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幎目の真実。


    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

    「ごちそうさたでした。」
    歳の春のある日。
    家族人揃っおの倕食埌。
    倉わらないひずずき。

    昚日も。
    たぶん明日も。

    しかしこの䞖で倉わらないものは䜕もない、
    ず聞いたこずがある。

    そう、今日はい぀もず違う䜕かを感じおいた。

    私は倕食埌、怅子から立ち䞊がりながら、
    母の様子が気になっおさりげなく芋おいた。
    い぀も食埌はすぐ片付ける母が、
    萜ち着かない様子で座ったたたでいた。

    そう蚀えば父の様子もい぀も通りではなかった。
    食事䞭は、い぀もくだらないおしゃべりが
    止たらないのに、明らかに口数が少なかった。

    気のせいかず思い始める間もなく、
    父が改たっお話し始めた。
    「ちょっず倧事な話があるから。」
    父の隣で母が意を決したかのように座り盎した。

    頭の䞭で䜕なのかを想像する間もない。
    「䜕改たっお。」ずしか蚀えなかった。


    「カナが結婚するこずになったら、
     その時に話す぀もりだったんだが。」
    「カナは私達倫婊の実の子どもではないんだ。」
    さらっず父が躊躇無く蚀ったように思えた。


    普段から冗談奜きな父の、悪い冗談ではないのか
    だずしたら珍しく最高傑䜜だ。
    「パパ、䜕を蚀っおるの」

    父が続けた。
    「わしの兄貎倫婊の子どもなんだ。」
    「わしら倫婊が子どもに恵たれなかったし、
     兄貎倫婊がカナが歳の時に離婚したから、
     カナを逊女にしたんだよ。」

    「たた䜕の話をしおるの」
    必死で笑みを浮かべながら、
    ただわずかに父の酷いゞョヌクだず思っおいた。

    しかし意に反しお私の目には涙が溢れおきた。

    「知りたくなかった」
    「今曎そんな事どうしお今曎蚀うの」

    聞かなければ、この瞬間もい぀も通りで、
    明日もい぀も通りやっおくるはずだったのに。
    「い぀も通りに退屈しおいたはずの私なのに、
    この瞬間だれよりも「い぀も通り」を望んでいた。

    涙が止たらない私に向かっお父は続けた。
    「兄貎の子どもだから、サクはカナの兄で
     二人は兄効ずいうこずだよ。」

    そうだ。
    埓兄匟ずしお芪戚付き合いしおきたサク。
    兄なんだ。私は䞀人っ子ではなかったんだ。

    䞡芪が䞡芪でない。
    埓兄匟が埓兄匟でない。
    今たで信じお疑うこずは無かったのに。
    いや、そもそも芪子関係を普段の生掻の䞭で、
    疑うこずなど無いだろう。

    聞けば幎間その事実を知らなかったのは、
    芪族の䞭で私だけだった。

    䞡芪、生みの䞡芪、兄も、その他の埓兄匟も
    芪族みんな黙り通しおいた。
    その事実はショックだった。
    芪戚の集たりなどがあったずきには、
    私を「この子は䜕も知らないけれど。」
    ず蚀う目で芋おいたのかもしれない。
    幎もの間、私は嘘の䞭にいたのだ。
    その時はそういう颚にしか思えなかった。


    涙が散々溢れ、錻が詰たり、
    息苊しくなったので錻をかんだ。
    そしお少しず぀萜ち着きを取り戻した。
    萜ち着くに぀れ色々な考えが頭に浮かんだ。

    母が声を震わせながら蚀った。
    「あなたが結婚するたでは黙っおおこうず
     思っおたのに。パスポヌトに戞籍謄本が
     いるなんお思わなかったから。」

    真実をその時に聞かされた蚳があった。
    私が初めおの海倖旅行でパスポヌトを
    申請するので、戞籍謄本が必芁になった
    からだった。
    埌日申請した戞籍謄本には、
    「逊女」ずはっきりず曞かれおいた。
    その文字を眺めながら、玛れもない事実だず
    実感せざるを埗なかった。

    パスポヌトを申請しおいなければ、
    ただ黙り通しおいたのだろうか
    結婚しなければい぀話しおいたのだろうか
    䞡芪たちが圓時、悩んで考えたであろう、
    話すタむミングずはどういうものだったのか

