
あらすじ
「光り輝く月のように、誰かを照らす存在になってほしい。」
そんな願いを込めて「美月」と名付けられた少女は、ある出来事をきっかけに自分の名前へコンプレックスを抱く。
恋愛、人間関係、そして夢との決別。
様々な苦悩とともに、自分の存在意義を追い求める美月。しかし、自分らしい生き方を見失った彼女は、次第にこの世界から取り残されたような孤独を抱えるようになっていく。
そんな彼女を変えたのは、ある音楽との出会いだった。
音楽を通して新たな世界の楽しみ方を知り、自分の人生と向き合い始める。
人生で最初に受け取る贈り物である「名前」は、彼女をどこへ導くのか。
そして彼女は、名前の通り誰かを照らす存在になれるのか。
自分のため、誰かのために、本気で悩み、本気で苦しんだことのあるすべての人へ届けたい作品。
『恒星』
あらすじ
「光り輝く月のように、誰かを照らす存在になってほしい。」
そんな願いを込めて「美月」と名付けられた少女は、ある出来事をきっかけに自分の名前へコンプレックスを抱く。
恋愛、人間関係、そして夢との決別。
様々な苦悩とともに、自分の存在意義を追い求める美月。しかし、自分らしい生き方を見失った彼女は、次第にこの世界から取り残されたような孤独を抱えるようになっていく。
そんな彼女を変えたのは、ある音楽との出会いだった。
音楽を通して新たな世界の楽しみ方を知り、自分の人生と向き合い始める。
人生で最初に受け取る贈り物である「名前」は、彼女をどこへ導くのか。
そして彼女は、名前の通り誰かを照らす存在になれるのか。
自分のため、誰かのために、本気で悩み、本気で苦しんだことのあるすべての人へ届けたい作品。
第一章 美月
月のように美しく、誰かを照らす存在になってほしい。
両親はそんな想いを込めて私に「美月」と名付けたらしい。
私はこの名前が心底嫌いだった。正確には、年を重ねるにつれて嫌いになっていった。
幼少期から、会う人会う人に、素敵な名前だね、綺麗な名前だね、と言われた。
4月に生まれた私は、同級生の中でも早くこの世界の空気に触れることができたからか、
言葉の習得も人間関係の構築も得意だったし、集団生活を営むにあたって必要になってくる勉強や運動も卒なくこなすことができた。
そのうえ、その頃流行っていた漫画に同じ名前の主人公がいたことから、漫画のヒロインみたいだね、なんて声をかけられることもあった。
当時は褒められたことに対して喜べるほどの素直さを持ち合わせていた。
自分は常に二番目の人生だということに気が付くまでは。
小学校の社会科見学として訪れた科学館。
薄々気がついてはいたものの、目を背けてきた現実を突きつけられることとなる。
この頃私は、特別天体に関心があるというわけではなかったが、自分の名前になっている月に皆が夢中になっていることについては多少の快感を覚えていた。
幾分か上機嫌な状態で学芸員の人の話を聞いた。
「昼間の空を照らしている太陽は恒星といって、自ら光っている。
その一方で、月は惑星と呼ばれていて自分の力では光ることができないんだ。
つまり、いつもみんなが見ている月の光は他の星の光を借りて光っているというわけ。
それから、、、」
その後も解説をしていたような気もするが、月の正体を知った私の耳の機能はそこで停止した。
月の光は偽物。そう叫ばれているような気がした。しかもそれは私に向けて。
そこから私は自分の名前とは真反対のものを好むようになった。
何をするにも必ず赤を選び、絵を描く時には常に青空と太陽。
夜を迎えるのが嫌で嫌で、朝日に出会うことだけを考えて眠りにつく日々を送った。
ここまで自分の名前に嫌悪感を抱いたのは、自分は月にすらなれていないと感じたからだろう。
なんでも卒なくこなせる私は、逆にいうと何者でもなかった。
何かに突出した才能を持っているわけでもなく、自分を代表できるものもない。
それでも、他の光を反射して光るくらいなら、自ら光りたかった。
そんな子どもながらの願いも虚しく、この名前通りに私は常に誰かを引き立たせることで「誰かを照らす」存在になっていった。
第二章 太陽
小学校を卒業した私は、親の仕事で北海道に引っ越しをすることになった。
友人や生まれ育った土地との別れが寂しくなかったわけでないが、それ以上に人生をリセットできる環境に喜びを感じていた。
今思えば、まだこの世界に生まれてから10年ほどしか経っていない小学生のガキンチョが人生を語るなんて、そんな舐めた話はないだろう。
でもそれくらい、私は、自分の名前に囚われずに生きていくことに必死だった。
慣れない言葉遣いと気候に孤独を感じずにはいられなかったものの、梅雨のないこの土地でなら、自分の人生にも雨を降らせないことができるんじゃないか。そんな希望さえ持っていた。
そうして北海道で新たな生活をスタートさせた私は、家から20分ほどの所にある公立中学校に通うこととなった。
