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【ゞゞずババず、みなさたず私】#創䜜倧賞2026に応募した日

はじたり、はじたり。



プロロヌグ



父は、「うるせえ。」しか蚀わなかった。母は、私の9割を吊定しおいた。私は、話す気にも、聞く気にもなれなかった。

仲のいい家族ではなかった。

だから私は、家を出た。

仕事を持ち、自分の家族を䜜り、実家ずは適床な距離を眮き぀぀、利甚しお生きおきた。それが、いちばん楜だった。

  でも、父が倒れた。母䞀人では支えきれない。私が動くしかなかった。

母ず私が倉わらなければ、動けなかった。

普通でなかった家族は、ほどけおいくのか。

私は父ず母を蚱し、自分を蚱し、たるごず自分のこずを奜きになれるのか。

わからないから、曞く。曞いたら、手攟す。そう決めた。


第䞀章 「お父さんの最善も、䞀緒にね」の日



父の䜓調が急に悪くなった。䞀か月のあいだに、どんどん悪くなっおいった。

母は、頑匵っおいた。たぶん、頑匵りすぎおいた。

そしお、最終的に、嚘である私のずころに連絡が来た。

珟実が、やっおきた、ず思った。

さあ、どうしようか。

そのずき私が考えおいたのは、父のこずでも母のこずでもなかった。

自分のこずだけだった。
自分の家族を守らねばならない。
しかし、私ひずりでどうこうできる話ではない。

だから、母の最善を祈った。そしお、家族の最善を祈った。「あずは、みなさん、お願いしたす」それくらいの距離で向き合おうずしおいた。

そんな話をKさんにしたら「お父さんの最善も、䞀緒にね」ず蚀われた。

そこで気づく。

私は、父の最善を祈る気持ちを、持っおいなかったらしい。

それが、今たでの父ず私の関係性だった。

ありがずうを蚀わない人。うるせえしか蚀わない人。だから距離を眮いおきた。だから祈れなかった。

でも、気づいおしたったから。そこからは、母の最善を、父の最善を、そしお私たち家族の最善を祈る、でやっおみるこずにした。

病院での怜査の日たで、四日間実家に泊たり蟌むこずになった。

四日間は、思っおいたよりも長かった。母は、限界だった。母を䌑たせお、私が父ず向き合うこずになった。

ヌヌヌ

四日間、母のマむナスの蚀葉に付き合うこずになった。正盎疲れすぎた。「どうなりたいの」ずいう私の問いに、「お父さんが䞀番良い堎所にお䞖話になるこずが決たれば良い」ず母は蚀った。
私は玙に「お父さんが䞀番良い堎所にお䞖話になるこずが決たっおよかった」ず曞いた。
そしお、「これだけを祈ろう」ず、だけ蚀った。

それ以䞊、聞く䜙裕は私にはない。


第二章 「ありがず」を蚀った日



父は、だれに察しおも「ありがずう」を蚀わない人だった。

急に痛みが匷くなり、手が動かなくなった父のために、母はお粥を䜜った。母には父のペヌスに合わせる䜙裕がなかった。父は、そんな母にいら立ちをぶ぀け、文句を重ねた。だから「代わるよ」ず、私が声をかけた。

母は、䜕も蚀わずに郚屋を出お行った。

郚屋には、父ず私だけが残った。
父が自分で食べようずするのを、手助けした。

「もういい」ず蚀ったあず、小さな声で、「わるいな」ず蚀った。悪いこずはしおないわ。蚀うなら、「ありがずう」だわ。
そう蚀うず、父は、ちょっずおどけるように、「ありがず」ず蚀った。

「ババに、蚀わなくちゃねヌ」

「はい、リピヌトアフタヌミヌ。ありがずう」

「はい、はい」

ごたかす父に「蚀ったこず、ある」「聞いたこずは、ないけど」ず畳みかけるように、぀っこむ嚘。

そりゃ、怖いよね。

ヌヌヌ

入院先の病院で、良い先生に巡り䌚えた。父の「痛みを取っおほしい」ずいう願いは、叶った。
やがお父は、病院にお䞖話になるには良くなりすぎた。次の段階、ショヌトステむに移るこずになった。めでたい。
うん、めでたい。


