
見知らぬ街ですれ違う人たち
出張で大阪にいる。
これから兵庫へ向かう。
その途中、新大阪で人を見ていた。
いつもいない場所にいると、人の姿がよく見える。
普段の街では、風景に溶けてしまうものが、今日は一つひとつ輪郭を持つ。
歩く人。立ち止まる人。誰かを待つ人。煙草を吸う人。
皆、それぞれの人生の途中にいる。
世の中は、基本、自分と他人だけだと思う。
そして他人とは、たいてい何も起きない。
すれ違って終わる。
こちらも覚えていないし、相手も覚えていないだろう。
それでも、まるで無関係とも言い切れない気がする。
今日ただすれ違っただけの人と、どこかで何かの縁が生まれることだって、絶対にないとは言えない。
だからだろうか。
私は、できればあまり悪い印象を残したくないと思う。
好かれたいというほどのことではない。
ただ、自分の中に余計な濁りを持ちたくない。
そのくらいの、小さな願いだ。
新大阪で、カップルを見かけた。
彼女が彼氏を気遣っているように見えた。
ほんの一コマだった。
いいな、と思った。
けれどあれは、隣の芝生は青い、ということでもあるのだろう。
私は何も知らない。
その二人の積み重ねも、沈黙も、面倒も、やさしさも。
ただ、その一瞬だけが目に入って、きれいに見えた。
喫煙所では、若い人がひとり、静かに煙草を吸っていた。
少し暗く見えた。
大丈夫かな、と思った。
もちろん、そんなことはわからない。
ただ休んでいただけかもしれないし、ひと息ついていただけかもしれない。
それでも、そう見えた。
そう見た自分がいた。
人は他人を見ているようで、ほんとうは自分を見ているのかもしれない。
羨ましいと思う心も、気にかかる心も、
結局は自分の内側が静かに反応しているだけなのだろう。
それでも私は、こういう光景を美しいと思った。
誰もが自分の事情を抱えながら、駅を歩いている。
急いでいる人もいれば、気遣う人もいる。
立ち尽くすように煙草を吸う人もいる。
何も語らず、何も説明されず、それでもその人の一日がそこにある。
見知らぬ街にいるから、そう見えたのかもしれない。
いつもの場所なら、流してしまっただろう。
けれど今日は、目に入った。
そして少し、胸に残った。
大きな出来事ではない。
感動と呼ぶほどのものでもない。
ただ、すれ違った人たちの気配が、かすかにあとを引いた。
知らないままで終わるからこそ、そこには余白がある。
その余白に、何か美しいものが宿る。
これもきっと、余情の美なのだと思う。
新大阪で、人を見ながらそんなことを考えた。
出張の途中の、ほんの短い時間だった。
けれど、何でもない時間ほど、その日の心をよく映す。
私は今日、たくさんの人とすれ違った。
そして、すれ違うだけの人たちの中に、少しだけ美しさを見た。