幼稚園から小学校まで私立の女子校に通っていた私は、入学当初こそクラスの半分を占める男子の存在に戸惑いを隠せなかった。
そんな中、1人の同級生との出会いが、私の不安を雪解けと同じスピードで気付かぬうちに消し去っていた。
新入生の制服姿が徐々に板に付いてきた5月。
名前ではなく、まるで囚人かのように学籍番号で管理される生活に少々の不満を抱きながらも、どこか安心している自分がいた。
新たな土地には馴染んできたものの、新たな人間関係への適応に手こずっていた私は、毎日を平穏に過ごすための友人作りで精一杯だった。
そんな時、一人の同級生が頻繁に話しかけてくるようになった。
太陽、という名前の通り、明るさや暖かさを分け隔てなく分け与えてくれる人だった。
休み時間、私が読んでいた作家の本を、彼も愛読していたらしい。
共通点が見つかり、休み時間は自然と彼との会話に花が咲いた。心置きなく自分の好きなものを堂々と語れる。そんな時間に心地よさを感じていた。
家にいても、勉強をしていても。四六時中、頭の片隅には彼の存在があった。彼を想像するだけで、灰色だった自分の視界は、柔らかいオレンジの光で満たされるようになった。人生薔薇色、なんて案外嘘じゃないかも、なんて柄にもないことを思えるくらい、心にゆとりができていた。
しかし、その数週間後、彼に恋人ができたことを風の噂で知った。彼らは幼馴染で、長い間両思いだったらしい。
私は彼のことを何一つ知らなかった。
彼は嘘をついていない。恋人の好きなものを彼も同じように好きになった、ただそれだけのことで、
思い返してみれば、どんなに話をしても、彼は自分のことを話そうとしなかったし、私に本以外のことを聞いてくることはなかった。第一に、付き合ったことすら私は彼の口から聞くことはなかった。
いつものように本の話をしていた時、思い切って彼に恋人ができたのか、質問した。
すると彼は、私に感謝の気持ちを伝えてきた。私のおかげで彼女の好きなものを理解できるようになったと。
そうか、私はまた自分で誰かを照らす道を選んでしまったのか。彼は私を見ていたのではなく、私から得意げに湧いてでてくる言葉を情報として見ていた。
彼は彼女に思いを伝えるきっかけをずっと探していたらしい。私は見事に恋のキューピッドとなってしまった。
最初から、彼との関係は始まっていなかった。それどころか、「私」と彼は出会ってすらいなかった。
帰り道の風は、もうすぐ夏を迎えるというのに、冷ややかで鋭かった。
空に浮かぶ満月がうっすらぼやけて見えた。
第三章 光と影
この地に来てから、あっという間に3年が過ぎた。
「何者」でもないどころか、誰の光になることもなく。
私の想い過ごしの恋が終わり、人間関係に過度な期待を抱かなくなった私は、学校生活を睡眠や食事と同じようにルーティーンとして、淡々とこなすようになっていた。
自分だけの特別な関係に胸を高鳴らせておいて、自分の心をどん底に突き落とす、そんな経験はもうしたくなかった。
しかし、中学を卒業し高校に入学すると、私の空気のような生活はすぐに打ち砕かれ、水のように激しく形を変える。
そのきっかけは、友人の光希が部活で怪我をし、高校最後の大会に出場できなくなったことだった。
彼女はチームのエースだった。
彼女とは、高校1年生の時、席が前後だったこと、そして漢字は違えど、同じ「みつき」という名前だったことをきっかけに仲良くなった。
他人へ自分を開示することに抵抗を感じる私とは違い、入学して1時間もすると、クラスメイトは彼女のことを囲んでいた。
しかし、彼女は人気者、というだけではなく、教室を一つの円にできた。明るく綺麗な円として、クラスをまとめる彼女の存在は、名前の通り「みんなの希望」だと思った。
そんな彼女は、例外なく私にも声をかけてきた。世間一般では、いわゆる「陰キャ」と「陽キャ」に分類されるであろう私たちの関係性を不思議に思っていた人もいたようだが、私たちはそんなのお構いなしに仲を深めていった。
彼女となら互いを愛し合える関係を築いていけるかもしれない。そんな淡い期待を抱かずにはいられなかった。
彼女は優しくて、気が利いて、聞き上手で。それでいていつも笑顔だった。
「そんな」彼女の姿に私は好感を覚えていった。
ずっと二番目として生きてきた私にとって、彼女は初めての親友だった。
誰の一番にもなれないくらいなら、最初から関わりなんていらない、そう思っていたはずだったが、人に愛されることに驚くほど執着していた私は、彼女という存在から抜け出すことができなくなっていた。
私は彼女と色んな場所に行き、色んな経験をした。今までの自分の人生では想像もつかないほどの「楽しさ」を味わった。
彼女が怪我をしたのは、私が学生時代の「青春」を一通り経験し終えた頃のことだった。
彼女が部活から足を遠ざける度に、私の違和感はどんどん増していった。