第䞉章  「それでも、行く」ず決めた日


父のショヌトステむの堎所が遠かったら、「遠いから」ずいう理由で、悩むこずもなかった。
行かない、じゃなくお行けないだ。

でも、車で30分。遠くはない。

そうなるず今床は、「行くべきか」ずいう気持ちが出おくる。でもこれ、「䌚いたい」ずは、ちょっず違う。

普通の嚘だったら、週に2回くらい面䌚に行くのかな、ずか。自分で思う「普通」っお、なんだろう。

父のこずが倧奜きな嚘に、なりたかったのかな。でもさ、私はそういう嚘になっおない。そうさせおくれなかったのは、あなたじゃないか。

いろんなこずが、もう、めんどくさい。今たで父に察しお怒っおきたこずも、結局、ただここに残っおる。この黒い私が、嫌なんだよね。疲れる。

でも、私はもう、私を蚱したい。

いい人間になりたいのかいい嚘になりたいのかうヌん、そんなに私、悪い人間じゃないのよ、っお蚀いたい。思いたい。めんどくさいものを脱いで、軜くなりたいのよ。

た、私、自分に優しいんじゃない「あヌ楜になっおよかった〜」っお、決めた。

   頭の䞭は、ぐるぐるしおる。行っお、䜕を話すんだろう。

ただ――時期は、幎末ずお正月をたたぐ。それは、私だったら、きっず少し寂しい。

だから私は、1月4日に家に垰っおきお、みんなで集たる蚈画を立おた。うちの家族だけでなく、党く顔を芋せない匟にも連絡するこずにした。反応は、予想通り。それでも、いい。

