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追いかけるだけの恋に疲れたはずなのに・・👠好きと言ってみたかった💔

ガラス越しの夜

雨上がりのネオンが、街を滲ませていた。
タクシーが行き交う道路を、私は歩道からただ眺めている。ヒールの音がアスファルトに小さく響き、そのたびに胸の奥で過去の声が甦った。

「君といる時間だけが、現実を忘れられる」

彼が口にした言葉は、まるで約束のようで、でも約束ではなかった。
指先に触れた体温も、目を伏せた時の沈黙も、すべてが本物で、けれど決して手に入らない幻のようだった。

夜の仕事に慣れすぎたせいか、笑顔や仕草のひとつで人の心が揺れる瞬間を、私は敏感に嗅ぎ取れるようになっていた。
彼もその一人だった。
最初はただの客。
グラスを傾け、取りとめのない話をして、笑い、帰っていく。
それだけのはずだった。

けれど、いつからだろう。
彼の声が、低い囁きが、他の誰よりも私の胸に残るようになったのは。


「ずるい人ね」
夜更け、車に揺られながら私は小さくつぶやいたことがある。

助手席の窓の外には首都高のカーブ、赤や白の光の粒が流れていく。
彼はハンドルを握り、何も言わなかった。
その沈黙が答えだった。

家に帰れば待つ人がいる。
帰るべき場所がある。
私は知っていたし、最初から線を引くべきだった。

それでも、その横顔に惹かれてしまった。
笑うときの皺、灰皿に押し付ける指先の癖。
ふとした瞬間に見せる孤独。

「あなたがいなければ、私はきっともっと楽だったのに」
心の中で何度も呟いた。


別れは突然ではなかった。
予感はずっと、胸の奥でくすぶっていた。

彼が「忙しい」と言い始めたとき。
連絡が途切れる時間が長くなったとき。
テーブルに並んだグラスの数が、二人の距離を測るように感じたとき。

決定的な言葉はなかった。
ただ、夜を共にすることが少しずつ減っていった。
それだけで十分だった。

人は「言わなくても伝わる」なんて言うけれど、本当にそうだった。
伝わってしまったのだ。
彼の心が、もうここにはないということが。


あの夜、最後に会ったとき。
彼は、少し遠い目をしていた。

「君は、強い人だから」

そう言って微笑んだ。
本当は、私が一番弱いのに。
一番、彼を求めていたのに。

グラスに残った氷が、静かに溶けていく音。
その音さえ、今も耳に残っている。

私は笑って答えた。
「ええ、大丈夫。平気よ」

でも心の中では、崩れていく自分を止められなかった。


今夜も眠れない。
ベッドに沈み込むと、彼の匂いを思い出してしまうから。
だから私は、夜の街に車を走らせる。

窓を開けると、潮の匂いが入り込んでくる。
海沿いの道を走りながら、ラジオから流れる古い曲に耳を澄ませる。
歌詞のひとつひとつが、胸を突き刺す。

「こんなにも誰かを求めた夜は、もう二度と来ないのかもしれない」

そう思うたび、涙が滲む。
でも、ハンドルを握る手は緩めない。
走り続けていれば、心が少しだけ前に進む気がするから。


街の灯りが遠ざかっていく。
窓の外、水平線に近い空が、わずかに明るんでいた。

新しい朝が来る。
そして、また私は笑顔をつくり、誰かの前に座る。

彼の影を胸に隠しながら。
決して結ばれなかった恋を、まるで最初からなかったかのように振る舞いながら。

だけど、夜になれば思い出してしまうのだろう。
あの視線も、囁きも、もう戻らないことも。

「好きだった」
口に出せなかった言葉だけが、ガラス越しの夜に溶けていく。

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