華の目から涙があふれだす。そして、嗚咽が漏れだす。私にもたれてくる。その痩せた肩を抱く。
    「遅いよお…」
    「ごめんね。だいぶ待たせちゃったね…。」
    「…ずっと不安だった…。
     ホントはユージンは嫌がっているんじゃないかって。
     迷惑なんじゃないかって。
     私、ワガママだから…。
     自分勝手だから。ユージンは嫌がってるんじゃないかって…
     ユージンは……、初めて会った時から、ハキハキしていて、堂々としていて、立派で…かっこよかった。
     そして、私を大事にしてくれてた。
     かわいいって言ってくれた。ホントにうれしかった。
     だから、大好き。私、いつもユージンのこと考えてた。
     ……ずっと会いたかった。会いたかった、ユージン。」

     春華はわんわん泣き出した。そのなかから声を絞り出した。
    「……よろしく……お願いします。私をずっと幸せにしてください…」
    「ああ、するとも。ずうっとずうっと大切にする。君がずうっと笑顔でいられるようにするよ」
     後ろから伸宏さんと麗子さんの拍手が聞こえた。
     
    これで、めでたしめでたしといきたいところだが、人生最大の屈辱はこの後に待っていた。
     

    6 人生最大の屈辱

    「ところで」
    春華がふいに素に戻った。
    「その、ダサい、真っ白な恰好はなんなの?」
     同じことを1日に2回も聞かれ、再び言葉を失った。
     そして次に、私の耳に響いたのは麗子さんの声だった。
    「清さん、もうよろしくて?」
    「はい、バッチリとのことです」
     清さんが誰かとトランシーバーらしくもので話している。
    (え?何してんの?)
    「あの~~?何をなさっておいでですか…???」
     私が訊ねる。
    「春華、結婚おめでとう。ユージンさんも、さっきの庭先の立ち回りは見事でしたよ」
    麗子さんは相変わらずこちらの質問に答えない。
    「え??ママ、何かあったの???」
     春華は当然驚いている。
    「それはもう、情熱的なユージンさんのアプローチがあったのよ。愛する婚約相手のために、障害を乗り越える姿!
     …まるで映画のようだったわ~~!!!!」