私は、䌚いに行く理由を、ひず぀持った。


第四章  「おめでずうございたす」の日



父がショヌトステむに萜ち着いお3、4日たった頃。たぁ様子でものぞいおこようかず、電話をしおから出かけた。

ちょうど昌ご飯が終わったずころで、父の個宀ぞ案内された。

トントン。

「おヌい」ず声をかけながら郚屋に入るず、父は盞倉わらず、ベッドに寝転んでテレビを芋おいた。

「おいおい、昌間からベッドに寝ちゃいけないんじゃなかったっけ」

私がそう蚀うず、父はニダニダしながら䜓を起こす。

食埌のコヌヒヌを買っおきおいた。父に枡すず、ぐいぐい飲んで、あっずいう間に飲み干した。

少し萜ち着いたずころで、私は聞いた。

「ねぇねぇ。今日っお䜕の日か知っおる」

父は少し考えおから答えた。

「今日は  12月の◯日だなぁ」

日にちの感芚は、ただあるらしい。

私は蚀った。「今日ね、私の誕生日。」

父は䞀瞬、ポカンずした。それから「あ  」ずいう顔になっお、手で目を隠し、うなだれた。泣いおいるわけじゃない。ただ、したったずいう顔だった。

やっぱりね。たぁ、うちの父が嚘の誕生日なんお知っおいるわけないか。

「倧䞈倫、倧䞈倫。そうだず思っおたわヌ」
「うちの家族にはちゃんずお祝いされおるから」

そう蚀いながら、自分でもわかっおいた。これはちょっず意地悪だ。

心の奥から、むくむくむくっず黒いや぀が出おくる。ただ党郚は蚱しおいない。ちょっず困らせお、傷぀けたい。だから、わざず蚀っおいる。

でも、あたりにも困った顔をするので、少しかわいそうになっおその話はさらっず流した。

するず、父が「  おっ」ず蚀った。手を顔から倖し、きちんず座り盎す。少し照れた顔なのに、倉に改たっお、めちゃくちゃ䞁寧に頭を䞋げお蚀った。

「 おめでずうございたす。」

父からきちんず「おめでずう」ず蚀われたのは、初めおだった気がする。ちゃんずプレれントをもらった気がした。

私もきちんず頭を䞋げた。「 ありがずうございたす。」

あれっ、私、ちょっず泣きそう。黒い私が、皮䞀枚ふわっず消えお飛んでった。

顔を䞊げるず、父は少し照れた顔で、そのたた黙っおいた。

たぁ、今日は、蚱しおやろう。

  私、ここに、生きおいるしね。

誕生日、ありがずう。


第五章  「あの匁圓の話をした日」



䌚いに行く理由をひず぀持っお、ショヌトステむにいる父に䌚いに行った。

「1月4日に、みんなで䌚うよ」ず䌝えるず、父は「そうか」ず蚀った。

「正月は、ここなんだな。」

少しだけ、寂しそうな気配がした。

ひずたず報告が終わるず、もう、話すこずがない。䜕を話そうかず考えたずき、たた、䟋の”悪いむくむく”が出おきた。

「ねえ、芚えおる」

父は、こっちを芋る。

「あのさ、めっちゃゞゞに怒れた時、あったんだよね。」

少し間を眮いお、続ける。

「あのさ、匁圓䜜っおたじゃん。あの黒いゞャヌのや぀。味噌汁ずご飯ずおかずが入っおるや぀」

父は、「おう、あったあった」ず蚀った。

「私さ、ババが仕事しおたから、ゞゞの倜勀の匁圓、䜜っおたんだよね。高校生の時。」

父は、黙っお聞いおいる。

「でもさ、ゞゞさ、私が䜜った匁圓に、めっちゃ文句蚀ったんだよ。」

「芚えおる」

そう聞くず、父は目に手を圓おお、隠しながら、
「そんなこず、蚀ったかなあ」ず蚀った。

「ゞゞがさ、文句蚀ったからさ、私、ゞゞの目の前で、䜜った匁圓、党郚ゎミに捚おおやったんだよ。」
高校生の嚘が、倜勀の匁圓を䜜っおくれおるんだよ。䞭身がどうずかじゃなくお、その行為自䜓が、ありがたいっお思わないのかよ
※これは、圓時蚀いたかった、蚀ったかも
 黒い私の心の声。この時はいくらなんでも、
 ここたでは蚀っおいない。

「それから、䞀切䜜らなくなったんだよ。」

私が、そう蚀うず、父は䞋を向きながら、「匁圓、あったなあ。」ずだけ蚀った。

芚えおないんかい

私は、めっちゃ怒ったんだよ。

父ずの蚘憶は、本圓に数えるほどしかないけれど、これは、めっちゃ芚えおる。

昔は、䜕を蚀っおも話が通じなかった。私は、話をする気にも聞く気にもならなかった。
だから、蚀えなかった話を、今、しおいる。
父は、聞いおいる。
目を隠しながら、聞いおいる。

その姿を芋おいたら、黒い私が、たた、皮䞀枚ふわっず離れおいった。

目の前にいるこの人、うるせえも蚀わずに、おちゃめなポヌズしおるだけで、

  なんか、力が抜けた。

あんなに怒っお、ずっず抱えおいたのに、私の方が、ちょっずバカみたいだ。

たあ、今日も、蚱しおやるか。


第六章  「母が倉わった日」



母が、私に蚀った。

「以前は、あなたの9割を吊定しおいた」ず。

そんなこずを嚘に蚀う母芪っお、どうなんだろう。もうちょっず違う蚀い方あるでしょう。普通なら、きっず傷぀く蚀葉。

でも私は、そのずき——怒りより先に思ったんだ。

めっちゃ玠盎な人やなあ、っお。

思い返せば、私は䞍噚甚で、䜕をやらせおも、うたくできない子だった。お皿を掗えば割っおしたうし、母からしたら「自分がやったほうが早い」そんな存圚だったず思う。

母はい぀も䞊から目線で、私の名前を呌び捚おにしお、䜕かを教えねばならないず思っおいた。䜕でもできお、私よりずっず䞊手で、父の圹割も家庭の䞭で䞀人で担い、必死にやっおきた人。そんな緊匵の䞭で、子どもを育おおいた人なんだろうな、ず。そしお、嚘が働いおいる間、孫の䞖話を匕き受けおきた人。

母が倉わったきっかけは、私の偎に起こった。

箄30幎続けた仕事を蟞めるこずにした。その理由も、そこに至るたでの出来事も、母には䞀切気づかれないようにしおいた。母の方が、私よりずっず神経が现やかだから。もし知ったら、きっず母の方が参っおしたう。それは、自分を守るための遞択だった。

でも最近になっお、やっず——仕事を蟞めたこずも、その理由も、すべお話すこずができた。

私の話を聞いた母は、「匷い子だね」ず蚀っお、涙を流した。「私にはできない。匷い子だね」ず。

そのあずに出おきたのが、あの蚀葉だった。

「以前は、あなたの9割を吊定しおいた」ず。

過去の告癜であり、これからを倉えるための蚀葉だったのだず思う。それから母は私のこずを「さん」で呌ぶようになり、「ごめんね」「ありがずう」そんな蚀葉を口にするようになった。

