
雲とアイスコーヒー
出張が終わり、帰りのモビリティに腰を落ち着ける。座席はほどよく沈み込み、静かに浮かんでいる。窓の外には、白い雲が延々と広がっているだけで、特別な景色ではない。
「やっと一週間か…」
ストローでアイスコーヒーを口に運ぶ。氷がカランと鳴り、喉を通る冷たさに、少しだけ頭が目覚める。遠くの星での出張は疲れたけれど、今の自分にはこの冷たさが何より確かな現実だ。
光速に近いスピードでの帰路はあっという間だった。大気圏に入ってスピードが落ち、窓から雲海が広がるのを見て、ようやく帰ってきたんだな、と実感する。体感では、出張は一週間ほどしかなかった。
揺れるグラスの中で氷が踊る。小さな音が耳に届き、頭の中の疲れが少しずつ溶けていく。遠くの星で過ごした日々を思い返すと、忙しかったけれど、どこか懐かしい気持ちも混ざる。
「ま、あと少しで地球か」
そう考えながら、氷を眺める。揺れるひとつひとつが、小さな世界を作っているようで、疲れた頭を少しだけ休ませてくれる。
着陸して、ゲートを抜けると、街の雰囲気が少し違う。見慣れたはずの景色なのに、人々の動きや掲示板の情報が、どこか先に進んでいる。
同僚に会った瞬間、理解する。
「君、まだ帰ってなかったんだね」
「え、何の話?」
「一週間の出張でしょ? もう一ヶ月前のことだけど」
は? 一ヶ月? 一週間しか出張してないのに。頭が混乱する。確かに、自分だけ置いてけぼりをくらったみたいだ。でも、よく考えてみれば、体は三週間分若い。疲労はあるけれど、時間差の恩恵で、みんなより少しだけ余裕がある気がする。思わず笑った。
疲れた体を少し伸ばし、深呼吸する。世界は先に進んでいるけれど、自分だけ時間のズレを得た。置いてけぼりも悪くない、むしろ得した気分だ。空の雲を見上げながら、笑いをこらえる。
歩き出すと、重い荷物がやけに軽く感じる。遠くの星での出張中も、頭の中は日常のことばかり考えていた。出張先のこと、報告書のこと、疲れた足をどうやって休めるか。時間のズレなんて、考えもしなかった。
でも、このズレのおかげで、体も心も少し余裕がある。肩の力を抜き、地球の空気をゆっくり吸い込む。疲れは残っているけれど、不思議な安心感が広がる。
遠くの星での仕事は終わり、地球ではもう一ヶ月経過しているけれど、自分だけ時間に余裕がある。この置いてけぼり感も、むしろ楽しい。
「少し得した気分だな」
少し首を傾げて笑う。空の雲は相変わらず白く広がっている。時間のズレも、世界の速さも、全部まとめて受け止めるしかない。疲れた体を抱えつつ、今この瞬間の小さな現実に、ほっと安心する瞬間だった。
出張帰りの一週間は、体感ではほんの一瞬だった。だけど、世界は勝手に先に進んでいる。自分だけ三週間分若くいられることを思い出して、思わず笑みがこぼれる。
氷の音と、ほんの少し軽くなった体に、まだ帰ってきたばかりの地球の匂い。置いてけぼりも悪くない。いや、得したくらいだ。