    「え~~~????そんなのあったの? 私、見たかったあ~~」
     春華さんが残念そうに言う。
    (さっきのことを考えると、夢中だったので赤面ものなんですが。)
    「そう思って、録画のためのスタッフを今日は準備しておきました。
     後でいい感じのところだけ編集して、春華にも見せるわ。
     一生残しておきましょう!!!
    」
    (何言ってんだ、このオバハン!!!?!???)
     ( ゚Д゚)
    「さすがね~~~!!!ママ!ありがとう!!!」
    (ちょちょちょ×10!!!!)
    「あ、でも私の今日の格好はうまくカットしておいてね?」
    「ええ、ちゃんとあとで差し替えておくわ」
    (ちょっと話が飲み込めないんですけど…。
     いったいどこで撮っていたんですか?)
    「あの~~??何をやってるんですか(怒)????」(2回目)
    (#^ω^)ピキピキ
    「あら、聞いていなかったの?今日のプロポーズの様子を記念に撮影しておいたって話よ?」
     麗子さんはしれッと言った。
    「撮影?」(´・ω・`)
    「そうよ、そう言ったじゃない」
    「聞いてないんですが?」
    「アナタには言ってないもの。当たり前じゃない。だいたい、知っちゃったら『いい絵』が撮れないでしょう?」
     こういうとき、悪びれもせず、麗子さんは言うのである。
    「え??今までのこと、全部茶番ですか?春華さんの妊娠とかも…???」
    「いえ、春華の身に起こった事件は、残念ながら本当。そして私たちがすごく困っていたのも、本当のことよ。だから、ユージンさん、あなたには本当に感謝しているわ。春華と結婚してくれて本当にありがとう。そして春華のお腹の中の子どものことまで、考えてくれて、本当にありがとう。春華の母親として本当に嬉しいわ。いくら礼を言っても足りないくらいよ」
    「え……??じゃあ、なんで撮影なんか?」
    「娘がプロポーズされる最高に幸せな瞬間を映像に収めておくのは、親の願いであり、責務ではなくて?」
     責務?(´・ω・`) 
    (はあ……?そういうもんなんですか??? で、私の肖像権は? 
     あと、私けっこう恥ずかしいんですけど?)
     いろいろ気になることはあるが、第一、なんで準備をできたのかあまりに不思議だったので、聞いてみた。
    「っていうか、なんで私が今日、来るってわかってたんですか?」
     言ったつもりはないのだが。
    「あら、春子さん(私の母親)から聞いたわよ。
     『息子が変な格好を準備しているようだから、そろそろそちらに伺うと思います』って」
     お母かん……!!!余計なことを!!!
    「え???? っていうか、ウチの母親には連絡していたんですか?春華さんのこととか?」
    「ええ、『婚約破棄』ともなれば、相手方の親に連絡するのは当たり前でしょ?」
     麗子さんは相変わらず、しれッと言った。
     つーか、さっきも麗子さんは言っていたけど…、
    「婚約」してたの?うちら???
    「あの…私の気持ちとか……その、あの…いや、いいんですけど。春華さんの事情とかウチの親には説明していたんですか…?」
     ちょっと混乱がひどくて頭が追い付かなくなってきている。
    「ええ、まあ、一通りは」
    じゃあ、俺、東京とか行って聞き込みする意味なかったじゃん!!!!
    ( ´Д`)
    「でも、迷惑がかかるから、あなたには話さないでおいてってお願いしていたわよ?そしたら、アナタのお母様、なんて言ったと思う?」
    「いや…、想像つかないです」
     今、あまりのことに混乱して頭が回らないんです…。
    「『ありがとうございます。でも、うちのユージンはそれでも自分で調べたりして、結局はそちらに行くと思います。親バカで申し訳ないんですが、責任感が強いし、優しい子ですので』って言っていたわ。同じ母親として感動したわ。子どものことはやっぱり母親がよくわかるのよね…」
     お母かん……!!!
     私はジ~~ンと感動してしまった。
     いや、今感動するところじゃないんだ!
    「それに『ユージンはおたくの春華にメロメロですから』って言っていたわよ?」
     お母かん……!!!
     違う!違うんだ。でも、違っているけど、合ってる!!! 
     母親、おそるべし。そこまで私のことを見抜いていたか…。
    「だから私たちもあなたが来るのを待っていたのよ。最初に清さんも言ったでしょう?」
    (……言っていたわ…。)
     いや、ちょっと待って。心の中で、叫ばせて。
     完全に筒抜けじゃねーか!!!( ゚Д゚)
     私としては、完璧なサプライズを仕掛けたつもりだった。しかし、なんでもない。全部筒抜けだった。うちの親たちには全部見抜かれていたわけだ……。
     私は何を一体やっていたんだ…?
     私は完全に力が抜けて、その場にうずくまった。
    「どうやら、まだまだのようね。ユージン!」
     麗子さんの勝ち誇った声が聞こえる。その台詞、何度目だよ? 
    この悪魔め!!!( ゚Д゚)
    「ユージン…、なんか、大丈夫???」
     春華が気遣ってくれた。なんでわからないの?この子。
     大丈夫ですとも、私は。あなたのお母様のおかげで本日、人生最大の屈辱を味わって、その映像を永久に残されたこと以外は。
     でも気力を振り絞って、訴えたい。なけなしの自分の尊厳くらいは。
    「あの…、麗子さん?今後は私の気持ちとか、肖像権とかも、もうちょっと…その…」
    「なあに?さっきからグチャグチャと! 
     あなたに肖像権とかないわよ。
     
    ウチには弁護士がいるのは知っているでしょ? 
     それに、うちの春華と結婚出来たんだから、結果オーライじゃない?
     なにか不満??」
    「ユージン、嫌なの…?」
     春華がウルウルした目で見つめてくる。この母娘、完全にグルなんじゃねーか…?
    私は次のように答えるしかなった。
    「まったく、不満はありません。今日は、私の人生最良の日です」
     私は精一杯強がった。自分でももう、まったく意味が分からない。
     
