短編
どうも人です。ごく普通の人です。これといった特技もなく、取柄と言えば声に感情を乗せたりのせなかったりすることができる程度です。
いつも通りの、映画や創作物のように劇的な変化もない日常はとてもいいものです。でも時には何の気なしの一幕が心を大きく揺れ動かしたりもします。それもまた、いいものだと思います。当たり前とは生きている間だけの特別なものなので。
それでは前置きはあまり意味のないものだと思いますので、そろそろ次に移ろうかと思いますがよろしいでしょうか?一応確認をさせていただきたく思います。実はあまりこういった事は得意ではないので。まぁ、始めましょう。
朝起きます。朝をどう定義するかは人によると思いますが、ごく普通の朝です。眠いな、とまだ思いながら何もやることがないのでとりあえず体を起こします。あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。しておきましょう、そうしましょう。
名前は荒木憂です。それだけで十分そうですね。あと一人称はそうですね……分かりやすく私にしておきましょう。
朝起きてからの続きです。身支度を整えた後、いつも通りの時刻に家を出てとある場所に向かいます。ほぼ毎日そうした生活です。見慣れた顔の人たちがある程度の規模の建物の中に、区分けされている場所です。顔は知ってるけど名前も知らない方も多くいる所です。
「おはよー。」と声を掛けてくるのはいつも喋る人です。私もそれに倣って挨拶を返します。確か、いつも通りの声のトーンなら……
「おはよ。」
彼女の顔に特段変化は見られません。無事にいつも通りができたようです。頭の中でふっと息をつきます。
「昨日のトレンド見た?」と会話の続きがあります。この人は、こういう話をよくします。たぶん。近くで通り魔が出た、みたいな話。
「見た、確かこの辺って書いてたけど……」敢えて後半に空白を作って相手の出方を見ます。間違ってたら怖いですから。
「そうそう、怖いよね。」
私は選択肢を間違えることの方が怖いので。
「怖いね、気を付けないと。」同時に心の中でも同意します。彼女も頷いています。
「二人で何話してんの?」
「ん-?昨日のトレンドのやつ。」
「あー、お前が話題に出すってことは通り魔のやつか。」
新たに会話に加わった知ってる人です。
「憂はぼーっとしてるから気を付けないとなぁ」彼はそう言います。
彼には私はそう見えているようです。実際そうかもしれません。
「そこまでぼーっとしてるつもりはないけど。」敢えて反論めいたものを口にします。
「お前が思ってるより周りからはぼーっとしてるようには見えるぞ。」
「憂は何か分かりにくい時あるもんね。」よく喋る人が同意します。彼女にもそう見えているというのはいいことです。人によって評価が変わらないということなので。
「ほら、またぼーっとしてる。」テンポがずれたみたいです。
「そう?」
「たまにどこ見てんの?ってなるときはあるよ。」
少しだけミスをしてしまったようです。会話に集中しなければ。
「んー、考え事してただけなんだけど……」すこし首をかしげてみます。
「まぁいつものことだからいいけどさ。」難は逃れました。
そのまま会話は移ろい、駅前にできたカフェの話や月9ドラマの話へと転換していきます。その後はいつも通りの時間まで、いつも通りに過ごします。途中でわざとテンポのずれを使います。そういう風に見えてるならそういう風にするのです。
気が付けば夕方でした。昨日のあの時間帯は少し早かったのかもしれません。今日指摘されたテンポのズレは他にも使えそうです。
「まーたぼーっとしてる。帰るぞー。」知ってる人。
「憂、またねー。昨日のこともあるから気を付けてねー。」よく喋る人。
「はーい。またね。」