まず、彼女が怪我をしたことを知ったのは、クラスメイトの会話を盗み聞きした時だった。
怪我から1週間後のことだった。
親友ながら不謹慎だと思ったものの、一番最初に出てきた感情は苛立ちだった。
3年間、共に過ごしてきた私になぜ最初に相談してくれなかったのだろう。
彼女の試合にだって毎回足を運んで応援したし、大会前には一緒に神社にお参りにも行ったのに。
私は彼女に問いただした。
なぜこんなに大事なことを言ってくれなかったのか。
私だったらあなたを救うことができたのに。あなたのためを思って言っているのに。
「ごめんね。」
彼女はただただぎこちない笑みを浮かべて謝るだけだった。
一人でヒートアップする中、一つだけ心の中に留めておいた言葉がある。
「私はあなたにとっても親友でいられてる?」
留めておいた、なんて言葉を使っているが、実際はじきに明らかになる現実を認めたくなかったのかもしれない。
人との関わりが当たり前になってしまった私には、その度胸がなかった。
そしてその頃、会話は彼女の言葉で埋め尽くされるようになった。
彼女が心を開いたのではない。むしろ心を閉ざしはじめていた。
その証拠に、私が部活の話や将来の話をしようとすると、持ち前の笑顔で話をすり替えるようになった。
私には知る筋合いがないと言われているかのようだった。
思い返してみれば、彼女と過ごしてきた時間こそ、他の誰よりも長かったかもしれないが、彼女の怒りや哀しさといった感情に触れることはなかった。そして何より彼女自身、自分のことを私に明かすことはなかった。
私だけが知っていると思っていた彼女は、不特定多数の人にさえ向けられていた、誰もが知っている彼女だった。
深まったと思っていた仲は入学直後と全く変わっていなかった。それどころか思春期である高校生活で一度は経験するであろう、溝が深まる経験すらできなかった。
私にとっての親友は、彼女の人生の中では「友人A」にすぎなかったのだろうか。
彼女が私に悩みを打ち明けなかったのは、相談相手に値する存在ではなかったからだった。
数ヶ月後、彼女は学校から去った。
そのことについて、「親友」の私はホームルームの時間に担任の口から聞いた。
家の都合での引っ越しということだったが、スポーツ推薦で入学してきた彼女にとって、部活ができないことは、居場所がないことと同義だった。
けれど、だったら私が彼女の心の拠り所となるべきだった。
私は二度目の彼女の居場所を奪ってしまった。
誰かを照らすどころか、一番大切だと思っていた存在のことすら曇らせてしまった。
彼女はなにも悪くない。
それでも、自分のどこが悪いのかもわからなかった。
ただ、私は悲しみの共有だけはできなかった。
それは悲しみだけではない。人間の全ての感情は誰かと共有することなんてできない。
私は幼い頃からそう思うことにしていた。
彼女しか友人のいなかった私は、彼女の状況を知らなかったことに対して不信感を抱かれていた。
「親友だったんじゃないの?」
言葉に出さずとも、周りの人は私のことを無慈悲な人間として見るようになった。
彼女の状況を知っている人は何人かいたようだった。
でも本当に彼女の苦悩を自分に取り込み、自分事として悲しんだ人は一体どのくらいいただろうか。
彼女とともに悲しみを共有したからといって、彼女の怪我が治るのだろうか。
人間は、自分が一番可愛い。他人の悲しみを自ら背負える人なんてそうそういない。
その一瞬は共に心を痛めても、ひとたび喜びが舞いこめば、それはあっという間に飲み込まれる。
そして、その寄り添いは相手の人生の一部として流れ去っていく。
こちらの人生では一生抱え込んでいくことになるとしても、だ。
喜びは誰かと共有しなくたって、自分の体内に幸福を巡らせることで精一杯になれる。
一方で、悲しみの先にあるのは、絶望か諦念のみ。自力で乗り越えていかなければいけないと分かっていても、どうしても人の温度を感じたくなってしまう。
その弱さにつけ込んで助けた気になっている人間は、私には悪役に見えて仕方がない。その寄り添いが、二度目の絶望を与えていることも知らずに生きていくからだ。
寄り添うことは、時に残酷だ。
私はただ、彼女に前を向いて欲しかった。
彼女は冷たく無機質な夜の過ごし方を知らなかった。
そして私は彼女が新たな夢に進むまでの暗闇の楽しみ方を「教える方法」を知らなかった。
人への諦めを経験したことがない人にとって、この世界はどんなに純白で、どんなに澄んで見えるのだろう。
感情の共有ができる世界線に生まれていれば、私はこの世界にもっと期待することができていただろうか。そして誰か一人でも、救うことができていたのだろうか。
そんなことを考えながらも淡々と、放課後に出かける準備を進める私には、見えない世界が黒く、底の見えない方へと遠ざかっていくのがわかった。