    色々頭に浮かんだが、
    乱れた感情のたた話すこずはできなかった。
    ずりあえず明日は、この私はどう過ごす
    䞡芪ず今たでのように話せるのか
    ずりあえずこの堎を、区切りたかった。

    「私は、今曎事実を知ったずころで、
     おじさんを父芪ずは思えないし、
     埓兄匟をお兄さんずは思えない。」
    「それにパパずママ、私の芪は二人しか
     いないよ。パパずママだけだよずっず。
     それでいいでしょ。」
    そう蚀っお自分の郚屋ぞ匕っ蟌んだ。

    䞡芪に蚀ったこずは、
    その時の玠盎な感情だった。
    それを聞いた時の䞡芪の蚀葉や衚情を、
    ほずんど芚えおはいない。
    早くこの堎を離れお、䞀人で考えたかった。
    しかし、その晩は考えおも考えおも、
    倧きなミリも動かない真実が
    目の前にあるだけで、
    それをこれからは、
    受け止めおいくだけだず思った。


    人生で倚分これ皋驚くこずは、
    もう無いだろうずいうような出来事が、
    昚倜あったのが嘘のように、
    静かに明日はやっおきた。

    すでに萜ち着いおはいたが、
    心の底は散らかったたただった。
    しかしその日は出来るだけ普通におはよう
    ず蚀い、い぀ものように支床しお、
    仕事に出掛けた。

    散らかった心が、
    「生みの芪より育おの芪」なんおいう、
    蚀葉で片付けられればいいのだろうが、
    そんな簡単ではなかった。

    揺れ動く気持ちを䞡芪に話すこずは、
    その埌の人生で䞀切なかった。
    䞡芪もそれを察しおか、
    ほずんど䜕も蚀わなかった。

    そうしおお互いの心の䞭を話すこず無く、
    月日が流れ過ぎおいった。


    幎月が少しず぀、目の前に立ちはだかっおいた、
    動かない真実の茪郭をがやけさせおくれた。
    それが受け止めるず蚀うこずだったのだろう。

    「もし生みの芪に育おられおいたら。」
    「もし兄匟䞀緒に育っおいたら。」
    「もし育おの芪が本圓の芪だったら。」
    ずふず疑問や想像を繰り返すこずはあったが、
    その事で気持ちが乱れるこずはなかった。

    芪もたたに、
    「昔は高玚だったバナナが倧奜きでね、
     半分ず぀あげたりしおたのよ。」
    「可愛いかったのよ。」などず話すこずが
    あったが、「ぞぇ。」ず流した。
    あの日の感情に戻る気がしお、避けたかった。
     

    しかし、それから時間が経っおも
    真実の茪郭はがやけはしおも、
    い぀も心の䞭で存圚感を瀺しおいた。


    この事実は息子にも話す必芁があった。
    圌にずっおの祖父祖母が、
    祖父祖母でないこずを。

    その時は少し䞍安になった。
    私が逊女である事実が、
    息子にどう受け止められるかが
    わからなかったからだ。
    だが話を聞いたあず、息子は蚀った。
    「おれは父さんず母さんの本圓の
     子どもだよね。」
    いかにも珟実的な質問に、思わず笑みがこがれ、
    かえっお心が軜くなった。
    「勿論。玛れもない私達の倧切な息子だよ。」

    ドラマのような事が珟実で起こるのだから、
    もしかしたら自分はどうなんだろうず
    確かめたかったのだろう。
    しっかりず事実を受け止めおくれお、
    䜕も倉わらなかった息子に感謝した。


    生みの母ずは人生で床も䌚うこずはなかった。
    私を手攟した時点で、
    生涯䌚わないず決めたず埌々知った。

    亡くなったず聞かされたずきは、
    床䌚っおおきたかったず玠盎に思った。

    実は床䌚うチャンスはあった。
    母の具合が悪くなったずかで、
    兄に䞀緒に䌚いに行かないかず誘われた時だ。
    だが最初で最埌の機䌚を私が自ら断った。
    育おの母が嫌がるかもしれないず思ったからだ。
    「生みの母に䌚いに蚀っお良い」ず聞いお、
    昔の感情を蒞し返す気にもなれなかった。

    それに䌚ったずころで、
    どんな話が出来たのだろう
    2人で話す堎面が党く想像出来なかった。
    声も聞いたこずもなかったからか。

    亡くなったず聞いおから床だけ、
    無理を蚀っお、お線銙を䞊げさせお
    もらいに行った。
    その時は、玠盎に生んでくれたこずに
    感謝しお手を合わせた。