     こうして、私と春華は結婚することになった。
     

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    ※あくまでイメージです

    7 その後について

     そうは言っても人生だからこれで物語が終わるわけじゃない。
     さて、実際に結婚するとなっても問題は山積みだ。
     春華は性暴力を受けたため、PTSDをこの後何度も発症した。そのたびにちょっと大変だった。
     出産はこの半年後くらいに控えていたし、春華の大学もどうするかという問題もあった。
     結局春華は出産後、大学に復学して、そのまま弁護士を目指したいという希望だったが、生まれた子ども(女の子で『夏希』(仮名)と名付けた。)はどうするかという話にもなった。
     大学生活をしながらの子育てはかなり難易度が高そうだった。しかも彼女の目標である司法試験など果たして受けられるのか…。さらに東京の保育園は待機児童問題が過酷でそもそも保育園に入れるかどうかもわからない。
     その間、私はどうするのかの問題もあった。ちなみに私は定時制なので次の3月までは学校があった。言ってみれば「学生結婚」をしたことになる。
     そしてそのあとは、春華と一緒に暮らすために東京で新たに仕事を見つけるのか、それとも春華の代わりに宮城か山形で子育てに専念するのか、どうするのか。
     ㈱金沢電設は「休暇」ということになっていたが、復職するのかどうか…とか。
     私が婿入りになるのか、春華が嫁に行くのかとか、そんな些末な問題もあった。
     些末と言えば…、あと、春華の友達からは後日、私が吊し上げに遭った。
    「なぜこんなにも早く春華を妊娠させたのか」と。
     その理不尽さにはさすがに閉口したが、そういうことにしておいた。
     
     それから、あとから分かることだが、夏希の中には私の元妻の「あやか」がいた。それは夏希がもう少し大きくなってからわかった(というか自分から名乗った)ことで、私はその時、飛び上がるくらい驚いたし嬉しかった。
     そして私の心中も複雑だった。その辺のひと悶着も後日話したい。
     
     麗子さんは麗子さんで、当初から私に目を付けていたのだった。つまり、自分が社長を務める、コンサルティングやM&A、事業継承などを請け負う会社(無論、副社長は伸宏さん)の社員にしようとしていたのだった。だから私を試すようなことを散々していたようだ。その一環で既に『㈱金沢電設』は買収しているとのことだった。だからあれだけ手回しがいいのだ。本当に恐ろしい人である。
     のちにその会社で私は大変にこき使われる羽目になる。これも後日の話だ。
    その後、麗子さんに関して一番困ったのは私の正体を探ろうとしてきている点だった。あのプロポーズの日、春華が目が覚める前、私とあやかの奇妙なやり取りを遠目に見た麗子さんはそれを不審に思っていろいろ嗅ぎ回ろうとして来るのだった。そのうちに、私の秘密はバレてしまうのかもしれない。でもまあ仕方がない。
     だが、先に気づいたのは伸宏さんの方だった。
     それもまた後日の話である。
     あと、この伸宏さんと麗子さんの二人の馴れ初め話も、あとから伸宏さんから聞いたのだが、なかなかの大河ドラマだった。
     これも後日話したい。
     
     私は春華と夏希の世話ができれば、なんでもよかったので、その後の流れには適当に従った。
     結局は春華と麗子さんの大激論の末に落ち着く先が決まっていった。
     それはまた長いので別の話に譲る。
     ともかくも、私は今も春華と夏希と、そしてもう一人増えそうな家族を待って、ともに幸せに暮らせている。
     だから、そろそろこのお話も『お仕舞しまい』だ。
     
     ここまでいろいろ話してきたのだが、結局、私が言いたいことはあまり多くはなくて…、
     つまるところ、一つしかないかもしれない。
    「一人で生きる人生を選ぶより、誰かのために生きるのも悪くない」ということだけだ。
     
     長々と話して平凡な結論で申し訳ない。
     
     
    終
     





     
     

     
     
    「美しいものを見たい」その一念で生きています。 盛岡在住のソロを愛するアラフィフです。 趣味:登山・キャンプ・車中泊・ゴミ拾い・名所旧跡めぐり ↓アメブロです。2008年~ 東日本見聞録・探検日記。 →https://ameblo.jp/nannbuginnyuu1975/

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