私が誰かの一番になれなくても、この世界から消えても気づく人がいないくらい透明な存在になっても、「人間」として最低限の心を持ち続けられたのは、私の人生ともいえる”生きがい”があったからだ。
第四章 空
物心ついた頃から、私の生活の中心はバレエだった。くる日もくる日も練習に打ち込んだ。
そのおかげというか、代償というか。放課後はバレエに捧げており、友人と遊んだ記憶はほとんどなかった。それでも、自分の努力が結果として現れることで、それまでの苦悩や葛藤はあっというまに解消された。
どんなに辛くても、脇役の人生でも、舞台で踊っている時だけは主役になれる。今全ての人の視線は全て私に向いている。そう感じられた。
北海道でも変わらず続けていたが、高校生になったタイミングでバレエと自分を見つめ直すようになった。
学校で配られた一枚の紙。
それがきっかけだった。
その紙は自分の明るい未来を思い描く存在であると同時に、残酷な現実を突きつける存在でもあった。
そして、バレエ人生の集大成として、私はコンクールの作品に眠れる森の美女のプリンセス、オーロラ姫を選んだ。
16歳の誕生日というめでたい日に針に刺され、100年の眠りについてしまう。
辛く苦しい時期を過ごしたとしても、他の人には送ることのできない悲劇のヒロインの人生。
そして最終的には”自分だけ”の王子様が迎えにきてくれる。私を必要としてくれる。まさに常に一番になれなかった私が渇望した人生だった。
誰よりも練習した。ほとんど毎日スタジオに通い詰め、電気が消されるまで踊り続けた。
家に帰ってからも繰り返し曲を聞いて彼女の生活を想像し、頭の先から足先まで、西欧のお姫様になりきった。
先生には、他の役にした方がいい、なんていう言葉を形を変えて何度もかけられた。
しかし、私はどうしてもオーロラ姫という役にこだわる必要があった。
これまでの人生が自分の一生だと、信じたくなかったから。
結果は下から3番目。オーロラ姫は困難の末幸せを掴んだが、私はどうだろう。
努力が報われることもなければ悲劇のヒロインとしてのシンデレラストーリーも描くことができなかった。
しかし、挫折に慣れていた私にとって、結果がでないことは慣れっこだった。辛くないわけではないが、それが私にとっての日常だった。
高校生活最後のコンクールが終わり、私は自分のバレエ人生に終止符を打つことを決めた。
全てを犠牲にして捧げた10年間。結果は振るわなかったが、自分の踊りに悔いはなかった。
しかし、長年師事してきた先生の言葉で、私は今までの人生すべてを投げ出したくなった。
それは、先生にバレエを辞めることを伝えた時だった。
「誰よりも練習だけはしていたのにね。」
何も知らない人が聞けば、この言葉は真面目に練習を重ねた生徒への労いの言葉に聞こえるかもしれない。
しかし、10年も近くで言葉を聞いてきた私には、それが嘲笑を意味していることがわかった。
それは中学1年生の頃だった。
今まで楽しさだけでバレエをやっていた私は、自分の実力を試してみたいと思い、コンクール出場を志願した。気持ちを伝えることが苦手な私が、初めて思いを言葉にして伝えた瞬間だった。これは思いつきなんかではなく、私なりのバレエへの覚悟だった。
その覚悟は思ったよりも簡単に叶えられることとなる。その想いを伝えてから1週間後にはコンクール出場が決まり、練習がスタートした。今思えば、あの時に言われた「コンクール、出たかったんだ?」という言葉で、私はバレエの中でも主役ではなかったことに気が付くべきだったのかもしれない。
コンクールに出場することが決まった時から、私は今まで以上にバレエに打ち込んだ。
生まれ持った体格も、実力も。私にはないことは自分でもわかっていた。ただ、私はがむしゃらに打ち込むことで、自分の才能のなさを誤魔化していた。
同級生と比べても比にならない時間練習していたことは先生も知っていた。
もちろん、時間が全てを解決してくれる訳ではないことくらい分かっていた。
それでも努力を、自分を信じたかった。
しかし、コンクールで結果を残せないだけでなく、平等に出演する権利を得られる発表会の役ですら同級生との差は開いていくばかりだった。
上の役から発表されていき、少しずつ発表会に向けた緊張感が高まっていく。しかし、私は役発表、という大々的なものすらなく、注意深く聞いていなければ聞き逃してしまうほどの軽さで告げられた。
ずっとバレエを続けていて技術が確かな子、踊り出すとここは花畑だったかと錯覚するくらい、パッと花が咲いたように華やかな子、自分の踊りに自信が満ち溢れていて見ているだけで心が踊るような子。
どの子も私に持っていないものを持っていることは明白であり、悔しくない訳ではないが、どこか腑に落ちている自分もいた。
何よりも辛かったのは、自分の踊りを先生に見てもらえないことだった。