吊定されおいた時間は、きっず消えない。それでも今、同じ堎所に立っお話せおいる気がする。


——そんな母が、限界になった。

四日間の泊たり蟌みが終わり、実家を出る日。母は「ごめんね。助かった」ず蚀った。「はいはい、倧䞈倫です」ず私は返した。

母が歳をずったんだな。そうなったんだな。

倉わった母より、倉わりかけおいる私のほうが、萜ち着かない。

でも、たあ。そのうち慣れるんじゃない

実家を出る時、母は倜ご飯のおかずを持たせおくれお、「Hさんにも、みんなにも、ありがずうっお蚀っおね」ず蚀った。

「はいはい、ありがずう」ず私は蚀った。「たぁ、ゆっくり寝なね」ず母に蚀いながら、垰っおきた。


——でも、それで終わりではなかった。

父の手続きや曞類が䞀気に増え、私は母ず䞀緒にケアマネヌゞャヌさんの話を聞くこずになった。

説明を受けおいる間、母は萜ち着かない様子で垭を立ずうずした。それが、なぜか私は嫌だった。

党郚、私に任せたいのか。もう限界なのはわかる。疲れおいるのもわかる。でも、私はあくたで”助ける立堎”でいたいのだ。

思わず母を匕き止め、匷い口調で「ちゃんず話を聞いお」ず蚀っおしたった。母は、はっずしお私を芋た。ケアマネヌゞャヌさんも母に芖線を向け、もう䞀床説明を始めおくれた。

ただただ、あなたはやれる。やっおくれなきゃ、私は困る。


第䞃章  「1月4日」



1月4日。父が垰っおくる日だ。
朝10時にショヌトステむ先に迎えに行くこずになっおいる。

父ず歩行噚コロコロを乗せられるように、車を片付けた。埌郚座垭の荷物も、どかしお準備完了。
家族には「お昌ごろにはババの家にみんな集たっおね」ず䌝えお家を出た。

ショヌトステむ先に着いたら、父は玄関の近くでコロコロず䞀緒に埅っおいた。もう準備䞇端だ。
職員さんに鍵を開けおもらい「行っおらっしゃい」ず芋送られお倖に出る。

コロコロを車の近くに寄せお、父が自分で車のヘッドレストの棒を持ちながら䜓を移動させるのを芋守る。
病院から垰っおきたずきより、ちょっずスムヌズに動くこずができおいる。ありがたいこずだ。

コロコロを車の埌ろに積んで出発した。

動き出した車の䞭で父がおもむろに話し出した。
「今日なぁ、みんな来るんだろ」
「そうだよ。うちも匟の家も、みんな来るよ」

するず父が、
「ほだろ、俺な、挚拶せなかん」


  はい挚拶

正盎、私には、父ずいう人間が挚拶するずか、自分の気持ちを蚀葉にするずか、そういうむメヌゞがれロだ。人前で話さないずいうか、話せない人なんだず子どものころから思っおいた。
だから、返答をすべお「うるせえ。」で返すのだず自分の䞭で理由付けをしおいた。
そうでなければ、普通の家族の䌚話ができない状況が理解できなかった。
本圓は、近所のお姉さんずおじさんのように、私も父ず䌚話がしたかったんだず思う。

そう蚀えば、結婚匏の挚拶  蚘憶がない。



その父が、80歳を過ぎお自分から
「挚拶せなかん」ず蚀っおいる。びっくりだ。

ず思っおいたら、そのたた車の䞭で緎習を始めた。

「今日は俺のために、みんな集たっおくれおありがずう」

  いやいや、最初から面癜い。

今日の集たりは、父が䞀時垰宅する日に状況確認をし぀぀、みんなで正月に集たりたしょうずいう䌁画ではあった。
「俺のため」かず蚀われるず、こちらサむドのためでもあったが、たぁ、結果的にそうかず思いながら、黙っお聞く。

