私の可憐な唇
私はなーんも考えてない。
しかし厄介なことに、何も考えていないくせに、思ってもいないことを口に出す。
それらは実のところ潜在意識なのだ、ふと出た言葉こそ本音なのでは?とか、言われても本当に心底困ってしまう、そのような概念はまるで皆無である。
私の発する言葉にいちいち意味など見出してはいけない。
食べた直後に、「お腹減った」。
まだぬるい方である。
お箸を口に運ぶ前に、
「うん!美味い!」
モグモグ。
これもまだまだ可愛いレベルな気がする。
旦那の横で、
彼氏欲しい。
彼氏いない歴が長すぎた口癖の弊害である。
もう、口癖が身体に染み込んでしまった故なのだが、一触触発しかねない事案だ。
しかし旦那は私の人柄をよくご存知なので、
へぇ。
と聞き流し、放置プレイ。
喧嘩にはならない。
ならないのだが、ガソリンの上で花火に興じてるくらいの火力は抜群である。
最近は突如、自宅のソファで一人、
「おかあさん・・・」
と、空に向かってひとりごちた。
ううん。
お母さん、全然生きている。
病気もせずピンピンしている。
なんだったら、前日母の車で、母の運転で、往復送り迎え付き、全力おんぶにだっこで、ともにソフトバンクへ行き、あーでもないこーでもないと言い合い2人分のプランの見直しを済ませた。
その後スシローへ行ってたらふく寿司を食い、お会計が3500円だったため、どちらが2000円出すかで、2枚の札をそれぞれお互いの懐に押し付けあったばかりだ。
母はアナゴ狂いで私はサーモン狂い。
このように私のお母さんというつぶやきには、センチメンタルな意味合いなど皆無で、会いたいななんて思いもなければ、親孝行しようなどとも思わない。
これからもどんどん母に頼って生活していこうとさえ思っている。
世間では毒親などという言葉が流行っているが、私は紛うことなき毒娘であろう。
母には妖怪になってもらっても構わないから長生きしてもらわねば困る。
とりあえずは母の健康を気遣うため、アナゴ以外もまんべんなく食べるよう、厳しく意見しようと決意したばかりだ。
そして割り勘で華麗に割り切れなかった場合の500円くらいは奢るね!
これが私流の親孝行である。
私の意味のない言葉の数々だが、誰か別の人格が私の唇に宿っているとしか考えられない。
あまりにも脳と口が別部署すぎるのだ。果たして脳を経由して生じた言葉なのか疑問に感じるほど、知らぬ間に唇が勝手に動いているのだ。
私自身も次に何を言い出すか分からないため、ヒヤヒヤしている。
そのうち母を前にして、
お母さんに会いたい
などと、マルコ・ロッシのようなことを突然言い出すかもしれない。
そのときには、どなたか私を至急病院へ連れて行ってほしい。
なるべく急ぎで。
何を考えてるのか分からない
私の言動に戸惑いきった哀れな旦那にときたま言われる言葉であるが、そんなの、私の方こそ教えて欲しい。
しかしまぁ。
こんな私に対しても、旦那も、家族も、社会だって、そこそこ優しくしてくれる。
周囲の優しさにつけこんで、これからも私はこのまんま、のんべんだらり暮らしていくのだろう。
一応脳みそと唇にはきちんと会議を開いた上で言語化するよう、厳しく叱りつけてはいる。
しかし嬉々として私の唇は都度喋り散らすので、まるで言うことを聞かず当の私には制御が難しい。