
【アマノ文筆クラブ】ショートショート『過激な淑女』
念願の三ツ星商事の本社総務部に配属された初日、新人の私に先輩の女性社員が耳打ちした。
「気をつけるのよ。うちには『春日局』と呼ばれる厳しい方がいらっしゃるから。本社の重役や社長でさえ一目置く方だから、絶対に逆らっちゃダメよ」
「春日局」。その高貴で厳格そうな響きに、私は生唾をのみ込んだ。どれほど行儀作法や言葉遣いに厳しいお局様なのだろうと、想像を膨らませて怯えていた。
しかし、紹介された彼女を見て息をのんだ。
整った顔立ち、上品な仕草。三十代にしか見えない美貌と漂う品格は、まさに完璧な淑女の鑑だった。私は「作法に厳しいのも納得のお方だわ……」と密かに憧れを抱いた。
その日の午後、私は尊敬する彼女と共にお茶を配膳するため、応接室へと向かった。
室には、取引先の社長が座っていた。いかにも成り上り風なでっぷりした社長は、お茶を差し出す彼女を見るやいなや、ニヤニヤした。
「いやあ、キレイなねーちゃんだねぇ。今夜どう?」
応接室の空気が凍りついた。
彼女は静かにお盆を下ろす。ゆっくりと振り向いたその顔は鬼の相貌だった。
「この、カスがぁぁぁッ!?」
「へっ?」
ドゴォン!?
右ストレートが、取引先社長の顔面を完璧に撃ち抜いた。社長の巨体がすっ飛び、茶碗が宙を舞う。
居合わせた本社の社員たちが囁き合った。
「で、出た……!」
「『カスがぁ』が出たぞ……!」
「こうなると、もう誰にも止められないんだよな……」
彼女は倒れた社長の襟首を掴み上げる
「お上品な言葉遣いもできないんか、カスがぁ!」
怒涛の連続パンチを叩き込んでいく。
「客なら何言っても許されると思ってんのか、カスがぁ!」
荒れ狂う彼女の姿を見上げながら、私は心の中で叫んだ。
(作法に厳しい春日局だと勝手に思い込んでたけど……まさか『カスがぁ』の局だったなんて!)
了
こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。