期待されていた子が休んだ時にだけ、私に見てもらえるチャンスが回ってくる。
しかし、私への指導は、踊りをよくするものではなく、最低限「見ていられる」ような踊りにすることであったように思う。
結果がでないことよりも、自分の努力が誰の心にも届いていないという現実に苦しんだ。
結果が出る世界であるとはいえ、過程までもが作品となる芸術だと思っていたから。
ここから私は「期待されていない」どころか、「空気」のような穴埋め的存在であることに気がついた。
だからこそ、辞める時にかけられた言葉は、練習の成果が全く出なかった可哀想な子、
そういう意味を含んでいたことがすぐに分かった。
そう思われていることは分かってはいたものの、いざ面と向かって言葉にされると現実味が帯びてきてしまい、全否定されている気分になった。
プロになれると思っていたわけでも、発表会で主役を踊れると思っていたわけでもなかった。もちろん、バレエを始めた当初は人並みに夢を持っていたけれど、そんなものを望めるほど私には未来に期待する気力が残っていなかった。
ただ、自分の人生の主役になりたかった。
また私は主役になれなかった。そう感じるだけで怒りも悲しみも感じなかった。
一つの道を極める人は、他の世界を知る機会を手放さなければいけない。
そしてこの時ふと気づいた。
それは、無意識のうちに新しい世界へと舵を切ろうとしている人の船に傷をつけることがあるということを。
高校時代に光希にかけた言葉。
彼女は私を信用していないから悩みを打ち明けてこなかったのではない。
むしろ、彼女は何度も私に話すタイミングを見計らっていた。それを私は遮ったのだ。
当時私はバレエという、自分が向き合えるものがあった。彼女にとってはそれが部活だったのだろう。
だからこそ私は彼女の力になれると思った。
彼女が辛そうな時には、自分の失敗談や、それの乗り越え方を語り、再び彼女が前を向けるように「明るく」励ますことが彼女の為になると信じて疑わなかった。
しかしそれは私があまりに世間知らずで無知な証拠だった。
同じ読みでも名前が違うように、人にはそれぞれの人生の歩み方があって、正解法なんてものは存在しない。
それなのに、私は彼女の人生について知ろうともせず、自分の人生における方法を無意識のうちに彼女に押し付けてしまっていた。
表面上での励ましをバカにしていた私は、表面ですら寄り添うことができていなかった。
誰かを照らす存在になるどころか、自ら輝いていた存在の光まで消してしまっていたという事実にやっと気がついた。
彼女に私がどんな声をかけていたとしても、結果は同じだったかもしれない。
ただ、彼女が第二の人生を歩む時の手助けくらいにはなったかもしれない。
自分の無知と無能さを知ったと同時に、自分が空虚と化してしまったことへの恐怖心が襲いかかってきた。
自分で輝くこともできなければ、人を輝かせることすらできない私は、どこに生きる価値を見出せば良いのだろうか。
第五章 光
そんな時に私は音楽に出会った。
幼少期からピアノを習い、人並みか、それ以上には音楽を嗜んできたつもりであったが、
”私自身”の音楽との出会いはこの頃だったと思う。
クラシック音楽をバレエの付随品として頭に叩き込んでいた私にとって、音楽自体を楽しむことなんて、何十億年経ってもできないことだと感じていた。
自分の軸であったバレエから離れた当初は、開放感に包まれ、何ともいえない幸せを感じていた。
が、次第に自分の心に穴が空いたままで、埋めるものが何もないことに気づいた。
バレエ中心の生活、ではなく、バレエによって生かされていた人間だったをつくづく思い知らされる。
無事に受験を終え、晴れて大学生になったものの、実際は春の風のように当たり障りなくただただ流れていく時間を過ごしていた。
大学生というのは、思ったより暇だ。
というと語弊を招きそうなので、訂正する。
大学生活を充実させられるかは、自分次第だ。
自分から何かアクションを起こさない限り何も始まらない。自分の未来にお節介を焼いてくれるほどみんな暇じゃない。
用意されたレールの上をひたすら歩いてきた私にとって、未知の世界への挑戦は、巨大なブラックホールに自ら飛び込んでいくほど孤独で恐ろしいものだった。
私は、その暗闇を突き破るほど強くなかった。
そのまま何にも踏み出せないまま、私は、3年目にして怖いくらい愛着の湧かないサークルの飲み会に参加していた。
入学式の日、初めてできた友人に流されるようにして入ったテニスサークル。
その友人は知らぬ間にサークルをやめ、もはや在籍している理由も存在しないが、辞めるタイミングを失い今に至る。
球技が苦手な私は練習に参加することはほとんどないが、それ以上に100人弱在籍するこのサークルの中で、誰かと関係を深めることすらしていなかった。
私だけが大学から、そして社会から取り残されていた。
