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他人なのに、少しだけ家族みたいだった日

    日本に来て10年くらい経った頃、
    初めて「家みたいだ」と思った日があった。

    京都で仲良くなった友達の実家に、
    招かれた。

    駅まで迎えに来てくれて、
    家に着くと、すぐにご飯の準備がされていた。

    すき焼きの匂いと、
    さりげなく用意されていたキムチとおかず。

    食後には、小さなデザートと
    カフェインレスのお茶。

    お風呂にはすでにお湯がためられていて、
    タオルや布団も、きちんと整えられていた。

    一つ一つは特別なことじゃないのに、
    そこに込められた気遣いが、とても自然だった。

    「よくしてあげよう」としている感じじゃなくて、
    ただ、当たり前のように
    そうしてくれている感じ。

    その空気が、
    なぜか少し懐かしかった。

    久しぶりに、
    “家族みたいなもの”に触れた気がした。

    ただご飯を食べて、
    少し話をして、
    静かに時間が過ぎていっただけなのに、

    その週末は、
    思っていたよりずっと心地よかった。

    帰る場所のことを、
    少しだけ考えた。

    日本に来てからの時間は、
    もう短いとは言えなくなっていて、

    かといって、
    ここが完全に「自分の場所」だとも言い切れない。

    それでも、

    こうして
    誰かが自分を気にかけてくれる場所があることを、
    ちゃんと感じられた日だった。

    もしかしたら、

    「家族」って、
    最初からあるものじゃなくて、

    少しずつ、
    作っていくものなのかもしれない。

    その日のことを思い出すと、
    少しだけ、
    これからの時間が怖くなくなる。

     
     
    京都で暮らす韓国人として 整いきらない日々を記録しています 日常を少しだけ実験みたいに過ごしています

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