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手に負えない人生②

    2年間の浪人生活を終えて、県外の大学に進学したところから。

    家から出て、しばらくは実家という存在にとらわれていたものの、ゆっくり時間をかけて母との関係は良くなっていった。引っ越しを終えて母が車に乗り込むのを見送る際、寂しくてどうしようもなくて、母もきっと同じで、泣きながらハグをした。母のことは憎くて嫌いで許せなかったが、愛や過ごした日々が無くなったわけではなかった。

    割愛するけれど、大学生活では、まあ、普通の大学生がそうであるように、あらゆる種類の人間と出会い親睦を深めた。学費と生活費のためにほぼバイト漬けだった私は、自ずとバイト先の人間と仲良くなり、愛に飢えて大人との距離感を見誤り続け、大きく裏切られ、怒り、結果世の中の大人より母の方がまだ話が通じる可能性に思い当たり、そのあたりから関係が改善したと思う。割愛したこの部分は、また別の記事で言語化したい。

    大学生活の最後の方に縁があり交際関係に至った人がいて、彼は今思うと幼稚で今の私の価値観からだと信じられないくらいデリカシーのない発言があったりとんでもない価値観を持っていたりしたが、大変に私に執着し、愛を言葉にして伝えてくれたため、不健全ながら私は満足し、結果母との関係の最終の修繕に至った。
    生涯を添い遂げることにはならなかったし今でも思い返して目眩がするような出来事がたくさんあるが、感謝もしている。

    今、30歳がそろそろ見えるところに来ていて、1人である程度自立して暮らせていて、母とも定期的に連絡をとり、去年は2人で旅行に行ったりもした。過去の私からしたら驚きと共に怒りが飛んできそうである。
    誰かを恨み続けるのは結局エネルギーが必要なのだ。母のことは絶対に許さないし、されたことは忘れないし、絶対に母が死ぬ前に、お前の子供になんて生まれたくなかったし、そもそも産まないでほしかった、と言ってやろうと思っていた。
    今でも産まないでほしかったとは思っている。いつまでも子供っぽいと思われようが、あんなに苦しい思いをして生きるなら、あんなに苦しい思いがあると知ってしまうくらいなら、生まれない方がいいと心から思う。一度でも死にたいくらい辛いことがあるなら、生きていたくない。これは本当だ。

    でも、まあ、母の死に目に恨み言を言うのはもういいかな、と思うようになった。
    なんか、かわいそうだし。許せないけど、まあ、そこまで地獄みたいな思いさせて死んでいかなくていいと思う。死ぬ時は穏やかな気持ちでいてほしい、と思うのは愛しているからだろう。大切な人には、穏やか気持ちで最期を迎えてほしい。

    何度も言うが、母のことは許さないしされたことは忘れない。けど、日々の生活ではそれはそれで横においてはおける。
    それよりいろんな世界を見たいし、好きなアーティストの新曲を聴きたいし、知らない味に出会いたいし、やったことないことをやってみたいと思う。許さないけど、まあ、たまに許さないことを思い出すくらいになってきた。されたことも忘れないし、当時の私との関係についてや、子供に対する母の気持ちを聞くと過去の私が反論しようとする。関係が回復しつつあった時期はそれに反論し喧嘩……というか母が泣いてそれに泣くのはお門違いだと私が更に攻め立て……とあまり良くない流れが定石だったが、今は強く反論しないし、1人の人間の価値観として介入しないという選択肢を取れるようになった。母も、あまりそういう話題を出さなくもなったと思う。

    私と母の関係が改善したのは、私と母が賢い人間であったことと、母から受けた愛が私に合わなかったとはいえ嘘ではなかったことがたまたま上手い方向に転んだからだ。全てが偶然だし、たまたま自殺が失敗して、たまたま外の世界で酷い目に遭ったから色々といい方向に転んだと思う。まあ外の世界で酷い目に遭ったのも愛着障害が原因で他人との距離を見誤ったのが原因だと考えられるので、元を辿ると母や家族との関係に原因は帰結するのだが。ああ、あとは、私が怒り疲れたのも大きいと思う。

    やっぱり、だいぶ乗りこなせるようになったとはいえ、常に死にたくはあるし、こうやって過去のことを振り返るとやるせなくて過去の私がかわいそうで怒りと涙が湧く。あの時自殺に失敗していたらよかったと思うことは全然少なくない。時が経って、無理やり記憶の引き出しにしまい込んでいるだけで、一生付き合っては行くのだろう。生まれてしまったから、簡単には死ねないから、仕方がない。

    驚くことに、まだ私の人生は30年も経っていないので、うまくいけばこれまでより長い人生が待っている。末恐ろしい。
    過去の出来事たち、だいぶ私の中では消化されてきたというか、アイデンティティではなくただの出来事にはなった。
    でも、私がこうやって過去のことと向き合っている間に、自分の傷を慈しんでいる間に、他の人は別のことに時間を費やしている。発狂しそうだ。私は自分のことで精一杯。いつまで経ってもきっとそう。

    もちろん悪いことばかりでもなく、生きててよかったなあ、あの時死ななくて本当によかったなあ、と思うことは、特にこの1、2年、最近になって起きるようになってきた。生まれたくなかったな、はきっと消えないだろうけど、まああの時死ぬのに失敗していてよかったっちゃよかったかな、と思えるような日々を積み重ねていきたい。こんなに前向きになれてすごいと思う。

    いつか、ボタンひとつで痛みも苦しみもなく永遠に眠れる日が来ますように。それはそれとして、日々の楽しみを捨てずに最後まで生きられますように。自分が一番自分を大事にできるのだ。私の愛は私の中にある。
    私のことは、私が救う。

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