皆が髪を太陽のように明るくし、見たことのない世界で輝いている中、私だけが暗闇から抜け出せずにいた。
そして次第に大学生活を充実させることを諦め、自分も他人も、もう二度と誰も傷かないようにひたすら自分を隠し続けた。
何から自分を隠し続けていたのかわからないが、きっとこんな情けない自分から目を背けたかったのだと思う。
私は自分と向き合うのを避け続けていた。
将来何の糧にもならないような大学生ならではの自慢話や恋愛話に花が咲くメンバーに適当に相槌を打ち、数少ない友人に帰宅を告げて店をでた。
ぎりぎり終電を逃してしまったものの、タクシーで帰宅できるほどの金銭的余裕はない。
始発までどこか時間を潰せるところがないかと駅周辺を歩いていると、眩しく輝いている若者たちの姿が見えた。
引き寄せられるように彼らについていくと、小さなライブハウスのような場所に辿り着いた。
街灯以外街を照らすものがない夜の暗闇の中では、若者ばかりに見えていたが、よく見ると自分の両親世代の人も多く、この界隈に知見がない私でも年齢や性別ではなく、同じ「好き」を共有している人が集まっていること、そして自分に正直に生きているからこそ若々しく、そして輝いて見えたということが手に取るように分かった。
そこでは、ダンスのイベントが開催されているようだった。
自分に見合っていない場所に少々気後れしながら強面なスタッフから当日券を買い、小さな入り口から中に歩みを進めると、人工的な熱気で気管を埋め尽くされる感覚に襲われた。
ステージでは数人のダンサーが熱狂する観客の前に立っていた。
各々が自分を主張するのに最も適していると考えて選んであろう衣装に身を包む彼らは、音楽と観客の声で会場の空気を操っている魔術師のようだった。
そして、熱を送っている観客に、何百倍もの熱を返していた。
真夜中と地下、という世間からは最も離れたところに位置する彼ら。
しかし、彼らは自分が1番輝ける場所と方法を知っている。
地上で時が過ぎていくのを眺めているだけの私より、遥かに人生を生きていた。
私は、心臓の奥深くに響き渡る1980年代のディスコミュージックと、眠気でうっすらとぼやけていく地下の光景に人生一の心地良さを感じていた。
今流れているこの音楽が50年弱たった現在も人々の心を踊らせ、人と人を繋げていると誰が予想しただろうか。
いつかの過去になるこの瞬間すらも、誰かの人生の血となり糧となる。
太陽の光が差し込まない空間だったとしても、今を生きている人々が織り成す空間は後悔の念を一つも感じさせなかった。
そして、五感で感じる快感で意識が遠のくのを感じながらも、自分の新たな人生の扉を見つけることができたと確信した。
そしてドラマの回想シーンかのように自分の人生を振り返った。
自分が主役になれない人生に勝手に感傷的になり、誰かの人生の脇役になるどころか、相手を慮ることすらできていなかったこと。
華やかでありながらも儚い舞台に立つ為に踊り続けていたはずが、次第に自分の過去の為に、そして無駄なプライドの為になってしまっていたこと。
どうしてもその事実を認めたくなくて、現実から目を背け続けてきた。
自分は何かのせいにして、いつも自分の人生を自分の手によって手放してきた。
そのくせ二度と戻ってくることのない過去には執着し、手放すことができなかった。
それは、後ろを振り返らずに前に進むことで、過去の自分が、現代の荒波に飲み込まれて消え去ってしまうのではないかと怯えていた自分がいたから。
どう考えても矛盾しているが、このダンスイベントこそが、私を踊りの人生から切り離してくれる存在になった。
そして、誰かのために、そして自分のためにもう一度人生を生きてみようと思った。そして、何かを輝かせたいと初めて自分の意思で強く願った。
時間潰しの為に訪れたイベント。気が付けばヒヨドリが高く澄んだ空に鳴き声を響き渡らせていた。
見上げた空には、眩しいくらいキラキラと輝くステージに感動を覚えたあの日と同じ、希望に満ちた色が天高く広がっていた。
まだふんわりと春風の暖かい香りが漂う季節だった。
何気なくいつもと違う帰路を進んでいると、ふとどこか懐かしいような音が頭をすり抜けるように聴こえてきた。
レコードバーから聴こえてくる音だったが、その記憶は実際にはない記憶だった。
なぜならそこでかかっていた音楽は1980年代の音楽だったから。
平成生まれの私はリアルタイムで聴いたことがあるはずがなく、懐かしいという感情が生まれるはずもなかった。
聞いたことがあるとすれば、いつの日か訪れたイベント会場。
正直、深夜で記憶が曖昧になっていたことから、この曲がかかっていたかは定かではない。
しかし、どん底から私を救いあげ、再び自分の前に夢を運んできた音は、オーロラ姫を迎えにくる王子よりもヒーローに見えた。
自分も、誰かの人生を自分の意思で照らせるような音楽を作りたいと思った。
