
【拝啓文芸部】 『黄色い約束』|返す日を決めなかった、雨の日の傘
傘を忘れた朝に限って、雨は本気を出す。
バス停の屋根の下で空を睨んでいたら、隣に立っていた人が鞄から折りたたみ傘を取り出した。
「予備なんです。よかったらどうぞ」

黄色い傘だった。梅雨でもないのに、そこだけ晴れているみたいな色。
「でも、お返しが……」
「次に雨が降った日で、いいですよ」
バスが来て、その人は先に乗っていった。
返す日が決まっていない約束なんて、天気予報より楽しみだ。
それから三日、空は見事に晴れた。晴れを恨んだのは、生まれて初めてだった。黄色い傘は鞄の底で、じっと出番を待っている。

四日目の朝、窓を叩く音で目が覚めた。雨だ。
思わず小さくガッツポーズをして、傘を抱えて家を出た。
その人には、意外な場所で会った。
いつものバス停ではなく、駅前のコンビニの軒先。
見覚えのある緑色の上着が見えた。
「あの!」
振り向いた顔が、ぱっと明るくなる。
「あ、本当に降りましたね」
「降りました。ありがとうございました」

傘を返して、私は急いでコンビニに入り、温かい缶コーヒーを二本買って戻った。
「お礼です。傘の分」
「貸しただけなんですけど」
「じゃあ、お互いさまってことで」
二人で缶を開けると、湯気が雨の匂いに混ざった。

名前は、聞かなかった。
聞いたら、次の約束が「雨の日」でなくなってしまう気がしたから。
別れ際、ふと気づく。傘を返したら、帰りの傘がない。
立ちつくす私を見て、その人は吹き出した。
そして黄色い傘を、もう一度、私の手に載せた。
「次に雨が降った日で、いいですよ」
「それ、この前も聞きました」
私もつられて笑ってしまった。
「じゃあ、また雨の日に」
雨はまだ降っていた。けれど、明日の天気予報が、いつもより少し待ち遠しかった。
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#短編小説
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《あとがき》
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
「返す日を決めない約束」を書いてみたくなりました。
返す日が決まっていれば、それは予定です。
決まっていないから、雨が降るたびに、ふと思い出してしまう。そんな約束なら、晴れが少し恨めしくなってもいいなと思いました。
二人は、最後まで名前を知りません。
名前を聞いてしまうと、「雨の日」という約束が、ただの連絡先に変わってしまう気がして、あえて聞かないままにしました。
傘を黄色にしたのは、梅雨でもないのに、そこだけ晴れているような色にしたかったからです。
明日の天気予報が、ほんの少し楽しみになる。そんな物語になっていたら嬉しいです。
【恋が終わったあとの気持ちを書いた、恋愛エッセイもあります。】
【拝啓文芸部】