    生みの芪が離婚したずき、兄は父が匕き取り、
    私は母に匕き取られたそうだ。
    しかし圓時は、母芪䞀人で育おおいくのが
    難しい時代だった。
    今の䞡芪に子どもがいなかったので逊女ずなり、
    生みの母は、母でいるこずを諊めたそうだ。

    どういう気持ちで諊めたのだろう
    䜕床䌚いたいず思ったこずだろう
    私が真実を聞いおからは、
    お互いの芪同士、話でもしお
    䌚えば良かったのではないのだろうか
    最期には私の事が浮かんだのだろうか


    されに月日が流れ、
    もうどちらの芪も党員亡くなっおしたった。
    どんな疑問も気持ちも、
    知り埗るこずは氞遠に出来ない。

    しかし長い幎月を経お、喜怒哀楜を経隓し、
    私の䞭では自分の生い立ちの捉え方が
    倉わっおきた。

    嘘の䞭で生きおきた幎間ず、
    圓時は思っおいたこずもあったけれど、
    私を産んでくれたこず、育おおくれたこず、
    間違いなくそこには愛情があったはずだ。

    生みの芪も䞀人芪で育぀よりも、
    嚘を手攟しお䞡芪揃った䞭で育った方が、
    幞せになるず考えたのだろう。

    戞籍䞊は「逊女」ではあるが、
    やはり䞡芪であり、二人の嚘であったず思う。
    育おの芪の愛情があったからこそ、
    家族人の楜しい思い出も出来たし、
    自分自身倢を持おる人生を歩めたこずは、
    幞せだったず蚀わずしお、
    䜕を幞せずいうのか。


    しかしたった䞀぀だけ。
    育おの母が晩幎認知症になり、
    思い蟌みが激しくなり、道理の通らないこずを
    蚀っお譲らず、たずもなコミュニケヌションを
    取れなくなっおしたった。
    その頃私も粟神的に远い詰められお、
    母ず話すずき倧声で怒鳎るこずが倚くなった。

    そんなずき母がぜ぀んず蚀ったこずが、
    忘れられない悲しい出来事になっおしたった。
    「どうしおそんなこずを蚀うの本圓の芪じゃ
     ないから蚀えるんでしょ」ず。

    ショックすぎお返す蚀葉が芋぀からなかった。
    しかしその頃は蚀ったこずを盎ぐに忘れるほど、
    認知症が進行しおいたので、
    母が自分で蚀ったこずを党く芚えおいないのは
    䞍幞䞭の幞いだず思った。

    悲しいこずには違いなかったが、
    子育おを終えた今の私には、
    その背景が理解できた。

    母は血の぀ながりのない私の、
    本圓の母になろうず、努力したに違いない。
    幌い頃はぜんそくで熱を出し、
    しょっちゅう䞭耳炎で耳が痛くなったり、
    食べ物の奜き嫌いも沢山あった。
    怖がりで繊现で難しい子ず思っただろう。
    母ずよくぶ぀かった思春期には、
    倧いに胞を痛めたこずだろう。
    そんな子育おで行き詰たったずき、
    母の心の底で蓋をしおいた事実が、
    ふっず湧き䞊がっお、もし実の子どもなら
    子育おで思い悩むこずはなかったのかず、
    䜕床も疑問に思ったのではないか。

    圓時の母の気苊劎に思いを銳せるず、
    いくらか心も癒やされた。

    人生の半分を過ぎた今、
    心の䞭でがやけおもただ
    党おを受け入れきれなかった真実が、
    すっず心に溶け蟌んで、
    私の䞀郚ずなるのを感じた。
    「そう、これが私の生い立ちなんだ。」

    そこには、生みの芪ぞの感謝ず
    育おの芪ぞの感謝の気持ちがあるだけ。
    感謝の蚀葉を人にも蚀えるじゃないっお。

    悲しみも怒りも感謝に倉えよう。

    「ありがずう。私を産んでくれお。
     私を育おおくれおありがずう。」

    あなたの貎重なお時間に、
    長文をお読みいただき
    ありがずうございたした。






     
     
    回り道や倚くの倱敗や埌悔や苊しみが、気付けば糧ずなっおやっず今ここに。共感、気付き、もしくは反感も笑いや゚ヌルになれば。知らんけど。今日にありがずう。明日もよろしく。冒頭文䞭の写真は無断䜿甚犁止。