自分が誰かの定めた主役になれないのなら、自分が作りだせば良いのだ。
それから私は、レコードバーに通い詰めた。
毎日色々な国の音楽を聴き、マスターと感想を共有しながら、その音楽が誕生した土地に思いを馳せていた。
時には、マスターの友人とバーに置いてあるピアノやギターでセッションをすることもあった。
幼少期からイヤイヤ習っていたピアノが、自分の感情を表現するために使えるようになるなんて誰が想像できただろう。
この頃から、自分の持つ力を理解し、発揮する方法を少しずつ知ることができるようになっていたと思う。
耳の奥に響きわたるベースと私たちを心躍る方へ導いてくれるサックスの音。
この音を聴きながら自分なりの音を奏でる時間がなにより安心できた。
そして時折聞こえる常連さんの拍手が、自分の存在を現実にしてくれた。
私は少しずつ、生きることができていた。
そんなある日、まだまだ話足りずに閉店間際まで居座る私をみかねたマスターから、ある人を紹介された。
声や服装から推測する限り歳が近そうな女性。しかし、自分より、ずっとずっと大人に見えた。
彼女は決して何も否定しなかった。
そして私の音を楽しそうに聴き、世間からは馬鹿げていると言われてもおかしくない私の壮大すぎる夢も喜んで聞いてくれた。
そして私も彼女の夢の話を聞くのが大好きだった。
いつものように彼女と話している時、彼女がふと発した言葉で、私は開きかけていた未来への扉を完全に開けることになる。
「あなたの作る音楽はもちろん好き。だけど、あなたの描く歌詞をもっと見てみたい。」
もしかしたら彼女はこの言葉を発したことを覚えていないかもしれない。
けれど、彼女の言葉が
それに、彼女にしてみればいつも通りの会話と感想だっただろうが、私にとっては雷に打たれたかのような衝撃だった。
自分が紡ぐ言葉には自信がなかった。
恋愛でも友人関係でも、相手が求める言葉が私にはわからなかった。
もうこれ以上、自分の言葉で誰かを傷つけたくなかった。
それでも、もう一度自分の人生を生きてみたかった。
自分でも誰かを救い、輝かせることができると信じたかった。
どんな人にどんな音楽を届けたいのか。
なぜ届けたいのか。届けたらその人は、その人の人生はどうなるのか。
考えれば考えるほどワクワクした。
ふわふわと夢見心地な足取りで歌詞ノートを買いに文房具店を訪れた日、どこか見覚えのある、星の散りばめられた白いノートが目に入った。
そこでふと私はあるノートの存在を思い出した。
それは小学生から高校生までつけていた日記。
バレエをやめてから、何かに心を動かされることがなくなり自然とやめてしまっていたのだった。
当時流行ったシールで埋め尽くされたそのノートを読み返すと、そこには自分の未来に微かではあるものの、確かに希望を持っていた私がいた。
楽しかった思い出も、苦しく誰にも話せなかった記憶も、そこには全てが記されていた。
子どもの拙い文章だからこそ、その時の情景が昨日のことのように鮮明に思い出され、私の心を強く揺さぶった。
何かを成し遂げたわけでも、誰かを救ったことがあるわけでもない。
それでも直感的に、自分と同じような悩みを抱えている人の痛みに寄り添うことができる、そう感じた。
それからというもの、来る日も来る日もギターの音に語って聴かせるかのように等身大の自分を乗せ、音楽にした。
当初はバーで彼女や音楽仲間に向けて演奏していたが、果てしなく広がり続ける世界に自分の音楽を届けたいと思うようになった。
そこで、彼女が教えてくれた音楽配信アプリで投稿することにした。
機械音痴の私にとって、最初は投稿の仕方すらもままならなかったものの、地道に配信し続け、僅か1ヶ月でフォロワーは1000人を超えた。
自分の音楽への思いが苦手意識すらも吹き飛ばした。
自分が活動を重ねる中で、SNSに少しずつ寄せられるコメント。
ー自分も生きてて良いと思えたー
ー一度きりの人生を無駄にしたくないー
努力が実を結ぶことなんて、明日地球に隕石が衝突くらい稀なことかもしれない。
命に変えてでも叶えたい夢が突然消え去ってしまうかもしれない。
それでも、こんな自分でも、誰かのために、そして自分自身のために美しく輝くことができることを身をもって証明したかった。
美しく輝くのは、自分で光を放っているものだけではない。
たとえ誰かの光を借りていたとしても、誰かにとってはそれが太陽よりも明るく希望の一筋になり得る。
ただの引き立て役なんかじゃない。その人の暗い部分を照らし支えることは私にしかできない特権だ。
第七章 Belle lune
音楽活動を続けて3年目、私はミュージックバーをオープンさせた。
名前は”Belle lune”。
実際、マスターのバンド仲間が以前経営していたレコードショップの一角を借りる形であり、まだまだ自分の店とはいえないものの、目標に近づけたという多幸感に包まれていた。