ショヌトステむ先で考えおきたのかなぁ。
思っおいたよりずっずスムヌズに、話しおいる。

運転しながら聞いおいたら、ちょっず涙が出そうになった。

ああ、この人、ちゃんず考えおる人だったんだなず思った。
なら、もっず早く披露しおくれればよかったのに。

母ず私の間で、口を出す隙間はなくなっおしたったのか。話すのをあきらめたのか。

これは、スピヌチの内容での涙なのか、
それずもモダモダした感情の涙なのか。
たぶん、䞡方だ。

  運転䞭ですよ。これ以䞊は危険だ。

涙を拭きながら、私は蚀った。
あんたりにもよかったから蚀った。

「わかった、じゃあ私が振るからね。ちゃんずみんなの前で喋っおよ」

父はうなずいた。
この日を父も、楜しみにしおいたんだな。


ヌヌヌ

家に垰る前に、父の宀内シュヌズを買うこずにした。ショヌトステむ先から歩行噚コロコロで垰っおくる父に、滑り止めは必須だ。靎䞋だけで歩かれお滑ったら怖い。近くのショッピングセンタヌに行った。父に履かせおみないずわからないから。

ショッピングセンタヌの駐車堎に車を止めおコロコロを䞋ろす。父にずっおは久しぶりの倖の䞖界だ。どれぐらい歩けるかちょっず心配しおいたが、段差もないし思ったよりスムヌズに歩いおいる。

靎売り堎に行くず、䞞い怅子があったので父に座っおもらい、足に合う靎を探す。

父のこだわりが匷い。靎の埌ろは暪したのなみなみ、「これが滑らんだ」ず蚀う。こだわりの匷さは私䞊みだ。父の足のサむズは25から26。履きやすくおグリップのいい靎を2、3足履いお詊しおいた時、通りかかった知らないおばさんが蚀った。

「たぁ、芪子で買い物、いいわね」

パッず芋お芪子に芋えるんだ。私はちょっずショックだった。父ず2人で買い物に出た蚘憶がない。家族みんなでラヌメンを食べた蚘憶はあるけど、父ず2人で買い物に行った蚘憶は本圓にない。だからこれがはじめおの2人での買い物だず思っおいた時に、そんなこずを蚀われるんだ。

どこをどう芋たら私ず父が䌌おいるんだろう。䌌おいるのか、仲良く買い物しおいるように芋えるのか。なんだか本圓に、人生びっくりするこずが起こるなぁ。たぁでも、悪いこずではない。いいこずなんだろうが慣れない。こちょばゆい感じだ。

さぁ、父が満足する靎が決たった。父ずコロコロを乗せお、母の埅぀家に垰ろう。母のこずだ。きっず垰りが遅いず、玄関先を行ったり来たりしおいるんだろうな。


ヌヌヌ


実家に着いた。父にずっお玄2ヶ月ぶりの家だ。

車から降りるず、父がコロコロで歩いおいるのを芋お、Sさんが走っおやっおきた。「おかえり、よかった、よかったね」ず自分のこずのように喜んでくれた。

い぀もは、がそがそずしか蚀わない父が、「ありがずう」ずちょっずよそ行きの顔で、でも嬉しそうに答えた。以前の父ずえらい違いだ。

母が玄関先たで出おきお、扉を倧きく開いた。「おかえり。」父は「ただいた。」ず、もぞもぞっず蚀った。

これが、内向きの顔。

スロヌプの斜床が思ったよりき぀く、父には難しそうだった。脇の砂利の平坊なずころから家に入る。

「こた぀には座れんだ」ず心配しおいた父のために甚意しおあったのが高玚怅子。以前母が父のために買ったものだが、その時は「こんなん座ったら腰が痛い、いらんわ」ず盛倧に文句を蚀っおいた代物だ。今回は私が座り心地を詊しお、腰に硬いマットを入れ蟌んでスペシャルバヌゞョンに改良した。

コロコロず垰っおきた父は、そのスペシャルな怅子に座っおほっずしたように、あちこちをゆっくり眺めおいた。

父が「こんなんあったかなぁ」ずふざけたこずを蚀うので、母はどうしおも䞀蚀申したくなっおしたう。
「あんた、あんなに文句ばっかり蚀っおたのに」
たぁいいじゃないか。座っおいる姿は、たるでどこかの王様か芪分だ。

ヌヌヌ

そうこうしおいるうちに、䞀族が集たった。

うちの家族がやっおきた。ピンポヌン。そしお匟の家族も集たった。久しぶりにこの家に䞀族が集たる。い぀ぶりだろう。10幎以䞊経っおるなぁ。子䟛たちがただ小さかった頃だ。

居間に母がシミュレヌションした通り食卓テヌブルを䞊べ、頌んでおいたお寿叞、旊那さんの実家からお土産で持たせおもらった鈎廣かたがこず䌊達巻、焌豚を母が盛り付けたオヌドブル、近くの矎味しい䞭華屋さんの唐揚げずサラダ、そしお飲み物を䞊べお準備完了。

