地に足ついてない
6月ですね。1年で最もパッとしない月といえば、6月。1年の月それぞれがクラスで生活していたら、6月は華のある月を羨んで1人で過ごしてそう。なんかこのクラス、「1年」で構成されてるから進級できなさそうですね。
6月はパッとしない上に、私の中の評価が低い月。祝日がないからとかではなく、梅雨で湿度が高いから。6月が持ってるプリントは常に湿っているでしょう。
湿度が高いと尋常じゃないくらい暑いから先行きが不安になる。夏の雨の日はどうなるんだ!
そんな日頃の不満を6月への不満に変えても、どうしようもないくらい私は最近考えていません。
考えていない?考えていないならこの文章すら書けないだろ!バカめ!
という声が聞こえてきそうですが、無視します。口論になると負けそうなので。私のフィールドで戦うなら、ハンドボール投げとかで戦ってください。
考えていないというより、厳密にいうと考えることを放棄しているのです。ちなみに恥がない私は逃げが役に立つのでよく使っています。
考えることが多い時期ってありますよね。私はその期間が続けば続くほど様々なことに対する思考をストップさせます。最近は授業について考えることを止めたおかげで課題をたくさん出しそびれています。あーあ。
そして申し遅れましたが、私は元浪人なので思考放棄が大の得意です。俗に言う現実逃避を常にしていました。なので逃げだすことと、現実から遠く目を逸らすことは得意です。ポップなビートは無しです、疲れるので。
役職のある人類で1番暇だと噂される文系大学生の私ですら、やることが山積みです。やることの数が増えるたび、どこかの思考がストップします。
将来、サークル、大学、友人関係、部屋の掃除、noteを書かなきゃいけない、などなど。お気づきの通りこのnoteも思考ストップの一員なのです。
思考して、結論、思考して、実行。このようなサイクルからいち早く抜け出したいのにこの世は思考することだらけで嫌になります。リュウジが思考のレシピを出してくんないかな。
私が思うに人にはキャパシティという視界があり、そこに収まる範囲のものならそれぞれを周って思考することができます。例えるなら地図を見ながらテーマパークの中のアトラクションを周るイメージ。
しかしキャパを超えるとなると話は別。地図なしのテーマパークは、サンダルの海岸くらい不安です。6月なのに夏の例えをしてすみません。
前を向きながら自分の後ろが見えないように、自分の視界を越えた部分には手が届かず思考の運営に曇りが生じます。
そのため自分がどこにいるか不安になり、もはやなにも見えなくなって動けなくなります。思考しようにも、居場所がわからなくてふわふわした思考しかできない。例えるなら、真っ暗で無重力の宇宙みたいなテーマパークです。
1つの思考が滞ると数珠繋ぎで他のことも考えられなくなる、これが本当に厄介。滞ってはいるものの、考えなければならないなという意識だけ残る。私は重荷を抱えながら次のことを考えられるほど器用ではないのです。
例えるなら、入った途端にお土産を買いまくってアトラクションに向かうような感じ。
ちょっと違うか。
この思考のスパイラルを終わらせるには決断をしなければいけないのですが、この決断が相当大変。根気強く1つのことに向かい合い、地道に決断し続けていくしかない。
あのジョブズは無駄な決断にエネルギーを割かないために着替えを同じ服にしていたらしい。じゃあ私もどこかで決断エネルギーを貯めたらいいのかな?
いや、別に普段から服のことだって考えてないから無意味だな。リュウジが決断のレシピも出してくんないかな。