私の音楽を聴きに来てくれた人もいれば、通りがけに訪れてきてくれた人もいたが、皆自分の居場所や存在価値を探していた。
実際に、私の投稿のコメントにはどこにも打ち明けられない不安や葛藤など、様々な感情をぶつけてくれる人が多く、そんな人々の力になれる場を作りたいと思った。
自分自身も含めて、音楽を自由に感じ取れる場を。
そんな思いから私は敢えてレコードバーではなく、ミュージックバーという形をとった。
レコードやCDで思い出に耽ったり、思うままに身体を音楽にのせてみたり。
あるいは音楽を心から愛し、必要とする人で溢れるこの空間を絵や言葉、あるいは空気として味わい、自分が「自分の人生」を生きられる場所を提供したかった。
日々形が変わっても側にい続けてくれる「美しい月」のような存在になれるように。ーーー
自分は名前負けしている、そんな大層な人間じゃない。そんな声をよく耳にする。
でもきっとそうじゃない。
自分では超えられそうもない試練に直面した時に
何かヒントをくれる、そんな存在だと思う。
かつて私に名前へのコンプレックスを植え付けることとなった、小学生の頃の社会科見学。
職員の人の話には続きがあったことを思い出した。月は大きな衝突の後に今の姿を形作ったという説があるという。
当時はきっと、自分の人生に絶望して頭の奥にしまいこんでしまった記憶。
あんなに凛として美しい月でさえ、そのままの姿ではきっとここまで輝けなかったはずだ。
衝突を経て散り散りになったからこそ見えてきた新しい姿こそが、今私たちが目にしている月なのだろう。
進み続けている最中は、自分の歩みに確信が、自分の持つ名前に自信が持てないかもしれない。
しかし、どんなに小さくても、見えなくても、必ず進むべき方向へ歩みを進めている。
そしてふと振り返った時に、その名前が自分を導き、輝かせてくれていたことに気が付くはずだ。
きっと、名前は自分を光らせてくれーーーー
終章 恒星
朝の7:00。携帯のアラームがなんの躊躇いもなく私を横切って脳内に鳴り響いた。
突っ伏していた机の上には、無数の原稿用紙と消しゴムの塵が散らばっていた。
どうやら物語を書きながら寝落ちしていたようだ。
何度目かわからない出社の準備をする。変わり映えのしない毎朝のルーティン作業。
毎朝同じことを繰り返しているせいで、やったことすら忘れて再度確認することも日常茶飯事である。
身体に喝を入れるようにネクタイを強く締めながら物語を思い出し、ふと自分の人生について振り返った。
両親からは手のかからない子供だったとよく言われた。
歩くのも言葉を話すのも早く、何よりも文字を追うのが大好きだった。
小学生の頃、作文コンクールで優秀賞をとり、家に帰ってすぐ母に自慢した。
すると母はこうせいは頭がいいね、将来は何にでもなれるねと褒め讃えた。
しかし私は全く満足しておらず、絶望すら感じていた。
なぜなら、母は私の書いた文章を読んでいなかったからである。先生のありきたりなコメントで私の文章を評価していた。
どんな賞を取ったのかではなく、自分にはどんな世界が見えていて、それをどんな風に書き記したのか、それを他者に評価されたことを伝えたかったのに。
それでも、埃の被った額縁を引っ張り出して丁寧に拭き、賞状を収める母の姿がガラス版に反射しているのが見えた時、語彙力が取り柄であるはずの私は何も言うことができなかった。
私が手紙を渡した時よりも、学校で描いた絵を持ち帰った時よりも、その時の母は今まででいちばん輝いた笑顔を見せていた。
そして子供ながらに、母の思い描く将来の中に小説家が無いことも悟った。
この出来事から、自分を抑え、大人に好かれる子供として成長した。
まさに、自分の名前が表す意味に沿うように。
高校時代には、10年続けた水泳の大会で優勝。スポーツでの推薦を受け、名門大学に入学。
入学後すぐに1年間のイギリスへの交換留学。そして今では、名前を見れば誰もが羨ましがる大手証券会社への就職。
まさに、最高の親孝行人生だろう。
そんな状況で、今更小説家になりたいなんてどこの誰が言えるだろうか。
自分の実力で光り続けてこられた。
だからこそ、レールの上を”自らの意思”で歩く僕は今更、自分の運命を変えることは許されない。
そして、きっとこの物語の主人公のように孤独や罪悪感に苛まれることなく大人になれたことを誇り、感謝するべきである。
私には、自分の歩んできた人生を信じ続けるほか道はないのだ。
でも、そんな私がこんな物語を描いているのはなぜだろうか。
なぜ時間を忘れるほどこんなことに没頭しているのだろうか。
歯磨き粉を取って歯ブラシにのせる手がぐっと動きを止める。
すでに眩しい程白く光り輝く自分の歯が鏡に映し出されていた。
学習しない自分の無意識の行動に呆れながらも、最後の文が書ききれずにいる机の原稿用紙に目をやった。
きっと、名前は自分を光らせてくれる。