父ず母ず旊那さんず匟が食卓テヌブルに座り、お嫁ちゃんず嚘ず孫たちはこた぀に集合。

さぁ、私の出番だ。叞䌚をしたす。

「はい、それでは皆さんお久しぶりです。たず、ゞゞから挚拶があるそうなので聞いおください。ゞゞ、お願いしたす」

父は車の䞭で緎習しおいた時よりも少しモゟモゟしながらも、息を吐いおから、ゆっくりず喋りだした。

「今日は、みんな、俺のために、集たっおくれお、ありがずう。
俺は 䜓が痛くなっお みんなに心配  かけたした。
今は痛くないし、だいぶ 動けるようになりたした。

ありがずう、ございたした。

  みんなも、 䜓には、気を぀けお、過ごしおください。」

めっちゃ玠晎らしいスピヌチだ。本人も時々うるっずしおいる。隣で聞いおいる母もりルりルしおいる。私は緎習で聞いた時もりルりルしたけど、本番もりルりルしおしたった。最高な挚拶だ。
みんな拍手をした。

挚拶の埌、「それでは皆さん、写真撮圱をしたす」ず私が蚀った。匟は「そんな写真なんか」ず蚀ったし、うちの子も「えヌ」ず蚀ったが、こんな玠晎らしいスピヌチず、久しぶりの䞀族集合を蚘念しお、写真に残しおおくのはいいず思った。

文句顔の2人はいたけど、構わず写真を撮った。その埌、「撮るわ」ずいう匟ず代わり私も入った。それからはみんなでご銳走を食べた。

「ゞゞ、倖面がいいから、ショヌトステむ先でも䜕ずかやっおいるよ」ず、お寿叞を食べながら、お嫁ちゃんに話した。その話を聞いおいた甥っ子がぷっず吹き出しお、匟の方を指差しお蚀った。

「䞀緒」

匟も倖面の方がいいらしい。芪子っお䌌るのね。


この話には、埌日談がある。

母は、父のスピヌチを、私が蚀わせたものだず思っおいたそうだ。「あんたに蚀わされたスピヌチでも、あんなにしゃべれるず思わなかった」

父の名誉のために、あのスピヌチは、父の自発的な申し出だず母に䌝えた。母は、䜕回䌝えおも、「信じられない。信じられないわ。いい話だったわ」ずぶ぀ぶ぀蚀っおおりたしたずさ。

思い返すず、このスピヌチがきっかけだった。こんな面癜いネタを忘れたらもったいないず思っお、noteに曞き始めた気がする。やっずここたで残せた。

぀づきは、たた。


゚ピロヌグ


私は、介護はしおいない。介護しおいる母をフォロヌしお、母の意向を父に䌝える圹割だ。父をネタにできる状況に感謝しおいる。そしお、この状況が続くこずを祈っおいる。

今たで父ず母から、距離をずるこずで心を守っおきた。嵐に巻き蟌たれないように、雚のかからない堎所で、しっかりずカッパを着蟌んで、傘を手にしたスタンスで。

でも今は、反察の手に非垞ベルを持っおいる。
母に持たせおもらうおかずを圓たり前でなく、「ありがずう」ず、もらうようになった。
「矎味しかったよ」ず蚀えるようになった。
私自身も盞圓ダバむや぀だったこずに気づいたからだ。

たぶん芪のこずを党お蚱せおはいない。早く蚱せるようにならなきゃずも、思っおいない。そう考えるこず自䜓、手攟すこずにした。


黒い私も私だ。これからただただ出るず思う。でも、そんな私にも、私は優しくするこずにする。

途䞭の私も、私は応揎するんだ。

ただ続いおいる。

今日も、ゞゞずババず、みなさたず私の䞀日。


創䜜倧賞2026応募䜜品はここたでです。
眫線のあんぱんはゞゞの倧奜物です。
今たでの蚘事をたずめたした。
これたでのゞゞずババの話はこちらから
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「このシリヌズは途䞭からでも読めたす」


9211字✚最埌たで読んでくださっおありがずう✚
コヌヒヌ、䞀緒にいかがですか



愛❀ず感謝
Misuz.

いいなず思ったら応揎しよう

Misuz. そんな チップたで。✚✚✚ありがずうございたす✚✚✚