本質とはそもそもなんだ?
最近「本質」を語る本質界隈がいろんなシーンで見かけるようになりました。
ここで疑問を感じました。
本質ってそもそもなんだろう?
調べて思考してみた結果
本質の本質(そもそも)
世界に数ある情報、要素のあらゆる認知を確定させる為の型
と考えました。
長い旅になります。
まず最初に本質を定義してみると。
※最後には定義の本質はこれかなもあります。
「対象の実体とその実体の解釈に存在する変えることの出来ない在り方」
という定義になるのではないかと
そこで疑問があがります。
この本質の定義は正しいのか?
これは結果、
そもそも絶対的正解がない(正解の構造が本質による認知による)という結果でした。
どういうことかというと、
認知してる世界をある一区切りを切り取った解釈の範囲で確定させてるから。
→見てる物や感じてる物は存在してるだけでいろんな解釈がある。
車を初めて見た人が、それを私達が認知してる「車」と認知するだろうか?おそらく、「何かの動物」と認知しそうではないか?
1+1=2は正しい(妥当性)というのは
その法則の前に、1をそもそも1と認知しないと成り立たないということです。
それは妥当性のある正しさの法則を定義する以前の話です。
そして正しいということ自体、前提と条件が無いと成り立たず、それを定義(解釈の確定)をしなければいけない。
そうなると、本質は
「認知している世界のあらゆる情報の要素の解釈の範囲を浮き上がらせて捉えるための道具の様なもの」
例えが当たっているかわかりませんが、
平たく延ばしたクッキー生地(世界)に花柄や、星柄の形(要素の解釈の範囲)を切り取っている様なもの。
と考えました。
となると最初にある様に本質とはそもそも
世界に数ある情報、要素のあらゆる認知を確定させる為の型
その型が、妥当性があるか?、真実性があるか?という定義されたフィルターを通して正しさがあるというふうに捉えられます。
ちなみに「定義」は
本質によって切り取られた型(認知)の数ある解釈をある目的に合わせて確定させることなのかなと、、、