
THE DEVIL WEARS PRADA 2(プラダを着た悪魔2)から、「ファッション」の本質を考えてみた
(当投稿は、自分にとって新しい試みということで、創作大賞2026に参加してみたいと思います)
少し前になりますが、2026/05/01(ドイツでは04/30)に「THE DEVIL WEARS PRADA 2」が前作の20年ぶりに公開しました。
私も公開初日に、近くの映画館でパートナーと一緒に観に行きました。
今回は、女性キャラに焦点を当てながら、当作品を観て、ファッションの『本質』とは何か、前作の内容との違いも含めて、自分なりに考えたことを書いていきたいと思います。(ネタバレを防ぐために、なるべく詳細な描写は避けてあります。)
1. 主要キャラクターたちの関係性の変化から見て取れる、それぞれのスタイルの変化
新作の見どころはやはり、「アンディとミランダ」の関係性とそれを取り巻く環境の変化。この2つの要素は、彼女たちのファッションによって表象されています。
前作では、アンディの”成長”(蛹から蝶に変身したような描写)がフォーカスされていましたが、今回は、トレンドやブランド品を取り入れながらも、アンディにしか出来ないような着こなしが披露されていました。
ここでいう「アンディにしか出来ないような着こなし」とは何を意味するのか。それは、アンディの好みだけでなく、彼女が「自分に何が合うか、その時の自分に何を合わせたらいいか」、つまり、自分が一番輝けるコーディネートの仕方を理解している、ということです。
前作と大きく違うのは、アンディが「ファッション」をどう捉えているかという点。
前作では、ファッションを「社会進出」「キャリアアップ」の手段として取り入れ、「働くオシャレなキャリアウーマン」の印象が強かったのに対し、
今作のコーディネートは、「自分というキャラクター」を出しつつ、TPOのバランスも考えている様子でした。
これは、アンディが一度は去ったものの、成長し、見つめ直した、新しい確固たる「自分」が、再びRUNWAYで働く姿を表現しているのだと思います。
一方、ミランダ。
前作同様、彼女のセンスによって洗練されたスタイルは、いつ観ても感銘を受けます。
時代が違うため、使う小物や服のデザインが異なるのは当たり前ですが、それを除けば、スタイルは一貫しているように見えます。
ミランダのスタイルはまさに、「Power of Woman」、つまり「女性のエンパワーメント」を体現しています。
第二波フェミニズムを代表するパワフルな女性像が、ミランダのファッションのセンスとかけ合わさって、彼女独自のスタイルが確立されているのが見て取れます。
ファッションの伝統を重んじつつ、女性としての「主体性」を形にしたミランダスタイルは、彼女が編集長として登り詰め、さらに20年後、メディア業界とアパレル業界の変遷を生き抜こうとしている信念の強さを物語っているのではないでしょうか。
2. 世の中「ロゴ」が溢れすぎている
ミランダ・アンディの他に、意外な変容を遂げている「エミリー」の登場にも驚かされました。なぜなら、彼女は「小売業界」の、中でも大手ブランドに転職し、従来のRUNWAY(ミランダ)の意向とは、ほぼ真逆のことをしているように見えたからです。
今作のエミリーを見た時、「エミリーらしさが隠されている」というのが正直な第一印象でした。
大手ブランドで働いているため、宣伝のためにもそのブランドの商品を着るのはよくあることですが、休日にもほぼ全身ブランドコーデをしているシーンもあります。
しかし前作では、よりシックで、シンプルに見えつつも、ディテールに彼女の好みをこだわっているようなスタイリングをしていたのを覚えています。
大手ブランドが、アパレル業界のサバイバルで生き抜くためとはいえ、アイコニックな、分かりやすい「ロゴ」が大量生産されている現実が、エミリーの変化から読み取れるかと思います。
ガラッと印象が変わってしまったため、前作の尖っていたエミリーの雰囲気やスタイルが好きだったからこそ、ショックを感じてしまいました。
ですが、彼女自身もその業界で生き延び、承認されるためには、その手段を選ばざるを得なかったのかもしれません。
3. 映画が伝えたい「ファッション」とは何か
こうやって振り返ってみると、アンディ、ミランダ、エミリーそれぞれのスタイルに彼女たちのキャラクターや好みだけではなく、人生や胸の奥に抱える思いや何らかのメッセージ性が感じられました。
以上をまとめると、ファッションとは自分を映し出す鏡、つまり「自分というアイデンティティを投影させた、もう一人の自分」と言い換えることができます。
自分がなりたい姿、見せたい姿、あるいは「ありのまま」を表象している時もあるでしょう。
そういう意味で、「ファッション=自己表現」で、これこそがファッション本来の「真骨頂」なのかもしれません。
4. 最後に
本編の趣旨自体は、前作と比べると曖昧で、視聴者自身が考えさせられるような『余白』があるような印象でした。
ですが今作品で伝えたかった想いが、主人公たちの振る舞いから強く伝わってきたのを、今でも感じられます。
以上述べたことは、あくまで個人的な意見にはなってしまいますが、「プラダを着た悪魔2」を通じて、ファッションについて少しでも考えるきっかけになれたらいいなと思います。
長くなりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました👠👠