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西海市崎戸町百話#017〜島のバス:三台から十ニ台へ

    第十七話 島のバス

    崎戸を歩いていると、小さなバス停を見かける。

    現在、島を走っているのは「さいかい交通」のバスだ。

    浄心のバス停もその一つだ。

    静かな道端に立つ小さな待合所を見ていると、ここを大勢の人がバスで行き交っていた時代があったとは、なかなか想像できない。

    大島町と崎戸町を結ぶ中戸橋が開通したのは1952年。

    橋はできたものの、交通はまだ不便だったという。

    そこで住民の要望を受け、1957年2月10日、長崎バスが崎戸へ乗り入れた。

    「崎戸・大島線」の始まりである。

    最初は3台だった。

    ところが、わずか3年後の1960年には、12台で運行するまでになったという。ちょうど崎戸炭鉱が多くの人で賑わっていた時代である。 

    3台から12台へ。

    その数字だけでも、当時どれほど多くの人がこの島で暮らし、移動していたのかが想像できる。

    その後、バスを取り巻く環境も変わった。

    現在のさいかい交通は2003年に設立され、瀬戸営業所や大崎自動車の路線を引き継いで、西海地域の足を担っている。 

    今も残る小さなバス停。

    そこに立って昔の12台のバスを想像すると、現在とは違う崎戸の賑わいが少しだけ見えてくる。

    園崎咲人


     
     
    長崎県西海市崎戸町の観測者。 観光案内や、郷土史ではありません。 島、橋、炭鉱、店、記憶などを調べ、それらのつながりも書きます。 崎戸を飛び出し、西海市の他の町へ行くことも。 間違いや、地元の方が知っていることがあれば、教えてください。 目指すは、百話。その先はまた考えます。

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